第3話 ケレス
5話まで毎日午前6時に投稿します。
第1章、全10話の予定です。
短い間ですが、お付き合いください。
第3話の語り手は、主人公のアーザムです。
無神経です。
目的の第一歩を達成した。
半歩も進んでいない気がするが、指先だけでも進めば目的地に近づくのだ。
千里の道も一歩から、一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩下がる。
計算すると462年、千里遠いな。
ご機嫌で商店の表に向かうが、店に入るには子供が汚い。
裏にまわろう。
王都にしては広い中庭に入る。
「カラカル、そいつその辺に置いといて、今日は用事ないからあとは自由にしてていい」
「取りあえずタライと石鹸とタオルとなんだっけ」
「桶とアカスリとクシとハサミも必要ですね」
「オワッ! ウルスラか、いつからいた」
秘書兼事務員兼幼馴染みの属性の多いウルスラか。
髪をまとめ上げ、きちんとしているが華美じゃない服装で立っていた。
ここ数年ですっかり背が伸びた。
俺よりもな。
3、4年前のお兄ちゃん、お兄ちゃんとパタパタ付いてきた面影は幼い顔付き以外残ってない。
「裏口でお待ちしておりました。ずっとです」
「そうか、あれ洗うから手伝ってくれ、タライと桶とお湯を準備するから他のものよろしく」
「カラカルと出掛けていたのですか、娼館でしょうか」
「いや、奴隷商。あれ買ってきた」
「あれ? 娼館から買ってきたのですか?」
「奴隷商だ」
「昔、犬を拾ってきたときは捨てられたのに、自分は女の子を連れてきたり、娼館で遊ぶのですか?」
「狂犬病が怖いんだよ。買ったんだよ。最近忙しくて行ってないよ。昔は綺麗なお姉さんがいっぱいって喜んでたろ。あと何かあるか」
「ないです。汚いですね。準備します」
「頼む」
ウルスラは家に戻って行った。
「なにしてんだ?」
桶を抱え、子供が入るくらいのタライを転がして来ると、子供はカラカルが置いたところでうずくまってる。
「逃げないのか? 逃げようとしたら首輪が締まるから無駄だけど。諦めて金を稼いで自分を買い戻すまで……やっぱりなし。コレクション1号だから解放しない」
子供は反応しない。
奴隷はそんなものらしいからさっさと洗うか。
タライを置くと、首に下げている鈍く光る魔晶石のはまったペンダントを手に取るとタライに向ける。
錬金術でタライの上でお湯を生成する。
「なにそれ?」
「ん~、錬金術。なんで水を出す制御がこんな大変なんだ。魔法らしくお手軽に出て来いよ」
子供は湯気の立つタライにゆっくり指先を付ける。
「ボン!」
驚いた子供がゴロゴロと後ろに転がって行く。
悪いことしたな。
「もう爆発しないから早く来い。風呂に入れてやる」
「お風呂?」
子供はてけてけと帰ってきた。
風呂を知ってるってことは家は金持ちだったのか?
「ほら服を脱げ」
「え?」
「ぐずぐずしないでさっさと脱げ」
「ぃゃ」
「面倒だな『動くな』」
魔力を込めて命令し、動けなくすると服を引っぺがす。
反応からの予想どおり女の子だった。
面倒だからそのまま桶でお湯を掛ける。
長い髪がギトギトの脂で固く絡みあってる。
テレビで見た放置犬みたいだ。
どうしようもできないな。
「ハサミです」
ウルスラが荷物を持って戻ってきた。
「バッサリやるか」
「こんな状態じゃしょうがないですね」
「髪ダメずっと切ってないの」
「切らなきゃこうなるって、奴隷商はどんな管理をしてたんだ。こりゃ石鹸でもダメだって、シラミだって湧いてるし、病気になるから切るしかない」
「悪魔! 悪魔にキスされろ!」
うぁっ、悪口のボキャブラリー少な。
本当にお嬢様なのか。
「ストールと櫛を買ってやるから諦めろ」
無視してサッパリ切った。
さて本番の洗いだ。
「女の子を洗うんでしょうか」
「汚いし俺がやっちゃうよ」
「ヤッちゃう……旦那様がそうおっしゃるなら……女の子を洗うんでしょうか」
「ん、あ~。やっぱ面倒だからウルスラにまかしちゃおうかな」
ウルスラが悲しそうな目をするからまかせてしまおう。
スゲー、垢がでるでる。
あんまり見てるとウルスラが悲しそうな目をするから、ぼーっと空を見ながらひなたぼっこしてる。
暇だ。
「その石鹸いいだろう? 錬金術師ギルド御用達だ。汚れ落ちと手荒のバランスが大変だったな。だけど人気の秘密は香料だ。客見るところ違うだろ」
「あのときは手荒れが大変でした」
「魔法で治したし、なんか無茶苦茶高いハンカチをプレゼントしたろ」
「刺繍が違うのです」
「わっかんないな」
「わっかんないでしょうね」
お湯が減ったな、追加、了解。
石鹸袋使い切ったぞ。
「ずいぶん使ったな。石鹸とか香油とかはいくらでもあるからいいけど」
この世界の人は汚い。
清潔なナーロッパじゃねぇのかよ。
だから清潔さを求めて風呂屋を始めた。
風呂に入る習慣のない世界で大衆を啓蒙するのは難しい、だから少数の金持ち向けの会員制高級エステサロンをめざした。
中世らしく仕事の少ない女性を集め、俺のインチキ整体を教えこんだらエステティシャンの完成だ。
会員の髪や肌の艶、輝きが変わっていくのだから、会費が高くてもバンバン会員が増えていった。
時代は変われど、世界が変われど、女性は美を追い求めて行くものだった。
「旦那様終わりました」
思い出に浸っていると洗い終わった。
『動いていいぞ』
魔力を込めて命令すると、女の子はぱっと頭を触る泣きそうだ。
「あー、悪かったな」
短く刈り上げられた後頭部をジョリジョリ撫でる。
気持ちいい。
「取りあえず魔力通してみるか、通ったら儲けものだ」
女の子の手を取るとゆっくり魔力を巡らせる。
ちょっと詰まってるな、もう少し流して。
「ン」
女の子が小さく声を上げると魔力が勢いよく廻った。
パッキ!
