第八話 愛しているなら
自分がアーネストを好きなのだと認めてからも、二人の関係は急には変わらなかった。
相変わらず、会えるときに会う。誘って都合が合わなければ、別の日にする。食事をしたり、街を歩いたり、時々キャロルの家でお茶を飲んだり。
ただ。
キャロルの方は、少しだけ変わった。
待ち合わせの場所にアーネストの姿を見つけると、それだけで嬉しい。別れ際には、次はいつ会えるだろうと思う。
面白いものを見つければ、今度アーネストに話そうと思うようになった。
以前の恋とは違う。
相手の気持ちを確かめたいのではない。
ただ、自分がこの人と一緒にいたい。
そんな気持ちだった。
◇
翌月。
キャロルは、以前から気になっていた宝石店を訪れた。店先のウィンドウを見る。
「あったわ」
細い金の腕輪。中央に小さな青い石がついたもの。
まだ売れていなかった。
「お求めになりますか?」
隣にいたエレンが尋ねる。
「ええ」
「今月は大丈夫でございますね」
「確認したもの」
「それは何よりでございます」
「何よ、その言い方」
「いいえ」
キャロルは笑いながら店へ入った。
腕輪をつけてもらう。派手ではない。でも、手首を動かすたびに小さな青い石が光った。
「やっぱり、好きだわ」
「よくお似合いです」
「でしょう?」
キャロルは満足して店を出た。
誰かから贈られたわけではない。欲しいと思って、一か月待って、それでも欲しかったから、自分で買った。
腕輪を見るたび、少し嬉しくなる。
以前とは違う種類の嬉しさだった。
◇
数日後。
アーネストと昼食を取っていると、彼がキャロルの手元を見た。
「その腕輪」
「気づいた?」
「以前、店先で見ていたものですよね?」
「覚えていたの?」
「ええ」
キャロルは嬉しくなった。
「買ったの」
「来月になったら、買うと言っていましたね」
「そうよ。ちゃんと待ったわ」
「立派です」
「だから、子どもみたいに褒めないでって言ったでしょう?」
アーネストが笑う。
「では、よく似合っています」
「……本当?」
「ええ。前に店先で見たときから、そう思っていましたから」
キャロルは腕輪へ視線を落とした。
「ありがとう」
「どういたしまして」
自分で買った腕輪を、好きな人が似合うと言ってくれた。それが素直に嬉しい。
何でも、自分一人で満たせるようにならなければいけないわけではないのだ。誰かの言葉を嬉しいと思っていい。何かをしてもらって喜んでもいい。
ただ、それがなくても、自分には価値がないと思わなければいい。
「ずいぶん気に入っているみたいですね」
アーネストに言われ、キャロルは顔を上げる。
「え?」
「さっきから何度も腕輪を見ているので」
「ええ、とっても気に入ってるわ」
キャロルは手首を軽く持ち上げて見せた。
「どう?」
「似合っていますよ」
「二回目ね」
「何度でも言ってほしそうなので」
「分かってきたじゃない」
満足して笑うと、アーネストも笑った。
「来週から、しばらく王都を離れます」
アーネストがそう言ったのは、その日の食事も終わりかけた頃だった。
キャロルは顔を上げる。
「どちらへ?」
「西部へ。仕事です」
「どのくらい?」
「五日ほどの予定です」
「五日……」
思っていたより長い。
「そう」
「何か?」
「別に」
反射的に答えてから、キャロルは口を閉じた。
別に、ではない。
寂しい。
五日も会えないのかと思った。
以前なら。
行かないで。
仕事を誰かに任せられないの。
もっと昔なら。
私と仕事、どちらが大切なの?
