23話 龍殺しの剣
北の最北端。生物の寄り付かない極寒の地。
龍殺しの剣が納められているとされる祠は、断崖絶壁の場所にあった。崖下の海は分厚い氷が張られており、落ちたら氷に叩きつけられて死んでしまうだろうことが容易に推測できた。
「ここがその祠ですか」
ココノハが物珍しそうに入り口を覗き込む。一緒に覗いてみたが、中は暗くて何も見えない。
「そのようだな。しかし、この一帯だけまったく吹雪いていないな。まるで何かに護られているかのようだ」
「注意しながら進んだ方がいいかもね。はい松明出来たわよ」
シィナが用意した松明を受け取る。
「では、行こうか。暗いから足もとに気をつけるんだぞ」
「はいですの」
「はーい」
「分かったわ」
三者三様の返事をして、祠の中へと入って行った。
石造りの壁に手を添えて歩く。松明はあるが念のために暗視を使っているので道を見失ったり先が見えないということは無い。
道は緩やかな下り坂になっており、おそらくは螺旋のように下へ下へと続いているようだった。
「分かれ道とかは見当たりませんね」
「ああ。綺麗な一本道だ。しかも……」
軽く辺りを見回す。念入りに確認したが、生物の気配がまったく感じられなかった。
「生物の気配が無い。本来ならばこういう場所に住み着くだろう魔獣の類すらだ」
「まるで『呪いの森』みたいですね」
「あそこは私が人為的に作り変えた場所だ。ここが同じようなことをしているとは思えないが」
「人間以外は入れないように、なんて出来るの?」
「さてな。少なくとも私は出来ん」
「ただの魔除けの結界が張られているだけかもしれませんわよ?」
「そういえばここの周囲だけは吹雪いていなかったな。北部一帯の吹雪は過去のリアの魔力によって発生したものだから魔除けで避けられるというのは信憑性が高そうだ」
祠の不思議について話しながら歩いて行く。一時間ほど歩き、かなり下まで降りてきたと思ったその時、広間のような場所に出た。
壁一面に魔力で灯るランプが配置されており、松明が無くても辺りがハッキリと見渡せる。
奥には扉があり、その前には二柱の巨大な人を模した石像……おそらくは石像兵が扉を守護するように聳えていた。
私たちの魔力に反応した石像兵は手にした剣を構えて臨戦態勢になる。
「なるほど、剣はこの先ってことね」
槍を持ち、臨戦態勢を整えたシィナが言う。
「ですね。援護は任せてください」
ココノハは丈夫な木の枝で出来た特製の弓を構えた。
「治療はわたくしが。怪我をしたらすぐに退いてくださいまし。わたくしが魔術を使うにはあまり広くはないですので、攻撃魔術は控えてサポートに専念させていただきますわ」
リアが半歩後ろに退がる。
私はその場で全員に守護壁の魔術を掛けた。
「敵は石像兵が二体。私が一体足止めしよう。残りをシィナ、ココノハで頼む」
「オッケー!」
「はい!」
一応持ってきていた腰の剣を抜き構える。
「やあああぁぁぁぁあああ!!!!!」
シィナが走って鋭い一刺を頭部に放つのを見届けてから私は自身の相手に向き合う。
二人が右の奴を倒すまで時間を稼ぐ。楽では無かろうが、時間稼ぎは得意分野だ。
「凍れ」
ただ一言。その言葉と共に私と相対していた石像兵の右足が凍りつき地面に張り付く。
効果は薄いが、敵の足を止める為のものだ。
しかし石で出来た身体には痛覚など存在しない。凍り付いた足を自身の武器で削り壊す。
「まったく、これだから人形相手は嫌なんだ」
振り下ろされる剣を避け、背後へ斬りつけながらすり抜ける。
素材が良いのだろう、石の身体は硬く剣が弾かれる。まあ予想していたことだが厄介なものだ。
反対側で戦う二人の様子を気に掛けながら、攻撃を回避することに専念するのだった。
ーーーーーー
side:シィナ
「ココノハ! 石像兵と戦った経験は!?」
「そんなのある筈無いですよ! 普通に旅してて出会うと思いますか!?」
「思わないわ……っね!!」
横薙ぎに振るわれる剣を地を這うように駆けて躱す。ココノハが矢を射って援護してくれるが、石像兵はそれを無視してあたしを狙ってきた。
「何かさっきからあたし凄い狙われてない!?」
「顔面狙って強力な一撃放つからですよ! とにかく避けてください!」
そう言ってココノハは右手を胸元に当てて精神を集中させる。
「切り裂け風の刃!」
当たった箇所は腕と足(頭は腕で守られてしまった)に僅かに切創が出来るがあまり深くは無かった。
「硬すぎです! これ作った人頭おかしいですよ!!」
「同じところに何回も当てて削り落とすしかないわね!」
「魔力切れますから!」
振り下ろされる剣を躱して先ほどココノハが付けた傷を突く。僅かに欠けて少しだけ拡がった。
「何処か弱点でもあれば良いんだけどっ、さ!」
石の身体は頑丈で、見かけによらない敏捷性であたしへ迫る。石像兵の攻撃を悉く見切っては反撃を加えていった。
「リア〜〜!! こいつに弱点とかないかしら〜〜!!」
やや離れた位置からこちらを見守っていたリアに声をかける。少し考えてから自身の頭を指差した。
「シィナの攻撃とココノハちゃんの魔術、どちらも頭に過剰に反応していますわ〜! 集中的に狙ってみたら如何かしら?」
その言葉を聞いて即座に頭部への一撃を放つ。
石像兵は受ける必要もないほど頑丈な筈なのにわざわざあたしの攻撃を剣で受けにきた。
