3:アルト無双
魔物の視線が、ゆっくりとこちらを捉える。
アルトは剣に触れたまま――抜かなかった。
「……まあ、いいか」
軽く肩を回す。
次の瞬間、空気が変わる。
水だ。
見えないはずの水分が、わずかに集まり始める。
湿り気が一瞬で濃くなる。
アルトは片手を上げた。
「ウォーターマスク」
小さく、そう言っただけだった。
――弾ける。
空中に、いくつもの水の球が生まれる。
拳ほどの大きさ。だが、密度が異様に高い。
それが、迷いなく飛んだ。
フォレストベアの顔へ。
「グォッ――!?」
水球が張り付き、ぴたりと覆う。
鼻も、口も、完全に塞ぐ。
フォレストベアが暴れた。
両手を振り回し、顔を引き剥がそうとする。
だが水は剥がれない。
形を変えながら、ぴったりと密着する。
息ができない。
音が、途切れる。
「……」
アルトは動かない。
ただ見ている。
暴れる力が徐々に弱くなり、
やがて、膝が折れた。
地面に崩れ落ちる。
数分。
それだけで、終わった。
完全に動かなくなる。
静寂。
村人たちは、誰も声を出せなかった。
何が起きたのか理解できないまま、ただ見ている。
アルトは歩み寄る。
魔物の骸を一瞥して、手をかざす。
「回収」
淡々とした声。
フォレストベアの体が、その場から消えた。
――アイテムボックス。
内部で、すでに作業は始まっている。
骨、牙、爪、皮、肉、内臓、魔石。
無駄なく、迷いなく、綺麗に分けられていく。
外からは何も見えない。
ただ、一瞬で消えただけだ。
村人のひとりが、思わず呟いた。
「……なんだ、今の」
誰も答えない。
アルトは振り返らない。
何事もなかったように、来た道を戻る。
宿の扉を開ける。
「続き、いい?」
さっきと同じ調子。
まるで、外で何も起きていないかのように。
その背後から、慌てた足音が追ってくる。
「待ってくれ!」
声をかけてきたのは、先ほど井戸の近くで見かけた男だった。
商人だ。
息を弾ませながら、アルトの前に立つ。
「さっきの……魔物の素材、売る気はあるか?」
アルトは少しだけ考えるように視線をずらす。
「あるよ」
あっさり答えた。
「量、多いけど」
商人の目が光る。
「構わない! むしろありがたい!」
アルトは肩の袋――マジックバッグに手を入れる。
次々と素材を取り出す。
皮、牙、肉、魔石。
どれも状態がいい。
商人――アダムスは、思わず息を呑んだ。
「……完璧だ」
震える声。
こんな処理、普通はできない。
アルトは淡々と並べ終える。
「で、いくら?」
アダムスは一瞬だけ迷い――
「金貨二十枚」
即答した。
アルトは軽く眉を上げる。
「いいの?」
「安いくらいだ」
真剣な顔。
アルトは少しだけ笑った。
「じゃあ、それで」
金貨が手渡される。
重みを軽く確かめて、袋に放り込む。
それだけ。
「助かった」
アダムスは深く息を吐いた。
「……いや、こっちがだ」
そして、小さく笑う。
「とんでもないのが来たな、この村は」
アルトはもう興味を失ったように、宿の奥へ向かった。
いつも通りの足取り。
ただの旅人のように。
だが、もう誰も、そうは見ていなかった。




