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ジジのクリシェな冒険  作者: 万里小路 信房
第二章

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第15話(全36話) 勇者と王女

 あたしは早朝のジョギングの帰りに市場に寄って、お屋敷で必要なものを注文したりする。そこでいろんな噂話を仕入れてくる。市場は生きた情報が渦巻く、いわば街の噂話の中心地だ。威勢の良い掛け声がとびかい、新鮮な野菜や果物の香りが鼻をくすぐるなか、店の人たちを世間話を交わす。王都の出来事、特に誰が次の王になるかは、今市場で最も熱を帯びている話題の一つだ。


 カフェもまた、噂話の花が咲く場所だ。あたしは時々メイドの女の子を誘って冷たいものを食べ、おしゃべりしながら、カフェでの噂話を拾ってくる。ここでも王位継承問題が話されている。


 今の王様は老齢で、お妃様を亡くし、子はオロール王女しかいない。別に王女様が王位を継いでもいいんだけど、王女様は若すぎる。また戦場に出るにはか弱すぎる。で、誰が次の王様になるか、なんだけど、現在候補が二人いる。


 まず、順当に王族のアドリアン王子。現クロード王の兄の子にあたる。王子様の父は王太子の身分のまま、若くして亡くなり、当初は王位につく予定のなかった弟のクロードが王位につくことになったという事情がある。王子様の母親は大貴族のキグヌス大公家の出身で、王子様には大貴族たちの後見がある。王子様が次の王の本命だろう。

 その王子様に対抗するのが、驚くべきことにアルチュールなのだ。あいつは魔王討伐の勇者であることにくわえ、救国の英雄でもある。前の宰相オフィウクス公が計画した四州奪還のためのイの国侵攻計画は失敗して、王国はイの国の反攻を受けた。その際にあいつはウルクアヌハイ城防衛戦を主導し、それ以上の進撃を食い止めたんだ。そのことからあいつを、護国卿アーティと王国の人たちは呼んでいる。


 その戦役の失敗で宰相オフィウクス公が失脚すると、ウナルベクサ伯アルチュールが宰相となった。アルチュールの部下にはオフィウクス公の前の宰相、シャウラ伯の遺児がおり、シャウラ伯の政策を継承している。アルチュールが宰相になったのにはカミーユの存在が大きい。アルチュールの周りには大貴族の影響力を排除したい者たちが集まっている。


 血統を言えばアドリアン王子だし、人気を言えばアルチュール。どちらかが王女様と結婚し、王位を継ぐことになりそうだ。


 王女様は大変だな。贅沢な暮らしはできるかもしれないけど、周りの思惑につきあわされて本当に好きな人とは一緒になれないなんて。娼婦と同じ、いやそれよりかわいそうかも。恋人をつくれる分だけ娼婦の方がましかも、なんて思ったりする。

 カフェにいる事情通によれば、王様とその周辺はもうアルチュールに決めていて、水面下で様々な工作が進められている、ということだ。


 オロール王女の美貌は、王都に咲く一輪の百合のようだった。淡い金色の髪は絹糸のように滑らかで、瞳は澄んだ泉のように深みがあり、その中に知性と好奇心が宿っていた。健康的な肌艶、ふっくらとした唇、彫刻家が削りだしたかのような均整の取れた顔立ちと、すらりとしたスタイルは見る者の目を奪い、ため息をつかせる。あたしは魔王討伐から帰還した際に会っている。その後も何度か見かけている。この三年間でますます綺麗になってきたと思う。市場なんかでの噂でも、王女の美しさをほめているものばかりで、悪く言うひとなんか一人もいない。


 王女様の母上、お妃様は身分違いの恋愛の末に結ばれた女性だった。そのため名門貴族たちの御婦人方から陰湿な扱いを受けて、これを気に病んで若くしてこの世を去ったのだという。王女様の美しさは、亡きお妃様の面影を思い出させ、王都の人々はお妃様の早すぎる死を悼み、王女様を優しく見守っている。


 アルチュールと王女様の結婚を熱心に進めているのはクロード王だ。

 政治家としての王様は、魔王討伐の勇者にして救国の英雄アルチュールをなんとか身内に取り込みたいのだ。このままアルチュールの勢力が拡大すれば力づくで王位を奪われる可能性もある。その前に手を打とうというのだ。懐柔策として娘を差し出し、一族の延命を図るというのは、それなりに賢明な判断だろう。


 王女としては、どのみち政略結婚はまぬがれないと考えているに違いない。王女様にとっては結婚相手は誰であってもかまいません。運命に従いますといった心情なのだろう。候補は外国の王子や国内の大貴族など数多くいた。しかし現在はアドリアン王子と宰相アルチュールに絞られている。アドリアンの王子と結婚したならば、母の姻戚関係から、キグヌス大公をはじめとする大貴族の影響力が今以上に高まる。現状の政治バランスを崩したくない貴族の多くはアルチュールとの結婚を黙認するだろう。


 カフェの政治評論家によれば、王様、王女様、そして多くの貴族に取って、どこの生まれかも定かではない、成り上がりの伯爵は、次の王とするのに理想的なんだそうだ。


 最近アルチュールの様子がおかしい。なにかコソコソしている。

 書斎にお茶を持って行ったとき、あわててなにか隠していた。

 食事の最中、どこか遠くを見つめて、ボンヤリしている時がある。

 あたしに行き先を告げずに出かけることがある。

 あやしい。

 なにかあたしに隠し事があるようだ。そりゃ、昔からなんでも話し合って、お互い隠し事がないって関係じゃなかった。でもこれは変だ。

 おそらく王女様のことだ。


 アルチュールとオロール王女の結婚について一番乗り気なのは父王殿下だ。

 王様がアルチュールと王女様の結婚をすすめているのは、あたしの見る所、政治的な判断などではない。王様はアルチュールに恋をしちゃっているのだ。

 どうして男の子っていうのは、ベルナールもカミーユもそうなんだけど、アルチュールに恋しちゃうのかな。王様はなんとしてもアルチュールを息子にしたくてたまらない様子だ。それに王女様が孝行して付き合ってあげている状況。まあ、王女様もまんざらでもないみたい。下手な政略結婚より幸せになると思うよ、アルチュールは優しいから。


