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ジジのクリシェな冒険  作者: 万里小路 信房
第二章

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第20話(全36話) 宰相の施策

 王都ポロフレは新宰相ウナルベクサ伯アルチュールの誕生で活気づいていた。

 人々はは彼を「護民卿アーティ」と呼んだ。先のウヌクアルハイ城防衛戦での目覚ましい働きが、そうした親愛と尊敬の気持ちを込めた呼び名を生んだんだと思う。

 その防衛戦は舞台になった。アイリーンという美人女優が、大きなつけ耳をつけてあたしの役をして演じているそうだ。とても人気があるらしい。


 アルチュールの宰相就任と同時に、カミーユは警察長官となった。王都の治安維持と首都行政全般を担う、重要な役職だ。

 あたしはアルチュールの宰相府で働くことになった。セブラン卿と同僚で、以前は名前と顔しか知らなかった書記官たちと仕事をしている。王宮内に席ももらった。でもあたしは王宮にはあんまり行ってない。


 アルチュールの政策は、だいたい先代のシャウラ伯の路線を引き継いだものだ。カミーユはアルチュールをよく支えているように見える。たまに自分の席に行くと、宰相執務室の扉はいつも開け放たれており、二人が親しく言葉を交わす光景を見かける。それはは宰相府の日常の一部になっているようだ。


 ある日のこと、宰相執務室から二人の声が聞こえてきた。

「カミーユ、今回の従士制度の拡大だが、貴族たちの反発はやはり根強いな」

 アルチュールの声には、わずかな憂いがにじんでいる。

「当然でしょう。彼らは既得権益が脅かされると感じているのです。しかし、この国の未来のためには、避けては通れない道です。彼らの抵抗は、いずれ時代の流れに飲み込まれるでしょう」

 カミーユの声はいつものように冷静で、確信に満ちている。

「そうだな。君の言う通りだ。だが、彼らの不満を放置するわけにもいかない。何か良い手はないだろうか?」

「近々、王都で大規模な祝祭を開催し、そこで従士たちと常備軍の勇姿を民衆に披露するのはいかがでしょうか」

 アルチュールは少し考え込み、やがて満足そうに頷いた。

「なるほど、それは良い考えだ。カミーユ、いつもながら君の洞察力には感服するよ」


 二人の間には、確かな信頼関係が存在している。まるで車の両輪みたい。どちらか一方では成り立たないように思う。お互いを補い合いながら国政を動かしている。以前はカミーユのことを、アルチュールを利用する野心家だと思っていたが、最近では実はいい奴なんじゃないかと思うようになった。

 前回は、アルチュールはキグヌス大公の反乱を鎮圧したあと、王様を殺害した反逆者だとして処刑された。その後カミーユがオロール王女が結婚して王位を継ぐことになっていた。だからあたしはカミーユがアルチュールを陥れたと考えていたんだけど、実際はどうだったんだろう?




 アルチュールの政治は王国の住民には評判がいい。

 農村では、村の有力者に「従士」の身分を与え、積極的に行政・軍事への協力を求めた。従士っていうのは騎士見習いぐらいのものなんだけど、彼らに社会的身分を与えることで、村落の安定と、軍事力の増強をはかる狙いだ。

 この制度はアルチュールの領地である旧魔王領、ウナルベクサ伯領の再開発で成功を収め、先の遠征でも従士たちはアルチュールの部隊で活躍した。

 宰相となったアルチュールは、この政策を王領地にまで広げた。将来は貴族領にも導入したいと考えてるようだけど、現状では抵抗が大きい。


 軍事面では小規模だけど常備軍を組織した。旌旗、槍兵、弓兵、騎兵などで王令中隊と呼ばれている。

 あたしはその騎兵の責任者である騎兵総監という役職にいつの間にか任命されてしまった。騎兵の調練、馬の調教、そして馬や飼料の調達とかやってる。騎兵は百人程度の中隊が二つしかないが、その構成員はいろんな生まれの者が入り混じっている。貴族もいれば平民もいる。王国出身者もいれば他の国から来た者もいる。トールマンもいればエルフもいる。で、馬も色々で、走り方の調教法もバラバラだった。そこで、馬の名産地として有名なアの国出身の者に協力してもらって、馬の調教のマニュアルみたいなものも作った。これでようやく異世界でやった横隊で足並みをそろえて、ギャロップで突撃、なんてのが出来るようになった。このマニュアルは王国の新しい基準になると思う。他の部隊も似たようなことやってるみたい。