そう尋ねたかもしれない。
でも。
アーネストに仕事があることは分かっている。大事な仕事なら、行くべきだとも思う。
それと、自分が寂しいことは別だった。
「……寂しいわ」
気づけば、そう言っていた。
アーネストが少し驚いたようにキャロルを見る。
急に恥ずかしくなる。
「何よ」
「いえ」
「変なこと言った?」
「いいえ」
アーネストは少しだけ笑った。
「嬉しいなと思っただけです」
「私が寂しいのに?」
「私と会えないことを寂しいと思ってくれたのでしょう?」
「……そうだけど」
「なら、嬉しいですよ」
そう言われてしまうと、何も返せない。
アーネストは少し間を置いてから続けた。
「私も寂しいです」
キャロルは彼を見る。
「……あなたも?」
「ええ」
「本当に?」
思わず聞いて。
自分でおかしくなった。
「ごめんなさい。今のは確認したくなっただけ」
「確認しても構いませんよ」
「でも、何度も聞かないようにするわ」
「それは助かります」
「もう」
二人で笑った。
「戻った翌日は空けておきます」
「仕事は?」
「今のところ入っていません」
「もし入ったら?」
「急ぎでなければ、別の日にしてもらいます」
「急ぎだったら?」
「仕事へ行きます」
あまりにも迷いなく言われて、キャロルは吹き出した。
「そう言うと思ったわ」
「怒らないんですか?」
「そのくらいで怒らないわ。残念には思うけれど」
「そうですか」
「ええ。でも」
キャロルは少し考えてから言った。
「それで、あなたが私を大切にしていないとは思わないわ」
アーネストが黙った。
「何よ?」
「いいえ」
彼はそう言って、わずかに目を細めた。
「これで安心して行けそうです」
「私のことが心配だったの?」
「少しは」
「どうして?」
「寂しいと言っていたでしょう」
キャロルは少し笑った。
「大丈夫よ。ちゃんと帰ってきてくれるのでしょう?」
「もちろん」
「なら、待ってるわ」
アーネストの表情が柔らかくなった。
「はい」
◇
アーネストが王都を離れた翌日。
キャロルは思った。
五日くらい、すぐだろう。
二日目。
思ったより長い。
三日目。
街で新しい菓子店を見つけた。店先まで行って、足を止める。
「入られないのですか?」
エレンに尋ねられた。
「今日はやめておくわ」
「珍しいですね」
「アーネスト様と一緒に来ようかなって」
口にしてから、自分で笑ってしまう。
食べたいものを我慢して、相手を試しているわけではない。
ただ。
次に一緒に来る場所が一つ増えたことが嬉しかった。
四日目。
クラリスに会った。
「あと一日で、アーネスト様に会えるわね」
と言われる。
「別に、数えていたわけじゃないわ」
「素直じゃないわね」
クラリスは笑っていた。
「今度は何よ」
「何でもないわ」
「その顔、絶対何かあるでしょう」
「楽しそうだなと思って」
「私が?」
「ええ」
キャロルは少し考える。
確かに。
寂しい。
早く会いたい。
でも不安ではなかった。
アーネストが旅先で自分を忘れるとは思わない。帰ってこなくなるとも思わない。自分より仕事を選んだからといって、大切にされていないとも思わない。
ただ、会いたい。
「……そうね」
キャロルは笑った。
「楽しみなのかも」
五日目。
アーネストは予定どおり王都へ戻った。
その翌日の午後。
約束どおり、キャロルの家へやってきた。
「アーネスト様。お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
いつもと変わらない顔。いつもと変わらない声。
たった五日なのに、それが思っていた以上に嬉しかった。
「疲れてない?」
「少しは」
「だったら今日じゃなくてもよかったのに」
「私が早く会いたかったので」
キャロルは言葉に詰まった。
アーネストは何でもないことのように言う。
「……そういうこと、急に言うのずるいわ」
「本当のことですが」
「そういう問題じゃないわ」
「では、どういう問題です?」
