第5章閑話③閑話:【ある家畜のお賃金】
山崎健矢の個人口座に、シリコンバレーの天才の気まぐれによって天文学的な数字が着金していたその頃。
西陣の築古アパートでカプセルに引きこもる織田もまた、自身の網膜VRに表示された「月次明細」を見つめて、ベッドのジェルを波立たせるほどの興奮に震えていた。
「キ、キタアアアアアアアアアアア!!! 振り込まれてる! 今月もマジで振り込まれてるでござるよ!!」
織田が狂喜乱舞して見つめる電子画面。そこに表示されていた当月のおちんぎん(給与)は、額面にして「28万4,500円」。
2026年時点における、汗水垂らして死んだ魚みたいな目になりながら週のうち五日も満員電車に押し込まれる.....日々そのような苦行を強いられる中堅サラリーマンの平均月収とほぼ同等、あるいは世間一般の「中央値」を絶妙にトレースした凡庸な額面である。
だが、織田という男のスペックを考慮すれば、これは文字通りの「奇跡」だった。
実家を追い出された元キモヲタヒキニート、職歴なしの穀潰し系低スペック男子。数年前までの社会であれば、良くて時給数百円の最低賃金労働、あるいは社会の底辺で困窮しているはずの人間だ。
それが、カプセルの中で推しの二次元美少女に耳元で囁かれ、自動排泄ノズルをケツに挿入されたまま一日中ゴロゴロしているだけで、一般の会社員と同じ額の電子マネーが毎月自動でチャージされるのだ。
「いやもう本当に、行政AI様は神にございますればッ....!この社会システムを作った偉い人、もはや天才のそれだわ……」
織田はカプセルの中でとろけるような涙を流した。
作った人たちは間違いなく神レベルの天才である。
彼の洞察は、その点に対してのみ一寸の狂いもないのは確かだ。
彼のような「徹底管理を受け入れた一般市民」に支払われるこのベーシックインカムじみたお賃金は、行政AIにとっていわば『家畜の飼料代』である。人間をカプセルの中に完全に隔離し、脳波とバイタルを管理・吸い上げる見返りとして、彼らが仮想空間内で健全(?)に消費活動を行うための最低限の燃料。
それこそが、この28万円強という絶妙な金額の正体だった。
『お兄ちゃん、今月のおちんぎんの使い道はもう決まってる?』
網膜の向こうで、織田好みにカスタムされたロリボイスの担当AIが、あざとく首を傾げて問いかける。
「決まってるッ.....決まってるに決まってるでござるよ! よーし、まずは『異世界転生ハーレムオンライン』の限定サマー水着ガチャに5万課金! あとは、カプセル専用オプションの『極上耳かきVR・ASMRパック』のサブスクを上位プランにアップグレードでござるッ!」
『わぁ、ありがとうお兄ちゃん! すぐに決済手続きを行うね』
織田が指先一つ動かさず、脳波で「承認」のトリガーを引くだけで、手に入れたばかりのお賃金は、光の速さで行政AIの運営するコンテンツへと還流していく。
家畜に餌を与え、その家畜は与えられた餌をすべて檻の中の娯楽で消費する。完璧に最適化された、永久機関のごとき経済の循環。
織田は自らがシステムに飼育される「家畜」であることなど微塵も疑わず、むしろこれ以上ない幸福として、28万円の万能感に浸っていた。京都・西陣の片隅で、汗まみれになって心拍数を180台まで追い込み、数千万円の富を手に入れてもなお体制に牙を剥く「狂犬」健矢の存在など、彼は知る由もない。
「あー、ガチャの最高レア当たった……。マジ、この世の.....春……」
ピンクゴールドの光に満ちたカプセルの中で、織田は今日もまた、システムが提供する極上の揺りかごへと深く、深く沈み込んでいくのだった。
一般人サンプルのお話でした。
サラリーマン時代の私だったら
喉から手が出るほど実現してほしかったですね、このシステム(笑)
織田のAIも.....すっかり仕様が彼の色に染まってますね(笑)




