第38話:【フロントカゴの大根と、本格的な教習ロードへ】
「──というわけで、結愛氏」
井口漬物店の土間に、シオンの慇懃無礼な合成音声が朗々と響き渡った。
結愛が琥珀色のスープを飲み干し、ようやく一息ついたのを見計らったかのような『絶妙すぎる』タイミングだった。
『我がマスター山崎健矢の「ひよっこ育成プロトコル」第1フェーズの終了に伴い、復路における追加ミッションが井口氏との間で締結されました。効率化、および地域経済の循環の観点に基づき、あなたの 自転車 に『とある物件』を積載します』
そう言って井口が店の奥からドサリと持ち出してきたのは、土のついた見事な聖護院かぶらが三本、そして大きな樽から引き揚げられたばかりのズッシリと重いカブの古漬けの袋だった。
「え……? これ、どうするんですか?」
結愛が嫌な予感に瞳を揺らす。
「どうするも何も、お前のチャリの前に積むんだよ」
健矢が当然のように言い放ち、土間に立てかけられている TED のフロントキャリアを顎で指した。
「復路はただの帰宅だと思ったか?『アルカディア』の今週分の食材仕入れだ。総重量、ざっとプラス五キログラムってところだな」
「ご、五キロ……!? 無理です、ただでさえ帰るだけでも足がちぎれそうなのに、そんな重いもの載せたら前輪がフラフラして……!」
「あら、結愛ちゃん」
それまで大人しくバイタルを監視していたイズミが、エプロンのポケットから一本のクラシックな固定用ゴムロープを取り出しながら、ハキハキとした通常モードの有能ボイスでカットインしてきた。
「大根の重量をフロントに配置することで、機体の低重心化と直進安定性が向上するという計算結果が出ています。それに、この大根を無事に持ち帰れば、今夜は美味しい大根と鶏肉の煮込みが待っていますよ? カロリー消費後の固形物摂取効率は最高です!」
「もう、イズミちゃんまで健矢さんの味方するのーっ!? カゴ代わりにするなんて酷いです!」
結愛の悲痛な叫びを完全に無視し、健矢とイズミの手によって、深緑の鉄馬のフロントには容赦なく「大根と古漬け」の入った段ボールはガッチリと括り付けられている。
無論、僅かとはいえ登りになる復路は地獄を極め、全身の筋肉が使い物にならない程度の筋肉痛を上げていた。帰宅後は老人ホームはかくやと言わん限りの入浴介助を受け、48時間もの間、クレードルから自力で『這い出ることすら』能わなかったのは.....言うまでもないだろう。
1部本編はここまでとなります。
閑話を4話ほど挟んだ後、2部へと突入します!
楽しみにしながら2部の開始をお待ちください!




