第48話:【スマートウォッチ!】
「大将! サイコンとセンサーの取付け、頼んだぞ!」
「おうよ。パワメ(パワーメーター)の組み込みとクランクのキャリブレーションがあるからな、少々時間がかかるぞ」
作業ピットで手際よく工具を動かす中嶋の大将に作業を任せると、健矢はヘトヘトになってカウンターに突っ伏していた結愛の首ねっこを掴み、店内奥のガジェット売り場へと引きずっていった。
「うぅ……健矢さん、今度はどこへ連れていくんですか……。もう足が棒です……」
「スマートウォッチ売り場だ」
到着したガラスケースの前で、結愛はうらめしそうなジト目を向けた。
「スマートウォッチ……? ちょっと待ってください、さっきハンドルの中央に画面が見やすい最新のサイコン(BN1100A)を取り付けたばかりじゃないですか! 時間くらいサイコンの画面を見ればいいのでは……?」
「甘いな」
健矢はガラスケースの中を覗き込みながら、人差し指をチッチッと振った。
「サイコンの限られたディスプレイ画面はな、速度、パワー値、そしてナビマップで常に埋まってる。そこに常時『現在時刻』を表示させるのはスペースの無駄なんだよ。時計が見れるってのは地味だけど、走ってる最中は想像以上にめちゃくちゃ便利だ。サイコンから時刻表示を『アウトソーシング』できるのがスマートウォッチの最大のメリットなんだよ」
結愛は「あ……なるほど……?」と少しだけ納得したように首を傾げた。
「それにだ」
健矢は自身の腕をトントンと叩く。
「センサーを買う時に、胸に巻き付けるタイプの『心拍ベルト』を買わなかったろ? スマートウォッチで光学式に心拍数を取って、それをサイコンに常時ワイヤレス転送させときゃ、心拍センサー代わりにもなるんだ」
「へぇー! 一石二鳥なんですね!」
健矢は腕にはめた年季の入った旧型のiSPORT製ウォッチを見遣り、ふっと口角を緩めた。
「……コイツにバイタルをとらせることで、シオンによる診断が適切か、それとも甘っちょろいかを自分で判断するのに使ってたのも、今や懐かしい思い出だな」
健矢の遠い目に、即座にシオンの冷徹な音声が割り込む。
『マスターの回想を補足いたします。過去にマスターが私の疲労度診断を「甘っちょろい」と自己判断して無視し、過剰なトレーニングによって出先でハンガーノックを起こして動けなくなった回数は計四回と記録されています』
「シオンさんを信用してなさすぎて自爆してるじゃないですかー!!」
結愛の容赦ないツッコミに、健矢は「ゴホン……余計な記録をほじくり返すな」とバツの悪そうに咳払いをした。
「とにかく、お前が選ぶべき選択肢は二つだ」
健矢は気を取り直し、ケース内に並ぶ二つの最新スマートウォッチを指差した。
「一つはサイクルガジェット界の絶対王者、CARMAX。そしてもう一つは、ライトやサイコンとお揃いになるiSPORTの『BR20』だ」
結愛は二つの美しいデバイスを見比べた。CARMAXの時計は確かに高機能そうでデザインも洗練されている。しかし、結愛の脳裏にひとつの「めんどくさい作業」が思い浮かんだ。
(CARMAXにするってことは……また新しいアプリをダウンロードして、アカウントを作って、サイコンとは別に初期設定をしなきゃいけないってことよね……?)
パンク修理講習で指の皮が剥けそうなほど疲弊している今の結愛にとって、その手間はあまりにも大きな障壁だった。
「私、iSPORTの『BR20』にします!」
「ほう、即決か。CARMAXの高精度データは魅力だぞ? 理由はなんだ?」
「だって! ライトもサイコンもiSPORTで揃えたんだから、同じアプリひとつで一括管理できた方が絶対にラクじゃないですか! 新しいアプリを落としていちいち設定するなんて、今の私には無理です!」
結愛の断言に、管理AIのイズミが大絶賛のホログラムを舞わせた。
『ナイス判断です、結愛ちゃん! ブランド統一によるエコシステムの真骨頂ですね! アプリ一元管理でスマホの容量も節約でき、初期設定も一瞬で完了です!』
「決まり、だな」
健矢は手際よくBR20を購入し、結愛の華奢な手首に装着させた。シックでスポーティーなウォッチが、彼女の腕にバシッと映える。
「はぁ……これでガジェット類も全部セット完了して……」
結愛は自分の手首を感無量で見つめた。そして、恐る恐る健矢の顔を覗き込む。
「こ、今度こそ……ホントのホントに……終わり……」
結愛の言葉が途中で止まった。目の前で、スパルタ鬼師匠が口角をニヤリと吊り上げ、底意地の悪い笑みを浮かべていたからだ。
「……じゃなさそうですね(完全なジト目)」
「くくっ、お察しの通りさ」
健矢は腕を組み、店内の中央通路を顎でしゃくってみせた。
首を垂れながら、トボトボと次のコーナーへ引きずられていく結愛。夜の『サイクルショップGIRO中嶋』の買い出しツアーは、まだまだ終わる気配を見せないのだった。




