第34話(全36話) 王都進撃
後世に歴史家として名高いブリュノは、若き日にこの戦役に参加していた。以下、彼の記述による。
キグヌス大公のクーデタののち、伯や城主たちは自領に籠り、情勢を静観することを選んだ。彼らにはその選択が許されたのだ。しかし一村、あるいは数村の領地しか持たない王国直属騎士たちには、そのような贅沢は許されなかった。彼らに残された道は二つ。古くからの地縁や血縁を頼り、貴族の庇護を求めるか、あるいは王都のキグヌス大公に恭順を示すかである。特に王都に詰めていた西部地方の騎士たちは選択の余地なく大公の勢力に組み込まれていった。地の利を知る彼らは、者討伐軍の主力として編成され、その討伐軍を率いるのは大公の甥であった。
王国の勇者討伐軍は、ジュヌヴィエーブが率いる部隊の槍投げ器を使った奇襲的な攻撃に翻弄されていた。
「アトゥル=アトゥルの使い方はわかっているな。馬で近づいて行って、槍を投げて旋回して戻ってくる。それだけだ。白兵はしない。じゃ、行くぞ」
ヴィルヌーブ将軍はそう檄を飛ばし、攻撃を繰り返していたという。彼女らは行軍するキグヌス大公の軍に近づいて行って、百メートルほどの距離で槍を投げて、すぐに引き返していく。それだけを愚直に繰り返していた。将軍はこれが初陣だというが、その運用は手慣れていた。まるで熟練した老将軍のような手並みだと騎士たちは噂していた。
私は本陣で書記官として、この戦況を注視していた。将軍の途切れることのない攻撃は、討伐軍の騎士たちの顔を蒼白にしていった。長時間の行軍と、いつ飛んでくるかわからない槍への恐怖で、彼らの体力は限界に達していた。馬のいななきと遠くで響く敵の号令だけが、この終わらない悪夢の伴奏のように耳から離れない。誰もが神経を研ぎ澄ましていた、いつ槍が飛んでくるかとおびえていた。
アルチュールのシンジケートの評判は西部地方の騎士たちの領地からも届いていたようだ。彼らは密に、大公と勇者を天秤にかけていた。将軍の執拗な攻撃によって神経をすり減らした彼らの間で、勇者陣営の工作が着実に実を結んでいた。そしてついに討伐軍の内部で反乱が起きた。彼ら指揮官を追い出して勇者と交渉する道を選んだのだ。その仲介役を務めたのは、すでに勇者陣営に加わっていた、同じ西部地方の騎士であるヴァランタン卿だった。
「ありがとう、カミーユ。君のおかげで大きな戦闘にならずにすんだよ」
アルチュールが礼を述べるとカミーユは、
「当たり前のことをしただけだよ」
と照れもせずに言い放った。
「ジジもありがとう。騎士が増えたけど、軍のことは君に任せるよ」
アルチュールはいつもの軽い調子であたしに言った。うへー、また仕事が増えた。
キグヌス軍の中にブリュノの姿を見かけた。討伐軍の指揮官の書記官として従軍していたらしい。反乱の際に指揮官に置いてかれたようだった。誰でもいいから人手が欲しかったあたしは、彼を秘書として雇うことにした。放置してたら恨みをかった騎士たちに殺されていたかもしれない。
前回、彼の父親は大作家だったけど、今回は片田舎の青年が近衛騎士になったり、無実の罪で牢獄に入れられた主人公が脱獄して復讐するライトノベルを書いている三流作らしい。お父様のような偉大な才能でも、ちょっとした出会いの違いで、世間の評価に大きな違いが現れるようなことを、あたしは何度もループのなかで見てきた。
アルチュールはヴァランタン卿を筆頭とした西部地方の騎士たちの忠誠を受け、彼らの領地を保証した。
騎士たちの戦い方はもう時代遅れになってしまった。実際、あたしの騎兵隊には何の対策も取れなかったし、騎士同士の正面からの激突なんてもう馬上槍試合のなかにしか存在しない。幸いなことに、あたしたちは魔王を討伐した勇者様だったから、騎士たちのあたしたちに対する尊敬の念を利用して、時代にそぐわなくなった騎士隊を解体することにした。
「ヴァランタン卿、協力をお願い」
