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VRドームの家畜になり損ねた30代独身カフェマスター、心拍数188の限界突破ドライブが全世界に生配信され、愛車のペダリングデータだけで国家予算級のおちんぎんを稼いでしまう  作者: 蒼波8
第5章:ドームへの遠き泥臭き巡礼

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第14話:【大将からの召集令状と、緑の鉄馬】

深夜の3本ローラーによる「心拍数180の反逆」から三日。


健矢の身体は、自身でデタラメに書き換えたアスリート仕様のスマートクレイドル――超音波熱療法と低酸素環境の猛威――によって.....恐ろしいほどの速度で超急速回復を遂げていた。筋肉の張りは完璧に消え去り、むしろペダルを踏みちぎりたくて身体が燻っている。


そんな午前十時、カフェの開店準備を進める健矢の網膜VRに、ダイレクトな通信リンクが滑り込んできた。相手の識別タグは「GIRO中嶋」。中嶋の大将からだ。


『おい、健矢。生きてるか』


スピーカーから響くのは、相変わらず油の匂いがしてきそうなダミ声だった。


「生きてますよ、大将。おかげさまで、毎晩カプセルの中で高地トレーニングもどきをやってます」


『ハッ、相変わらずイカれた野郎だ。……ところでよ、今週末の予定を全部空けろ。プロ野球のプラチナチケットが余った。それも内野席の三連番だ。お前と、その隣にいる無表情な人形ちゃんを連れて、大阪のドームまで遠征に行くぞ』


「プロ野球……ですか? ドームってことは、大阪の?」


健矢の目がわずかに見開かれる。ディストピアと化した現代において、生身の人間が密集して大声を上げるプロ野球の球場は、行政AIから「集団的バイタル異常誘発空間」として常に監視の目を向けられつつも、未だに壊滅していない数少ない「昭和の生き残り」だった。


『そうだ。何が最適化だ、クソ食らえだ。たまにはあの泥臭え歓声の中で酒でも飲まなきゃ、脳みそが錆びちまう。……おい人形ちゃん、お前も行くんだよ。留守番なんて許さねえからな』


カウンターの奥でグラスを拭いていたシオンの薄青い瞳が、ぴくりと点滅した。


「音声入力を認識。中嶋氏の提案は、マスターの精神的リフレッシュにおいて一定の合理的数値を満たすと推測されます。当機も、マスターの健康管理および同行者としての随行を承認します」


「よし決まりだ。だがな健矢」


受話器の向こうで中嶋が不敵に笑う。


「ドームまでの移動手段だが、行政のクソ自動運転タクシーなんか使うんじゃねえぞ。サイクリストなら、己の足で遠征の路(みち)を踏破しやがれ。お前はF50でいいが……その人形ちゃんに乗せる『足』がないな?」


「あ……」


健矢はシオンを見た。いくらドロイドとはいえ、PINARELLI F50の超高速巡航に徒歩やランニングで追従できるはずがない。クロスバイク、MTBといった他のスポーツバイクも、今の店にはまだない。


『安心しろ、お前の親父さんが遺した「あの緑の鉄馬」が、まだ物置の奥で眠ってるはずだ。アレを引っ張り出して整備しろ。人形ちゃんの足にはそれがお似合いだ』


中嶋からの通信が切れた後、健矢は裏庭の隅にある、久しく開けていなかった木造の物置の戸を引いた。

埃っぽい空気の向こう、カビ臭いブルーシートを剥ぎ取ると、そこにそれは静かに佇んでいた。


ARARA TED。

かつて健矢の父親が、まだ世界がこんなに無機質になる前に愛用していた、深緑色のクロモリ製ランドナー(旅用自転車)だ。


現代のロードバイクのような軽量カーボンフレームではない。ずっしりと重いスチールパイプを溶接して作られた、頑強極まりない鉄の馬。太い26インチのタイヤにはマッドガード(泥除け)が装備され、フロントとリアには荷物を満載するための重厚なキャリアが取り付けられている。


ハンドルまわりには、今や骨董品となったWレバー(変速機)とカンチブレーキのワイヤーが、不骨に突き出ていた。


「ARARA TED……日本の老舗メーカーが手掛けた、古典的なツーリング用車両ですね」


いつの間にか健矢の背後に立っていたシオンが、その重厚な緑色の鉄馬をスキャンするように見つめていた。


「ああ。親父が死んでから、もう十年以上ここに眠ったままだ。サビだらけだし、グリスは固着してる。……シオン、大将はお前をコレに乗せて、京都から大阪のドームまで走らせる気だぞ。しかも、応援グッズやら何やらを全部このキャリアに積んでな(大原行くとき、次からこれにするか...)」


健矢は苦笑しながら、 TEDのハンドルを握った。ずしりとした鉄の重量感が、手のひらに伝わってくる。

「当機はドロイドであり、肉体的な疲労は存在しません。マスターの監視と、遠征における物流搬送(応援グッズの運搬)を兼ねるならば、この重厚な古典車両の稼働は極めて合理的です」


シオンの瞳の中で、TEDのフレーム寸法と構造データが高速で処理されていく。

長年放置され、泥と埃に塗れた旅の道具。だが、その深緑の塗装の奥には、かつて日本の道をどこまでも走り抜けた鉄馬の強固な意志が、まだ確かに息づいていた。


「よし……じゃあ、まずはコイツをまともに走れるように叩き直すか」


健矢は袖をまくり上げ、工具箱を引き寄せた。ディストピアの片隅、西陣の古びたカフェの裏庭で、AIドロイドをサイクリストに変えるための、泥臭いオーバーホールの幕が上がろうとしていた。

明日20:00~スピンオフ「アラフォー独身カフェマスターはカプセル引きこもり義務化世界でも「おりほー」がしたい! 」がスタートします!AIが支配する世界の「オリックスファンを描いた」作品です!お楽しみに!

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