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ジジのクリシェな冒険  作者: 万里小路 信房
第二章

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第19話(全36話) 勇者、王国宰相に

 イの国への侵攻は失敗に終わった。

 この侵攻は宰相オフィウクス公の独断で行われたため、王国軍の足並みがそろわず、そこをイの国の名将ジェラールの巧みな戦術によって突かれたというのが大方の見方であった。

 しかし、そのような状況下においても、アルチュールらの英雄的なウヌクアルハイ城防衛戦により、王国軍が全滅しかねない危機的な情勢であったにもかかわらず、損害を比較的軽微に抑え、セルペンス州一州を確保するという戦果をあげた。

 アルチュールはこの戦役で王国軍から確固たる信頼を得ることとなった。




 この戦役の帰陣の儀式があった。戦役に参加した主な指揮官が呼ばれた。当然アルチュールは呼ばれていたが、なぜかあたしとカミーユも参加することになった。出陣の時は呼ばれなかったのに……。

 アルチュールは国王殿下から直接お言葉をかけられていた。

「こたびの馳走、大儀であった」

 とかそういうの。アルチュールも硬くなってる。緊張しているようだ。王様のうしろには、可憐な王女様が身を隠すように立っていた。王女様はわずかに頬を染め、アルチュールを熱い視線を送っている。

 知ってる、この目は英雄に憧れる目だ。アルチュールが緊張しているのは王様に対してではなく、あるいはこの王女様の視線のせいなのかもしれない。

 理想の世界線は、英雄が可愛らしい王女オロールと結ばれて王様になることだろう。かなりクリシェな話だけど、物語としてはそのくらいクリシェなほうがいいと思う。


 儀式のあとの饗宴の席では、話題はアルチュールの活躍のことばかりだった。カミーユが盛大に盛った話をしている。他に話題がないんだ。散々な負け戦だったから。でも隅の方でジェラール将軍の恐ろしさをささやく声も聞こえてくる。実際、この戦役は終始ジェラール将軍の手のうちにあり、アルチュールは彼に辛うじて一矢を報いたに過ぎないのだ。


 戦役のあと、アルチュールはたびたび王宮に呼び出されるようになった。

 彼は基本的にはウナルベクサ城にいて、かつて魔王によって荒廃していた地域の復興に力を注いでいた。

 あたしはもらった領地の管理を人に任せ、王都の広い屋敷で暮らしている。時々、領地を見回るついでにウナルベクサへ行くし、アルチュールも王都に来るときはあたしのところに滞在する。最近、王様の呼び出しのせいで、彼があたしの屋敷に来る頻度が以前よりにも増して多くなった。

「あたしが恋しくなったの?」

 あたしなりに色気を出して、冗談めかして問いかけると、アルチュールは噴き出した。

「ふざけたことを言うなよ」アルチュールはグラスを傾けながら言った。グラスの中にはレティシアの修道院から送られてきたワインが注がれている。「最近、殿下に「話がある」とよく呼び出されるんだ」

「ウナルベクサに近衛騎士団の団員が来て、で、王宮に行くと私室の方に通されて、シェリーを舐めながら他愛のない話をするんだ。時々オロール王女も同席している。殿下も寂しいのかな?」

 迷惑そうな顔を見せず、アルチュールはどこか間の抜けた口調で言った。あたしは王様は王女の結婚相手としてアルチュールがふさわしいかを、注意深く観察しているのだろうと感じた。


 その後、王様はアルチュールに、

「伯爵の助言が欲しい」

 と言い、王様の秘書兼顧問である侍従の一員に任命した。


 今やアルチュールはあたしの屋敷に居候している。王様の信任は日増しに厚くなり、侍従という要職に就いたことで、領地に帰る時間が無くなってしまったのだ。彼はあたしの屋敷を自分の家のように使っている。最初は従者のバスチアンと家臣の騎士を数人連れてきただけだったけど、最近では執事のエドウィンまで呼び寄せる始末だ。

 自分で王都に屋敷を構えればいいのに、と内心では思うけど、うちには有能な執事兼メイド頭のイヴェットがいる。彼女の存在が、彼にとってなにかと居心地がいいんだろう。エドウィンは確かに優秀な執事だけど、女性の扱いはあんまり上手とは言えないからな。屋敷を構えるといっても、土地と建物があればいいというもんじゃない。それを支えるスタッフがいないとね。