西部騎士のまとめ役のヴァランタン卿と相談して、それぞれの騎士が率いていた旗持ち、槍兵、弓兵、騎上兵を一度バラバラにして、それぞれの兵種でまとめた。槍隊、弓隊はあとでアルチュールに任せるとして、旗隊と騎士主体の重騎兵はヴァランタン卿に任せた。騎士のなかでも重い鎧を脱ぐことを承諾したものは、あたしの軽騎兵隊に入ってもらうことになった。意外と多かった。
その後、彼と協力して、槍隊、弓隊、そして騎兵隊に協働という概念を徹底的に叩きこんだ。
王都ポロフレを掌握しているキグヌス大公が派遣した勇者討伐軍を撃退した後、ウナルベクサには束の間の平穏が訪れた。目前の脅威が去り、ここを拠点とした国づくりが進められていく。
あたしとアルチュールは外交と軍事の両面で、アクィル州の隣接地域、ケンタウルス州、西セルペンス州、セルフィヌス州へと勢力を広げていった。討伐軍の進軍路となった西セルペンス州では伯、城主がこぞって従属を申し出てきた。疲弊していた彼らに、あたしたちを拒む力は残っていなかった。セルフィヌス州はキグヌス大公の領地だったから強い抵抗があったけど、あたしたちの敵ではなかった。
レティシアはウナルベクサの教会を司教座聖堂とした。彼女はポロフレ大司教と密接な連絡を取り合っているらしい。神官であり、レティシアの従者でもあるクレマンスが、しばしば姿を消す。密使としてポロフレに潜り込んでいるんだろう。
ある時、レティシアがアルチュールの所にやってきた。あたしはたまたまその場に居合わせた。
「ねえ、アルチュール、お願いがあるの」
レティシアが甘い声で彼におねだりをする。
「どうしたんだい?」
「私のために、大きな教会を建ててほしいの」
「ああ、もちろん」
それでウナルベクサに司教座聖堂が建つことになった。
彼女は新しく勢力下に入った土地に精力的に足を運んだ。農民の訴えに耳を傾け、荒れた農地を復興させるために、種子や農具が無償で配布した。彼女の指導のもと、新しい作物の栽培方法が伝えられる。彼女の計画した用水路は乾燥地帯を沃野に変えた。物質的な支援だけでなく、精神的にも彼女は大きな役割を果たしている。人々の心に希望の種をまいていた。
ある時、レティシアがアルチュールの所にやってきた。あたしはたまたまその場に居合わせた。
「ねえ、アルチュール、お願いがあるの」
レティシアが甘い声で彼におねだりをする。
「どうしたんだい?」
「私のために用水路を作ってほしいの」
「ああ、もちろん」
それでまた新しい用水路の建設が決まった。
カミーユは拡大する一方の勢力圏をまとめるための仕事に追われている。ウナルベクサに仮設された彼の屋敷は、私宅ではなくアルチュールの政庁みたいになっている。一番大変なのはアルチュールの支配下に入った貴族たちの領地を保証する文書の発行らしい。
伯や城主たちが新興の、というか成り上がりのアルチュールになぜ従属するかと言うと、自分たちの領地の保全が目的だ。彼らにとって先祖代々領有してきた土地の権利を認めてくれるならば、由緒ある大貴族のキグヌス大公であろうが、成り上がりのアルチュールだろうが関係ないんだ。逆に言えば、土地の領有を認めてやるから戦争に騎士を出せ、というのがこの時代、この社会の仕組みだ。
で、カミーユとその部下たちが文面を書き、アルチュールがサインをする。そんな羊皮紙を求めに貴族たちがやってくる。あたしはたまたまその場に居合わせた。
「アルチュール、お願いします」
カミーユが羊皮紙を差し出す。アルチュールが「勇者・アイ城主・アルチュール」と署名する。カミーユの部下がそれを丁寧に丸めて封泥する。
アルチュールが署名する時、カミーユはいつも不満げな顔をする。アルチュールの肩書が今の彼の立場に見合っていないのが気に入らないのだ。アクィル州を掌握し、さらに周辺の州にも勢力を広げているのだから、アクィル公とかアクィル大公のような実力に見合った称号が必要だとカミーユは考えている。新しく従属してきた貴族たちに対して正当性を示すためにも問題がある。でも「王さまからもらっていないものは名乗れない」とアルチュールは言う。こういう変にガンコな所が彼らしいと思う。
