閑話②『イズミとのシェイクダウン』
地獄の買い出しとパーツ選びから数日後。結愛は心身の疲労を完全に回復させ、管理AIのイズミと共に朝の光に包まれた西陣のカフェ『アルカディア』のテラスに立っていた。
「おっ、すっかり顔色も戻ったな」
厨房から出てきた山崎健矢は、マグカップに注いだコーヒーを一口飲むと、ピカピカに磨き上げられたチェレステカラーの愛車『MIRANO 7(ミラノ・セブン)』のサドルに跨がっている結愛を一瞥した。
「はい! 健矢さん、お騒がせしました! 今日の私、すごく体調、いい感じです!」
結愛は新しいサイクルジャージとサイクルスカートに身を包み、おろしたてのタイヤを履いた新たな愛車にまたがりながら元気よく返事をした。
「で? 今日は朝からどこに出かける気だ? まさか、もう一度パーツ棚を眺めに行くんじゃねぇだろうなァ」
「違いますよ! 今日はイズミちゃんと一緒に、鉾町の方へ行くんです!」
結愛の言葉に、ホログラム姿で隣に浮かんでいたイズミが、ぴょんっと跳ねるように微笑んだ。
『はい、健矢様! 愛車選びが終わったとはいえ、サイクリストとして不可欠な装備がまだ一つ残っております。鉾町の老舗で、京都の伝統的な帆布生地で作られたクラシカルな背嚢をお揃いで購入する予定なのです!』
「帆布のリュックか……」
健矢は呆れたような、しかしどこか納得したような表情で鼻を鳴らした。
「チェレステのロードに、頑丈な京都の帆布リュックか。積載能力をフィジカルの背面に逃がし、車体の運動性能を担保しつつ、都市の景観に調和する……極めて合理的な提案だな。」
『ありがとうございます、健矢様! お揃いという心理的バフ効果により、結愛ちゃんのペダリング効率はさらに5%向上すると試算しております♪』
「今日は店の手伝いはいいから、卸したてのタイヤをしっかりと慣らす意味でも、1日みっちり京都の街を走り込んできな」
健矢はコーヒーを飲み干すと、二人に手をひらひらと振った。
「おすすめのコースは、京都の歴史を肌で感じる『崇徳院魔界ライド』なんてどうだ? 怨念と石碑を巡るロマン溢れるルートだぞォ?」
「……っ! 健矢さん、朝からめちゃくちゃ不穏なんですけど!?」
結愛がビクッと肩を震わせ、ジト目で抗議する。
「祟りとか怨念とか、せっかくの初シェイクダウンなのに縁起でもないです!」
『ふふっ、崇徳院様の怨念パワーを推進力に変えれば、時速40キロも夢ではありませんよ、結愛ちゃん!』
「余計に怖いですイズミちゃん!?」
軽口を叩き合う二人の様子を眺めながら、健矢はフッと口角を緩めた。
「冗談だ。せいぜい交通安全に気をつけて、自動運転カプセルと歩行者には気ィ配れよ。……いってらっしゃい」
「はい! いってきまーす!」
結愛がペダルを踏み込むと、チェレステカラーの『MIRANO7』が滑らかなタイヤの回転音とともに西陣の路地を滑り出した。そのすぐ後ろを、お揃いのBiancoのクロスバイクに跨がったイズミが軽やかなペダリングで追従する。
2台のチェレステが朝の京都の空気を切り裂く。
ここに、生身の美学とAIの計算が完全に融合した、結愛の本当の「シェイクダウン(慣らし走行)」の幕が上がったのだった。
鉾町での帆布リュック選び、そして京都の遺跡やカフェを巡る、甘く爽やかなポタリングの旅へチェレステの風が西陣を飛び出し、駆けて行った——。




