第17話(全36話) 反逆者アルチュールの死、反逆者への接吻
あたしはアルチュールを待っていた。入城したはずなのに、彼はお屋敷には戻らない。アルチュールは西門のそとに軍が駐屯させて、わずかな護衛を連れて王宮へ向かったらしいが、それきり消息不明だ。
カミーユも姿を見せない。お屋敷の周囲はカミーユ配下の警察軍に囲まれている。兵士たちは増強され、異様な緊張感を漂わせていた。
やはり、おかしい。胸騒ぎがする。
二階の窓から正門のそとの兵士たちを見下ろしながら、あたしはアルチュールの身を案じていた。
お屋敷を取り囲む部隊の現場指揮官みたいなのが出てきて叫んだ。
「三〇分待ってやる。何も持たず出て行け」
心配は現実のものとなった。やはりアルチュールの身に何か起きたのだ。
お屋敷にはもう最低限の人数しかいない。男の使用人たちは執事のエドウィンに任せて避難させた。お屋敷の中の現金はすでにみんなに分配してある。メイドたちも大半は実家に返した。今、ここにいるメイドはメイド長のイヴェット、そしてカリーヌのような帰る場所のない女の子たちだけ。あとは料理長兼守衛頭のギョームと鍛冶のジェスタン、御者と犬のブラン。馬車二台になんとか乗り切れる人数だ。それだけなら必要なものを持って、お屋敷から安全に脱出できるだろう。
あたしはお屋敷を取り囲む兵隊たちの宣告を聞くと食堂に向かった。廊下を歩きながら、イヴェットに指示を出す。
食堂の暖炉脇、長年誰にも気づかれなかった壁に隠された秘密の扉を、こぶしで叩いて開ける。そこにあるのは埃と汗の冒険の記憶。武器、防具を取り出し、静かに身につける。冷たい革の感触が肌を刺す。時々取り出して手入れはしているけど、身につけるのは本当に久しぶりだ。なぜか、不思議なことに胸の奥底から静かな高揚感が湧き上がってくる。
玄関ホールに向かうと、メイドたちが息をつめて整列していた。左手には先端にジェスタン特製の穂先をつけ、自分の身長程度に切った盗賊の手を数本抱えている。右手にはアトゥル=アトゥルを持っている。アトゥル=アトゥルはあたしが異世界の冒険で見つけた槍を投げるための道具で、彼女たちが持っているのは、あたしが木材の切れ端で作っておいたものだ。あたし、エルフだから木の細工は生まれた時から得意なんだ。
「そろそろ時間だ」
そとから先ほどと同じ声が聞こえる。玄関の扉を開けると兵隊たちが正門を開け、お屋敷の敷地内に入り込んでいた。
あたしは玄関のそとで女の子たちを整列させた。兵隊たちは何をするのかといぶかしんでいる。あたしたちになにができるものかと薄ら笑いを浮かべているのもいる。
「構え!」
あたしが号令をかけると右手のアトゥル=アトゥルに即製の槍の根元をセットした。本当の槍では石突と言って金属製のパーツで補強することもある部分だ。今回はただの木の棒で、セットしやすく切れ込みを入れてある。
彼女たちの手は震えている。
「狙うな。角度45度、できるだけ遠くへ飛ばすイメージで」
あたしは兵士たちに背を向けて、女の子たちを見ている。恐怖を感じているのだろうが、みんなちゃんと槍を構えている。その瞳からあたしへの信頼も感じられる。
「放て!」
号令と同時に空気が震えた。一斉に放たれた槍は弧を描き、兵士たちの頭上をうなりをあげながら通過していく。百十メートルは飛んだかな。兵士たちのかまえる木製の盾に当たったのもあった。衝撃で盾が砕け散る。悲鳴は上がらなかった。が、槍の速度と威力に兵士たちは戦意を喪失した。声にならない叫びをあげ、我先に敷地の中から逃げ出した。二射目は必要なかった。あたしはメイドたちをお屋敷の中に戻し、脱出の準備を整えさせた。
兵士たちは遠巻きにお屋敷を取り囲むだけだった。
こんどはあたしの番。トロールパワーゴーントレットを身に着けた。これはトロール並の怪力を与えてくれる魔法の籠手だ。非力なエルフのあたしには大切な冒険の相棒だった。そして小型の破城槌ほどもある太い槍を、ジェスタン特製の金属製アトゥル=アトゥルにセットして正門へ向ける。ゆっくりとしたその動作の間に、正面に道ができる。包囲の兵士たちの壁が割れてゆく。槍を放つ。誰もいない空間に雷鳴のような響きをとどろかせて、ものすごいスピードで槍が飛んでゆく。そしてあたしは馬にまたがり、馬車を引き連れて、人の割れ目を悠々と進んでいく。兵士たちは呆然としたまま、あたしたちが通りすぎてゆくのを見送るしかなかった。
兵士たちの周りにいた王都の人たちのつぶやきが聞こえる。
「勇者様だ」
「姿を消してた勇者様だ」
「赤い狩人だ」
そう、それはあたしが封印していた二つ名だ。お屋敷のハウスキーパーだなんて、あたし甘い夢を見ていた。
あたしたちは南門を抜け、ポロフレを脱出した。アルチュールのことは心配だけど、まずはお屋敷の人たちを安全な場所に避難させないと。アルチュールなら、きっとそうするから。
ジジたち一行は王都を逃れて、レティシアの修道院にやってきた。
