第13章閑話①:【ロードバイクダイエットの怪】
大原までの道のりを登り続け、米袋を背負いながらのダウンヒルの教習を経て、一乗寺のラーメン店『まーく4』での濃厚な食トレを終え、西陣のカフェ『アルカディア』へと帰還して米袋を倉庫へと押し込んだ一行は.....
翌朝になって開店準備を済ませ、いつも通りにほぼ開店休業状態の店をいつも通りに切り盛りしていた。
AI時代の前であればブランチや早昼を目当てに来る客がたまに存在した時間帯、心地よい疲労感に包まれながら、結愛は店内の椅子に腰を下ろし、ふと気になっていた疑問を口にした。
「あの……健矢さん、『ぽっちゃりだー』って言葉、聞いたことありません?」
「ん? いきなりどうした?」
「ロードバイクって、すごく体を動かして痩せそうなイメージなのに、『ロードバイクに乗っているのに太っている人』がいるって話を聞いたんです。それってどういうことなんだろうって……」
結愛の問いに、山崎健矢は腕を組んで軽く唸った。
「あー、俺も詳しくは知らないが……まぁ、週に1回か、下手すりゃ2週に1度くらいしか乗らないくせに、普段の食生活までジャンキーなものを喰いまくってるせいじゃないか? カロリーの収支がプラスに振り切れば誰だって豚になる。」
健矢の言葉に呼応するように、管理AIのシオンとイズミが補足データを展開する。
『解説いたします、結愛氏』 シオンの無機質な声音が店内に響く。
「現在、AIが人口の95%超をドームへ収容・管理するこの世界の京都において、自らの脚で公道をロードバイクに乗って走る人間は、実質的にマスターとあなた様しかいらっしゃいません。そのため、一般的な自転車乗りのサンプルデータとしては極めて特殊かつ偏りが著しい状態にあります」
「実際、ロードバイクにガッツリ乗る日は、ロングライドであれば1日で3000kcalは優に消費します。
健矢さんや結愛ちゃんのように、休日には本格的なロングライドを嗜みつつ、平日の勤務日もある程度の距離を走行して日常的に1000kcalほど削る習慣のある人が、食事のメリハリを厳格に守っているからこそ健康体を維持できているのです♪」
と、イズミも健矢たちの状態について補足を加える。
趣味としてロードバイクを楽しんでいる層の中には、
減量の概念を持ち込むことを頑なに拒み、「好きなものを食べるために乗っているんだ」と豪語する者もいれば、
休日に10kmや20kmほど走るだけで「よく頑張った」と満足してしまうタイプも少なくなかった。
さらに、日々の仕事や雑務の山を処理するだけで手一杯になり、乗る気力すら失せて週1回以下のペースでしかペダルを踏めない人も多い。という事実も2機の高性能AIから教わる。
「要するに、『自転車に乗っている=勝手に痩せる魔法のスポーツ』だと思い込んで、乗っていない時間や普段の食生活でカロリーをチャラにしちまうから、いつまで経ってもふくよかなままってわけだ」
と、健矢はフッと鼻で笑った。
『そもそも、一日10時間ほど働いたり、定時後も持ち帰り残業のプレッシャーに苦しむサラリーマンが多い旧時代において.......
朝昼のブルシット・ジョブ(クソどうでもいい無意味な仕事)塗れの時間を過ごした後に、夜も帰宅してからロードバイクでさらに自分の肉体を追い込むという発想自体が、社会構造的を考慮すると、マイノリティの所業としか言えません。』
「ブルシット・ジョブ……って、シオンさん、またそんな辛口なこと言って……」
苦笑いしつつも、その分析を聞きながら、結愛はかつての会社員時代を思い出して深く頷いた。
「言われてみれば……会社員だった頃の私は、毎日ヘトヘトになって帰ってくるだけで、運動する気力なんて1ミリも残っていませんでしたよ。休日に外に出るのも面倒くさくて、ベッドの上でスマホを眺めているうちに一日が終わってましたし……」
「ご指摘の通りです、結愛氏」
シオンが眼鏡を押し上げるような仕草をしながら、さらに慇懃無礼なトーンを強めた。
「そうか? 俺も会社員として働いていた時期はあったが、帰宅後は必ずダンベルを持って筋トレをしてから、汗を流して風呂に入るってルーティンを自分で固めていたから、いまいちピンと来ないな」
「いや、マスターのその行動規範自体が一般一般の基準から完全に逸脱していますよ。普通の人間の精神力と肉体は、そんなにタフにできていません」 シオンが呆れた表情を浮かべる。
イズミも「マスターはちょっと、いろいろバグってますからね〜」と軽く同意する。
「何だと、お前ら。俺がバグか何かとでも言いたいのか?」
「「「否定はしません(いたしません)。」」」
「ったく、最近の若いのやらAIときたら.......」
管理AIたちの見事なハモりに、健矢はとわざとらしくふてくされてみせる。
ロードバイクという極上の相棒と出会い、過酷ながらも充実したカロリー消費と「食トレ」のサイクルを手に入れた結愛。
世間の一般的なサラリーマンたちが抱えていた疲弊した日常と、健矢のような規格外の異端児が貫くトレーニング哲学。 その絶妙なギャップを笑い飛ばしながら、西陣のカフェには、穏やかで心地よい午後の時間がゆっくりと流れていくのだった。
「ほらよ、まかない出来たぞ」
「いただきまーす!」




