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VRドームの家畜になり損ねた30代独身カフェマスター、心拍数188の限界突破ドライブが全世界に生配信され、愛車のペダリングデータだけで国家予算級のおちんぎんを稼いでしまう  作者: 蒼波8
第8章:カプセルから零れ落ちた人形

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第28話:【ロードサイドのお人形(ドール)】

堺市内を軽やかに南下し、高石市に入る手前の臨海工業地帯。

右手に巨大なコンビナートの無機質なパイプ群を望む国道26号線のロードサイドは、自動運転の物流トラックが規則正しい排気音を立てて行き交うのみで、自転車で走る生身の人間など健矢くらいのものだった。


スマート化された現代の大阪湾岸は、都市管理AIによって徹底的に最適化されており、浮浪者一人すらいないのがデフォルトだった。

だが、その不自然な調和は、あまりにも唐突に破られる。


「……ん?」


高石の手前の緩やかなカーブを曲がった直後、健矢の視界が前方の歩道と車道の境界線上に転がる「異物」を捉えた。


自動トラックのセンサーが「路上障害物」として辛うじて認識するような、あまりにも小さな影。健矢は即座にブレーキレバーを引き、純白のカーボンフレームを減速させた。乾いたブレーキの音が静かな湾岸線に響く。


「おい、シオン。あれは……」


『カメラログを同期。……人間です、マスター。都市のインフラ管理用ドローンが到達していない死角に、生命体が横たわっています』


健矢はF50を路肩に止め、急ぎ足でその影へと駆け寄った。

そこにあったのは、『小柄な少女』だった。


ボロボロに擦り切れた安物の部屋着のようなものを身にまとい、アスファルトの上に力なく倒れ伏している。長い髪は潮風と汗で顔に張り付き、肌は病的なほどに白い。位置を考える限り、すぐ北にある堺の居住ドームから命からがら逃げ出してきたのだろう。


「おい、大丈夫か! 息はあるか!?」


健矢が声をかけながら彼女の肩を軽く揺さぶる。

少女はピクリとも動かなかったが、その薄い胸がかすかに上下しているのが見えた。しかし、異様なのはその肉体だった。


ノースリーブの袖から覗く腕や、捲れ上がった裾から見える脚は、ただ痩せているというレベルを超えていた。筋肉が完全に退化し、まるで長い間使われなかった古いプラスチック製品のように、生気が根こそぎ奪われている。


『マスター、網膜カメラを通じて簡易バイタルスキャンを敢行します』


西陣からのシオンの音声が、一段と低く沈んだ。


『――深刻です。心拍数は「四二」。都市管理AIが設定する生命維持の下限限界スレスレの低空飛行です。さらに、大腿部から下肢にかけて著しい血流障害と組織の壊死の兆候を検知。これは……重度のカプセル依存症(エコノミークラス症候群)による末梢血管の閉塞です』


「カプセル依存症だと? じゃあこいつ、ドームの檻から逃げ出してきたってことか」


『肯定します。精神的にも完全な虚脱状態(バーンアウト)を起こしており、自律神経系が機能停止しかかっています。このまま放置すれば、一時間と持たずに心停止に至るでしょう』


健矢は少女の顔を覗き込んだ。この行き着く先のない世界の果てで、地下級のVRアイドルとして消費され尽くし、システムと施設の手からすべてを投げ打って脱走してきた少女――伏見結愛(ユア)だった。


「う……あ……」


少女のひび割れた唇が、かすかに震えた。

閉ざされた瞼の裏で、彼女は今もなお、24時間終わらないVR空間のステージで踊らされる地獄の残像を見ているのかもしれなかった。剥き出しの現実の海風が、彼女の冷え切った身体を容赦なく打ち据える。


カプセルから零れ落ちた、文字通りの壊れかけの人形。

健矢はその細すぎる手首に触れ、生身の人間として機能していないその軽さに、奥歯を強く噛み締めた。

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