 アルチュールの侍従就任の祝賀パーティもうちでやった。侍従は王の側近だ。それまでも王宮にちょくちょく出入りしていて、実質はあまり変わんないそうだけど、正式な役に付いたということでパーティをした。エレオノール嬢のところからギョームを借りてきた。うちの料理人も悪くはないんだけど、彼ほどの料理人はめったにいない。

 今回、あたしとギョームとは一度紹介されただけの関係だから、彼は最初は渋っていた。が、錬金術の大家である高名なベルナール博士もお見えになると言ったら喜んでついてきた。あとで紹介してやるよ。当日の饗宴では彼の料理が食卓の中央に高く盛り付けられていて、客人たちを驚かせていた。もちろん、ベルナールに紹介し、二人はあたしにはよくわかんない言葉で意気投合してた。

 パーティにはオロール王女もお忍びでやってきた。もっとも、お忍びって言ってもみんなわかってるんだけどね。


 最近、アルチュールは王女様を連れて、観劇やら演奏会に出かけることが多いようだ。どうやら王様も二人の仲を認めているらしい。

 アルチュールはデート用の洒落た服なんて持ってないから、あたしが最近懇意にしている仕立て屋を呼んで、そういうのを何着か作ってやった。

 王女様のそばには常にオリビエ卿がいるから、誰もなにも心配していない。

 アルチュールは、夜は王女様とデート、朝は早くから王様に呼び出されている。大変だ。よく身体がもつなと感心する。あたしは夜のサロンに出かけた日は昼まで寝ている。当然、そんな日はジョギングは休み。われながらダラけた生活をしているよ。早朝には剣の素振りまでしているアルチュールを見習いたいものだ、まったく。

 

 あたしは、最近すっかりエレオノール嬢のサロンの常連になっている。

 ある日のこと、ブリュノが自作の詩を朗読していた。正直なところ、あまり上手な詩だとは思えない。彼は高名な文学者の息子で、父の金で遊び歩いている青年だ。彼には多くの友人がいる。彼らは彼の財布をあてにしているだけだろうと最初は思っていたけど、どうやら違うらしい。エレオノール嬢は彼の作品の熱心なファンだし、彼の才能を純粋に愛している友人も確かにいるようだ。不思議な魅力のある青年だ。彼の朗読が終わると、サロンの客たちはすぐに彼を取り囲んでいた。あたしはそれを遠くから眺めながら、ギョームが腕によりをかけた夜食をゆっくりと味わっていた。

 しばらくすると、そのブリュノがあたしのところに近づいてきた。彼は綺麗なご婦人を連れていた。素敵な帽子をかぶっていた。

「ジュヌヴィエーブ卿も、ここの料理がお気に入りのようですね」

 ブリュノが自然な口調で話しかけてきた。

「ごきげんよう、ブリュノ。君の詩、ちゃんと聞いていたよ。ええと、そう、とても優雅だった」

「お世辞は結構ですよ」

 そう言ってブリュノは笑った。

「私の拙い詩よりも、こちらの料理の方が、よっぽど優雅で、そして芸術的です」

「君も、ここの料理は特別だって思っているの?」

「ええ、もちろん。卿と全く同意見です。ぜひ今度、ゆっくり料理についてお話させてください。それでは、また」

 彼はそう言い残すと、数種類のパテにたっぷりとソースをかけ、友人たちの輪の中に戻って行った。彼の連れの女性が、あたしを嫉妬の目で見ていたのは、見間違いではないだろう。金の力じゃなく、愛されているんだろうな、ブリュノは。

 あたしが情報収集と称して、ギョームの料理を堪能している間に、王宮では別の思惑で事が進んでいたみたい。




 クロード王はアルチュールに心惹かれていた。王は王の責務に縛られている。宰相に実権を握られ、自らの存在意義を見出せずにいた。そんな閉塞感の中に現れたのがアルチュールだった。恐怖の根源であった魔王を打ち倒し、王国の貴族として戦役でも目覚ましい活躍を見せた。その名は王国中、いや首飾り諸国全域にまでとどろく勇者、英雄だ。王がアルチュールに対して抱く感情は、一言で言えば憧れだった。