教会・修道院は王国の支配外にあり、聖域として避難場所にもなっている。ジジたちはレティシアが院長となっている修道院に身を寄せた。
ジジたちが修道院の手伝いをしながら日を送って数日を経たころ、王都からの布達が届いた。
それによると、キグヌス大公の反乱鎮圧に向かった宰相ウナルベクサ伯アルチュールは大公の軍を破ったあと、王国に反逆して王都に侵攻、王都に入城したのち、クロード王、アドリアン王子をはじめとする王族、オフィウクス公、アラ公ら大貴族を殺害し、王位を宣言するも、アルチュールの手を逃れたオロール王女と警察長官シャウラ伯カミーユがアルチュールの反乱を鎮め、混乱をおさめた。近く王女とシャウラ伯が結婚し、伯が王位につくというものであった。
布達は、王都の大司教から修道院長レティシアへの手紙に書かれていた。レティシアからその手紙を渡されて読んだ。あたしはその話をデタラメだと思った。
レティシアも
「アルチュールが王様を殺すわけないわ」
と言っている。
そう、彼らしくない。アルチュールは罠にかけられて殺されたんだ。
「またカミーユか」
あたしはそう思った。せっかく過去に戻ってやり直したのに。カミーユのせいでアルチュールが魔王になって殺される世界線を変えたのに。またカミーユのせいでアルチュールが殺されてしまうだなんて……。
手紙を読んだあと、あたしはレティシアとわずかな言葉を交わし、そして彼女から借りている一室にこもって泣いた。あたし、何を間違っていたんだろう?
レティシアの修道院でアルチュールが殺されたと知った翌日、あたしは王都に向かった。彼女はあたしを心配して、危ないよと言ったが、最後にはあたしの決意を尊重して送り出してくれた。あたしはメイドの女の子たちのことを頼んで、修道院を出た。
あたしは男装し、王都の門をくぐった。ポロフレは王女とカミーユの結婚の祝賀でお祭り騒ぎだった。周辺地域からも人が集まっていて、その人混みにまぎれて簡単に城門を通り抜けることができた。
アルチュールの首は南門広場にさらされている。まずは「遠い日の思い出」亭にむかい、日暮れまで時間を潰すつもりだった。
「遠い日の思い出」亭は冒険者たちの溜まり場だった。いまも変わらず、冒険者たちが集まっている。駆け出しの冒険者だったころ、ここがあたしたちの生活の拠点だった。ここで食べ、ここで飲み、ここで作戦会議をした。アルチュールたちと出会ったのもあそこのテーブルだった。懐かしい美味しそうな料理の香りがする。
あたしは懐かしさと悲しみの入り混じった複雑な感情に襲われた。希望に満ちあふれていた時代。今は何もかもが変わってしまった。
あたしが店に入ると、マスターのレモンさんはあたしに気付いたようだった。でも何も言わなかった。あたしは初めて見たバーメイドにエールを注文して、昔の指定席に座った。
そとが暗くなって店が混み始めた頃合いに、金を払って店を出た。
南門広場に処刑台が設けられ、そこで首斬り役人が罪人の首を斬り、斬った首をさらす。都市の住民のエンターテインメントなんだ、処刑と言うのは。アルチュールは王宮内で殺されて、首だけがここでさらされている。アルチュールの秘書官だったセブラン卿はここで首を斬られた。可愛そうに。まだ幼かったのに……。
広場の周辺は夜になっても騒がしい。悪行を重ねた宰相がいなくなったと王都の住人たちは喜んでいる。この間までは救国の英雄だと、あんなにもてはやしていたのに……。
首がさらられて何日かが過ぎていた。さらされた当日は群衆が集まっていたのだろうが、今は首の周りは静かだった。血の匂いが染みついた台の周りには柵がめぐらされ、衛兵が二人、退屈そうに見張りをしている。あたしは年長の方に近寄り、セブラン卿の縁者を名乗り、金を握らせて、中に入れてくれるように頼んだ。彼は金貨の量を見て、首を取り返しに来たと思ってくれたようだった。これから二人で代わりの首を調達しに行ってくれるはずだ。
「おい、リュカ。墓場の見回りに行くぞ」
「えっ、あ、はい。でもここの警備が……」
「いいから着いてこい」
若い衛兵を連れて、あたしを一人にしてくれた。
また、この光景を見ることになった。王都でさらされる、変わり果てたアルチュールの首。腐敗が進み、崩れかけてはいるが、それでも彼の面影は残っていた。喉の奥からせりあがる慟哭を、あたしは押し殺すことができなかった。
「近くにいてなにをやっていたんだ、お前は」
背後から氷のように冷たい声がした。振り返るとベルナールがいた。いつの間に? 全く気配を感じなかった。その顔には生気がない。幽鬼のようだった。
「お前にでなければ、アルチュールは渡さなかった」
やっぱりそうだったんだ。あたしの頭の中の、冷静なもう一人の自分がささやく。ベルナールはアルチュールのことを愛していたんだ。でも渡すって? あたしもアルチュールもお互いに恋愛感情なんて持ってない。二人の間にあるのは戦友意識だけだよ?