世間ではあたしたちのことを「アルチュールのシンジケート」って呼んでいる。狭い意味ではあたしたちのパーティのことだし、広い意味では数州に広がっている、あたしたちの「くに」のことだ。正式な名称が欲しいカミーユと、そんなことには頓着しないアルチュールの妥協の産物が「勇者」で、カミーユの屋敷は「勇者府」なんて呼ばれたりしている。
あたし、アルチュール、レティシア、カミーユのシンジケートが忙しくしている間、ベルナールが何をしているかと言うと、相変わらず魔王の図書室で、弟子のシルヴァンと一緒に調べものに没頭している。
「世界は混沌に偏り過ぎている。秩序側に重りを乗せ、均衡を取らなければならない」
そう言って、魔王の遺産の使い方について研究している。どこまでやるつもりだ? おまえは? てゆーか、均衡を崩したのはおまえじゃねーか。まあ、あたしも同罪なんだけどな。
旧魔王城周辺地域についで、あたしたちは王国西部地方の領主たちを、あるいは懐柔して従属させ、あるいは討伐して安定化させた。分裂状態であった王国も、その一部に秩序を取り戻したのだった。
次のあたしたちの目標は王国の再統一だ。カミーユは「あたしたちの」ではなく「アルチュールの」とうるさく言ってくる。はいはい、判ってますよ。組織をまとめるためにはそーいうのが大切なんだってことぐらい。あたしにも言いたいことがあったけど、今回はカミーユの正論に付き合うことにした。もう失敗したくないから。そんなカミーユを腹立たしく思っているレティシアを、あいつにも可愛いところがあるんだよ、なんてなだめたりしている。そうだ、王都にいるはずのアンナを探さないと。
王都にはキグヌス大公が主宰するアドリアン王子の宮廷がある。ここが攻略の目標になった。前軍があたしの騎兵隊、中軍はアルチュールが率いる主力、そして名目上の司令官としてレティアを置いた西部諸侯軍が後軍を務める。ベルナールはアルチュールと一緒に中軍に、カミーユはウナルベクサで留守番だ。
こうしてみると人がいない。冒険者時代のパーティのまま国を興そうとしている。本当ならレティシアには本拠地で補給を担当してもらいたいのに、前線に駆り出されている。人材不足は新興勢力の弱点だな、なんてことを考えながら、あたしたちは王都へと向かった。
偵察、発見、回り込んでの奇襲、規模の大きな敵部隊には、馬から下ろした騎上歩兵を足止めとして当ててから、騎兵で回り込んで奇襲、といったことを繰り返した。「決戦」なんてものはなかった。あたしの前軍だけで王都に到着する。途中取りこぼした敵陣地があったけど、それはアルチュールとベルナールがなんとかしてくれるだろう。あたしたちは王都を包囲して、中軍と後軍の到着を待った。
王都は攻撃したくないなぁ。思い出の場所だし、親しくしていた人たちもいる。みんな無事に逃げてくれたかな。前軍の包囲は示威行動みたいなもので、ほとんど出入り自由だ。大勢の人たちが続々と王都から逃げ出している。市民たち、裕福な商人たち、貴族たち、そして大公の兵たちも……。このまま攻撃しないですませたいなぁ、と願ってたら、本当にそうなった。アルチュールの中軍が到着したその日に、王宮の中で反乱が起こり、大公の首を差し出して、降伏してきた。
アルチュールの元にキグヌス大公の首が届く。
いい人だったのに、こんな無惨な姿になってしまって……。あたしの目に涙が浮かんでいたかもしれない。以前の周回では領民のためにドラゴン退治をあたしたちに依頼してきた、領民思いのいい領主だったのに……。
アルチュールは大公の首を持って降伏してきた裏切者の捕縛と処刑を命じた。これは以前シンジケートの中で話し合って、すでに決めてあったことだ。カミーユの想定していたシナリオの一つで、彼はそれを強硬に主張していた。裏切者を優遇すると将来に禍根を残すと。あたしも異論はなかった。
