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第64話:【メタルクワガタ】

御幸橋(ごこうばし)を過ぎ、大阪方面へと進路をとる場合、自動車の快適性と安全性を両立できる定番ルートといえば「淀川緊急河川敷道路」である。その滑らかなアスファルトの道へと足を踏み入れようとした矢先、結愛(ゆあ)たちはルートの入口で早くも最初の『アレ』に行き当たった。


車体を止めて佇む結愛に、山崎健矢が愛車を寄せながら冷ややかに告げる。


「おい、気を付けろよ。枚方の三矢交差点を過ぎると......あいつの出現頻度は桁違いに増大する。今のうちに真っ当な通り方を体に覚え込ませておかないと、愛車が本当に悲惨なことになるからな……すべての元凶だ」


健矢が指をさした先、目の前に鎮座しているのは、河川敷の出入り口や管理用に設置された無機質な金属製の車止め、通称『メタルクワガタ』であった。


かつて健矢が結愛に最初のロードバイクとしてカーボンフレームではなくアルミ車を選ばせた理由の一つこそが、このメタルクワガタの存在だったのだ。


「慣れてきた頃に油断して、横着な通過を試みてチェーンステーやフレームの反対側を激しく打ち据え、せっかくの高価なカーボンフレームをお釈迦にした人間は、かつての大型ショップの『店員さんですら』少なくなかったんだからな」


その恐ろしい実例を聞き、結愛はゴクリと生唾を飲み込む。 「で、でも、どうやって通ればいいんですか……?」


「やりようはいくらでもある。完全に安全を期すなら『一度下車して手押しで通過する』ことだ。」


「確実ですね。」


「あるいは、しっかり減速して両足をペダルから外し.........

絶妙なバランスでメタクワの間に前輪から真っすぐ滑り込ませ......

ディレーラーを絶対にぶつけないよう........細心の注意を払って........」


説明しながら減速し、

距離に余裕を持たせてクリートから足を外し、


土踏まずの位置でメタルクワガタの突起へ、電線にとまるハトやカラスのように足を置く健矢。


「ゆっくり通過する。アルミに乗っている今のうちに、横着しない癖と真っ当な通り方を骨の髄まで叩き込むつもりで通るんだ」


手本として最初のメタルクワガタをスムーズかつ安全にパスしてみせる。


「最初は押して通過しろ。俺の真似するのはイケると思ってからでいい。」


というアドバイスに従って押して歩いて通過する結愛。


「狭い.....確かにいきなり乗りながら対処する自信は......ないですね。わかりました。」


「だろ?旧枚方駅跡地まではまだ出現密度が低いが、気持ちよく走りながら通過の練習をするにはちょうどいい距離感だ。ほら、行くぞ」


最初のメタルクワガタの難所を綺麗に処理し終えると、目の前には再び広大な河川敷の道路が大きく解放された。


今や、AIが支配するこの世界の京都において、公道を自らの脚でロードバイクを走らせているのは実質的に健矢と結愛の二人だけである。


かつてのようにロードバイクの存在を快く思わずに文句をつけてくる要らんこと言い達の姿はすっかり減り、すれ違うのはたまに見かける愛犬家やランナーが年に数回あれば良い方という閑散とした有様だった。


上空を見上げると、ドローンが追従するように飛行している。


かつてのシオンとの過酷な「猛牛ライド」の折に見かけた行政の厳重な監視ドローンとは違い、現在、それに代わって上空を追従しているのはオムニ・バイオ・ダイナミクスのD.J.と愉快で、そして色んな意味でぶっとんだ仲間たちが飛ばしている「撮影ドローン」の隊列であった。


神戸や大阪へと観戦に出かける際の移動時にもすっかり見慣れた、日常の風景の一部と化している。


右手を向けば、緑豊かな草原と穏やかな川のせせらぎの音が心地よく耳をくすぐる。


左手を見上げれば、どこまでも無限に広がる青空と山々、そして旧私鉄本線を走って樟葉から守口にかけて電鉄系の会社が開発した一大人口集積区域『ヒラカタドーム』へと生活物資や機械部品を運搬する貨物列車が力強く走っていく。


かつての巨大スーパーマーケット跡地だった中規模集積所「KMT橋本」よりさらに大阪側へと差し掛かる樟葉付近。


府道13号線から左手側一帯はドーム都市となっており、外側から見える景色はホログラムで精巧に偽装された光学迷彩パネルが映し出した旧時代の牧歌的な情景そのものだった。


「すごいですね……まるで、タイムスリップしたみたいな気分になります」


風を切って走りながら、結愛が楽しげに振り返る。その横顔を見ながら、健矢はすっかりコーチというより観光ガイドのような軽快さで景色を解説していくのだった。


なお、河川敷道路のすぐ横に広がるゴルフ場は、今でもゴルフ愛好家たちのために現役の施設として運用が続いている。旧時代ほどとはいかないが、ぼちぼちの稼働率だ。


しばらくペダルを回し、いよいよ三矢交差点付近の折り返しの手前となる関西医大と病院が近づいてくると、再び不気味な金属のシルエットが姿を現した。 連続する次のメタルクワガタ群である。


「よし、ここからはもう手本は見せない。自分で考えて、安全に通ってみろ」


「は、はいっ……!」


往路と復路を含め、この先待ち受ける何本ものメタルクワガタ。 ある場所では潔くバイクから下車して押し歩きでパスし、またある場所では減速のタイミングとバイクの傾きを計算し尽くしてペダルに乗ったまま慎重なすり抜けを試みる。


三矢交差点での折り返しを無事に済ませ、イズミがタイミングを見計らって手渡してくれた補給食の甘味を口に含んで糖質をチャージしながら、結愛はメタルクワガタを華麗にパスする感覚を徐々に身体の芯へと馴染かせていく。


恐怖の障害物を一つひとつ攻略しながら、白と天空色の2台は再び北へ――御幸橋へ向けて、軽快なタイヤ音を響かせて駆け抜けていくのだった。

初めてカーボンロードを駆った時に、メタルクワガタの危険をめっちゃ刷り込まれた経験をもとに書きました。メタルクワガタの処理失敗によって本当に悲惨な最期に涙した店員さん、少なくなかったそうなんですよね......


【復習】メタルクワガタの恐ろしさに触れ、『頑丈さ』重視で愛車選びを行った39話はこちらになります。→https://ncode.syosetu.com/n8969mn/65/

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