↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VRドームの家畜になり損ねた30代独身カフェマスター、心拍数188の限界突破ドライブが全世界に生配信され、愛車のペダリングデータだけで国家予算級のおちんぎんを稼いでしまう  作者: 蒼波8
第13章「距離を延ばす」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/96

第57話:【さくらであい館跡地まで】

道路交通法に則ったシビアな車道走行、サイクリングロード特有の防衛運転、そして命を繋ぐための補給と睡眠の重要性。


一通りの基礎学習を完璧に修め、愛車『MIRANO7(ミラノセブン)』を自在に操る術を身につけた結愛(ゆあ)は、鬼師匠である山崎健矢がショップの営業終了後に軽く汗を流す程度の距離なら、音を上げずに走り切れるだけの脚力と精神力を手に入れていた。


西陣のショップ前で軽くストレッチを終えると、健矢は愛車である白いPINARELLI F50に跨がりながら、鋭い視線を南へと向ける。


「基礎教習はここまでだ。今日からは、いよいよ本格的に『距離を延ばす』チャレンジの幕開けだぞ」


「距離を延ばす……ですか?」


「そうだ。向かう先は、かつて絶望の光景が繰り広げられた地……まぁ、今でも京都に住まう初心者サイクリストにとっては、格好の目安地点である『背割堤(さくらであい館跡地)』だ」


背割堤。かつて多くのローディーたちが集い、そして散っていった伝説の地。


「もっとも……」


健矢は片方の口元をニヤリと歪めた。


「今の京都で、その初心者なんて呼べる人間は、今や結愛、お前ただ一人になってしまったわけだがな!」


「私一人って、ちょっと不気味すぎませんかその状況……!」


思わず身震いする結愛に対し、健矢は懐かしそうに目を細めた。


「ビギナー時代の俺にとっても、あの場所は遠い遠い未知の果てだったからな。初心者がまず自らの限界を試すには、格好の目標なのさ」


かつての鬼師匠もまた通った道を、今度は自分が進む。

網膜VR上で管理AIのイズミが、桂川サイクリングロード南下ルートのホログラムマップを展開し、励ましの声を飛ばす。


『結愛ちゃん、ルートの勾配データは極めて平坦です! 本日の目標距離、しっかりと完走できるようイズミが全力でペダリング効率をサポートいたします♪』


「よし、出発するぞ。今日は特別に、お前を先頭にして走らせてやる。しっかり風を受けながらルートを切り拓きな!」


健矢の合図とともに、結愛はぐっとペダルを踏み込む。


西陣から南へと街並みを抜け、若一神社の前から西へと針路をとり、桂川サイクリングロードの入り口へと滑らかに合流。京都の南へ向けて、初めての本格的なロングライドへ挑むまだ真新しい髭が豊富に残ったタイヤが嵌ったアルミ製の車輪が力強く回転し始めた。


いつもであれば健矢の背中をただついていくだけの道だが、今日は自分が先頭を引っ張る。

吹き抜ける川風の抵抗が、これまでとは明らかに違う重みとなって結愛の両腕に跳ね返ってきた。


「ぐっ……風が、結構強い……!」


「当たり前だ! 自転車ってのはな、平地であっても速度を上げれば上げるほど、空気抵抗という目に見えない壁が牙を剥くんだよ。だからこそ、先頭を走る時は無駄な力みを捨てて、合理的な体の使い方を模索しつつ、一定のケイデンスを刻み続けるんだ!」


すぐ後ろをピタリと並走しながら、健矢の的確なゲキが飛ぶ。

背後には健矢の管理AIであるシオンの走行データ解析もリンクしており、結愛の心拍数やペダリングの乱れがリアルタイムでモニタリングされていた。


『こちらシオンよりデータ提示。ペダリングの回転数が低下傾向にあります。ギアを一枚軽くし、上体の力を抜いてください』


「は、はいっ!」


シオンの指示通りにシフトレバーをカチリと操作し、ギアを軽くする。スッと足が軽くなり、回転数が心地よいリズムを取り戻した。基礎教習で叩き込まれたフォームの基本を思い出しながら、結愛はひたすらペダルを回し続ける。


桂川の土手沿いに広がる景色が、少しずつ京都の中心部から南の川沿いの景色へと移り変わっていく。

見慣れない風景の中をただひたむきに走り続けるうちに、全身の筋肉が心地よい疲労感に包まれ、呼吸が荒くなってきた。


(はぁ、はぁ……足が、だんだん重くなってきたかも……)


弱音が喉まで出かかったその瞬間、後ろを走る健矢がふと不敵な笑みを浮かべ、とっておきの人参(ご褒美)をぶら下げた。


「おい結愛、バテてる場合じゃないぞ。今回のゴールまで無事に走り抜けたら、ご褒美を用意してある!」


「ご、ご褒美ですか……!?」


「そうだ。旧伏見桃山駅のガード下にある、知る人ぞ知る名店——特製メニューが山盛りの『大中小』で、腹がはち切れるまでガッツリ食わせてやる!」


「大中小……!?」


聞いたこともないシュールな店名に一瞬面食らったが、「ガッツリ食わせてやる」という言葉の破壊力は絶大だった。


先ほどまで干からびかけていた結愛の体内に、謎のエネルギーと食欲の炎が猛烈に燃え盛る。


「大中小……めちゃくちゃ気になる名前ですけど……そんなのご褒美にされたら、行くしかないじゃないですかぁぁぁ!」


「なら、弱音吐いてる暇はねぇな! 背割堤(さくらであい館跡地)まで、一気に突き抜けるぞ!」


「おーーーっ!!」


美食という名の強力なモチベーションを得て、結愛のペダルを踏み込む足が一層力強さを増す。

基礎を固めたビギナー少女が、自らの脚で未知の距離を切り拓く最初のロングライド。その車体は、かつての伝説が眠る南の目的地へ向けて、確かな軌跡を描きながら力強く疾走していくのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。