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ジジのクリシェな冒険  作者: 万里小路 信房
第二章

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第16話(全36話) 宰相の出陣

 宰相アルチュールの出陣が決まって、心なしか王都の風になにかが焦げたような臭いが混じるようになった。

 アルチュールのお屋敷に置かれている宰相府は急に人の出入りが激しくなっている。軍人たちが次から次にやってきて、そのたびにあたしはメイドたちに指示を出して、お茶の用意、軽食の準備をして客人たちをもてなした。

 アルチュールは出陣が決まって以来、人と会って会議ばかりしている。彼が率いることになった騎士隊の隊長たちが何人もやってきたし、食料やその他の資材を確保するためのギルド長や、進軍予定路の領主たちも屋敷にやってきた。

 不意に来客が途絶えた午後、休憩のお茶をアルチュールの部屋に持って行ったときに言ってみた。

「あたしも着いていこうかな」

 アルチュールはあたしを見て、いつものように微笑みながら言った。

「なに? 心配してくれているの?」

「そんなんじゃないけど……」

 あたしはそう答えた。アルチュールは笑っている。

「ありがとう、ジジ、心配してくれて。でも大丈夫だよ。君がいなくても一人でやれるさ」

 でもそんなことを言うアルチュールは疲れているようだった。連日の忙しさ。少しは他人に任せてもいいと思うけど、生真面目だから、なんでも自分でやらないと気が済まないんだろう。やれやれ、これで王様になんかなったりしたら、周りのみんなは気が休まらないんだろうな。


 アルチュールが忙しいのと同様に、屋敷の中も騒然としていた。前に言ったお客の世話のほかに、アルチュールの遠征中の荷物をまとめなきゃなんないのだ。一介の冒険者の時はバックパック一つ。二つ名を名乗るようになってからもホールディングバックとロバ一頭いれば十分すぎるほどだったのに、宰相様ともなると馬車十台分、頑張って七台までに抑えたけど、大きな荷物には変わりがない。

 この荷物を宰相秘書のセブラン卿に引き渡す。セブラン卿は十五歳になったばかりの少年だ。レティシアが育てていた子どもの一人で、神童と呼ばれていた。常人離れした事務処理能力を持ち、彼がアルチュールの秘書になってから宰相府の書類仕事は目に見えて減った。アルチュールは彼をウナルベクサ伯領の騎士に叙任して、側近として重用している。セブラン卿も普段は宰相府で机にかじりついての仕事だけど、宰相の出陣ともなればいろいろな仕事を押し付けられている。

「これもお願い。宰相がイライラしている時は干しナツメをあげると落ち着くから。あと、上等な毛布じゃ寝られないって言うから、荒い毛布も入れてある」

 彼は何で俺がこんなことを、という顔をしている。わかるよ、君のその気持ち。従者のバスチアンもいるけど、あたしが安心してアルチュールを預けることができるのはたった二人だけなんだ。せめてものお礼、というわけではないけど、うちのメイドでいちばん可愛い子にお世話させてあげる。

「カリーヌ、セブラン卿に温かいお茶を差し上げて」

 そう言って、セブラン卿ににこやかに向き直った。

「すこし休憩していきなよ」

 知ってるよ。前からカリーヌの方をちらちら見てたのを。あたしが二人を置いて部屋から出ようとすると、助けを求めるような彼の目と出会った。こういう所は年相応の少年なんだよな。


 そんなこんなでついに出陣の日がやってきた。アルチュールはお屋敷から王宮に向かい、国王殿下から軍旗を受取る。その後、王都の城門の前で盛大な閲兵式、そして出陣の儀式に臨み、いよいよ戦場へ向かうのだ。あたしはここでお別れだ。

 アルチュールは馬にまたがった。

「行ってくるよ。すぐ帰る。あとのことはカミーユに任せてある」

「ご武運をお祈りします」

 あたしはアルチュールの瞳をまっすぐに見つめてそう言った。

「そんな悲しい目をするなよ、ジジ。心配いらないよ」

 いつものように微笑み、そう言ってアルチュールはお屋敷を後にした。


 アルチュールが出立した翌日、あたしは一人になりたくて、今の時間、誰も来ないアルチュールの寝室に入って窓を開けた。心地よい風が頬をなでる。アルチュールが戦場に出て、戦功をあげて凱旋将軍として帰ってきたら、いよいよ王女様と結婚して、王様になるのか。そうしたらあたしは王宮で雇ってくれるかな。それとも旅に出て、遠くから見ていようかな。

