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VRドームの家畜になり損ねた30代独身カフェマスター、心拍数188の限界突破ドライブが全世界に生配信され、愛車のペダリングデータだけで国家予算級のおちんぎんを稼いでしまう  作者: 蒼波8
第4章:スマートクレイドルと、3本ローラーの咆哮

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第13話:【午前二時、心拍一八〇の反逆】

深夜二時。

昼間の喧騒が嘘のように静まり返った京都・西陣の街並みは、深い闇と行政AIの冷徹な監視の電波に包まれていた。


一階のカフェのカウンターの奥では、エプロンを外したシオンがスタンバイモードに入り、彫刻のように微動だにせず直立している。


二階の健矢の自室。そこには、不気味な緑色の待機光を放ちながら「入室」を促すスマートクレイドルが、まるで冷たい化け物のように鎮座していた。網膜の端に表示されている睡眠推奨時刻のカウントダウンは、とっくにゼロを過ぎている。


(誰がハイ、そうですかって、その棺桶に入るかよ)


健矢は銀色のカプセルを完全に無視し、部屋の中央に中嶋の大将から譲り受けた3本ローラーを据え付けた。


通信機能もなければ、電源プラグすらない。ただの無骨な鉄とアルミの塊だ。その上に、純白のPINARELLI F50を慎重に乗せる。


レーサーパンツ一丁になった健矢は、壁に手を突いてサドルに跨がった。網膜VRが『就寝時間を大幅に超過しています。現在の心拍数70』と無機質な警告を視界の隅で明滅させている。


健矢は構わず、両足のビンディングシューズをペダルにクリップインした。

パチン、パチン、と硬質な金属音が静かな部屋に響く。

ゆっくりと、ペダルを踏み込んだ。


ガタガタ、と最初は不安定にフレームが揺れる。中嶋の大将が言った通りだ。誤魔化しは一切効かない。己の体幹、バランス、ペダリングの技術だけで自立しなければ、一瞬で横に吹っ飛んで壁に激突する。健矢は下腹部にグッと力を込め、背筋を伸ばし、サドルの上で重心を完全に固定した。


徐々に、ペダリングの速度を上げていく。

ゴオオオオオオオ……。


アルミ製のローラーが高速で回転し始め、京町家の古い床板を通じて、荒々しい重低音の振動が響き渡った。


健矢はF50のギヤをアウターに入れ、リアの変速をトップへと叩き込んだ。そして、ハンドルを低く握り締め、全力のコンタクト(もがき)を開始する。


「ブオオオオオオオオオオオッ!!」


静まり返った深夜の西陣に、猛獣の咆哮のような金属音が炸裂した。

スマート機能を持たないこの鉄の塊は、健矢が踏み込んだパワーをそのまま暴力的な回転音へと変換する。電気的なリミッターなど、ここには存在しない。あるのは、健矢の肉体の出力と、ローラーの摩擦だけだ。


ピピピッ! ピピピピピピッ!

視界の真ん中が、突如として真っ赤な警告色で染まった。


『警告:心拍数が120に達しました。直ちに運動を停止してください』

『警告:心拍数140超過。緊急停止シークエンスを開始します』


網膜VRが狂ったようにアラートを鳴らし、脳内に不快な電子音を大音量で響かせる。だが、通信を遮断された3本ローラーの負荷を、行政AIは物理的にロックすることができない。


「ハァ……ッ、ハァ……ッ! 見てろよ、クソシステム……!」


健矢は顔を歪め、さらにペダリングを加速させた。

汗が吹き出し、TR700カーボンの純白のフレームへと激しく滴り落ちる。


『警告:心拍数160超過』

『警告:心拍数180に到達。生体危機。クレイドルへの入室を――』


赤く染まりきった視界の中で、健矢は狂ったように笑いながら、さらにギヤを踏みちぎった。脳内に鳴り響く大音量のアラームは、今の健矢にとっては命の鼓動を証明する極上のBGMだった。


バタン、と激しい音を立てて自室の扉が開いた。

騒音と健矢のバイタルの異常数値を検知し、一階から駆け上がってきたシオンだった。

開け放たれたドアの隙間から、逆光の中でシオンの薄青い瞳が激しく明滅しているのが見えた。


シオンの視界(ログ)には、何が起きているのか理解できないはずだった。通信データ上はただ部屋の中にいるはずの人間が、なぜか行政の制限を完全に突破し、致死圏内の一歩手前である「心拍数180」という命の暴走を引き起こしている。


だが、シオンの瞳に物理的に映っていたのは、赤く染まった網膜の警告を力ずくで無視し、汗まみれになりながら、システムに牙をむいて笑っている「剥き出しの生身の人間」の姿だった。


「ブオオオオオオオオオッ!!」


町家を揺らす3本ローラーの咆哮の中、健矢は銀色の棺桶(スマートクレイドル)を激しく睨みつけながら、ペダルを回し続けた。


シオンは暗闇の入り口で直立したまま、その激しい金属音と、健矢の荒い呼吸、そしてデータの枠に収まらない圧倒的な生の熱量を、ただ静かに見つめ続けていた。

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