 アルチュールはもはや一介の冒険者などではない。貴族で、勇者で、救国の英雄で、王国の宰相だ。人柄は誠実で、能力も人望もある。そして貴族社会において一切のしがらみがない。おそらく殿下においては理想の婿殿なんだろう。国民にとってもアルチュールは理想の王位継承者だ。今のところアルチュールの政治は上手くいっていて、人気がある。それはカミーユが裏でいろいろ工作しているからという面もあるが、やはりアルチュールのもって生まれた魅力なんだろうと思う。


 王女様もアルチュールのことが嫌いじゃないようだ。いや、王女様も、父王に負けず劣らず乗り気らしいというのが市場で聞く噂だ。王女様の側近のオリビエ卿がちょくちょくお屋敷にやってくるのがその証拠だ。オリビエ卿が来ると、アルチュールはおめかしをして、王女様を散歩やら観劇やらに連れ出してゆく。あたしはそのたびに、仕立て屋に来てもらって、新しいアルチュールの服を作ってもらう。おかげでアルチュールのフードローブはぱんぱんだ。

 ま、とにかくアルチュールはあたしに隠れて王女様と付き合っているということだ。あたしに遠慮とか隠し事なんてする必要がないのに。変なの。


 王女様とアルチュールの関係は、老齢の貴族たちにとっては面白くないみたい。二世代にわたって、名門貴族をないがしろにしていると。でも若い貴族にはアルチュールは人気がある。一緒に戦ってアルチュールに命を救われた者たちだ。


 噂の渦中のアルチュールは、だけど、最近ようやく色恋のことがわかってきたみたいな状況だ。時々、あたしに隠し事をするようになった。王女様と会っているんだと思う。王女様に好意を持っているのは確かだと思う。


「今日は遅くなる」

 アルチュールはそう言って馬車に乗り込む。あたしは同乗しているセブラン卿にアルチュールの荷物を渡して、

「わかりました」

 とこたえる。いつもそんなことは言わないのに、あたしに隠しているつもりかな。可愛いんだから。あたしは心の中で笑いながら、王宮の宰相執務室に向かう馬車を見送った。


 大貴族キグヌス大公が国境沿いの領国で反乱を起こした。

 成り上がりのアルチュールに対する心情的な反発、宰相として進める村落の再編政策、そしてイの国からの勧誘工作。大公は君側の奸、アルチュールを排除することを名目に兵をあげた。


 大公が事前に参加を要請した貴族たちも今のところ静観している。今のところ反乱に参加しているのは大公の近い親族ばかりだ。

 イの国はすでに行動を開始している。将軍ジェラールはひそかに帰国し、その軍は国境に向かって進軍し、大公に合流しようとしている。

 ジェラールは優秀な軍事指揮官で、ワの国は何度も敗北を喫している。大公もジェラールと何度も戦い、そのたびに打ち負かされている。当然、ジェラールに親近感などはない。しかしアルチュールに対する反感がそれを上回っていたのだろう。


 ポロフレでは大公の反乱とイの国の援軍の報が届いた時分、王宮内で華やかな舞踏会が開かれていた。アルチュールはオロール王女と踊っていたが、その報告をセブラン卿から耳打ちされると、王女とのダンスを曲が終わるまでつづけ、それから王国の重臣たちを集めて会議を開いた。しかしその夜の会議ではなにも決まらなかった。


 翌日、この事件を王都の貴族たちが知るようになると、様々な反応が見られた。危険を避けて、荷物をまとめて領地に戻ろうとするもの、静観するもの、アルチュールにすり寄ろうとするもの、しかし表立って大公の反乱に参加しようとするものはなかった。王都の貴族たちは誰も大公の反乱が成功するとは考えていなかった。


 ポロフレの住民たちが、大公の反乱の情報を知ると、やれやれまた戦争か、という表情になった。国境沿いのことなので、王都の住民には実感がわかなかったのだろう。


 王宮での会議は幾日にもわたって続けられた。大公がジェラール将軍と合流する前に鎮圧したいという方向性では一致していたが、アルチュール以外の誰も士気の低い王国軍を指揮して戦地に赴きたいとは思っていなかった。

 会議を構成するメンバーの中には大公に共感するものもいた。アルチュールの政策は貴族たちの既得権益をおかすものだった。貴族たちの土地所有を制限し、農民に土地を分け与える政策は不人気で、政府の中でもアルチュールは孤立気味だった。

 アルチュールはこの反乱を、自らの野望のために利用しようしているという疑念が会議を支配していた。結論が決まっているのに、いたずらに会議は長引いた。

 王国の中枢でアルチュールを支持するのは、大きな影響力を持たない少壮の実務者と国王だけだったと言っても過言ではない。


 結局、会議で大方の予想通りアルチュールが鎮圧軍を率いることが決まった。国政に関与しない貴族たちはこれを聞いて、アルチュールは王になるための戦功を稼ぐためにキグヌス大公を利用したのだ、と噂した。一方、国民たちはそれまでの無関心から一転し、英雄アルチュールが指揮を執るなら、と王国軍に入ろうとするものが多く出た。アルチュールの指揮する反乱鎮圧軍の士気は高かった。

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