「もういいわ」
キャロルが先に歩き出すと、後ろでアーネストが笑った気配がした。
少し悔しい。
でも嬉しい。
そんな気持ちのまま、二人で客間へ入った。
エレンがお茶を用意してくれた。
「旅はどうだった?」
「無事に終わりました」
「それだけ?」
「何を聞きたいんです?」
「向こうで何を食べたとか、どんなところだったとか」
「では、最初から話しますか」
「ええ」
アーネストは本当に話し始めた。
仕事のこと。泊まった宿。雨が降って予定が少しずれたこと。地元で食べた料理。思ったより甘かった焼き菓子。
キャロルはそれを聞いた。途中で質問をして、笑って、時々、アーネストもキャロルがこの五日間どうしていたのかを尋ねた。
「そういえば、新しいお菓子の店を見つけたの」
「行ったんですか?」
「まだよ」
「珍しいですね」
「あなたと行こうと思ったから」
「私と?」
「嫌なら一人で行くけれど」
「誰も嫌だとは言っていません」
少し間を置いて、
「一緒に行きましょう」
と彼が言う。
「いつ?」
「明後日なら」
「いいわ。約束ね」
「はい」
そのやり取りだけで、次に会う日が決まる。
それが嬉しかった。
気づけば、かなりの時間が経っていた。
「もうこんな時間」
「そうですね」
アーネストがティーカップを置く。
「キャロル様」
「何?」
「この五日間、私がいなくて寂しかったですか?」
キャロルが彼を見る。
「……覚えていたの?」
「寂しいと言われましたから」
「忘れてくれてよかったのに」
「なぜです?」
「恥ずかしいからよ」
「私は嬉しかったですよ」
「それも聞いたわ」
「では、もう一度言っておきます」
アーネストは少し笑った。
「私も会いたかったです」
キャロルは一瞬黙って。
それから、小さく笑った。
「……私も」
今度は、恥ずかしくても誤魔化さなかった。
「そういえば」
アーネストが手元の鞄を開いた。
「何?」
「これを」
小さな包みを差し出された。
キャロルは目を瞬いた。
「私に?」
「ええ」
「中身は?」
「開ければ分かります」
「贈り物?」
「そうですね」
キャロルは包みを受け取った。
以前なら、この瞬間だけで胸がいっぱいになったかもしれない。
何をくれたのだろう。どれくらい自分のことを考えて選んでくれたのだろう。
それで相手の愛情を測ろうとしただろう。
今はただ、アーネストが旅先で自分のことを思い出してくれたのだと分かって、それが嬉しかった。
包みを開ける。
中に入っていたのは、小さな焼き菓子だった。
「これ……」
「向こうで食べたものです」
「甘かったって言っていた?」
「ええ」
「あなたはあまり好きじゃなかったの?」
「私には少し甘すぎました」
「じゃあ、どうして?」
「あなたなら好きそうだと思ったので」
キャロルは焼き菓子を見る。
高価な宝石ではない。珍しい美術品でもない。
旅先で見つけた、ほんの小さなお菓子。
でも。
向こうでこれを見たとき、アーネストの頭に自分が浮かんだ。
それが分かる。
「……嬉しい」
「それならよかった」
「ええ、とっても」
キャロルは笑った。
「食べてもいい?」
「もちろん」
一つ口にする。
確かに甘い。果物の香りがする。
「どうですか?」
「甘くて、私は好きよ」
「やはり」
「どうして分かったの?」
「よくお菓子の話をしているでしょう」
「そんなに?」
「ええ」
アーネストが小さく笑う。
「旅先でこのお菓子を見て、あなたを思い出すくらいには」
少し砕けた言い方だった。
キャロルは笑った。
「じゃあ、旅先でも私のことを思い出してくれたのね」
「ええ。思い出しましたよ」
大切に取っておきたい気持ちもなくはないが、お菓子は食べるものだ。美味しいうちに食べた方がいい。
そう思いながら、もう一つ取る。
「あなたも食べる?」
「私には少し甘いので」
「一つくらい」
「では、一つだけ」
キャロルはお皿を彼の方へ押した。
二人で同じ焼き菓子を食べながら、キャロルはなんとなく笑った。