 王都では物価の安定が最重要課題だとして流通経路の整備が進められている。具体的には道の建設や河川の浚渫といった地味な作業だ。迂遠な、と思うけど、これが一番確実なんだって。その甲斐もあってか、コーヒーの値段も下がって、王都には新しいカフェが次々にオープンした。ツバキとかアジサイとか、綺麗な異国の珍しい花なんかも入ってきている。市場を歩いていると、時折今まで嗅いだことのないような香りにふと出会うことがある。


 常備軍の設立は、王都の経済をもたらしている。王令中隊の制服を作るため、職人が一か所に集められ、同じものを大量に作るという新しい仕事が生まれた。王令中隊用の加工食品を納入する業者も生まれた。王都周辺の農村も潤っている。常備軍は王権の強化だけではなく、経済の活性化にもつながるようだよ、アントワーヌ卿。もっともそのせいで宰相府の仕事は以前にも増して膨大なものになったようだけど。


 あたしは宰相府の仕事のほとんどを有能なセブラン卿に任せ、外で騎兵総監としての仕事を,

頼りになるサージェントのエルワンと一緒にやっている。また午前中は市中を巡回している、というかいつもの早朝のジョギングのあとで、市場を散策している。時々メイドのコスプレをしているから、店のおかみさんたちはあたしをどっかのお屋敷の人間だと思っているみたい。そして市場で得た情報をアルチュールに伝えている。「あれが効果があったみたい」とか「こういうのが欲しいみたいだよ」とか。些細なことだけど、大切なことだと思ってる。カフェやサロンの情報もいいけど、やっぱり政治には生活者の視点が大事なんじゃないかな。


 アルチュールは忙しそうだけど、オロール王女とのデートの時間は確保しているみたい。うちから送り込んだメイドがイヴェットを通して教えてくれる。そっちも順調そうだ。今度こそ幸せになれよ、アルチュール。




 だけどアルチュールの政策はすべてが順調にいってるわけではなかった。

 農村の有力者を従士として取り立てる政策は、貴族の領地支配への露骨な介入とみなされ、激しい反発を招いた。「領内の秩序が乱れる」とか「下賤の者が力を持ちすぎる」と言ってサボタージュしている。アラ公なんかは王都で人を雇って自分の「従士隊」を組織している。それじゃ意味ないんだってば。貴族たちは現実はすでに大きく変化しているにもかかわらず、それを認められないでいるんだ。


 流通改善のために関所を廃止したことも、貴族たちの怒りを買った。通行税は彼らの重要な収入源だったのに、それを奪われたのだから当然と言えば当然なんだけど。アルチュールはそれに対して、貴族が戦場に連れて行く兵数を減らすなど対策を取ったが、不満は根深く、容易に解消されそうもなかった。


 常備軍の整備と従士の動員も、貴族たちの不興を買った。常備軍には貴族の席も用意され、貧乏な貴族たちの新たな就職先ともなったけど、彼らが警戒したのは、これまで独占してきた軍事の領域に平民が進出してくるということだった。平民が自分たちと肩を並べることに生理的な嫌悪感をもっている。常備軍や従士隊はまだまだ規模が小さいが、これは貴族の力を弱体化させ、王権の強化をもたらすとアントワーヌ卿は言っていた。貴族たちは自分たちの権威が揺らぎ始めていることを敏感に察知し、漠然とした不安を感じているのだと思う。