大公はいい人過ぎたんだ。周りの人間に利用されて、こんな最期を迎えるなんて……。
まもなくレティシアの後軍も到着した。彼女は部隊をヴァランタン卿に任せると、すぐに宮廷や宰相府の倉庫を封印してまわった。やっぱり彼女にはこういう仕事が向いている。あとで彼女に聞いたら、大公たちが節操なく使い込んだせいで、リストと倉庫の中のものの数が全然合わないと怒っていた。略奪がなかっただけよかったじゃないと慰めておいた。
あたしは部隊を率いて王都の治安回復にあたった。アドリアン王子はどこかに逃げたみたいだけど、誰も気にしなかった。王都はすぐに平穏を取り戻した。夕方の巡回では家々からおいしそうな夕食の香りが漂ってくる。その匂いは、人々の暮らしが、少しづつ元に戻っていくことを教えてくれた。衛兵もちゃんと仕事をしているみたい。リュカが敬礼してきたから、こちらも答礼を返した。
ポロフレのキグヌス大公の屋敷を接収した。略奪の跡が痛々しい。いくら栄華を誇っていても、ひとたび風向きが変わると、都市民たちはすぐに牙をむく。彼らの変わり身の早さをあたしは身をもって知っている。無惨だなと思う。
そんな感慨にふけっていた時、食料庫で立てこもっているものがいると報告を受けた。行ってみると、そこにいたのはギョームだった。
これまで何度も彼の料理を堪能してきた。彼の顔を見て、思わずよだれが出そうになった。これでようやく美味しい料理にありつけると思った。
側にいた軍曹のエルワンに尋ねた。
「彼はなんで立てこもっているんだ?」
彼は困ったように答えた。
「なんでも、キグヌス大公の命令がないと持ち場を引き渡すことができないと言っとるようです」
「ふーん」
いかにも彼らしい責任感だ。けど君がそこまで義理立てするほど、大公は君の理解者じゃなかったような気がするけどな。
「どうします? 突入しますか? 俺としてはこんなとこで部下が怪我したりすんの、嫌なんすけど」
「わかった。あたしに任せてくれ」
あたしはそう言って、食料庫の扉に近づいた。
「えーと、料理人君。キグヌス大公は気の毒なことに、お仲間の裏切りにあって命を落とした。勇者アルチュールは裏切者に厳罰を与え、大公を丁重に葬った。もう君が忠誠を捧げる相手はいない」
言葉を切ると、ギョームが扉の隙間から顔をのぞかせた。その目が光っている。泣いているようだ。
「勇者アルチュールの所には、現在正式な料理人がいない。どうだろう? 君が勇者の食膳を整えないか? あたしも美味しい料理を食べたい」
周囲から部下たちの失笑が漏れる。行軍中は部下たちと一緒に塩漬け肉と豆のスープばかりだった。彼らも美味しくもないその料理のことを思い浮かべているのだろう。
「それに君は錬金術に興味があると聞いている。勇者に仕えれば、大ウィザードのベルナールとお近づきになれるかもしれない。彼の実験器具は、君のオスマゾームの探求に大いに役立つんじゃないかな?」
これが決め手だったみたい。ギョームはナイフが何本も収まっているエプロンをはずし、両手をあげて投降してきた。部下たちが彼を取り押さえようとするのをあたしは制した。
「勇者の首席料理人に手荒なことをするんじゃない。ひとまず丁重にあたしの宿舎にお連れしろ。その前にギョーム殿に食料庫を封印してもらえ」
カミーユもウナルベクサからポロフレにやってきた。すぐさま王国の掌握に取り掛かる。
彼は本来の業務のかたわら、人探しを始めた。これまではスカウトギルドの情報網を使っていたが、これからは公的権力も使ってルイーズの行方を捜している。
ルイーズはカミーユの幼なじみだ。幼い頃、彼らはオロール王女、オリビエ卿と一緒に王宮で育てられていた。しかしカミーユの父の宰相シャウラ伯の失脚によって、カミーユとルイーズは王宮を離れることになったのだ。その後カミーユはスカウトとなり、アルチュールと一緒に冒険をし、今ではシンジケートの一員だ。ルイーズの行方はわからない。カミーユはその幼なじみをずっと探している。それはオフィウクス公に対する復讐より、ずっと強く、深い思いだったかもしれない。
