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誰も遊びに来られない日は、刺繍花やコースターを作って時間を潰している。
黙って見ていたオニキス伯爵令息も暇だったようで、「お小遣いが欲しいから手伝わせてほしい」とのことで作り方を教えた。
くみ紐の時に不器用じゃないとは思っていたけど、実はアズラ様よりも器用だったとは。
「どうしてくみ紐は適当だったんですか?」
「適当にはしてないよ。ただ早く作り終えて、教えてほしいとか、手伝ってほしいとか言われたくなかっただけ」
オニキス様って時々、全てが嫌いなんじゃないかって思わせてくる。
「それにしても、早い上に上手ですね」
「まぁ、刺繍もできるからじゃない」
「できるんですか!? すごいですね」
「好きな子が昔やんちゃだったんだ。よくスカート破いててさ。それで、その子が怒られないように裁縫も刺繍も覚えたんだ」
思い出して微笑むオニキス伯爵令息の顔は、幸せそうにも悲しそうにも辛そうにも見えた。
ただ、とても大切な思い出なんだろうということは分かった。
「本当に好きなんですね」
「ものすっごく好きだよ。小さい時からずっとね。純愛だって言ったでしょ」
「そうでした。そのうち会わせてくださいね。オニキス様の恥ずかしい話を、いっぱい教えてもらわないといけませんから」
「……うん、そのうち会ってやって」
泣きそうに笑うオニキス伯爵令息に、ルチルは涙しそうになりながら明るい声を出した。
「私が会うってことは、オニキス様もその時会えるってことですから一石二鳥ですね」
「そうだね」
「会いたいはずなのに、すぐに会いに行こうとは言わないのね」と思いながら、アヴェートワ領に行ったら何をしたいかの話をして空気を変えた。
踏み込んでいいのか、踏み込んではいけないのか分からない。
聞いてほしいのか、聞いてほしくないのか分からない。
人の幸せは人の数ほどあると分かっているけど、もし辛そうにされたら? 酷い恋だったら? そんな恋は止めて、他の子を好きになれって言いたくなったら?
その人を想って言った言葉が、その人を傷つけるかもしれない。
恋や愛や情なんてものは、頭と心が別々に動いたりもする。
理解したくないことや、分かっていても止められないこともある。
人間関係ほど難しいものはない。
だからこそ、大切にしているだろう恋を聞くことができない。
幸せになってほしいと思う。
協力できることは協力したいと思っている。
でも、それが傷つけることになってほしくない。
幸せだと笑ってくれたら、惚気を聞くことができるのに。
秋休み後半のアヴェートワ領への旅行は、夏休みと同じく楽しくて大成功だった。
どこに行くのも祖父と父と弟が一緒で、祖父はルチルの横から離れることはなかった。
シトリン公爵令嬢とフロー公爵令息の距離も、また少し縮まっている気がして嬉しかった。
街での買い物では、イチャついているようにも見えた。
冬期にあるダンスパーティーのドレスのデザインは、アヴェートワ領への旅行前には3人共決めることができた。
アズラ王太子殿下はルチルのデザインに合わせて作るからと、なんと王宮のデザイナーを巻き込み作ってくれることになった。
大変なこともあったし、結婚を前に王宮に住むことになってしまったが、振り返れば、周りからの愛情を再確認できた多幸な秋休みだった。