 外交に関して、アルチュールはイの国との融和を模索している。前宰相オフィウクス公の遠征ではなんとか一州を確保することができたが、その代償はあまりにも大きかった。戦役の継続は不可能だったが、この戦役に参加していなかった貴族の中には強硬な意見を持つものがいる。その筆頭がアドリアン王子だ。王子はウヌクアルハイ城防衛戦で、イの国の主力を撃破した今こそ、好機を逃さず大攻勢をかけるべきだと主張し、支持を広げている。彼らにとってアルチュールの慎重な外交政策は先の勝利を無駄にするものと映っているようだ。


 貴族たちの不満は首都警察の活動にも向けられていた。警察長官のカミーユは、貴族だろうと何だろうと身分に関係なく犯罪者を検挙している。この間もアドリアン王子の取り巻きの貴族が暴行罪で捕まった。王都の市民には清廉で潔白な護国卿アーティが部下の警察長官に命じて王都の治安を守っていると映っているようだ。特権を脅かされてる貴族たちの恨みはアルチュールに向かっている。


 総じてアルチュールの政策は王権の強化と、王国民の生活の向上に重点が置かれている。それが時代の趨勢だと言っても、衰退してゆく貴族層への配慮が足りていない。だからアルチュールの政策は正しいんだけど、貴族、とくに大貴族とその影響下にある貴族たちの根強い抵抗で、なかなか思うように進んでいないのが現状だ。

 あたしが騎兵総監として、馬の買い付けに貴族の領地に行く際にも、彼らのアルチュールに対する非協力的態度はありありと見て取れた。王様も、アルチュールの理想主義的なところを心配しているようだ。




 王宮の一角に宰相の執務区画がある。宰相の執務室、書記官たちの執務室、会議室、そして簡素な寝室。前宰相オフィウクス公は政務を自らの屋敷で行っていたが、現宰相ウナルベクサ伯は王宮内の執務室を拠点としていた。


 扉の固く閉ざされた宰相執務室では、セブラン卿が、宰相ウナルベクサ伯、そして警察長官シャウラ伯とともに、山積された地方からの報告書に目を通していた。

「まただ」

 セブラン卿がつぶやいた。この若い書記官は年上の上司である宰相に対する遠慮というのがない。伯の温和な人柄がそうさせているのかもしれない。

 彼は魔王の災禍で家族を失い、ウナルベクサ伯とシャウラ伯の盟友である修道院長レティシアの庇護のもとで育った。彼女はその並外れた事務処理能力を見抜き、ウナルベクサ伯の所へ送りこんだ。そして彼はレティシアの期待に違わず、宰相府で頭角を現し、今ではウナルベクサ伯の騎士に任じられ、卿と呼ばれる身分となっていた。

「宰相の政令が、ことごとく大貴族の領地の周辺地域で滞っている」

 口は悪いが、彼は優秀な役人だ。宰相府に届けられる膨大な報告書の内容を誰よりもよく把握している。セブラン卿の言葉を聞いて、シャウラ伯が舌打ちをした。その音は静かな部屋に妙に響いた。


 ワの国はこれまで一一州、先の戦役でセルペンス州を加え、一二州で構成されている。宰相の政令が届くのは王家が直接支配し、その地の貴族が王家の中核的な権力基盤を成している王領四州と半分独立している中小の貴族が盤踞している四州の計八州に過ぎない。

 残りの四州は、王国の版図には含まれるものの、独立した領主が存在する。キグヌス大公が二州を、オフィウクス公とアラ公がそれぞれ一州を支配している。彼ら三大貴族は、強大な軍事力と富を持ち、長年にわたり王国の政治を動かしてきた。国王がウナルベクサ伯を宰相に抜擢したのは、王国内で大きな勢力となっているこれらの大貴族に対抗する意図があったからである。


