24話 エレノアを想う〜其の壱〜
あの後、ココノハが抜いた剣を調べたが詳しいことは分からなかった。しかしシィナとリアが触れられないのは相変わらずで、四人で話し合って出した結論は『ココノハが剣に選ばれた』ということだった。
剣を振るったこともないココノハが何故選ばれたのかは不思議だが、彼女が持つ分には重さを感じないらしく従来の剣とは別物であると思われる。
剣についての話し合いが終わった私たちは、何も無くなった広間に戻り野営の準備をしていた。
空間転移の使用回数が一日一度な為に明日にならなければ南国へ戻れないのである。
「ホシミさんテント張り終わりましたよ」
「今こちらは放熱石を敷いたところだ。本来ならこんな貴重な物でなく火を点けたかったが……」
放熱石は作製するのが面倒なのだ。わざわざ火山の火口から石を採取して加工しなければならない。非常時や閉鎖空間での熱源確保に使用出来る為、とても高価なのだった。
「仕方ないですよ。こんな所で火なんて、空気が無くなっちゃいますもんね。リアさんたちはどこに?」
「ああ、先ほど床石を凹ませて簡易だが風呂を作ってな。今はそこで湯を張っているだろう」
リアが水を出してシィナが熱する。二人の属性が見事に噛み合っているからこそ出来る野営での湯浴みだ。戦闘で汗をかいたシィナがどうしてもお風呂に入りたいということで急遽用意することになったのだった。
「なんか、野営なのにお風呂まであるとか至れり尽くせりですね。料理はホシミさんが作るんですか?」
「そのつもりだが。一泊だけのつもりだからあまり大したものは持ってきていないぞ」
そう言ってローブの中から手のひらくらいの大きさの袋を取り出す。
中からは見るからに新鮮な野菜と新鮮な鶏肉が出てきた。
『黒』属性魔術で食物の時間を止めて、『白』属性魔術で袋の中の空間を拡張するという合わせ技が使われていた。野営に必要な道具や食材は全てこの中に収められている。
「はー。便利ですねえ。ホシミさんが居れば荷物が殆ど要らないじゃないですか」
感心したような声を上げながら袋を見るココノハ。
「昔はよく旅をしていたからな。負担が減るし、何より楽だ」
調理器具を取り出して、鶏肉をぶつ切りにしていく。鍋には水を入れ、放熱石の上に置いた。
「あ、わたしも手伝います。それで、昔ってどのくらい前のことなんですか? 千年以上生きてる人の昔って期間が長すぎていつ頃か分からないんですよ」
苦笑しながらココノハは野菜を適度な大きさに切っていく。
「そうだな……五百年ほど前までは塔よりも外に出ている時間の方が長かったな。それまではよく出掛けていたよ」
「へえ、そうなんですね。どうして旅に出なくなったか聞いてもいいですか?」
「構わんよ。旅に行かなくなったのは、丁度その時期に家庭を持ったからだな」
ココノハが何も無いところに包丁を落とす。
様子を伺うと、好奇に満ちた瞳で私に迫ってきた。
「な、なんですかそれ初耳です! 詳しく! 詳細が知りたいですホシミさん!」
「包丁持っているんだぞ危ないから落ち着け! 話してやるからまずは落ち着け!!」
その言葉でようやく引いてくれた。そう言えば塔にいた時に私の過去の女性関係の話が知りたいと言っていたな。そんな、瞳を輝かせるほどに知りたいのか。
「料理が出来るまでだぞ?」
「はいっ!」
「私の妻となった女性の名はエレノア。出会ったとき……あれは私が二人で旅をしていた頃だな。もう一人は私の従者であった獣人だった───」
沸騰直前の水を見つつ、当時のことを思い出しながら口を開いた。
ーーーーーー
私は自身の従者を自称する猫の娘と目的地のない旅をしていた。彼女の名はクルクル(呼びづらいのでクルルと呼んでいる)。彼女は色々と訳ありなのだがここでは詳細は取り上げない。横は肩よりも長く、後ろは肩に掛からないように短く切って整えた黒い髪と琥珀色の瞳を持つ獣人だった。
長年使用してきた為に若干薄汚れた感じの旅装をしてはいるが、顔立ちは整っていてかなりの美人である。髪色と同じ耳と尻尾が特徴的で、尻尾は先ほどからゆらゆらと揺れていた。
「主。この先から水の匂いがします…にゃ。これから山の中を通りますから補給をすることを提案します…にゃ」
「そうか。クルルがそう言うなら良い水なのだろう。水の補給がてら、少し休憩を挟もうか」
「はいです…にゃ。案内します、こちらです主」
小柄な彼女の後を追って道を進むと、綺麗な湧水が流れ出ている場所にたどり着いた。
「こんな所に湧水があるとは」
「結構綺麗です…にゃ。私が水を汲みますので主の竹筒をお貸しください…にゃ」
「ではお願いしていいか?」
「はいですにゃ!」