 クロードは、生まれてきたときには自分が王位を継ぐなど露ほども思っていなかった。それは周囲も同様だった。兄は王位につくものとして育てられてきたが、クロードは比較的自由に育てられた。その中で、彼は王妃と運命的な出会いを果たし、結婚した。

 しかし、兄である王太子が突然亡くなり、クロードは予期せぬ形で王位を継承することになった。王妃は急な環境の変化と重責から、身体を壊し、一人娘である王女オロールを残して、早くに亡くなった。

 王は愛娘である王女に辛い思いをさせていると感じていた。成長するにつれて、亡き王妃にますます面影が似てきた娘を見て、せめて王女には自らが心から望む相手と結ばれて欲しいと願っていた。そして最近、王女がアルチュール惹かれているという話を耳にした。

 かつての宰相、シャウラ伯の子リシャール、今はカミーユと名乗り、侍従として王宮に仕えている者。彼もまた魔王討伐の勇者であり、父の汚名をそそいだ者だ。そしてなにより、彼はアルチュールをよく知る友人だ。その彼からの情報でも、アルチュールは人柄、才能ともに申し分なく、王女の結婚相手として不足はないという。


 王は、当初、アルチュールに対する自身の憧憬の念を、ただ胸の内に秘めておこうと考えていた。しかし、王女がアルチュールに惹かれているのなら、アルチュールと王女を結婚させ、彼に王位を譲るという構想は、実に素晴らしい考えではないかと思い始めた。




 あたしは直属の上司にあたる騎士団長が主催する鹿狩りに参加していた。

 勢子の甲高い掛け声と猟犬の興奮した吠え声が、秋の澄んだ空気を震わせている。彼らが騎上の貴族たちの前に鹿を追い込んで行く。

「どうしてトールマンって、壊滅的に弓が下手なんだろう」

 あたしはつぶやいた。鹿なんて大きな標的、どうやったらはずすことができるのだろうと不思議に思う。種族の特性なんだからしょうがないのかな。たまに当たると歓声があがる。おいおい、今の、脂肪の厚いところだよ。そんなの当たった内にはいらないよ。なんてのを横目で見ながら、イヴェットに獲物を持たせて、宿営地に戻ろうとしたときにオリビエ卿に声をかけられた。


 オリビエ卿は王女付き武官とかいう役職についている。王女付きとか言いながら、王様のためにも働いている。どっかの伯爵の子だが、親がまだ現役なんで、本人はただの騎士、いや名目上は城主級なのかもしれない。詳しい身分はあたしはよく知らない。

 整った顔立ちに、洗練された上品な振る舞い。それでいて、飾り気のない物腰も彼の魅力だった。オリビエ卿は女性貴族たちからも、王宮の女官たちからも人気が高い。王宮では常に趣味の良い服を着ている彼だが、今日は泥だらけの狩猟服に身を包んでいる。

「少し、お話してもよろしいですか?」 

 そんな彼の甘い声を聞いただけで舞い上がっちゃう娘もいるんだろうな。そう言えばうちの執事のイヴェットも彼のファンだった。あたしの後ろで彼女はもじもじしている。

「いいよ、なんだい?」

 あたしたちは、馬にまたがったままで会話を始めた。

「貴女方に魔王討伐の依頼に行ったとき、オロール王女はカミーユの存在に気付いていたそうです」

 という、あまり重要ではない打ち明け話から始まったのだが、しかし彼が本当に伝えたかったことは、つまり、あたしにアルチュールと王女様の仲を応援して欲しい、ということだった。そう言うことをいかにも貴族的な、回りくどく、もったいぶった言い方で、彼はあたしに伝えてきた。


 いま王女様はアルチュールに強く惹かれているのだと、オリビエ卿は言う。

「私たちは、幼いころから四人で一緒に育ちました。オロール王女と、貴女方がカミーユと呼んでいるリシャール、レサト伯の令嬢ルイーズ、そして私、オリビエです」

 で、その四人の中でカミーユがモテてて、王女様とルイーズから告白されて、ルイーズを選んで王女様を失恋させたらしい。そして、オリビエ少年はそれを見ているだけだった、と。