「大貴族たちは王国に害をもたらす存在です」

 シャウラ伯が氷のように冷たい口調で言い放った。彼は国王が公爵を兼ねるスコルピウス州のシャウラ郡の領主であり、オフィウクス公の前の宰相であった先代シャウラ伯の息子だ。宰相シャウラ伯は大貴族の権力削減を試みたが、志半ばで失脚し、反逆者の汚名を着せられて処刑された。王国への権力集中は、シャウラ伯にとって亡き父の遺志を継ぐ悲願なのだ。

「武力による粛清が、最善の策かと存じます」

 そう言うシャウラ伯の横顔をセブラン卿が冷めた目で見つめた。それが最善というのはセブラン卿も理解していた。だが、どうやって? 先代のシャウラ伯はそのために命を落としたのではないか。宰相を自分の父親の二の舞にするつもりか、と責めるような目つきだった。

「それは……」

 宰相は言葉を濁し、ためらうように答えた。

「宰相ならば、できます。王国軍を動かし、大貴族たちの領地を解体しましょう。方策はあります」

「それしか方法はないのか……」

 宰相は深い苦悩の色を浮かべて、つぶやいた。

「はい、王国のためには、それしか方法はないのです」

 シャウラ伯が自信に満ちた口調で強く主張する。

「……わかった。詳細は君に任せる」

 宰相はいまだ悩んでいる様子だった。

「承知いたしました」

 シャウラ伯が恭しく一礼した。


 セブラン卿は反対派を武力で粛清するのは最善の策かもしれないが、宰相には向かないやり方だと思った。これでまた宰相は背負わなくてもいい苦悩を抱えることになるのだと年上の上司である宰相に深く同情した。

 彼は、この類まれなる才能と、人々を思う誠実さを持つ、若き宰相ウナルベクサ伯アルチュールを、こんなことで失うのはあまりにも惜しい、と心の中で強く思った。この国を、いや世界を託すにふさわしい人物だと、彼は信じていたのだ。重苦しい空気の漂う宰相執務室を後にするセブラン卿の足取りは重かった。




 アルチュールは最近、ひどく忙しそうだった。

 毎日、王宮の宰相府に夜遅くまでこもり、屋敷には寝るために帰ってくるか、あるいは王宮内の宰相用の寝室で短い仮眠をとるだけの生活を送っている。王女様とのデートの時間もとれてないみたいだ。

 執務室にはカミーユが頻繁に出入りし、書記官たちが次々に報告書を持ってやってくる。前の宰相オフィウクス公の時代のような、特別な配慮を求める貴族たちや、会議室で行われる饗宴に集う貴顕たちの姿は、もはやどこにもない。


 アルチュールは大貴族たちからは避けられている。いや、嫌悪されていると言って言い過ぎじゃないだろう。王国を豊かにし、人々が幸せに暮らせるように尽力しているにもかかわらず、それを快く思わない者たちがいる。王様はアルチュールを信頼し、支持している。カミーユやセブラン卿のような、志を同じくする若い書記官たち、王国の住民たち、王領四州の貴族たちもアルチュールの味方だ。しかし彼の政策には敵も多い。王国に亀裂が生じ始めている。


 あたしもしばらくアルチュールに会えずにいた。屋敷に行っても留守だった。昼間に王宮に行っても、執務室に閉じこもったままだった。かつては開け放たれていた執務室の扉は重く閉ざされていた。

