第六話 あの頃の私は、愛を試していた
離婚して最初にキャロルがしたことは、実家へ戻らないと決めることだった。
「本当に戻ってこないの?」
母ジョアンナに尋ねられたとき、キャロルは迷わず頷いた。
「ええ。王都で暮らすわ」
「でも、一人で?」
「使用人はいるもの」
「そういう意味ではなくて」
ジョアンナは少し困ったような顔をした。
「何も、無理に一人で暮らさなくてもいいでしょう。あなたの部屋はそのままにしてあるのよ」
「ありがとう、お母様」
キャロルは微笑んだ。
「でも、自分で暮らしてみたいの」
「どうして急に」
「急ではないわ」
離婚を考え始めた頃から、ずっと考えていた。
実家へ戻れば、きっと何も困らない。父がいて、母がいて、弟のダニエルがいる。昔から知っている使用人たちもいる。
食事も、衣服も、馬車も、何もかも用意されるだろう。
けれど今は、そこへ戻りたいとは思わなかった。
「一度くらい、自分がどんな暮らしをしたいのか、自分で決めてみたいの」
ジョアンナは何か言いかけた。
結局、
「そう」
とだけ答えた。
「困ったら、いつでも戻ってきなさい」
「ええ」
以前のキャロルなら、その言葉にも何かを求めたかもしれない。
引き止めてほしい。離れて暮らすなんて寂しいと言ってほしい。
けれど今は、そのまま受け取ることができた。
母は母なりに心配している。
それだけでいい。
◇
キャロルが選んだのは、王都の中心部から少し離れた場所にある小さな邸宅だった。
小さいといっても、もちろんキャロルの基準である。二階建てで、客間もある。裏手には小さな庭もついていた。
けれど侯爵邸と比べれば、驚くほどこぢんまりとしている。
「……近いわね」
新しい寝室へ入ったキャロルは、思わず呟いた。
「何がでございますか?」
長年仕えている侍女のエレンが首を傾げる。
「窓と寝台が」
「そうでしょうか」
「侯爵邸では、寝台から窓までこの部屋一つ分くらいあったもの」
「それは侯爵邸が広すぎたのでございます」
「そうなの?」
「はい」
きっぱり言われて、キャロルは笑った。
今回連れてきた使用人は、侍女のエレンと、料理や掃除を受け持つ夫婦だけだった。馬車も一台。
以前のように、用途に合わせて何台も使い分けることはない。
最初にその話を聞いたとき、キャロルは、
「もう一人くらい侍女がいてもいいんじゃない?」
と言った。
すると、家計を任せることになった執事経験のある使用人から、毎月かかる費用を細かく説明された。
給金。食費。馬の飼料。薪。蝋燭。
衣服の手入れ。屋敷の補修。税。
キャロルは途中から黙ってしまった。
「……暮らすって、お金がかかるのね」
ぽつりと言う。
目の前の男は、一瞬だけ困った顔をした。
「そうでございますね」
「今までだって、きっとたくさんかかっていたのよね」
「もちろんでございます」
「全然知らなかったわ。本当に私って無知だったのね」
「奥様――」
言いかけて、男が止まる。
もう侯爵夫人ではない。
キャロルは気にせず笑った。
「キャロル様でいいわ」
「失礼いたしました」
「いいの。それより、もう一人侍女を増やすと、どれくらい変わるの?」
金額を聞く。
キャロルは少し考えた。
「……今はいらないわね」
「よろしいので?」
「エレン一人では大変?」
「私は問題ございません」
即答される。
「なら、しばらくこれでやってみるわ」
自分で決めた。
たったそれだけなのに、少しだけ気分がよかった。
◇
一人で暮らし始めてみると、知らないことがいくつもあった。
「薪って、こんなに使うの?」
「冬になれば、もっと増えます」
「もっと?」
「はい」
「暖炉って贅沢なのね」
「火をつけなければ寒うございますよ」
「それは困るわ」
別の日には、仕立て屋から新しい布地の見本が届いた。
キャロルは以前と同じように、嬉しくなって何冊も広げた。
「これ、素敵」
淡い青の布。
「こっちもいいわ」
薄紫。
「これも好き」
銀糸の入った白。
エレンが横から覗き込む。
「三着お作りになりますか?」
「ええ」
答えてから。
キャロルは机の端に置いてある帳面を見た。
今月使える金額。
先日、自分で確認したばかりだった。
「……待って」
「はい」
「三着作ったら、いくら?」
おおよその金額を聞く。
「そんなにするの?」
「いつもご利用の仕立て屋でございますので」
「知っているわ。でも、今までは値段まで見ていなかったもの」
キャロルは三つの布を見比べた。
どれも欲しい。
本音を言えば全部欲しい。
「……一着にするわ」
「よろしいのですか?」
「よくないわ」
エレンが目を瞬く。
キャロルは真剣に布を見る。
「全部欲しいもの」
「では――」
「でも、全部買ったら、来月ほかのものを我慢しないといけないんでしょう?」
「そうなりますね」
「それは嫌」
「では、一着に?」
「ええ」
しばらく悩んで、淡い青の布を選ぶ。
「これにするわ」
