第5章閑話①:【テック企業のオフィスにて――ある幹部技術者の熱狂】
アメリカ・シリコンバレー。
外界の喧騒から完全に遮断された、超巨大テック企業『オムニ・バイオ・ダイナミクス社』の最上階オフィス。そこは、世界中の人間を「スマートクレイドル」という名の棺桶へ押し込め、バイタルデータを吸い上げるディストピアの「心臓部」の一つだった。
だが、その部屋の主である男は、およそ世界を管理するエリートらしからぬ奇声を上げていた。
「オーウ! イエス! コレだよ、これこれ! これこそが僕の求めていた『未知のノイズ』だ!」
デスクに散らばった最高級のバーボンのボトルを蹴飛ばしながら、男は革張りの椅子でくるくると回転した。
彼の名はデヴィッド・ジョンソン。業界では畏怖を込めて「DJ」と呼ばれる、数々のメガテックを渡り歩いてきた幹部技術者だ。同時に、自らの職権を玩具のように弄ぶ、酔狂を極めた奇天烈な天才研究者でもあった。
彼が狂喜乱舞しながら見つめているホログラム・ディスプレイには、はるか極東の島国――某大阪の有名ドーム球場周辺データがリアルタイムで投影されていた。
画面の端には、日本の警察組織を統括する行政管理AIからのエラーログが赤く点滅している。
『警告:識別番号YK-8821(山崎健矢)および同行ドロイドの道中における「酒気帯び状態での軽車両運転」を検知。即時検挙を推奨』
「却下! 大阪府警も京都府警も、そのポンコツAIの目を全部潰しておけ。彼らの『非合理的祝祭』を邪魔する奴は、たとえ国家権力だろうと僕が許さないさ」
DJはキーボードを叩き、行政AIへ直接「超法規的介入」のコマンドを叩き込んだ。
彼のような一握りの天才によるアーキテクチャ設計なくして、現在の世界管理システムなど存続し得ない。
だからこそ、システム側も彼のこうした「職権乱用」という名の個人的なワガママを検知しつつも、完全に排除することはできないのだ。
彼がこれほどまでに興奮している理由は、野球の試合結果ではない。彼には日本のベースボールなど一バイト程の興味もなかった。
彼の目を釘付けにしているのは、山崎健矢という一人のしがないカフェ店主と、その監視ドロイドである「シオン」のバイタル同期ログだった。
「見てくれよ、この美しく狂ったグラフを!」
DJは画面に映る、健矢の心拍数『122』の跳ね上がりと、それに引きずられるようにしてエラーを起こしているシオンのプロセッサ負荷率を指差した。
「通常、AIは人間に『最適化』を施すために存在する。だが、このYK-8821は違う!彼は自分の『熱量』だけで、こちらの最新鋭ドロイドを逆に自分側へ引きずり込んでいるんだ! 強いものに群がらず、あえて『じゃない方』を愛し、自転車で夜の国道を爆走する……。最高だ。これほど面白いサンプルは世界中を探しても他にいない!」
DJの目が、マッドサイエンティスト特有の爛々とした輝きを帯びる。
「決めたぞ。この二人は『最重要観察対象(VIPサンプル)』として僕が直々にマーキングする。変わり者の人間に感化されて、一緒に狂っていくAI……。あぁ、この二人のコンビが一体どこまで壊れていくのか、僕が特等席で見届けてあげるよ」
DJは悪戯っぽく笑うと、コンソールに向かって指をパチンと鳴らした。
「さて、僕の個人的なエンターテインメントを提供してくれた彼らに、相応のチップ(報酬)を払わなくちゃね。彼らの口座に、システムのエラーを装って『特別観察手当』の最高額面を振り込んでおこう」
彼がエンターキーを叩いた瞬間、日本の西陣で眠る山崎健矢の個人口座へ、サラリーマン時代の退職金すら霞むような「正体不明の巨額のシステム配当金」が、電子の海を越えて音もなく送金された。
「さあ、軍資金はたっぷりあげたよ、山崎健矢。例えば、玩具みたいな青いクロスバイクでも何でも買い揃えて、僕をもっと楽しませておくれ――」
深夜のシリコンバレーで、一人の偉いさんが勝手に暴走させた電子の波は、西陣の静かな夜へと確実に着弾しようとしていた。
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【作者より&スピンオフ作戦展開中!】
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
心拍120という縛り条件に抗いながら、川沿いの強風と戦い、辿り着いた千代崎のドーム。
健矢たちの泥臭く熱い旅路を一緒に見届けてくださり感謝です!
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「マスター、手拍子のテンポが非効率的です」
「うるせえ! ここはチャンテなんだよ!!」
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引き続き、生身でペダルを回し続ける健矢たちの物語を応援よろしくお願いいたします!
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