第13話(全36話) 勇者の帰還
帰りの道中は最悪だった。カミーユはまだぶつくさ言ってる。よっぽど不満なんだろう。レティシアだけが陽気に振舞っている。
「アルチュールが魔王になっていたら、何年かあとに、どっかの勇者に首を切られていたんだろうね」
なんて言って、いつものようにケラケラ笑っていた。
そう。そうなる世界線を変えることができた。あたしは満足だった。幸せだったと言ってもいい。
あたしは目的を達成した。
これがあたしたちの最後の冒険だと思うと泣けてきた。
そんな風に無人の荒野を抜けていく。かつて人々の生活があった土地。魔王のせいで人がいなくなった土地。魔王が討伐されたいま、これから復興が始まる。人々の息吹が戻ってくる。でも元の状態に戻るまで、何年かかるかな。
魔王の襲撃を受けながらもまだ人の住んでいる地域へ入る手前で、丘の上から狼煙が上がるのが見えた。しばらく進むと先の方から、騎馬と馬車がやってくる。馬車はあたしたちの目前でとまって、中からオリビエ卿が出てきた。
「首尾は?」
アルチュールに向かって聞いた。アルチュールは黙ってうなずく。
いつも冷静なオリビエ卿だったが、ちょっと目が潤んだようだった。
「さあ、馬車にお乗りください」
あたしたちは二台の馬車に分乗し、近くの領主館に連れていかれ、そこでようやく鎧を脱ぎ、湯に入って着替えることができた。
日常的に魔王に襲われていた地域の喜びは静かなものだった。あちこちですすり泣きの声が聞こえる。信じられない、身体が受け付けないといった感情なんだろう。行きとは違って手厚いもてなしを受けたが、喜びがあふれている、という感じじゃなかった。
州境を越えると様子が一変した。歓喜があたしたちの周りを取り巻いた。騎馬が先行して、魔王討伐を伝えている。どこもかしこも魔王を倒した勇者様御一行を一目見ようと集まっている。宿泊した城や館では、奥方やお嬢様方がアルチュールを取り巻いている。アルチュールだけでなく、あたしたちの周りにも武勇伝を聞かせてほしいと、人が集まってくる。ベルナールは早々に姿を消した。レティシアとカミーユはソツなく自分の役割を果たしている。
そんなこんなで、あたしたちは王都にむかって、ゆっくりと進んでいった。
王都にほど近い教会に、あたしたちを乗せた馬車がとまった。ここで王都に入る準備を整えるんだって。アイ城から騎士四騎と歩兵数名、それと執事と従者たちも来ていた。
「よく、ご無事で戻られました……」
なんて、感動の再会もした。
冒険に従者やらなんやらを連れまわす冒険者もいるっていうけど、あたしたちは連れて行かない。面倒だからとか、生まれながらの貴族の人たちと違ってなんでも一人でできるからってのもあるんだけど、守るものがあると戦いづらいからっていうのが一番かな。だから従者たちは、あたしたちが冒険に出ている最中は城で羽を伸ばしていると思う。
で、あたしたち、ここで普段着から一着しか持っていない豪華な服に着替えるのかな、って思っていたら、魔王戦で着ていた鎧を着るようにに言われ、武器まで持たせられた。
「ちょっと綺麗すぎますね」
オリビエ卿がそんなことを言う。
当たり前だ。命を預けるものなんだから手入れは欠かさない。へこんだり傷ついたりしてるけど、金属はピカピカだし、革は油をすりこんで光っている。アルチュールなんか暇さえあれば磨いてる。彼の白銀のスーツアーマーは太陽の光を浴びて輝いてみえる。武器を磨くのが趣味みたいなもんだからな。
「すこし汚しましょう」
オリビエ卿は地面に膝をついて土をすくいとると、カミーユのレザーアーマーに投げつけた。
「ちょっ、お前!」
カミーユが抗議の声をあげる。オリビエ卿はそれに耳を貸さずに言い放った。
「みなさんも装備を汚してください。観客が求めているのは魔王を討伐したリアリティです。特にアイ卿、そんな光り輝く鎧では、魔王を倒したという説得力がありません。汚してください」
