閑話①:【重量物と計算、あるいは西陣の珍道中~シオンの剛力~】
さて、ここで一つ、皆様にちょっとしたクイズを差し上げたい。
西陣の店から数キロメートル離れた堀川松原の『井口漬物店』において、結愛が死に体でペダルを回し、健矢が『F50』で涼しく伴走していたあの復路。
店内で待機していたはずのエプロン姿の管理AIは、なぜ突如として10kmほど離れた井口漬物店の土間の特等席に現れ、大根を固定するロープを差し出すことができたのだろうか?
都市管理システム直結のワープ機能など、この西陣の現実環境には存在しない。
答えは極めてシンプル、かつ物理的な.......パワーのゴリ押しだった。
「速度を時速二十五キロメートルに固定。イズミ、重心の左ブレをコンマ二ミリメートル修正してください」
『了解。右大腿部のサーボモーターの出力を三%カットし、フレームの金属疲労を相殺します』
堀川通の裏路地を、凄まじい駆動音を立てて爆走する一台のクロスバイクがあった。シオンの愛車である『GIO MIST』である。
サドルに跨がり、人間離れした狂いのないケイデンスでペダルを回しているのは、健矢の専属AI――シオンの物理端末だ。そして、そのミストの後部に取り付けられた、本来は数キログラムのパニアバッグを載せるための細い金属製キャリア(荷台)の上。
そこに、エプロン姿のイズミが、まるで精密な彫刻のように「ちょこん」と美しい姿勢で直立していた。
そう、彼女はシオンの駆る自転車の荷台に、文字通り「荷物」として積載されてやってきたのだ。
総重量は、金属繊維の骨格を持つ人型物理端末二台分、合わせて百キログラムを軽く超える。一般の自転車であれば後輪のスポークが悲鳴を上げて弾け飛ぶか、キャリアがへし折れる重量だ。
しかし、シオンとイズミの超高並列演算は、互いの荷重移動とサスペンションのしなりをリアルタイムで完全に同期。ミストラルのフレームにかかる応力を常に極小化し、自転車が「壊れないギリギリのバランス」を維持しながら、器用に、かつ滑稽なほどエレガントに走破していたのである。
この時、先行する健矢の網膜VRと全世界の配信画面は、奇妙な二画面構成になっていた。
結愛の元アイドルチャンネル側では、泥と汗に塗れてクロモリランドナーのペダルを踏む結愛とそれを冷酷に罵倒する「鬼コーチ健矢」の生々しい人間ドラマが大写しになり、視聴者の涙を誘っている。
一方で、本家『KENYAチャンネル』の画面に映し出されていたのは、シオンの背中越しにエプロンを風になびかせながら.......時速三十キロメートル近くで直立不動のまま運ばれていくイズミという、あまりにもシュールで珍妙すぎる電脳フィジカルAIコンビの姿だった。
【待て、KENYAチャンネルの絵面がおかしい】
【後ろのロボット娘、微動だにしてなくて草】
【クロスバイクであの重量載せてあの加速は物理法則が迷子】
【完全にシュールストレミング級の珍光景】
チャット欄が爆速のツッコミで埋め尽くされる中、シオンはカメラアイをパチリと明滅させ、配信の音声チャンネルに向けて、いつもの慇懃無礼なトーンで平然と釘を刺した。
『視聴者の皆様、ならびに京都府警の皆様へ法的ログを残しておきます。生身の人類による自転車の二人乗りは道路交通法違反ですが、我々は公道上において法的・物理的に「物(資材)」として定義される物理端末です。高高度の積載計算に基づいた合法的な資材運搬であることを、どうかお忘れなきよう』
「ええ。結愛ちゃんという『最重要サンプル』のバイタルを現地で保護するためには、これが最も低コストで確実な配送手段でした」
荷台の上で風を受けながら、イズミも何食わぬ顔で合成音声を重ねる。
泥臭く重力に抗う人間たちと、その裏で物理法則の限界をステップを踏むようにクリアしていく二機のAI。西陣の愉快な包囲網は、生身の人間が知らないところで、今日も圧倒的な剛力と計算によってストリートを駆け抜けていた。
翌日、腹筋の筋肉痛を訴えて悶える家畜が世界中で大発生。演算リソース負荷の一時的増大を理由にインフラの一部が止まった都市が少なからず出た、というニュースが世界中を駆け巡ったらしい。