しばらくたってオロール王女がアルチュールの所にやってきた。キグヌス大公のクーデタ以来、その姿を消していた王女だ。正当な王位を請求しに来たんだろう。
王女を即位させて、アルチュールが救国の英雄におさまるというルートも確かにある。でも、それじゃ首飾り諸国全土に及ぶ混乱は収拾できないよ。それにアルチュールがいつ王女に寝首をかかれないか心配だ。
「アルチュール様のお慈悲におすがりしたく存じます」
王女が殊勝なことを言っている。ここは応接の間、アルチュールが客を迎え入れた形で、どちらが上か下か。意図的にあいまいにしている。カミーユが舞台を整えた。さすがに元貴族、こういう所に抜かりはない。
王女側もすんなりと王位が戻ってくるとは思っていないだろう。きっと別の手も考えているに違いない。ここに来たのは護衛を除くと侍女数人だけ。側近のオリビエ卿の姿もない。どこか近くで様子をうかがっているんだろう。
王女はシンジケートのメンバーを見渡した。アルチュール、あたし、ベルナール、レティシア、カミーユ。カミーユにはにっこりとほほ笑んだ。あぶないなぁ。
以前の周回で、王女は宮廷内に陰謀の網を張り巡らせ、アルチュールを利用して大貴族を排除しようとした。けど彼を操ることができず、最終的にアルチュールを殺したのだ。二回も。でもそんなことはもういい。今回は王女さまにも活躍の場を与えてやる。
あたしは王女の前に歩いて行って言った。
「あんたの本性はわかっているよ。協力して欲しい。王位は時期がきたら返す。あと、オリビエ卿も連れておいでよ。適当なポストを用意するからさ」
王女は驚いて、目を見開いた。カミーユもあんぐりと口を開けている。ごめんね、君の計画を台無しにして。でもアルチュールはいつものように微笑んでいるよ。
「王女さま、オフィウクス公もキグヌス大公も、もういないよ。貴女の復讐の相手はもういないんだ。これからは貴女は貴女らしく生きるべきだと思うよ」
あたしがそう言うと王女さまはポロポロと涙をこぼした。カミーユが慌てて駆け寄る。
「リュシルさんも、王女さまに幸せになってもらいと思ってるんじゃないかな」
その言葉にオロール王女は嗚咽をもらし、その震える肩をカミーユが優しく抱いた。周りは不思議そうにあたしと王女さまを眺めていた。この場で、なにが起きているのか理解できないといった様子で。なにが起きてるのか正確に理解しているのは王女さまとあたしだけだった。でも、アルチュールはいつものように微笑んでいた。
オロール王女を身内に引入れ、とりあえず、ワの国の再統一を果たした。
しかし、人が足りない。軍を率いるのはアルチュールとあたし。カミーユは王都で、レティシアは地方をまわって、彼らが王国経営を担当している。皮肉なことに王国は一度バラバラになったおかげで、貴族や騎士たちはスムーズにアルチュールに仕え、カミーユの指示に従っている。
で、あたしはかつてアルチュールの宰相府で働いていた優秀な役人たちを、思い出せる範囲で探し出してカミーユにあずけた。その中には神に仕えようか、王に仕えようか迷っていたセヴラン少年もいた。
カミーユはアルチュールの後方支援で忙しくしながら、ルイーズを探している。
ワの国が混乱している隙をついて、東の隣国イの国が侵攻してきている。現在オフィウクス州の首府、ラスアルハゲ城が包囲されている。キグヌス大公に暗殺された前宰相オフィウクス公の子が、新オフィウクス公として防衛の指揮をとっているが、極めて旗色が悪い。オフィウクス州の南は王都のあるスコルピウス州だ。この城を落とされるわけにはいかない。
オロール王女に、籠城に対するねぎらいの言葉と、援軍の派遣を伝えてもらった。
