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VRドームの家畜になり損ねた30代独身カフェマスター、心拍数188の限界突破ドライブが全世界に生配信され、愛車のペダリングデータだけで国家予算級のおちんぎんを稼いでしまう  作者: 蒼波8
第13章「距離を延ばす」

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第58話:【食うべし!食うべし!食うべし!】

さくらであい館跡地での記念すべき第一段階のロングライドを終え、二台のイタリアンバイクは淀川水系の土手から一般道へとルートを移した。


高速道路のガード下を走る新堀川の大通りを横目に抜け、歴史ある御香宮(ごこうのみや)神社遺跡の地域へと差し掛かる。その道の途中に、まるで時間が止まったかのような異空間が広がっていた。


昭和の路地裏の雰囲気が色濃く残る、旧伏見桃山駅ガード下の古びた商店街。その一角に、目的の店はひっそりと、しかし強烈なオーラを放ちながら佇んでいた。


「ここだ……。よくぞ辿り着いたな、結愛」


山崎健矢が自転車を路肩に優しく停め、フッと不敵な笑みを浮かべる。


そこに構えられていたのは、代替わりしてもなお、頑なに昔ながらの強烈な味を守り続けている伝説のラーメン屋——『大中小』であった。ボロボロの暖簾の向こうから、豚骨と背脂が焦げた暴力的なまでに食欲をそそる香りが漂ってくる。


店構えを見るなり、結愛(ゆあ)は思わず顔を引きつらせた。


「あの……健矢さん。さっきから自転車で走りっぱなしで、やっと目的地に着いたと思ったら……今度はこんな、いかにも体に悪そうなコッテリしたものを食べるんですか……?」


「何を言っている」


健矢は呆れたように鼻を鳴らすと、自分の『MIRANO7』をしっかりと地球ロックしながら振り返った。


「自転車乗りは食ってナンボだ。例えば100キロ近い距離を走って、塩分も脂肪も糖分も、何もかもが体の隅々まで抜けきってカラカラになったまま走り続けたら人間どうなるか……知らんとは言わせんぞ?」


「そ、それは……ハンガーノックになって行き倒れるとか……?」


「そうだ。だからこそガッツリとした補給が必要なんだよ。よく味わいな!」


「知っては……いますが……!」結愛は自分の腹部をそっと押さえた。


「でも、今日の朝だって、ガッツリ脂っこいナポリタンを食べたばかりですよ!? そんなに短期間で脂と塩分を重ね撃ちして、私の胃袋は本当に大丈夫なんですか……!?」


「大丈夫だ、問題ない。そんな生活をつづけた俺はいたって健康体。そうだろ、シオン」


健矢の背中で、管理AIのシオンが即座に冷徹なホログラムを立ち上げた。


『こちらシオンより、分析結果を提示。マスターの食事プランおよび本日の摂取カロリー・消費カロリーの収支バランスは、外見上の暴飲暴食の印象とは裏腹に至って常識的かつ合理的です。胃腸の耐久性とエネルギー代謝効率を極限まで高めるのも重要なトレーニングの一環だと思ってください、結愛氏』


ポッチャリダーのような場当たり的な暴飲暴食ライドとは完全に一線を画す、シオンの厳密な計算というお墨付きを得た過酷な「食トレ(食事トレーニング)」という名の新たな鍛錬が、まさに今、幕を開けようとしていた。


「さぁ、入るぞ。遠慮するな、カウンターへ座れ。好きなのを選ぶと良い。金の心配などするな!」


健矢に促されるまま、結愛はギシギシと音を立てる引き戸をあけ、恐々しげに『大中小』の店内へと足を踏み入れた。


昭和の映画セットのような薄暗いカウンター席の匂いは、脳の奥底の食欲中枢を直接殴りつけてくるような濃厚な豚骨スープの香気で満たされている。


「いらっしゃい!」と、店主が威勢のいい声を上げる。


注文を済ませて待つこと数分。目の前にドンと置かれた一杯の丼を見て、結愛は思わず息をのんだ。

それはスープの表面が完全に真っ白な背脂の雪原で覆われ、極太の麺と分厚いチャーシューがこれでもかと鎮座する、圧倒的な物量と暴力的なカロリーを誇る「超こってりラーメン」だった。


網膜VRの隅で、管理AIのイズミが慌てて成分分析の警告をポップアップさせる。


『結愛ちゃん! 本ラーメンの推定カロリー、なんと一杯で約1200kcalでございます! 塩分濃度も極めて高いため、本日のライドで失われたミネラルを一網打尽に補給可能ですが……胃袋への負荷は最大級です! お気をつけください!』


「ひえっ……一歩間違えたら私の内臓がオーバーヒートしちゃいます……!」


「ビビってんじゃねぇ。いいか、ドームの舞台で数万人の観客を相手に踊り狂っていたお前のその根性は伊達じゃないはずだ」


健矢は自分の丼にこれでもかとニンニクと唐辛子をぶち込みながら、不敵に言い放った。


「自転車乗りにとって、ハードに走った後のメシはただの食事じゃない。肉体を修復し、次の過酷なステージへ向けてエンジンを再構築するための『給油作業』だ。残さず綺麗に完食してみせろ!」


「うぅ……こうなったら……!」


極限まで走り抜けた疲労と空腹感、そして脳を刺激する背脂の魔力。

ドーム出身女子としての謎のプライドと負けず嫌いな闘争心に火がつき、結愛は割り箸をパキッと割った。


「食べるしかありませんよね……! 喰うべし! 喰うべし! 喰うべしですっ!!」


レンゲで濃厚なスープを一口すくい、喉へと流し込む。


ガツンと脳天を突く塩分と旨味が、ペダリングですっからかんになった全身の神経に一気に染みわたっていく。あまりの美味さに目がハートになりつつも、結愛は必死の形相で極太麺をすくい上げ、次々と胃袋へと消火していくのだった。


シオンの冷徹なデータ管理と健矢のスパルタな食欲指導のもと、ただのサイクリングの枠を超えた過酷で美味しい「食トレ」の洗礼を、結愛は全身で受け止めるのであった。

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