この時のアルチュールの心底嫌そうな顔は、いままで見たことなかった。
教会で着替えて、屋根なしの馬車に乗り換えて、アイ城主アルチュールの配下の騎士や歩兵を従えたかたちの行列を整えて、王都に入った。
城門の所で儀式があった。王様の使者に会うのだ。で、「魔王退治の報告にあがりました」、「では王宮で直接申し上げてください」とかなんとかクリシェなことをするのだ。
王の使者は王女様だった。美しく可憐な女性。流れるような亜麻色の髪の女性。王は王妃を亡くし、子はこの王女しかいない。王様が唯一の身内である王女様を使者に出したというのは、最大の好意の証なのだ。
決まり切った言葉の応酬のあと、王女様はあたしら、一人一人の手を握って、ありがとうございますと言った。あたしは鎧をつけていたから、トロールパワーゴーントレットの怪力で、王女様の手を粉砕してしまわないかと、ヒヤヒヤした。
王女様の好意には差があった。あたしやレティシア、ベルナールに対しては簡単なものだったけど、アルチュールとカミーユのときは目をしっかりと見つめ、丁寧に手を握っていた。アルチュールに対しては憧れ、なんだろうけど、王女様とシャウラ伯の息子の間にはなにかあったのかな。
儀式が終わると、そのまま王女様の先導で王宮に向かう。沿道は人であふれかえっている。泣いている老人がいる。元気よく手を振っている子どもたちがいる。王都全体が開放感に満たされている。これですべてが良くなる……、そんな風にみんな考えているんだろう。
王宮の謁見の間では、玉座のかなり近くまで進んだ。武器を持ったまま、汚い鎧のままで王の側近くまで。
アルチュールが代表して魔王の討伐を報告すると、王は玉座から立ち上がり、向こうとこちらを隔てる階段を降り、アルチュールの肩を抱いて、涙を流しながら、ありがとう、ありがとう、と言った。横に並んでいる武官や書記官たちの方からもすすり泣きの声が聞こえる。この空間で泣いていないのは、あたしとベルナールとカミーユ、それと宰相オフィウクス公だけのようだった。
それから饗宴。王宮の中に部屋が用意されていて、そこで着替えてホールに向かう。
「執事の方とお話させていただいて、誠に勝手ながらこちらで何着かご用意させていただきました」
とオリビエ卿があたしの従者に服を持たせた。最近流行のなんとか夫人の、なんだって。
ホールでの食事は百人をちょっと超えるぐらいの人が集まっていた。食事の合間には楽団を従えた歌手が、あたしたちの歌を歌っていた。魔王を倒した勇者たち、だって。名前とメンバーカラー以外、全部デタラメだった。
「ジュヌヴィエーブ卿、お話お聞かせください」
あたしはご令嬢方にモテモテだった。解放されたのは深夜をかなりまわった頃だった。
王都のどこの通りでも人があふれていた。王国中、いや世界中から人が集まっているようだった。魔王はこの国だけでなく、世界中の脅威だった。燎原の火のように燃え広がることを世界中の人たち、特に支配者たちは恐れていた。これからも魔王が倒されたという情報は世界中に広がってゆき、さらに多くの人々が勇者様に感謝を述べるためにやってくるのだろう。王都の祝宴はまだしばらく続く。
夜まで続いた喧噪も、朝方になるとさすがに静かになった。王都全体が静寂に包まれ、動けないほど人が集まっていた南門広場も、もう誰もいない。昨日は街中の誰もが、討ち果たされた証拠である魔王の仮面を一目見ようと集まっていたのだけれど。
ジジは朝方、まだ暗いうちに起き出して、身支度を整え、王宮を抜け出した。警備はどうなっているの? と心配になるくらい容易く抜け出すことができた。向かう先は南門広場だ。魔王の仮面がさらされている。それがアルチュールの首ではないことを確認するためだ。
ジジは夢を見ている気分になるときがある。これはアルチュールが殺されたと知って、気絶した自分が見ている夢ではないかと。過去に戻って現実をやり直すなんて、現実離れしている。