「やっぱり! ココノハ!」
「はい! 頭を集中攻撃します!!」
矢をつがえて頭部を狙い撃つ。全射同じ箇所に矢が飛んでいく光景を横目で見つつ背後に回り込む。
「後ろがら空き!」
顔に飛んでくる矢を嫌うように払い除けている隙を突いた完璧な一撃だった。
後頭部が抉れ、中から何か光る石が覗いている。
「これが核ね! やあああああああ!!!!」
あたしの槍は光る石に突き刺さる。そのまま石を穿ち割ったと同時に石像兵の動きが止まって崩れていった。
「……ふぅ。何とかなったわね」
軽く息を吐いて呼吸を整える。走り回ったから少し汗をかいてしまった。
「お疲れ様でしたシィナさん」
ココノハが近寄ってきた。軽く手を挙げた彼女と同じように手を挙げて叩き合う。
「いい腕してるわね。流石は森の民といったところかしら」
「生き物が相手ならもっと活躍出来たんですけどね。石はやっぱり無理でした。じゃあわたしはホシミさんの方に行ってきますけどシィナさんは少し休憩しますか?」
「あたしも行くわよ。……といっても、あの様子じゃ助太刀が必要かどうか分からないけど」
彼は色々な魔術を使いながら効率的に攻撃しているように見えた。氷で動きを阻害したり、石床を陥没させて足を嵌めたり、稲妻を矢の如く発射して身体を削ったり。
剣を持ってはいるが、相手の攻撃を受け止めるくらいにしか使っていないように見える。
「なんかあたしたち必要無さそうじゃない?」
「……ま、まあやるだけやりましょうよ。早く先に行きたいですし」
「それもそうね。じゃあもうひと頑張りしましょっか」
あたしたちは残る石像兵に向けて武器を構えた。
ーーーーーー
「ふむ、特に問題無さそうだな」
二人が石像兵の弱点に気付いてから頭を集中攻撃するようになった。あの様子ならじき倒せるだろう。
剣を振る動きを阻害するように凍り付かせる。急な邪魔が入り石像兵の一閃が途中で止まる。
どうやら向こうは決着がついたようだ。
「シィナの一撃が決まったか。意外と早かったな」
足場を陥没させて今度は足を嵌める。氷を砕いて横薙ぎに振るう剣をこちらも剣で受けて後ろに飛ぶ。飛んでいる最中に稲妻を放って身体を削る。
「頭を壊せば終わりとは言うが、一人だと注意を引きつけてくれる役が居なくて面倒だな」
軽い口調で愚痴っていると、シィナとココノハがこちらへ近付いてきた。
「こっちは終わったわよ」
「手伝いは要りますか?」
「じゃあ少しだけ注意を引きつけてくれ。すぐに終わらせる」
「了解」
「了解です」
二人は即座に動き出し攻撃を開始した。
石像兵の標的もそちらに切り替わったようだ。その隙を逃さず奴の背後に回り込みながら武器に魔力を流して斬れ味を強化させた。
石像兵がシィナに攻撃して武器を下まで振り下ろした瞬間に時間加速で一気に距離を詰める。
「終わりだ」
強化された刃は硬い石で出来た身体を易々と切り裂いていく。
横に一撃、返す刀で二撃、左斜め下から斬りあげて三撃、真上から振り下ろして四撃。
僅か一瞬の間に四撃もの攻撃を頭部に見舞う。斬れ味の増した剣は核ごと頭を切断した。
石像兵は動きを止めてボロボロと崩れ落ちる。
時間加速を元に戻した反動を受けながらなんとか息を整える。
「終わったな。二人とも助かった」
「正直あたしたち必要ないんじゃないかと思ってたけど、お役に立てたなら良かったわ」
シィナが得意満面の笑みを浮かべる。ココノハは感心したようにうんうんと唸っていた。
「しかし凄い連撃でしたね。早くて全然見えませんでしたよ」
「反動がキツいが便利だからよく使うんだ」
戦いが終わったことを確認したリアが近付いてくる。
「皆さまお疲れ様ですわ」
「怪我をしたなら今のうちにリアに治してもらうといい」
「あたしは大丈夫。というかあんなのの攻撃浴びてたら無事じゃ済まないわよ」
「わたしも平気です。まあ近寄ってませんからね」
「なら良かったですわ。守護者も倒したことですし、先に進みましょうか」
「そうだな」
広間の奥にあった扉の前に集まる。ゆっくりと押し開くと中には石の台座に突き刺さった豪奢な装飾の剣があった。
「これが龍殺しの剣ですか?」
「おそらくそうですわ。でも石に刺さってるとは思いませんでしたわ」
「ねえ、早く抜いてみましょうよ」
「まずは私がやってみよう」
剣の柄を握り、引き抜こうとする。……が、ビクともしなかった。
「私では抜けないようだ」
何度か試したがほんの僅かも動かなかった。
「じゃああたしがやってみるわ」
そう言ってシィナが剣に近寄って触れようとすると、バチバチと音を立ててシィナの接触を拒んだ。
「いった〜!!! ちょっと何よこれ触れないじゃないの!」
「龍殺しの剣と呼ばれるくらいだ。おそらく龍人でさえも拒絶するのだろうな」
先ほどの様子を見てそう定義づける。となるとリアもこれには触れられないのか。残るは……。
「わたしがいきます。多分リアさんもこれには触れないでしょうし」
「シィナの様子を見ているとそんな感じが致しますわ。よろしくお願いしますねココノハちゃん」
ココノハは剣に近寄って柄を握る。龍に関係のない彼女は拒絶されなかったようだ。
そのまま剣を上にゆっくりと引いていき……。
「ぬ、抜けました……」
その手には石の台座から抜けた剣が握られていたのだった。