アルチュールとあたしの軍が近づくと、イの国の軍は包囲を解き、決戦を挑んできた。戦場に叫び声と、金属のぶつかり合う音が響いた。結果はあたしたちの圧勝だった。イの国の指揮官はジェラール将軍だと聞いていて心配していたんだけど、捕虜に聞くと戦功をあげすぎたため宮廷の嫉妬をかい、解任されていたらしい。代わりにむこうのおエラいさんの甥が新しい指揮官として派遣されていたそうだ。将軍はいつも宮廷政治に振り回されてかわいそうだな。
あたしたちの軍は、ラスアルハゲ城の包囲開放の勢いをかって、イの国へと侵攻した。が、イの国の宮廷はここでジェラール将軍を呼び戻す。
人格に難のある用兵の天才。戦場での卓越した勲功を、傲慢な態度と人間関係の拙さで台無しにしてしまう男。イの国の首脳部は彼を嫌い、都合のいい時に使いだけで冷遇してきた。しかし自軍の敗北が続く中で、イの国の王の心の中では、ジェラールに対する嫌悪感よりもアルチュールに対する恐怖心のほうが上回ったようだ。
ジェラール将軍の登場によって、戦況は一変する。アルチュール軍は連戦連敗。ジェラールの采配はまさに悪魔的としか言いようがなかった。こちらの動きはすべて読まれているかのようだった。もともとあたしたちの軍は寄せ集めだから逆境に弱い。勝ってるうちはいいけど、一度負けると士気が下がり、ズルズルと負け続ける。逃げ出すものも出てくる。でもアルチュールは敗走する軍の殿軍を務め、負傷者に声をかけ、決して弱音を吐かなかった。彼のその姿があったからこそ、軍は崩壊寸前で辛うじて繋ぎ止められていた。もちろんカミーユやレティシアが兵馬と物資を絶えず送り続けているっていうのもあるんだけど。
結局、アルチュールは侵攻した土地の大部分を失い、ウルクアヌハイ城に押し込められた。
で、あたしはそんなアルチュールを囮にして、ベルナールと一緒に、イの国の王都アムキルクルへ騎兵主体の部隊で長駆進撃中。イの国のおエラいさんも、そしてジェラール将軍も、この戦役はアルチュールを倒せば勝ちだと思っている。いや、もしかしたらおエラいさんたちは、アルチュールをウルクアヌハイ城に押し込めた段階ですでに勝利を確信し、将軍の解任を相談しているのかもしれない。
道中、抵抗はほとんどなかった。あっても馬上から槍を投げ、混乱したところに突撃するだけで片が付いた。
アムキルクルはあたしたちの到着をまったく予期していなかった。角笛を吹き、太鼓を叩き、進軍する部隊が視界に入った段階で、ようやく城門が閉められはじめた。遅いよ。
あたしは小型の破城槌ほどもある金属の棒を、トロールパワーゴーントレットの力と、特製のアトゥル=アトゥルで打ち出した。空気を切り裂くような甲高い音の直後、轟音とともに城門が砕け、木片と金属部品が飛び散った。
同時にベルナールが準備していた魔法を発動させる。空から小さな流れ星が幾つも飛んできて、閃光と爆音が響いた。遅れて建物が崩れ落ちる音が続いた。王都を囲む塔が正確に破壊されていた。魔王の遺産なんだそうだ。スターライトシャワーというらしい。部隊のみんなもその威力に驚いていた。あたしもそのすさまじさに驚いたが、表情には出さず、
「あとに続け! 王宮まで一気に駆け抜けるぞ!」
と長大なエストックを片手で振り回して叫んだ。市街を駆け抜け、そのまま王宮へ向かう。
アムキルクルの王宮で最後まで抵抗したのはエルフの傭兵隊だった。
エルフはこの国の北東に位置する最後の居留地で狩猟採取の生活を維持している。その居留地の重要な輸出産業の一つが傭兵業だ。彼らは首飾り諸国に傭兵を供給している。
そのエルフ傭兵の小部隊があたしの部隊に立ちはだかり、にらみ合いを続けている。多勢に無勢だ。すでにイの国の近衛騎士隊は潰走させた。最後の防衛ラインがこの傭兵隊だった。あたしは降伏を勧告した。でも彼らは断った。傭兵の名誉のため、降伏はしないと。
あたしはもう一度、同族のよしみで降伏を勧告した。でも彼らは断った。
「同族だからこそ、わかってほしい。エルフの最後の居留地を守るためには、傭兵隊の評判が何より重要だということを」