 そんな夢想に浸っていると、廊下で足音が聞こえ、ギョームが部屋に入ってきた。彼はこのお屋敷の総料理長兼守衛頭だ。料理の合間に、腰に料理用の包丁を何本もぶら下げながら、お屋敷を巡回している。頼むから賊を斬った包丁で作った料理をテーブルに出してくれるなよといつも思っている。ここに来たのはいつもの巡回なんだそうだ。

「ご主人様が帰還なされたら、また一段と忙しくなりそうですな」

 ギョームが言う。このお屋敷の者たちだけじゃなく、きっと王都中の人々が、アルチュールが戦争に勝って、王女様と結婚して、そして王様になるというクリシェな展開を信じ切っているのだろう。

「そうだな。そしてそうなれば、君はすぐに王宮の総料理長だ。今よりずっと贅沢に香辛料を使うことができるぞ」

 あたしが言う。世間では香辛料を豊富に使うことが上等な料理なんだそうだ。あたしは苦手だけど。

 ギョームはあたしの言葉を聞くと、少し考えてから口を開いた。

「そのことなんですが、実は香辛料の使用を極力控えようと思っておるのです。食材からオスマゾームを抽出し、それを活用することで……」」

 また始まった、難しい話が。お屋敷に宮廷魔術師のベルナールがやって来ると、ギョームはいつも彼と二人で錬金術の怪しい実験をしている。水銀と硫黄の結婚がとか、カキと白ワインの結婚が、という意味の分からない言葉が漏れ聞こえる。あたしは他人の趣味にあれこれ口出しするつもりはないけど、聞かせられても正直困るよ。

「君の考えているその料理、アルチュールの凱旋パーティで作ってよ。費用はいくらでも出すからさ」

 ギョームの顔が輝いた。あたしを自分の数少ない理解者の一人だと思っているんだろう。でもそんなんじゃないから。あたしはあんたの素材の味を生かしたシンプルで美味しい料理が食べられればそれでいいんだ。

 

 アルチュールが出立して数日後、いつものようにジョギングに出かけた。今日もまたあの笛の音が聞こえてくる。どこか物悲しい調べ。アルチュールがいなくなってあたし、ちょっと感傷的になっているのかも。

 市場に寄って帰宅する時、白い犬がついてきた。あたしが気付いたのは、お屋敷の門を通り過ぎてしばらくたってから。門のところに引き返し、門番に聞いた。

「ねえ、この犬、なに?」

「なに、と仰いますと?」

「どうして野良犬がお屋敷の中にいるの?」

「えっ? てっきりジジさまが連れ帰ったものだと……」

「あたしがこんな汚い犬を連れてくるとでも言うの?」

「いえ、そうでは……。ただ、その犬、とても懐いているようでしたので……」

「懐いている? 懐いているように見えたの?」

「はい、ええ、もう。母を慕う子どものようでした」

「もういいわ」

 あたしはその犬を連れて裏庭へゆき、水を浴びせ、泥と埃を洗い流した。タオルでふき、ブラシをかけてやると、驚くほど綺麗な白毛の犬だった。毛がモフモフしていて、なでると気持ちよかった。


 犬を飼うことにした日の午後、カミーユが衛兵みたいのを連れてやってきた。

 カミーユは冒険者廃業後、王様の侍従をし、今はアルチュールの副官みたいになっている。昔からの情報網を使って、アルチュールを影から支えている。前の宰相オフィウクス公が、遠征に失敗したからといえ、すぐに失脚したのはカミーユが裏から手を回したからだろう。彼の復讐はこうして果たされたというわけだ。

