必要、なんだろうけど
この世界の平民だと、文字を読めない場合もあるそうだ。だから召喚補正か、文字の読み書きと会話が出来るのと、最低限のマナーの知識(食事の時に音を立てないよう気をつけるなど)があることは、某ロッテ〇マイヤー似の教育係に褒められた。最初は緊張したが、教育係との一時がいつしか恵の励みになり、もっと褒められるように頑張った。
……そんな淑女修行中の身としては、言うべきか言わざるべきか迷ったが。
この異世界に来てから、およそ一か月――その中で、目を逸らしてきたことと向き合う為に、恵はあえて口を開いた。
「あの、何か異世界の話をしたり……お菓子を作ったり、しましょうか?」
「気持ちだけ、受け取っておくよ。どうせ詳しい仕組みなどは解らないだろうし、淑女は厨房になど入らないものだ」
そう答えたリュカオンは、顔や声でこそ恵に申し訳なさそうにしているが、その内容はにべもない。最初は、異世界から来た自分が常識知らずかと思ったが――周りのほぼ全員、恵に余計なことをしてほしくないと思ってさりげなく、あるいはこちらの罪悪感を刺激しながらやることなすこと止めてきた。
「……失礼致しました。部屋で今日の授業の復習をしたいので、夕食を運んで頂いてよろしいでしょうか?」
「ああ、解った……あまり、根を詰めるなよ?」
「ありがとうございます」
自分の考えが事実だと確信した恵は、そう言ってリュカオンに優雅にカーテシーをして見せた。それに一瞬、けれど確かに嬉しそうな顔をしたのを見て内心、恵はため息をつきつつ頭を下げた。
(そうだよね……私がいなければ、多分『あの人』とご飯……はまだ、食べられたりしないかもだけど。邪魔してる私とは、あんまり顔合わせたくないよね)
恵が思う『あの人』とは、緩やかに波打つ銀髪と緑の瞳をした美女だった。
一週間くらい前に、淑女教育の息抜きにと休憩を与えられて中庭に行ったら――そこに『あの人』と抱き合っているリュカオンがいた。声をかけずに隠れたのは、その姿を見る前に「国の為に婚約したが、愛しているのは君だけだ」というリュカオンの言葉が聞こえたからだ。
「解っております……こうしてお会い出来るだけで、わたくしは満足です」
「あの娘との間には、子は作らない。側妃として、そなたを迎えるから……あの娘が現れる前の、正しい形に戻すから。どうか一年だけ、待って欲しい」
「ええ、お待ちしています……あっ……」
そして抱擁よりも深く、二人が触れ合うのから逃げるように、恵はその場から離れた。
……周りは教えてくれないだろうから聞かないが、おそらく『あの人』はリュカオンの恋人、いや、会話から察するに元々の婚約者だったのだろう。だが、聖女である恵を引き留める為に、リュカオンは恵と婚約したのだ。
リュカオンに対して恋愛感情はなく、むしろ苦手意識があるくらいなので、そういう意味ではショックではない。そして、思っていたのとは違うが想い人がいるのに恵と婚約までするのだから、必要とはされているのだろう。
だが、しかし。
「必要、なんだろうけど……これって監禁と、洗脳だよね……」