 ウソくせー。確かにカミーユの持つ退廃的な雰囲気や、獲物を射抜くような鋭い眼差しは、ある種の女性には魅力的に映るかも、だけどオリビエ卿の洗練された優雅さと較べたら、ねぇ。

「シャウラ伯の失脚に連座し、レサト伯も罪に問われたため、リシャールとルイーズは姿を消しました」

 その後は王女様とオリビエ卿が一緒に成長し、卿は王女様の武官みたいな立場でいると。

 で、王女様は名をあげた冒険者の中に幼なじみのリシャールらしき人物を見つけ、そのパーティに魔王討伐を依頼した。そして、討伐後に王都の城門での凱旋の儀式で、ついに再会を果たした。

 王宮で王女様とカミーユはたびたび顔を合わせるようになり、そこで王女様はカミーユがいまでもルイーズのことを深く思い続けており、今も彼女を探していることを知った。王女様の二度目の失恋だった。初恋の人を今でも想い続けているなんて、かわいいとこあるじゃん、カミーユ。

 そして、そんな傷ついた王女様を優しく慰めたのがアルチュールだった。いま王女はアルチュールに強く惹かれているのだという。


「ですから、これは貴女にはとても受け入れがたいお願いであることは重々承知しておりますが、どうか王女様の恋を応援して頂けないでしょうか。王女様はアルチュール様を深く想っておいでです」

 そうオリビエ卿がそう続けた。

 なんで? どうしてそうなる?

 確かにアルチュールがカミーユの代わりというのは気に入らない。しかし、なんでここであたしの許可が必要になるんだ?

「貴女の気持ちは、痛いほどよく理解できます。私も似たようなものですから……」

 そう言って、卿は哀し気に微笑んだ。

 ってなに? あたしを同類だと思ってる? あたしは自分の頬がひきつるのを感じた。

「私はただオロール王女に幸せになってもらいたいと心から願っているのです。それは貴女も同じ気持ちでしょう?」

 ここにも初恋を引きずっている奴がいた。

 私オリビエは王女様が好きだけど、王女様がカミーユが好きだと言えばカミーユと、アルチュールが好きならアルチュールと幸せになってほしい。私はずっと王女様を見守ります、ってか? 「秘めた恋」ってやつか? あんたがそれでいいって言うんならそれでいいし、人の色恋にとやかく言う気はないけど、「貴女もそうでしょう?」ってなんだよ。同類じゃねーよ。あたしがアルチュールに恋してるって? あたしが遠くから見守るような、そんなセンチメンタルな恋愛してるだと? 冗談じゃない。


 オリビエ卿はあたしの沈黙を承諾の返事と受け取ったらしい。

「お互い、難儀な性格ですね。それでは、どうかよろしくお願いいたします」

 そう言って、オリビエ卿は馬を走らせた。あたしの背後でイヴェットが肩を震わせて必死に笑いをこらえている。いったいどうなっているんだよ。




 宰相オフィウクス公はイの国への侵攻の失敗以来、影響力を急速に失っていった。その一方でアルチュールの評判が日に日に高まっていく。戦場でともに剣を振るった貴族や兵士からの信頼は絶大であり。さらに王女とのロマンスは身分の隔てなく、人々の関心を集めた。

 クロード王は以前からアルチュールの才能を高く評価し、侍従として重用していたが、彼に対する人々の圧倒的な支持を知り、ついにオフィウクス公に代えて、アルチュールを新たな王国宰相に任じることを決断した。王の胸中には王女をアルチュールと結ばせ、彼に王位を継がせるという構想があった。そして、それは王国の多くの人々が抱く願いでもあった。




 謁見の間では王国の貴族たちがずらりと並んでいた。王様は玉座から立ち上がり、静かに言った。

「余は、汝ウナルベクサ伯アルチュールをワの国の宰相に任じる」

 部屋は静まり返り、やがて割れんばかりの歓声があがる。武官たちは剣を鳴らし、文官たちは拍手する。王様の前に膝をついていたアルチュールは一歩進み出で、深々と頭を下げた。その表情は決意に満ち溢れていた。あたしはそれを、謁見の間の端の方から眺めていた。