 アルチュールが宰相となると、彼は当然のように王都の警察長官という要職におさまった。その彼が

「アルチュールから言いつかっている。屋敷は守ってやるよ」

 と言ってきた。適当にお茶を出して追い返した。


 なにかおかしい。アルチュールはキグヌス大公の反乱を鎮圧するために出陣したはずだ。反乱なんかすぐに片付く問題のはずだ。胸騒ぎがする。けど、確証がある訳ではなかった。漠然とした不安を抱えて、あたしはいてもたってもいられず、お屋敷を歩き回った。そとにも出てみた。鍛冶場をのぞいてみた。ジェスタンがいる。

 ジェスタンはあたしたちの冒険の、最初の依頼者だったドワーフだ。アルチュールが宰相になったばかりのころ、あたしがポロフレの南門近くを馬車で通りがかったときに、偶然、通りを歩いている彼を見つけた。馬車をおり、挨拶をする。ホブゴブリンとの死闘で片目と片足をやられていた。けがは冒険者の勲章だ。聞けばドワーフの集落で暮らすこともできるのだが、都市の生活を捨てられず、ポロフレに戻ってきたのだという。あたしとおんなじだ。あたしもエルフたちの中で暮らすより、喧噪に満ちた都市で暮らす方が性に合っている。お屋敷には腕のいい鍛冶が必要だ。頼み込んで、それ以来鍛冶仕事をやってもらっている。

 ジェスタンは馬の蹄鉄からナイフや包丁などの刃物のほか、お屋敷で使う金属製のものは何でも作ってくれる。特に刃物は特製で、持ち手は袋状になっていて、そこを握っても使えるし、そこに棒を突っ込んで長くして使うこともできる。お屋敷で使う包丁は、料理長ギョームのものをはじめ、全部そうなっている。

「どうした、ジジ。なにか心配事か?」

 ジェスタンがハンマーを打つ手を止めて、あたしに声をかけてきた。

「うん、ちょっとね」

「アルチュールのことなら、心配する必要はないんじゃないか?」

「そうだよね」

 他愛のない会話をしながら彼の仕事をしばらく眺めた後、納屋に行ってみた。ここには「盗賊の手」と呼ばれる3メートルほどの木の棒が何十本とある。スカウトのいない冒険者が、ダンジョンで罠の発見、解除に使うありふれた道具だ。あたしたちもカミーユがパーティに加入する前はずいぶん世話になっていた。この棒の先にジェスタンの作る刃物がはまるようになっている。即製の槍だ。こんなものが実際に使われるような事態にならないことを祈りながら、無意味に数え始めた。


 ブランと名前をつけた犬と一緒にジョギングをするようになって数日後、いつものように市場へ寄った。活気にあふれる市場の喧噪の中、なじみの店主に声をかけて世間話をしたり、食材を吟味したり、いくつかの店で品物をお屋敷に運ぶように頼んでの帰り道、一台の豪華な装飾の馬車があたしの側に止まった。そして扉が開き、

「乗りませんか?」

 という声がした。オロール王女の側近のオリビエ卿だった。魔王討伐の依頼の際に顔をあわせて以来、何度か会っている。カミーユの幼なじみなんだそうだ。彼は魔王討伐の勇者たるあたしが供もつれず、徒歩で買い物をしているのがどうにも不思議だったらしく、遠慮なくブランと一緒に馬車に乗り込んだあたしに、

「何をしてらっしゃったんですか?」

 と尋ねた。御者は御者で、ご主人様はなぜメイド風情を馬車に乗せるのだろうと不審に思っているようだった。

「宰相閣下が御不在で、何かと大変でしょう」

 最初は形式的なご機嫌伺いの挨拶だった。あたしも王女様のご機嫌をうかがい、あとは他愛もない話をした。

「ところで、なぜあたしが市場にいるとわかったんだい?」

 あたしが聞いた。オリビエ卿が市場にいたのは偶然ではないと思っていた。

「毎朝、走っているのを見かけておりましたから」

「?」

「城壁の塔の一つで、笛を吹いてたのは私ですよ。毎日お見掛けしておりました」

 そんな話の途中で馬車が止まった。アルチュールのお屋敷の前だ。あたしが乗せてくれたお礼を言って、ブランを馬車から出し、あたしも馬車から降りようとした時に、

「気を付けてください」

 とオリビエ卿が低い声で言い、そのまま去って行った。なにかおかしい。やっぱり今回の遠征の裏には何かある……。

 