彼女は嬉々として水を汲みに腰を下ろす。長い間一緒にいるが、クルルは私の役に立つことをするのが一番喜ぶのだ。
私も近くの大きめな岩に腰掛ける。空は高く聳える木々に隠され、木漏れ日だけが周囲を照らしていた。
「主、終わりました…にゃ」
クルルが水を汲み終えて竹筒を渡してから隣に座る。
「ありがとう」
「いえ、私は主の従者ですから…にゃ」
言葉とは裏腹に耳と尻尾は嬉しそうにぴょこぴょこ動いている。クールな印象を与える娘だが、意外と考えていることが分かりやすいのだ。
半刻ほど身体を休めてから、私たちは再び歩き出した。
山道を登っていく。道は緩やかで、休憩を挟んだからか私たちの足取りも軽い。
先ほど馬車が通り過ぎていった。おそらくは商人だろう。護衛らしき者も数人いたので余程不運に見舞われなければ襲われることはあるまい。
ある程度まで登ったところで、クルルが鼻をひくつかせて匂いを嗅いでいる。
「クルル、どうした?」
獣人の嗅覚はとても鋭い。何かを探知したのだろう。
「先の方向から血の臭いが……あとは金属のぶつかり合う音……?」
クルルがそう言った矢先に道の先の方から女性の悲鳴が聞こえてきた。
顔を見合わせて直ぐに駆け出す。
数分でその場所へとたどり着くと、私たちを通り越したであろう馬車が横倒しになっていた。護衛の人物は既に死んでいる。
「クルル! 生存者を探せ! 相手は山賊だ、十分に気を付けろ!」
「はいですにゃ!!」
そう言って駆け出すクルル。彼女なら囲まれようが山賊程度に遅れを取ることはないが、あまり時間を掛け過ぎると危うくなる可能性もある。私は馬車から少し離れた場所を捜索し始めた。
すると茂みの奥からガサガサと言う音と、くぐもった女の声が聞こえてきた。
透視を使用して様子を見ると、山賊二人がまだ十になるかならないかと言った娘を押さえ込み下卑た笑いを浮かべている。山賊の一人が少女の服に手を伸ばし、服の前方を破ったところでその場に飛び出した。
「な、なんだて───」
最後まで言わせまいと少女の服を破いた山賊の方の首を風の刃で切り落とす。
「ひっ!!!」
少女には酷な物を見せてしまうが、この娘に行おうとしたことを考えると、丁度いい罰だろう。
一瞬で仲間が殺された場面を目撃したもう一人の山賊は呆然としていた。その隙に雷撃を放ち気絶させる。
殺さなかったのは後で情報を吐かせる為だ。温情を掛けた訳ではない。
山賊を片付けて、少女の様子を見る。破られた服を押さえて必死に身体を隠しながら、倒れた山賊たちと私を見ていた。
少女は長い綺麗な茶色の髪を両肩の位置で結んでいた。珍しい紫色をした瞳と私の目が合う。
少女を怖がらせないように屈んで、羽織っていたローブを少女に着せた。
「もう大丈夫だ」
ただ一言、君の安全は確保したのだと告げる。少女の瞳には涙が溜まっていき、やがて大粒になって頬を流れ落ちた。
「うっ、うあああ……こわかった、こわかったよおお!!!」
少女が私に抱きついて大きな声で泣き始める。私はこの娘を安心させるように、落ち着くまで優しく頭を撫でるのだった。
少し経ってからクルルがやってきた。私の匂いを追ってきたらしい。
「向こうを見てきました…にゃ。生存者無し、山賊が三名ほどいましたが全て斬り伏せてきました…にゃ」
「そうか、お疲れ様クルル。一応そこの首が繋がっている方は後で情報を聞き出す為に気絶させているから縛っておいてくれないか」
「はいですにゃ」
向こうで頑張ってきたクルルに労いの言葉をかけてまだ息のある山賊を縛るよう頼む。クルルはすぐに了承し、何故か亀甲縛りで拘束した。
「何故に亀甲縛り……」
「ところで主。その女の子は生存者ですか…にゃ?」
未だ腕の中で泣いている少女を見て尋ねてくる。私は一つ頷いて返答した。クルルは悲しげな表情で少女を見つめた。
「茶色の髪……おそらく、この子の両親と思われる人物の死体を確認してきました…にゃ。まだこんなに小さいのに……」
「後で何か形見になりそうな物を探してあげよう。それでいいかな?」
胸に顔を押し付けたまま、首を縦に振る少女。同性であるクルルが来たことと思い切り泣いて少しだけ落ち着いて来たようだった。
「私の名前はホシミ。側に控えている黒猫のお姉さんがクルクルという獣人だ。君の名前は何て言うんだ?」
「エレノアです……」
「そうか。君は只人だな。両親のこと、襲われたこと、色々なことが一気に起きてまだ混乱しているだろうが聞いてほしい。これからのことだが、まずは君を街まで一緒に連れて行く。その間の安全は保証しよう」
エレノアはこくりと頷く。ここまではしっかりと理解してくれたようだ。次の話をする。