 あたしはウナルベクサ城を訪れていた。侍女のカリーヌを連れて、ずかずかと勝手に使用人たちの領域に入り込んでゆく。城に仕えるフットマンもメイドも、そんなあたしを、もう驚いたりなんかせずに軽く頭を下げて、通り過ぎてゆく。みんな王都の宰相府への引っ越しの準備で忙しくしている。そんな中で執事のエドウィンをつかまえた。

「荷造り、たいへんそうだね」

「ジジ様、お迎えもせずに誠に申し訳ございません。ただいま忙しくしておりまして……」

「忙しいのは承知している。引っ越しも、そのあとの宰相府でのパーティの準備もね」

「おっしゃる通りでございます。宰相様の就任パーティなど、私も初めての経験でございまして、一体全体どうして良いものやら途方に暮れているところでございます」

「それについてはあたしにちょっとした考えがある。話し合おう」

 そう言ってあたしはカリーヌにお茶の支度を命じて、エドウィンを連れて彼の家令室へ向かった。

 宰相就任の祝賀会は一度経験している。その経験を伝えて、計画をまとめた。料理はまたエレオノール嬢にギョームを借りよう。

「旦那様は、ほら、普段からお食事にあまり関心のないお方でございましょう? お客様に恥ずかしくない料理をお出しするのにどうしようかと考えあぐねていたところでございます。ギョームなら存じております。ジジ様のお心遣いありがとうございます」

 エドウィンは心底ホッとした表情であたしに礼を言った。


 旧オフィウクス公の邸宅、つまり宰相府での祝賀会には二〇〇人ほど集まった。屋敷は華やかな音楽と人々のざわめきで満ち溢れていた。シャンデリアの光が人々の身にまとう宝石に反射して輝いている。

 カミーユも例のアンナを連れてやってきた。おいおい、おまえ、初恋を引きずってんじゃなかったのかよ。

 宰相府のメイドはウナルベクサ組では少なすぎるのでイヴェットが手配した。それでも足りないので、今日はうちのメイドたちも手伝いに来ている。あたしは使用人たちの邪魔にならないようにと会場をブラブラ歩き回っていた。

 戦役に出ていた若い貴族たちがアルチュールの周りを取り囲んでいる。その輪の中にはご婦人方も混じっていた。ご婦人たちのなかには最初アルチュールを野蛮人だと思っていた人もいたみたいだが、少し話をして、その気さくな人柄に触れるとたちまち惹かれてしまうみたい。アルチュールは子どもや犬ばかりでなく、年配の女性にも好かれるようだ。王女様とのロマンスがなければ、うちの娘と結婚させたかったという話も聞いた。

 その一方でアルチュールは戦役に出ていない老人たち、とくに大貴族であるキグヌス大公、オフィウクス公、アラ公ら大貴族派の貴族には評判が悪い。陰でいろいろと悪口を言っているのを耳にした。でもそんな老人たちがコソコソ話しているのを、その息子世代の貴族たちが、「また始まったよ」みたいな顔で見ているのが、なんだか面白かった。どこの親子でも世代間のギャップってのがあるんだな。

 その三公爵派の親玉のキグヌス大公がいたので、あたしは挨拶した。

「おお、覚えておるぞ。いつぞやの竜退治では世話になった。あれ以来領内はすっかり平穏じゃ。あの時のドラゴンスレイヤーが今では王国宰相とはな。わが国も安泰じゃろう」

 キグヌス大公は、深いシワの刻まれた顔に笑顔を浮かべながら言った。本当はただの気のいいおじいちゃんなんだ。けど、生まれ持った地位のせいで、派閥の領袖のような面倒な役目を押し付けられて、かわいそうな気がする。

「お食事は、お口に合いましたか?」

「このウズラにかかっているソースは、香辛料が入ってないようじゃが、良い味がしておるな」

「ええ、本日の料理人の工夫なんです。骨髄と香味野菜を長時間煮込んだものを使っているそうですよ」

「ほう。初めて食べたが、これはうまいな」

「ありがとうございます」

 キグヌス大公はにこやかにほほ笑んだ。きっと美味しいものさえ食べていられれば、それで幸せだという人なんだろうな、とあたしは思った。

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