こういう時間が好きだと思った。
それからしばらくして。
アーネストが珍しく口数を減らした。さっきまで普通に話していたのに、何かを考えるようにティーカップへ視線を落としている。
「どうしたの?」
「少し話したいことがあります」
「何?」
アーネストはすぐには答えなかった。
キャロルは少し不思議に思う。
「アーネスト様?」
「その前に、確認してもいいですか?」
「何を?」
「今の暮らしは、気に入っていますか?」
意外な質問だった。
キャロルは自分の家を見回す。
侯爵邸よりずっと小さい。使用人も少ない。欲しいものを全部買えるわけではない。
水回りが壊れれば困るし、食器を買いすぎて頭を抱えることもある。
でも。
窓辺には自分で選んだ花がある。
客間の絨毯も、自分で選んだ。
手首には、自分で買った腕輪。
「ええ」
キャロルは笑った。
「気に入っているわ」
「一人で暮らすことも?」
「ええ」
「では」
アーネストが少しだけ息を吐く。
「その生活を手放してまで、誰かと結婚したいとは思いますか?」
キャロルは彼を見る。
「……それ、どういう意味?」
「そのままです」
「分からないわ」
「分かっているでしょう」
「ちゃんと言って」
アーネストは困ったように笑った。
「仕方ないですね」
アーネストの表情が柔らかくなる。
「好きですよ」
「……何が?」
「あなたの、そういうところも」
キャロルは黙った。
今まで何度も平然とこちらを困らせてきたくせに、今日のアーネストはどこかいつもと違う。
指先が、ほんの少しだけ落ち着かないように見えた。
「アーネスト様」
「はい」
「もしかして、緊張してる?」
「……していますよ」
「あなたでも?」
「好きな女性に大事な話をするんですから」
今度こそ、キャロルは何も言えなくなった。
アーネストは小さく息を吐いた。
「キャロル様」
「はい」
「私は、あなたが好きです」
今度は、はっきり聞こえた。
「最初は、ずいぶん華やかな人だと思いました」
「それ、褒めてる?」
「褒めています」
「ならいいわ」
「それから、思っていた以上に頑固で」
「それは褒めてないわね」
「話は最後まで聞いてください」
「はい」
アーネストは微笑む。
「思ったことをすぐ口にするし、好き嫌いもはっきりしている。少しお金の使い方が危なっかしいところもある」
「少し?」
「かなり」
「もう帰ってもらおうかしら」
「でも」
その一言で、キャロルは黙る。
「自分で決めようとするところが、私は好きです」
アーネストはゆっくり続ける。
「分からないことがあれば知ろうとするところも。失敗しても、次はどうするか考えるところも」
「……そう」
「それに、よく笑うところも」
「私、そんなに笑ってる?」
「私といるときは、よく笑っていますよ」
「……あなたもでしょう?」
「そうですね」
アーネストが少し笑う。
「あなたといると、楽しいので」
その言葉が、静かに胸へ落ちてきた。
一番だと言われたわけではない。
何でもしてあげると言われたわけでもない。
君のためなら全部捨てるとも。
ただ。
自分自身を見て。
自分と過ごす時間を楽しいと思って。
好きだと言ってくれている。
「だから」
アーネストは一度息をついた。
「これからも、あなたと一緒にいたい」
そして。
「私と結婚してくれませんか」
キャロルは彼を見る。
嬉しかった。
胸の奥から、じわじわと喜びが広がっていく。
すぐに「はい」と言いたい。
それでも。
ふと、先ほどの言葉を思い出した。
「アーネスト様。一つ聞いてもいい?」
「どうぞ」
「私が、今の家で暮らしたいって言ったら?」
アーネストは少し考える。
「この家で?」
「ええ」
「私は構いません」
「あなたの家は?」
「必要なときに使えばいいでしょう」
「本当に?」
「二人で暮らしやすい方を選べばいい」
「私の好きなものも置いていい?」
「もちろん」
「客間に派手な絨毯を置いても?」
「それは反対します」
キャロルは吹き出した。
「そこは反対するのね」
