らうんど2
さてはて、今日も今日とて乙女ゲーム三昧である。
今わたしがハマっているのは、『赤色えんぴつ、君』という純愛系の乙女ゲームである。美術系の学校に通う主人公とモデルや小説家といったありがち職業な『彼』たちが織り成すそれはもうドキドキ・キュンキュンな物語なのである。なにが素晴らしいかってあの初々しさがたまらない。彼女の描いた絵を軸に物語は進んでいくんだけど、ピュアっピュアなのだ。声優さんが特別人気があるってわけでもなければ、絵師さんも独特な絵を描くからあまり注目はされてないけどシナリオはわたしが今までやってきた中でもピカイチだ。……と語り出せば止まらないんだけど。愛しのイチくんに関する説明だけもう少しおつきあい願えないだろうか。
イチくんは御年18歳になられる高校生である。絵の才能はピカイチだけど、本人はとある事情から絵を描くことをやめてしまったという背景をもつ。20歳という乙女ゲーム主人公にしては少々年を重ねすぎた主人公に首ったけになってしまうそれはもう可愛らしい子である。そのうえクーデレという属性つき。素晴らしい。とても素晴らしい!! 黒髪美少年なところもポイントが高い。
『知らねーし。そっちが勝手に、「おいこらもやし!!」
「うぎゃーーーーーー!」
少し頬を染めてそっぽを向くイチくんの立ち絵に悶えていたら、バンっと勢いよく城の扉が開け放たれた。驚いて飛び上った拍子に耳からイヤホンが抜ける。
せっかくのイチくんのクーデレを!! なにしてくれてんのこの男!!
とはもちろん言えないわけだけど。心の中では盛大に罵倒させていただこう。
なにしてくれてんのこの男!!
「うおっ、なんだよ急に叫ぶな」
「うぎゃーーーーーー!」
気づかわしげに顔を覗き込まれ、慌ててゲーム機のスイッチを切る。なんだこいつ! デリカシーとかそういうものはないのか! それどころかイチくんとわたしの愛の記録がパーである。信じられない、この前と同じ展開、だと……!?
「うっせーなあ」
いつものように雑な言葉遣いをしながらも、なぜかやつの顔は嬉しそうである。気持ち悪い。
二度もわたしとイチくんの仲を引き裂いただけでは飽き足らず、この男変態の気まであるのか。顔だけはわたしの好みだというのに残念極まりない男だな。
「おい、もやし。今日こそ外に出んぞ」
「お断りします」
今日は機嫌がいいのか、それともついに諦めたのか、わたしの神速のお断りにも機嫌よく笑って、
「ふざけてんのか、あ?」
「ひいっ」
笑ってなんかいなかった。正確には笑ってはいたけど、それは機嫌からは程遠い笑顔だった。あれだ、目は笑っていないってやつだ。乙女ゲームの可愛い天使さまみたいな主人公ならそれを指摘すればフラグがたったりするわけだけど、わたしとヤツの間じゃなんにも起きない、起きるわけがない。起きるとした事件だ、傷害事件が起きる。……冗談じゃない。
「おまえは! 何度! 同じことを言わせりゃ! 気が済むんだ!」
「ぎゃうっ」
だったら言わなきゃいいじゃないか、と思うけどやっぱりそんなことが言えるわけがない。わたしは基本チキンなのだ。
「外に出ろっつってんだろ! てめ、ほんとにもやしになる気かっ」
「もっ、もやしにはなりませんーーーーー!!」
「うっせー! もうもやしみたいなもんじゃねぇか!」
言ってることがめちゃくちゃである。
そりゃたしかにかれこれ4年はまともに太陽の光を浴びてないわたしは自分で見ても気持ち悪いほど青白いし、ほとんど動かない生活を送っているので筋肉もなくガリッガリのひょろひょろである。はっきりいって100mも歩けば疲れてしまう無駄な自信がある。でも! だからと言って! わたしがいつ! この男に迷惑をかけたというのか!! いや、かけてない!!
「だいたい1日中部屋に籠ってなにしてんだおまえ! 飽きないのか!」
「だだだだって、イチくんがっ!」
「あぁん? イチくんだあ?」
「ひぃぃぃっ!」
なにを怒っているのだこいつ! 基本的にこいつはおバカだが、理不尽に怒るという不良にありがちなアレはない、……と思うんだけど。断言できるほどこいつのことをよく知らないわ、そういえば。
「誰だよイチくんって」
「いっいえっ、別にっ!」
「別にってことはないだろ、ああ?」
なんかよくわからないけど怒ってる。なんだかものすごく怒っている。めっちゃ声低いもん。眉間に皺寄ってるもん。てことは、とりあえず。
「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!」
「おい、おまえなにに謝ってやがる!!」
チキンなわたしは平身低頭、謝るしかないのである。
みちるちゃん、勝てる見込みは今のところない。
クーデレ大好物です。