でも、そこまでだった。あたしの頭の中の冷静な部分は激しい感情に完全にのみこまれてしまった。。
「ごめんなさい、アルチュール。あたし、あなたのこと、何もわかっていなかった……」
後悔悲しみの念に押しつぶされ、あたしはひたすら泣き崩れた。
あたしは涙を拭いて、立ち上がった。ベルナールに声をかける。
「また来たのね」
ベルナールは緑灰色のローブを着ている。以前会った時よりやつれて見える。以前会った時? それはいつのことだろう? アルチュールのお屋敷にやってきて、ギョームと仲良く錬金術の話をしていた時? それともずっと前に、ここ南門広場で会った時? そう、十年以上前に会った時よりやつれて見えた。
「アレをとってちょうだい」
あたしは彼にそう言った。
ベルナールはローブから顔を出し、左手の杖を振り上げた。高いところにさらされていたアルチュール首がゆっくりと降りてくる。
あたしは腐敗しているアルチュールの首を抱き締めた。
腐って崩れかけたアルチュールの首。かつての輝いていた瞳は閉じられ、もう表情も解らない。あたしは喉の奥からこみ上げる嗚咽を必死に耐え、彼の頬に触れる。彼に熱い涙が零れ落ちる。
なにが悪かったんだろう?
あたしの仕事は魔王討伐までだと思っていた。アルチュールが魔王になるのをやめさせれば、あとは幸せな生活が待っているんだと思っていた。だのに、反逆者の汚名を着せられて、こんなつまらない死に方をするなんて……。
あたし、アルチュールを影から支えるなんて言って、実際は彼のこと、何にもわかっていなかった。アルチュールの抱えていた孤独と悲しみに気づいていなかった。彼にすべての重荷を彼に負わせてしまっていた。もっと側にいて、彼の仕事を手伝ってあげていれば……。
壁には新しい落書がある。アルチュールを非難するものばかりだ。あんなにみんなのことを考えて、尽くしてきたのに、こんな仕打ちを受けるなんて、報われないな、かわいそう。
「アルチュールを助けてほしい」
ベルナールがポツリと言った。
あたしは彼の言葉の意味がわからなかった。彼に顔を向けるて聞いた。
「どういうこと?」
「前と同じように、刻をさかのぼり、アルチュールの運命を変えるんだ。奴はこんな無惨な死に方をする人間じゃない」
「どうすればいいの?」
「俺が呪文を詠唱する。その間に、そのアルチュールだったものに口づけするんだ。そうすれば刻が戻り、お前は過去に戻ることができる」
「わかった」
あたしは抱き締めていたアルチュールをそっと胸から離し、自分の目線と同じ高さまで持ち上げた。
お屋敷でのハウスキーパーとしての楽しい、甘い思い出がよみがえる。ありふれた日々の生活。あれがなかったことになるなんて、ちょっとさびしいな、と思いながら、「行ってくるよ」と笑いながら言ったアルチュールの笑顔を思い出していた。
ベルナールが杖を掲げて、詠唱を始めた。
ジジはアルチュールの唇に、そっと自分の唇を重ねた。唇が触れた瞬間、彼女の身体と彼の首が淡い光に包まれてゆく。ベルナールの詠唱が終わると光は二人を包んで消えていった。