「街に着いたら、君の望みを出来る限りで一つ叶えよう。まだ君は子どもだ、何もなく一人で生きられるとは思っていないだろう。必要最低限の家や家具はこちらで用意するし、食糧も成人するまではこちらで用意する。望みも成人するまでに伝えてくれれば構わない」
「主、それは……」
クルルが止めようと口を挟む。気持ちは分かる。条件が破格過ぎるのだろう。私自身やり過ぎだと思うし、助けた人全員にこんなことをする余裕はない。
しかし、腕の中の少女は手を差し伸べなければ今すぐにでも親の後を追ってしまいそうな危うさがあった。
「いいんだクルル。子どもが一人増えたところで何も問題はない。どうせ目的の無い旅だ。ここらで少し足を休めても誰も文句は言うまい」
「主がそう決めたのなら従うだけです…にゃ。主のお側に居られれば私はそれで満足です…にゃ」
クルルは納得してくれたようだ。元々我が儘を言う方では無いが、不満を自分の中に溜め込んでしまわないかが少し心配である。近いうちに発散させてあげようと心に決めた。
エレノアを見ると、顔を上げて私の瞳をじっと見つめていた。心の奥底まで見通しかねないほど熱心に見つめた後、何か納得するように一つ頷く。
「その提案、お受け致します……。わたしを救っていただいた御恩も返せなくて申し訳ありません……」
先ほどは取り乱していたせいか年相応だったが、今はどこかおどおどとしながらも大人びた言葉遣いで話していた。両親から良い教育を受けたことが分かる品の良さがあった。
「恩返しなど考えなくていい。亡くなった君の両親の分まで生きてくれればそれでいいんだ」
「はい、ありがとうございます……そうだ、指環。あの、両親が着けていた指環を取ってもらうことは出来ませんか? 二人の形見にしたいんです……」
「クルル、頼めるか?」
クルルは頷いて馬車がある方へと走って行った。少しして、二つの指環を持って戻ってくる。クルルはエレノアに指環を渡した。
「ありがとうございます……うっ、ぐすっ……おとうさん、おかあさん……」
気丈に振る舞ってもまだ子どもである。悲しみを溜め込まないように、今は好きなだけ泣かせてあげようと思ったのだった。
その後、目を覚ました山賊から情報を引き出した。どうやらこの娘はある貴族の令嬢らしい。陰謀によって家が貶められ、身を守る為に少人数で街を離れることにした。彼女の家を貶めた相手から彼女たちがこの山中を通る事を聞かされた山賊たちは、金で殺害することに協力したのである。
なんともまあ、ありきたりな暗殺劇であるが、偶然私たちが通りがからなければ完全に成功していたというのだからタチが悪い。
山賊は亀甲縛りのまま放置して、エレノアを連れて山を降りたのだった。
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「これがエレノアとの出会いだったな」
鍋の中をかき混ぜながら調味料を加えていく。もうそろそろ完成するだろう。
「なんと言うか……ホシミさんってよく人の危機を救ってますよね」
ココノハ自身にも思い当たることがあるのだろう。
まあココノハほど重傷だった人物は過去に居ないのだが。
「それにクルクルって人も居たんですね。その時点で両手に花じゃないですか。猫の獣人って可愛いんですよね、わたしも会ってみたかったなあ」
「そう言ってくれるならクルルも喜ぶだろう。今度直接言ってやってくれ」
「………………え?」
私の言葉にココノハがフリーズする。何かおかしな事を言っただろうか。
「ちょっと待ってくださいホシミさん。クルクルさんって獣人ですよね? 五百年前の人ですよね? 普通生きてませんよね?」
獣人の寿命は60〜70年だ。普通ならとっくに亡くなっている。そう、普通ならば。
「クルルは特別だ。アレは私以上に生きているぞ。『仙』と呼ばれる特殊なモノになったらしくてな、物理的な死以外では死なないそうだ」
「何ですかそれえ……」
獣人に伝わる秘奥だと教えてもらったが、詳細は教えてくれなかった。
「さてな、私も分からん。そろそろ完成だ、エレノアの話はまた今度だな」
「えーもっと聞きたかったです。後で絶対続きを教えてくださいね! じゃあリアさんたち呼んできますから!」
ココノハに手を振って見送る。
「……エレノア」
昔話をしたせいだろう、感傷に浸ってしまった。
出来上がったスープを皿に盛り付け、小皿にサラダを取り分けてからパンを取り出し並べる。三人が戻ってきて、食事を摂った。
その後思い思いの時間を過ごして一夜を過ごすのだった。
エレノアさんのお話です。其の壱と付いているように何回かに分けていきます。
其の弐は南国編が終わって少し落ち着いてからになると思います。