「かしこまりました」
「でも、来月になってまだ紫が欲しかったら、そのとき考える」
「はい」
エレンが微笑んだ。
「何?」
「いいえ」
「何か言いたそうね」
「少しだけ、変わられたなと思いまして」
キャロルは眉を寄せた。
「前の私は、そんなにひどかった?」
「私の口からは何とも」
「それ、ひどかったってことじゃない」
エレンが笑う。
キャロルもつられて笑った。
それでも、節約そのものが楽しいわけではなかった。
欲しいものを諦めれば、普通に残念だった。気に入ったお菓子が少し高ければ、買うか迷った。
馬車を使わず歩ける距離だと言われれば、
「この靴で?」
と不満にもなった。
キャロルは急に慎ましい女性になったわけではない。綺麗なものは好きだった。美味しいものも好きだった。
できるなら、上質なものを選びたい。
ある日の午後。
買い物から戻る途中、花屋の前で足を止めた。白い小さな花が束ねられている。
「綺麗」
何気なく言う。
「お買いになりますか?」
エレンが尋ねる。
「どうしようかしら」
「必要なものではございませんね」
キャロルは花を見る。
確かに必要ではない。なくても困らない。食べられるわけでもない。暖かくなるわけでもない。
ただ。
朝起きたとき、この花が窓辺にあったら少し嬉しいと思った。
「買うわ」
「よろしいので?」
「ええ」
キャロルは笑った。
「必要じゃないけれど、欲しいもの」
小さな花束を買って帰った。寝室の窓辺に飾る。
翌朝。
カーテンを開けると、朝の光の中に白い花が見えた。
キャロルは少しだけ嬉しくなった。
誰かが贈ってくれたわけではない。自分で選んだ。自分のお金で買った。
自分が見たかったから、ここにある。
「……悪くないわね」
誰もいない部屋で呟いた。
◇
「思っていたより、ちゃんと暮らしているじゃない」
新居を訪ねてきたクラリスは、開口一番そう言った。
「失礼ね」
「だって心配していたのよ」
「何を?」
「一週間で『やっぱり実家へ戻る』って言い出すかと」
「言わないわよ」
「本当に?」
「今のところは」
「今のところなのね」
二人で笑った。
クラリスは窓辺の花に気づいた。
「綺麗な花ね」
「でしょう?」
「もらったの?」
「私が買ったの」
「あなたが?」
「何よ」
「いいえ。あなたって、自分で花を買う人だったかしらと思って」
キャロルは考える。
「買ったことはあると思うけれど……自分の部屋に飾るためだけに買ったのは、初めてかも」
「そう」
クラリスが柔らかく笑った。
「気に入ってる?」
「ええ」
「ならよかったじゃない」
キャロルは花を見る。
「前は誰かにもらう方が嬉しいと思っていたの」
「今は違う?」
「もらうのも嬉しいわよ」
即答する。
「そこは変わらないのね」
「だって嬉しいものは嬉しいでしょう?」
「ええ」
「でも、自分で買っても嬉しいものなのね」
キャロルは少し不思議そうに言った。
「今まで知らなかったわ」
クラリスは何も言わず、紅茶を飲んだ。
しばらくして。
キャロルはふと思い出した。
「ねえ、クラリス」
「何?」
「昔、あなたが言ったことを覚えている?」
「たくさん言ったけれど」
「ルイスのこと」
クラリスの手が止まる。
「ルイス?」
「私が、彼を試すのはやめなさいって」
クラリスは少し目を丸くした。
「覚えていたの?」
「覚えていたわ」
「てっきり忘れたのかと思ってた」
「失礼ね」
「だって、聞く気がなさそうだったから」
キャロルは苦笑した。
「当時は確かにそうだったわ」
キャロルは少し間を置いてから、口を開いた。
「私ね」
「うん」
「ルイスのこと、本当に好きだったと思う」
「そうね」
「でも、好きだったからこそ、何度も確かめたかったの」
クラリスは黙って聞いている。
「会いたいって言ったら来てくれるか。友人より私を選ぶか。忙しくても時間を作ってくれるか」
「うん」
「してくれると、安心したの」
キャロルは自分の手を見る。
「私のことが好きなんだって」
「……そうね」
「でも、少し経つとまた不安になった」
次はどうだろう。
今度も来てくれるだろうか。
また自分を選んでくれるだろうか。
「だから、また確かめた」
言葉にすると、本当にそれを何度も繰り返していたのだと分かった。
「あの頃の私、ずっとルイスの愛情を試していたのね」
「……そうだと思う」
クラリスは静かに答えた。
「何よ、クラリス。あなた、昔はもっとはっきり言ったじゃない」
「今さら『だから言ったでしょう』なんて言っても仕方ないもの」
「言わないの?」
「言ってほしい?」
「いえ、遠慮しておくわ」
「なら言わない」
キャロルは少し笑った。
それから。
「どうして、あんなに確かめたかったのかしら」
ぽつりと言った。
クラリスは答えなかった。キャロル自身が続けるのを待っているようだった。
「私、小さい頃から何でも持っていたの」
「うん」
