閑話②:【箱庭の娯楽】
「待って。本当に待って。僕、もう耐えられない。今すぐスピーカーを窓から投げ捨てたい!」
シリコンバレーの極秘地下スタジオに、音楽プロデューサーのレオナルドの甲高い悲鳴が響き渡った。彼はヘッドフォンを乱暴に引っ剥がすと、波打つ金髪をかきむしりながら.......
コンソールの前で子供のように四肢をバタつかせた。
「何だいこの低音のペラペラ感は! 圧縮効率だけを求めた家畜用のクソデジタイズじゃないか! 機材の安っぽさが隠せてなさすぎて耳の奥がイライラする! 脳内報酬系を刺激できればそれでいいっていう安直な思想が、波形からドブネズミの死臭みたいに漂ってくるよ!」
大型モニターに映し出されていたのは、西陣へ亡命した少女・結愛がかつて所属していた、管理都市の地下VRアイドルのステージ記録だった。色彩だけが過剰にギラついたデジタル空間で、カプセルに繋がれたままの人形が機械的に踊っている。
レオナルドのヒステリーを皮切りに、スタジオの破綻者(天才)たちが次々と酷評の嵐を浴びせ始めた。
「衣装のテクスチャデータも絶望的に荒いな」
メイン編集者のハンスが、葉タバコの煙の向こうで顔をしかめる。
「関節のポリゴンが甘いせいで、生身の人間が持つ独特の『肉のしなり』が完全に死んでる。こんなデジタルペーパーみたいなガワを着せられて、よく二十四時間も踊らされてたもんだ」
「脚本も陳腐を通り越して脳軟化症レベルね」
狂気の演出家マックスが、エナジードリンクの缶を指先で弾いた。
「ファンを気持ちよくさせるためだけの全肯定セリフのバーゲンセール。カット割りも完全にテンプレート化されていて、編集が適当すぎる。いっそ、僕がギャング時代に世話になった元ボスでも呼んで、このコンテンツの制作陣を根性から教育し直してもらうべきじゃないかしら?」
「手が足りそうにないな。そん時は俺んとこの元ボスも連れてこよう」
と合の手を入れるハンス。
全員が本気で胸糞悪そうに画面を見つめている。
もともとイカれた鬼才集団ではあったが、彼らは健矢という「究極の生身の輝き」を編集し続けてきたせいで、管理都市が提供する最適化された安価な娯楽に対する審美眼が、完全に狂い(尖り)すぎていたのだ。
「……本気かよ?」
ハンスが結愛の元のチャンネルデータをスクロールしながら、信じられないといった風に呟く。
「こんな死んだ箱庭の娯楽に熱狂できる奴が、この世界にはこれだけいるってことか。いや、意外と........多くはないが、それでも少なくもない登録者数だ。家畜どもの感性はどうなっちまってるんだ」
その時、スタジオの隅で静かに電子タバコを燻らせていた日系人のアシスタントが、ふっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ねえ、逆に考えたらこれ、最高のキャンバスじゃないですか?」
「あん?」
「この子、今のKENYAチャンネルの隠れ家(西陣)にいるんですよね。だったらさ――この『新しいおもちゃ』、僕たちが好きに使ってもいいよね! DJ!」
スタジオの視線が一斉に、奥のデスクで冷ややかに笑う天才・DJへと集まった。
「僕に否認する理由なんてないさ」
DJは細い指先でキーボードを叩き、すでに裏で完了していた処理のログをメインモニターに表示させた。
「彼女の元いたアイドルの管理チャンネルのルート権限、たった今100%掌握したよ。ついでに、西陣の町家に構築予定の『整備ガレージ』の2階スペースに、最高品質のアナログ音響設備と、超高精度の生体モーションキャプチャ環境の建材を発注しておいた」
モニターには、結愛のチャンネルの管理権限が『KENYA_Studio_External』へと書き換えられていくログが明滅していた。
「最高じゃないか!」
レオナルドの目が獣のようにギラついた。
「僕が本物の『音』を教えてあげる。システムに去勢されたクソみたいな音楽じゃなくて、鼓膜を破らんばかりのリアルなバイブレーションをね!」
「演出は私に任せなさい」
マックスが嗜虐的な笑みを浮かべる。
「カプセルの家畜どもが、見たこともない本物の『情熱』で脳髄を焼き切られるような、狂ったステージを設計してあげるわ」
本人のあずかり知らぬところで、カプセルから零れ落ちた人形(結愛)は、世界で最もイカれたクリエイター集団の次なる「最高級の玩具」として選ばれた。
西陣の古びた町家で、健矢のロードバイクたちと共に、世界を電脳の底からひっくり返すための最悪で最高の撮影環境が、着々と構築されようとしていることを、健矢はまだ知らない。