その言葉を聞いて、あたしは泣く泣く突入を命じた。エルフの傭兵隊は全滅し、王とその一族、その他この国のおエラいさんの確保した。エルフ傭兵隊の名声が永遠に語り継がれることを心から祈念する。
アムキルクルを占拠するとすぐに王さまにジャラール将軍に降伏を命じる命令書を書いてもらった。間に合うといいんだけれど……。あと、アルチュールとポロフレのカミーユとオロール王女にも伝令を出した。
「速いな。本陣を囮にしての進撃か」
後世に編纂された史書には、ジェラール将軍は王都陥落と国王からの降伏命令が届けられたとき、そう静かにつぶやいたと伝えられている。それは稀代の名将が、自らの敗北を明確に認識した瞬間でもあった。
ジェラール将軍の幹部たちは、その命令に激しく憤っていた。
「このまま攻撃を続け、敵将を捕らえましょう。それで勝ちが決まります。王命を無視してでも勝利をつかみましょう」
彼らの主張は、しかし将軍の耳には届かなかった。将軍は降伏を決意した。
やがて、ウルクアヌハイ城から勇者が姿を現した。彼に付き従う将士たちの様相は籠城の厳しさを雄弁に物語っていた。
庭にはナツメの木があった。勇者はその木に近づきしばらく眺めていたという。
将軍が降伏の印として帯剣を差し出そうとすると、勇者は静かにそれを断った。
「それは将軍がお持ちになってください。勝負は時の運です。実際僕は将軍に押されていた。この戦場では将軍の方が優勢でした。たまたま僕には優秀な友人がいただけです」
二人は昼食を共にし、別れ際将軍は勇者に愛馬を送った。
その後、勇者はジェラール将軍を伴って、イの国の王都へ向かった。
アムキルクルにアルチュールが到着し、その後カミーユとオロール王女、そしてオリビエ卿ががやってきた。カミーユは休む間もなく戦後処理を進めている。アルチュールとカミーユが協議を重ね、イの国の王族と貴族の処遇はオロール王女に一任されることになった。王女は持ち前の交渉能力を存分に発揮し、時には毅然とした態度で、時には柔和な笑みを浮かべ、その手腕をもって旧イの国領の掌握を驚くほど円滑に進めていった。
王女にはアルチュールの愛人だという流言が広まっていたが、王女はそれすら利用し、したたかにイの国の貴族との交渉役をこなし、勇者府への領地の編入を進めていった。もはや王女はその交渉能力で、名実ともにシンジケート欠かせない一員となっていた。
アルチュール、カミーユ、オロール王女が忙しくしている中、あたしはジェラールに会いに行った。
ジェラールはイの国の王都の屋敷に軟禁状態で暮らしている。
その屋敷は驚くほどに殺風景だった。高価な調度品や装飾品は一切なく、最低限の生活用品だけが質素に置かれている。体面などまったく気にしないところが、イの国の貴顕から嫌われていた理由の一つなんだろう。彼はそれなりの家柄の出身だと聞いていたが、趣味とか典雅とかは、どうやら遺伝しなかったと見える。
「やぁ、初めまして。ジュヌヴィエーブだ。よろしく」
あたしが気さくに話しかけると、ジェラールは無愛想に、そしてわずかな警戒心を浮かべた瞳でこちらを見た。客人が来たというのに、シェリーの一つも出てこない。
「何の用だ」
「勧誘だよ。君の用兵を側で見てみたい。君の活躍の場はこちらで用意するから、協力してくれないか?」
「この前まで敵だったんだぞ?」
彼の問いに、あたしは肩をすくめた。
「そんなの関係ないよ。アルチュールの許可はとってある。ぜひ力を貸して欲しい」
アルチュールの名を出した時、彼の瞳が輝いたのが見て取れた。男の子の、このアルチュールに対するあこがれみたいなのは何なのだろうといつも不思議に思う。彼の瞳の奥に、興味と迷いが見て取れる。新しい居場所、新しい戦場、期待と渇望が入り混じった色があった。膝の前で組んだ手の指がせわしなく動いている。彼は考え事をするとき、こうやって指を動かす癖がある。やがて、彼は息を吐き、口元に笑みを浮かべた。
「俺は高いぜ」
その言葉に、あたしも笑った。
「じゃ、決まりだね」
また一人、シンジケートの人数が増えた。