「今、あたし、高いところに置かれている、魔王の仮面を見つめている」
頭に浮かんだことを、そのまま言葉にしてしまう。
エルフは目がいい。はっきりと見える。二本の角が生えている。美しい女性のような仮面。アルチュールとは似ても似つかない。
ジジの目に涙があふれてくる。
ここから始まった。そして終わらせた。アルチュールは生きている。ジジは漆黒の空が濃い藍色に変わり、だんだんと朱が混じって紫色のグラデーションが連なり、一時東の空が燃えるような朱に染まり、そして段々と青い空に変わってゆくまで、泣き続けた。
最初の冒険から十年。魔王を倒してから三年が過ぎました。この三年間、いろいろなことがありました。
魔導士のベルナールは、異世界から戻った後はアルチュールへの独占欲もうすれ、だいぶ人間性も丸くなったような気がします。冒険に出た時は一四歳、それが今では二四歳ですから、もう立派な青年です。外見は青年と言うには少々やつれているような気がしますが。
彼は宮廷魔法使いという役職につきました。でも王様からもらった塔にこもって、ほとんど王宮には寄り付きません。たまに王都に来るときも相変わらずの灰緑のローブを着て、それで王宮に出入りしています。ときどきお屋敷にも遊びに来ます。
司教のレティシアは地方の修道院の院長をしています。農作業をしたり、地域の子どもに勉強を教えたりと充実した生活を送っているようです。旧魔王領の再入植にも熱心に取り組んでいます。時期になると修道院で作ったワインやチーズを送ってくれます。
彼女は教会ではかなり偉くなっているらしく、「また会議だよ」と言って、よくお屋敷に泊まりに来ます。そのたびに楽しい田舎暮らしがつまらない仕事のせいで邪魔される、と愚痴をこぼしています。
スカウトのカミーユは名誉を回復して、今ではシャウラ伯です。オリビエ卿とは幼なじみだったみたい。汚名を着せられた貴族の子が、辛酸をなめながら、流浪の果てに汚名を挽回するなんて、クリシェなお話です。彼は王国の仕事をしています。相変わらず嫌な奴です。
そうそう、カミーユの復讐の相手、オフィウクス公は失脚しました。
で、そのあとに宰相となって王国に平穏をもたらしたのが、ご主人さまです
屋敷の前に四頭立ての黒光した四輪馬車がつけられる。秘書が書類の入ったカバンを丁寧に積み込む。馬車の後部に立つフットマンも白い制服に身を包み微動だにせず待機している。その馬車の後ろには少し小さめの別の馬車がとまっている。こちらにはアルチュールの従者が、アルチュールの私物の入ったカバンを手際よく積み込んでいる。その周りでは、メイドたちが護衛の騎士たちに暖かいお茶を振舞っている。
で、あたしは玄関脇に立って、馬のいななきを聞きながらそれらの動きを監督している。
いつもアルチュールの出勤前は慌ただしい。アルチュールの私物は、昨夜従者と一緒にチェックした
。馬車もしっかり磨いてある。フットマンの制服もシワ一つないはずだ。
あたしは宰相になったアルチュールの屋敷で、家事全般に責任を持つハウスキーパーになった。屋敷内のことをいろいろやってる。アルチュールを影から見守っているといったところかな。メイドはやったことがあったけど、ハウスキーパーは最近ようやく慣れてきた。
アルチュールが二階の部屋から降りてくる。あたしは騎士たちに目で合図を送り、メイドたち、使用人たちを整列させた。
「行ってくるよ、ジジ」
「いってらっしゃいまで、ご主人様」
馬車が動き出す。それにエラく華美な服装の騎士たちが左右を囲むように出立し、従者を乗せた馬車が続く。あたしたちは屋敷の門が締まるまで、頭を下げ続けた。
いろいろあったけど、今は幸せです。
お付き合いいただき、ありがとうございます。
第一章の完結です。
ジジは無事、世界線の改変に成功し、
パッピーエンドをむかえました。
次回から第二章が始まります。
こちらもよろしくお願いします。