 募る心配が、とうとう限界を越え、その日の夕暮れ、あたしは王宮の宰相執務室にアルチュールを訪ねて行った。


 執務室の前にはバスチアンが立っていた。あたしの姿を見ると、張りつめていた表情がわずかに緩んだ。

「ジジ様、旦那様になんとか言ってやってください。お身体が心配です」

 彼は懇願するように言った。彼にはもう、あたし以外に頼れる人がいないんだろう。あたしは彼を安心させるように微笑みかけ、

「わかっているよ」

 と答えた。彼は深くうなずき、重い扉を開けて、あたしを執務室の中に入れてくれた。


 室内では、アルチュールが山積みの書類に向かい、ペンを走らせていた。顔を上げ、あたしを認めると、少し驚いたようだった。

「ああ、ジジ、久しぶりだね。元気だった?」」

 彼はいつものように明るく振る舞おうとしているが、その声には隠し切れない疲労の色がにじんでいた。痛々しい。

「あたしは元気だよ。ありがとう」

 そう答えたものの、あたしは心配でたまらず尋ねた。

「でも、アルチュール。君は疲れているようだよ。ちゃんと寝てる?」

 あたしの言葉に、彼は苦笑いを浮かべた。

「ジジには隠し事はできないな。実はあんまり眠れてないんだ。時間がないし、寝ようとしても寝られないから、酒の力を借りて、無理やり寝ている状況だよ」

「そんなことしてたら身体壊すよ。無理しないで」

「ありがとう。わかっているんだけどね……」

 彼は言葉を濁し、すぐ話題を変えた。

「そうだ、今日は一緒に食事をしよう。時間ある?」

「時間はあるけど……」

「じゃ、決まりだ。バスチアンに言って王宮の料理人に何か用意してもらおう。食事の準備ができるまで会議室でちょっと待ってて」

 アルチュールはそう言うと立ち上がり、あたしと一緒に部屋を出て、バスチアンに食事の用意を頼むと、またすぐに執務室に戻っていった。あたしは一人、会議室へと向かった。


「お酒、飲みすぎだよ」

 会議室の隅に用意された小さなテーブルで、バスチアンに給仕してもらって、あたしたちは食事を始めた。バスチアンは手際よく皿を並べ終えると、ワインのボトルを置いて、静かに姿を消した。

 アルチュールはレティシアが修道院で作って送ってくれたワインを、水でも飲むように飲み干している。アルチュールは昔から酒が強かったが、今の飲み方は明らかに度を越している。

「酒を飲まないと、精神が休まらないんだ」

 と彼は自嘲気味につぶやいた。

「料理にほとんど手を付けていないじゃない。本当に身体を壊すよ」

 あたしがそう咎めると、彼は力なくうなずいた。

「そうだな。ジジの言うとおりだよ。いつも、君の言うことは正しかった。心配かけてすまない」

 あたしは席を立ってアルチュールの側に行き、彼の傍らに膝をついて彼の手にそっと触れた。目線を合わせて、彼の瞳をまっすぐにを見つめながら、あたしは言った。

「あたしは何があっても、アルチュールの味方だから。何でも一人で抱え込まないで。あたしはカミーユのように政治のことなんかわからないから、君の力になれないかもしれない。でも、だれよりも君のことを心配している。君がどうにかなってしまったら、一番悲しむのはあたしだって思っている。だから……」

 アルチュールはあたしの手を握り返してきた。その力強い握り方から彼の抱える不安と苦悩が痛いほど伝わってきた。アルチュールは単に仕事が忙しくて疲れているのではない。なにか人には言えない深い悩みを抱えてるのだと、あたしにはわかった。

「ありがとう」

 と彼はかすれた声で言った。

「なにか悩んでるんでしょう? 無理しないで。今のままの君でいて」

 あたしがそう言うと、アルチュールはあたしの頭に手を回し、優しく髪を梳き、髪をかき分けて、あたしの額にそっと口づけをした。

「ありがとう。僕もジジを大切に思っているよ」

 あたしはアルチュールの苦悩を少しでも和らげてあげたいと思った。立ち上がり、彼の唇に、そっと自分の唇を重ねた。彼の瞳が一瞬驚いたように大きくなったが、すぐに静かにあたしのキスを受け入れた。


 その夜、アルチュールは穏やかな寝息を立てていた。久しぶりに心の底から安らかな眠りにつけたようだった。あたしはそんなアルチュールの寝顔を、ただ愛おしい気持ちで見つめていた。

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