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VRドームの家畜になり損ねた30代独身カフェマスター、心拍数188の限界突破ドライブが全世界に生配信され、愛車のペダリングデータだけで国家予算級のおちんぎんを稼いでしまう  作者: 蒼波8
第5章:ドームへの遠き泥臭き巡礼

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第5章閑話②閑話:【サイクリスト、富豪になる】

大阪へのドーム遠征から数日。西陣のカフェは、いつも通りの静かな朝を迎えていた。

カウンターでコーヒーを淹れながら、健矢はここ最近の自分の言動を少しばかり自省していた。


行政AIの陰険なライフログ管理や、心拍リミッターの仕打ちを受けるたびに、青筋を立てて激高する――。我ながら、カルシウムが足りていないのではないかと思うほど沸点が低くなっている気がした。

だが、それとこれとは話が別だ。


ドームへ行く際は勢いでシオンを跨がらせてしまったが、あの深緑のARARA TEDは、かつて父親が遺した大切な形見だ。しかも思い返せば、健矢が愛する『じゃない方のチーム』のエース投手が、かつて球場の大型ビジョンで「旅に出よう」とCMしていた、まさにそのモデルだった。


ブランド自体がすでに自転車事業を締め、今や歴史の遺物となったあの貴重なランドナーを、心中でママチャリ呼ばわりしている行政AIドロイドにむざむざくれてやり、実用一辺倒の荷馬車として使い潰されるのだけは、どうしても納得がいかなかった。


(思い立ったが吉日、だ)


シオンにはシオン用の、現代的な頑丈なクロスバイクを買い与えるべきだ。そうすれば形見の鉄馬を物置の聖域に戻せるし、あのタフなドロイドならクロスバイクでも十分に俺のF50の巡航についてこられるだろう。


「シオン、ちょっとこっちへ来い」


健矢はカウンターから声をかけた。


「はい、マスター。何でしょうか。バイタルは安定していますが、カフェの在庫発注の指示ですか?」


エプロン姿のシオンが、すっと音もなく近寄ってくる。


「いや、シオン用の自転車の購入計画を立てたい。予算を組むから、俺の個人口座の通帳データを開示してくれ」


「承認しました。当機の通信端末を経由し、マスターのメイン口座の残高データを網膜VRへ投影します」


シオンの薄青い瞳がピカピカと明滅し、健矢の視界の隅にオンラインバンキングの暗号化されたUIが浮かび上がった。


どうせ競輪の万馬券の残りが数百万円、あとは日銭が少々といったところだろう――そう高を括っていた健矢は、表示された「現在残高」の桁を見た瞬間、危うく手元の一番高いコーヒーカップを床に叩き落としかけた。


「……は?」


視界に躍り出ていたのは、およそ一介の個人カフェ店主の口座には存在し得ない、見たこともないようなゼロの羅列だった。桁が多すぎて一瞬で把握できない。


「おいちょっと待て、シオン。これ、バグか? 桁が狂ってないか?」


「いえ、データは正常です。三日前の深夜二時四十二分、オムニ・バイオ・ダイナミクス社の基幹決済システムより、直接あなたの口座へ『特別観察手当・最高額面』という名目の海外送金が着金しています。納税処理もシステム側で完全に相殺済みです」


「とくべつ……かんさつ....てあて……?」


意味がわからなかった。だが、表示されている数字は紛れもない現実(リアル)であり、健矢は文字通り、一夜にしてちょっとした街のビルが一棟買えるレベルの「富豪」になっていた。


ディストピア界の偉いさんが勝手に暴走した結果だとは露知らず、健矢はしばし固まっていたが、すぐにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「理由はわからんが……金があるなら話は早い」


健矢はすぐさまスマートフォンを掴み、短縮ダイヤルを押した。相手は東洞院六角の頑固親父だ。


『おう、健矢か。緑のアレはぶっ壊さずに走れたか?』


「大将! TEDは無傷です。それより、今すぐ一台発注したいバイクがあるんです」


『あ? なんだ唐突に。金もねえクセに新しいフレームでも欲しくなったか』


「いや.....金ならあります。有り余るほど.......あるんです。……シオン用のクロスバイクを組んでください。フレームはあの鮮やかなイタリアンブルーのGIO(ジオ)。コンポーネントはあいつの馬力に耐えられる一番タフなやつで、ホイールもガチガチに組んでやってください。予算の上限はありません。出来得る限りの...最高の一台に仕上げてください!」


受話器の向こうで、中嶋の大将が一瞬絶句し、それから低く、楽しそうに笑った。


『……ほう。いいだろう。あの生意気な人形ちゃんに相応しい、とびきり強固な青い鉄馬(ジオ)を仕立ててやるよ。楽しみに待ってな』


電話を切った健矢は、まだ無表情のまま佇んでいるシオンを見上げた。


「シオン、お前のための『青い足』が決まったぞ。これでもう親父のランドナーはお役御免だ(あれは色んな意味で今やお宝だからな...)」


「当機のための専用車両の配備……。合理性の観点からは過剰投資と判断されますが、マスターの資産状況から見れば、0.001%未満の軽微な支出です。中嶋氏のカスタマイズによる機材の到着を、ログの待機タスクへ登録します」


淡々と答えるシオンだったが、その網膜の奥では、新しく支給される「GIO」のジオメトリ計算が、すでに静かに始まっていた。金を手に入れたサイクリストと、青い翼を得ようとするAI。二人の歪な逃避行は、ここからさらに加速していく。

今回の閑話でも健矢の猛牛脳、ここにあり!

でしたね。


親父の形見から次第に猛牛脳へとシフトしていくのが健矢です(笑)

そんな健矢たちの猛牛すぎる日常を描いたスピンオフ、『おりほー』も是非お楽しみあれ!


シオン:「思考の猛牛化を確認.........(呆)」

→https://ncode.syosetu.com/n8592mp/

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