「合わないと思うので」
「でも私が買ったら?」
「止めません」
「やっぱり変な人」
「よく言われます」
キャロルは笑った。
それから。
テーブルの上に置かれていたアーネストの手へ、自分の手を重ねた。
「アーネスト様」
アーネストがキャロルを見る。
「私も、あなたと一緒にいたいわ」
彼の手が、ゆっくりと握り返される。
思っていたより、少し強く。
「それは、求婚を受けてくれたという意味で?」
「ほかに何があるの?」
「念のため確認を」
「あなたも確認するのね」
「大事なことなので」
キャロルは笑った。
「ええ。お受けします」
その瞬間。
アーネストの肩から、わずかに力が抜けた。
「……よかった」
「あら」
「何です?」
「やっぱり緊張していたのね」
「していると言ったでしょう」
「断られると思っていた?」
「絶対に断られないと思って求婚できるほど、自信家ではありませんよ」
「そうなの?」
意外だった。
「あなた、いつも落ち着いてるから」
「あなたの前でそう見えているだけです」
「……それ、どういう意味?」
「今度ゆっくり説明します」
「今言って」
「嫌です」
「もう」
キャロルは笑った。
こんなときまで。
やっぱり彼は彼だった。
でも。
重ねた手は、離れなかった。
「アーネスト様」
「はい」
「私、これからも寂しいって言うし」
「言ってください」
「会いたいとも言うし、欲しいものがあったら欲しいって言う」
「知っています」
「贈り物だって欲しいわ」
「時々なら」
「時々なの?」
「毎回買っていたら、今度は私の予算が危なくなります」
「私の予算とあなたの予算は別でしょう?」
「そういう問題ですか?」
「そういう問題よ」
アーネストが笑う。
キャロルもつられて笑った。
「あなたに何かしてほしいって思うこともあるわ」
「できることならします」
「できなかったら?」
「できないと言います」
即答だった。
「そうよね」
「それでいいですか?」
キャロルは少しだけ考えた。
昔の自分なら、きっとそんな答えでは満足できなかった。
でも今は。
「ええ」
迷わず言えた。
「それがいいわ」
アーネストの指が、キャロルの手をもう一度そっと握った。
◇
愛しているなら、私のために何かしてくれると思っていた。
幼い頃から、ずっと。
会いたいと言えば来てくれる。ほかの予定より自分を優先してくれる。欲しいものを贈ってくれる。
自分のために時間も、お金も、手間も使ってくれる。
そうすれば、愛されていると分かると思っていた。
きっと、それ自体がすべて間違っていたわけではない。
好きな人のために、何かをしたいと思うことはある。
アーネストも、キャロルが困っていたときには自分の予定を動かして来てくれた。旅先では、キャロルが好きそうなお菓子を見つけて買ってきてくれた。
会いたいと言えば、会いたいと返してくれた。
そういうことをされれば、今だって嬉しい。
これからもきっと嬉しい。
でも。
何をしてくれたかだけで、愛を測らなくてもいい。
断られる日があっても、予定が合わない日があっても、意見が違っても。
それだけで、自分が大切にされていないわけではない。
「キャロル様?」
アーネストに呼ばれ、キャロルは顔を上げた。
「何?」
「何を考えていたんです?」
キャロルは少し考える。
昔なら、言わずに察してほしいと思ったかもしれない。
今は。
「幸せだなって思っていたの」
素直に言った。
アーネストが少し笑う。
「私もです」
その言葉が嬉しかった。
キャロルは重ねたままの手を、ほんの少し握り返した。
私が好きな彼は、何でもしてくれる人ではない。
いつだって自分を一番にしてくれる人でもない。
でも。
できないことはできないと言って、できることは誠実にしてくれる。
離れている日があっても。
断られることがあっても。
この人なら大丈夫だと思える。
私が最後に選んだのは。
愛されているか確かめなくても、そばにいたいと思える人だった。
【完】




