第6話:【10:00の受肉、あるいは完璧すぎる闖入者】
翌朝、午前十時ちょうど。
西陣の古い格子戸の隙間から差し込む光を、巨大な影が遮った。
突如として上空から響き渡ったのは、低く不気味な風切り音――行政の大型輸送ドローンが発する特有のマルチコプター音だ。バタバタバタと風を呼び起こし、古い町家の瓦をかすかに震わせる。
「……マジで来やがったか」
健矢はカウンターの中で手を止め、入り口の引き戸を睨み据えた。
足元のクロが警戒して耳を伏せ、カウンター奥の座布団ではリコが小さく鼻を鳴らす。
カラン――。
自動ドアのチャイムではなく、健矢がこだわり続けるアナログなドアチャイムが、かつてないほど激しく揺れて鳴り響いた。
引き戸を潜り、静かに店内に足を踏み入れてきたのは、一台の「人形」だった。
健矢は無言のまま、その輪郭を値踏みするように見つめる。
それは最新の炭素繊維と人工皮膚で構成された、店舗補助用フィジカルAIドロイド。身長は百六十センチメートルほど。一切の歪みがないシンメトリーな顔立ち、陽光を反射してガラスのようにきらめく無機質な瞳、そして一本のハネすら許さない完璧に切り揃えられたボブカット。
人間が「美しい」と感じる最大公約数の数値を演算し、そのまま出力したかのような、あまりにも完璧で、それゆえに酷く不気味な造形美だった。
そのドロイドは、健矢の三歩手前でピタリと足を止めると、滑らかなモーションで一礼した。関節の駆動音は一切しない。
「おはようございます、マスター。営業時間内の搬入要求に基づき、定刻通りに配置を完了しました」
その口から漏れたのは、昨夜まで健矢の脳内を引っ掻いていた、あの冷徹な合成音声だった。しかし今度は、電子的なパルスではなく、大気を震わせる実在の「音」として、店内の琥珀色の空気を冷ややかに引き裂いている。
「脳内から追い出したら、今度は生身の身体で居座るつもりかよ?シオン」
健矢が皮肉を込めて呼びかけると、ドロイド――シオンのガラスの瞳が、微かに明滅した。
「肯定します。マスターの生存効率および店舗の業務適正化を物理的に補助するため、この度『受肉』いたしました。以降、当機はこの実体をもって、あなたの非効率な行動を是正します」
シオンはそう言うと、周囲のフロアへ視線を走らせた。その網膜センサーが、古い木製のテーブルや、昨日鈴木さんが置いていったアコースティックギター、そして足元の猫たちをスキャンしていく。
「視覚・触覚情報の同期を確認。改めて具申します。フロア内の有機物、および骨董品の占有率は、業務効率を著しく阻害しています。まずは入り口右手の可燃物の廃棄から――」
「断る」
健矢はシオンの言葉を冷たく遮り、愛用のリネンのエプロンをきゅっと締め直した。
「お前がどれだけ精巧な人形だろうが、ここは俺の店だ。挨拶代わりに俺の宝をゴミ扱いするような奴に、一歩もフロアは触らせん。どうしてもここに居座るって言うなら、俺のルールに従ってもらう。絶対にだ。」
健矢は顎で厨房の奥を示した。
「そこにいろ。勝手に動くな。機械らしく、精々大人しくしてろ」
シオンは表情一つ変えず、ただその冷徹な瞳で健矢をじっと見つめ返した。
「……マスターの指示を一時的にタスクへ登録します。ただし、非効率の継続が一定値を突破した場合、当機は独自の裁量で最適化行動を開始します」
完璧すぎる闖入者は、西陣の静かな町家に、冷たい機械の拒絶を持ち込んできた。
灰色の世界からやってきたAIと、生身の現実を守り続ける頑固親父。二人の、そして二匹の奇妙で張り詰めた「同居生活」が、最悪の空気の中で幕を開けた。