 アルチュールの軍隊がいともたやすく反乱軍を撃破したという話を聞いた。さらに反乱軍と呼応して王国を攻めようとしたイの国の将軍ジェラールはアルチュールの戦いぶりを見て、すぐに撤退したそうだ。

 また別の筋からの情報によると、キグヌス大公の反乱軍との戦闘に際し、宰相に同行した宮廷魔術師が強大な魔法を用いて反乱軍を降伏させたらしい。ベルナールが「魔王の遺産」を使ったのかもしれない。

 そしてそれから間もなく、アルチュールが反乱軍を吸収して王都に向かっているという噂が流れ始めた。宰相は腐敗した王国を根本から立て直すための、世直しをするためについに立ち上がったのだという。お屋敷の警備をしているカミーユの部下たちも尋常ではない何かを感じ取っている様子だ。カミーユからは何も知らされていないに違いない。

 一方王宮内ではこれまでアルチュールの足を引っ張っていた連中が身の危険を感じて大騒ぎしているそうだ。早々に領地に逃げ出したものもいるらしい。

 王都の市民は、というとようやく宰相様が自分たちのために立ち上がってくれたと歓喜と熱狂に沸き立っている。アルチュールは人気者だ。昔から具体的な行動をするわけでもないのに、そこにいるだけで人々に希望と勇気を与える、不思議な力を持っている。要するにモテる奴なんだよ、アルチュールは。そんなアルチュールを近くで観察できて幸せ、なのかなあたしは。




 アルチュールが凱旋の途上にあり、王都がその帰還を期待と不安で待っていた頃、その事件は起きた。

 カミーユがオフィウクス公の屋敷を襲撃した。警察軍を引き連れて、公の私室へと乗り込む。後になされた公式発表によると、公はすでに自害していたという。

 同時に別の部隊が、アドリアン王子とアラ公の逮捕に向かった。両名とも事態を予想していなかったようだ。王子は愛人と同衾中に踏み込まれ、二階の窓から逃げ出そうとした際に骨折し、捕らえられた。

 またその頃、王宮内でも事件が起きていた。クロード王が暗殺されたのである。暗殺者はその場で殺害されたが、その背後に何があったのかは公式には明らかにされなかった。

 この一連の騒動は、キグヌス大公がイの国と手を結んで反乱を起こし、それに呼応したオフィウクス公が王を暗殺し、アドリアン王子を王位に就けようと計画したものであり、王を暗殺したオフィウクス公を逮捕しようと警察軍が向かった時には、公はすでに自害していた、という公式発表がなされた。


 アルチュールは王都の北、一日の行程の場所で軍を野営させた。そしてわずかな人数を伴い、隠密裏に王都へ入った。彼はまっすぐにカミーユの愛人の家へと向かった。そこは以前から二人が人目を忍んで話したい時に使っていた場所である。その場所に、カミーユは待っていた。

「やあ、戦勝おめでとう。こちらの件も片付けておいたよ。もう邪魔者はいない」

 カミーユは努めて明るい声でアルチュールを迎えた。

「こんなはずじゃなかっただろう!」

 アルチュールの怒声が部屋に響き渡る。

「僕が聞いていたのは、オフィウクス公とアドリアン王子の逮捕だけだ。なのになぜ殿下が亡くなられている?」

 アルチュールの声は激しくカミーユを詰問していた。

 カミーユは弁解するように言った。

「あれはオフィウクス公の手の者が……」

「そんな見え透いた嘘はやめてくれ。お前が命令して暗殺したのだろう?」

「事態は常に動くものだ。何事も計画通りにはいかないさ……」

 カミーユは視線を落とし、アルチュールと目を合わせないようにして言った。

「その話は後でしよう。会わせたい人がいる。そこで詳しい話をする。馬車に乗ってくれ」

 カミーユはそう言うと、部屋の扉を開けて出て行った。アルチュールもその後に続いた。

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