「ガッァァァ!」
俺の手が潰れた、女の子が握り潰した。
日常的に身体を強化してる俺の手を潰すなんて!
「誰か! 旦那様が! 早く!」
ウルスラが助けを呼ぶ。
「ア、アァァ」
まずい女の子はパニックになってる。
「落ち着け、落ち着け、大丈夫、大丈夫だから」
声を掛けるが、魔力の廻りは止まらない。
「アーザム様!」
まずい、近くに控えていたのか、カラカルが剣を抜いて女の子に斬りかかった。
ガチじゃねぇか!
剣は寸分の狂いもなく女の子の首に吸い込まれる。
クソ!
俺の魔力で誘導して女の子の廻る魔力を女の子の体に浸透させ身体を強化させる。
キィン
澄んだ音を立てて剣が折れた。
昔、師匠とダンジョンに挑んで手に入れた業物の魔剣だぞ、師匠が引退したらくれる約束をした魔剣だぞ、折れる、折れるものなのか!?
『動くな』
「魔力を込めて命令した、もう大丈夫だ」
師匠は折れた剣を構え警戒を解いてない。
ウルスラは呆然としている。
「すぐに命令すればよかった。俺のミスだ。責めるな」
周囲の緊張が解けて行く。
緊張が解けると手が激しく痛んでくる。
痛みが頭にも響いてくる。
『もう動いてもいいぞ』
女の子を解放した。
「師匠、じゃないカラカル、骨を見てくれ、綺麗に折れてるといいな」
「私に私にやらせて」
カラカルが止めようとするが目で制する。
女の子が魔力を巡らせる。
女の子の魔力が俺の中で巡って行く。
痛み止めくらいにはなるかと思っていると、手の皮膚の下で骨が虫のように蠢いて元の位置に戻っていく。
こんなことはあるのか、魔法でできることは怪我の治りを早くするだけだ。
ズレた骨はそのままくっつく。
そんなことは奇跡でもないと……。
いや待て、人の骨格や筋肉を完全に理解していれば可能じゃないか?
そうか、わかった。
ずいぶんお嬢様らしいと思ったんだ。
医師かなんかの一族で知識を継承して人体を完璧に理解しているんだな。
なんて考えているうちに治った。
信じられないくらい早い。
手を握る。
痛みも何にもない。
「このことは誰にも言うな、わかったな」
手をにぎにぎしながら言う。
強化した俺の手を握り潰し、魔剣を砕くほどの強化魔法、高度な治療能力を奴隷が持っていることがばれると面倒だ。
カラカルとウルスラがうなずく。
スゲーな、いいものを買った。
俺は満面の笑みを浮かべた。
「まだ言ってなかったな、俺の名前はアーザム。おまえの名前は?」
女の子はキョロキョロ見回すと石鹸袋に目を留めた。
「名前? ええと、ケレス? ケレス、私の名前はケレスです」
「今日からおまえは俺のケレスだ。よし! これからケレスの歓迎会だ。好きなだけ食べていいぞ!」
「え? 本当に♪」
ケレスがうちに来て初めて笑った。
「では準備をしてまいります」
ウルスラが戻って行った。
「……」
カラカルは何か言いたげだが俺に従った。
「片付けは誰かにやらすからそのままでいいぞ。ケレス来いよ部屋に案内してやる」
ケレスはうなずいて付いてきた。
俺は散らかしたままの石鹸袋に書いてある『ケレス石鹸』の文字を一瞥して家に入った。
なんかとんでもない子を拾ったようです。
次回、第4話 零落した神
奴隷のケレスが語り手です。
11月5日午前6時に投稿します。
雰囲気が変わります。