「服も、お菓子も、玩具も。欲しいって言えば、大抵のものは用意してもらえた」
「知ってるわ」
「侍女もずっといたし、病気になったら看病もしてくれた」
何不自由なかった。
本当に。
「でも、お母様はいつもダニエルを見ていた」
キャロルはゆっくり言う。
「お父様は仕事ばかりだった」
クラリスは何も挟まない。
「私ね、弟が嫌いだったわけじゃないの」
「ええ、そうね」
「今だって普通に好きよ。少し頼りないところはあるけれど」
「それは本人に言わないであげて」
「言ってるわ」
「言ってるの?」
少し笑いが混じる。
それで、話しやすくなった。
「ダニエルが嫌だったんじゃない」
キャロルは窓辺の花を見る。
「お父様とお母様がダニエルを見るみたいに、私のことも見てほしかったんだと思う」
言った瞬間。
胸の奥のどこかが痛んだ。
でも、以前のように息苦しくはなかった。
「誰かに何かしてもらうとね」
「うん」
「私を選んでもらえたような気がしたの」
ルイスが友人との約束を変えてくれたとき。ローレンスが仕事を調整して海へ連れていってくれたとき。欲しがったものを覚えていてくれたとき。
そのたびに。
自分は大事にされている。
自分は選ばれている。
そう思えた。
「だから、キャロルは付き合う相手にいつも何かしてほしかったのね」
「たぶん」
「愛されているって、分かるために?」
「ええ」
キャロルは小さく息を吐いた。
「面倒な女ね、私」
「ええ。それも、かなりのね」
キャロルは顔を上げた。
「そこは否定しなさいよ」
「嘘はよくないでしょう?」
「本当に昔から容赦ないわね」
二人で笑った。
しばらくして、クラリスが言った。
「でも、今は分かったんでしょう?」
「少しだけ」
「なら、それでいいんじゃない?」
「そんな簡単でいいの?」
「簡単じゃなかったから、今になったんでしょう」
キャロルは黙った。
「それに」
クラリスが窓辺の花を見る。
「今のあなたなら、前とは少し違うんじゃない?」
「そうかしら」
「少なくとも、自分で自分に花を買えるようにはなったわ」
「それ、そんなに大きなこと?」
「あなたにとってはね」
キャロルは花を見る。
また少し笑った。
「そうかもしれないわね」
◇
アーネスト・バークリーと知り合ったのは、それから少し経った頃だった。
クラリスに誘われた小さな食事会でのことだった。大きな夜会ではない。親しい者だけが集まる、気楽な席だった。
離婚後、キャロルは大勢が集まる場へ以前ほど頻繁には出なくなっていた。別に人目を避けているわけではない。
ただ、自分が本当に行きたいと思う場所だけを選ぶようになった。
「キャロル、こちらアーネスト・バークリー様」
クラリスに紹介され、キャロルは男性へ視線を向けた。
三十歳前後だろうか。濃い栗色の髪に、落ち着いた茶色の瞳。
派手な美男子というわけではない。けれど背が高く、姿勢がよく、静かな雰囲気があった。
何より、こちらを見る目が穏やかだった。
「初めまして」
「初めまして、ウェストン伯爵令嬢」
「キャロルでいいわ。もう侯爵夫人でもないし」
アーネストは少しだけ目を細めた。
「では、キャロル様と」
「様はつくのね」
「初対面ですので」
「真面目なのね」
「よく言われます」
さらりと返される。
キャロルは少し笑った。すると、アーネストもほんのわずかに笑った。
思っていたより、柔らかい顔をする人なのだ。
なぜか、そんなことを思った。
食事の席では、隣同士になった。
話してみると、アーネストは思っていたより話しやすかった。無口ではない。ただ、相手の話を遮らない。
キャロルが話せば最後まで聞き、そのあとで自分の意見を言う。それが妙に心地よかった。
「アーネスト様。新しくできたお菓子のお店、もう行かれた?」
「いいえ」
「とても美味しいのよ。果物の焼き菓子が特に」
「それは気になりますね」
「でしょう? 今度良ければ一緒に行かない?」
キャロルは何気なく誘った。
深い意味はなかった。話の流れで、自然に口から出ただけだった。
「明日とか、ご都合はどう?」
アーネストは少し考えた。
「明日は無理です」
あまりにもあっさり断られて。
キャロルは一瞬、言葉を失った。
「……そう」
「先約がありますので」
「そうなの」
胸の奥が、ほんの少しだけ引っかかる。
昔なら、その感覚にすぐ理由をつけただろう。
自分より大切な予定がある。
自分のためには変えてくれない。
だから、自分はそれほど大切ではない。
でも今は。
そこまで考える前に、アーネストが続けた。
「明後日の午後なら時間を取れます」
キャロルは彼を見る。
「明後日?」
「はい。キャロル様のご都合が合えば」
「……合うけれど」
「では、その日に」
何でもないように言う。
キャロルは妙な気分になった。
断られた。
少し面白くない。
でも、嫌ではなかった。
「本当に明後日は空けてくれるの?」
「ええ」
「忘れない?」
アーネストが不思議そうにする。
「約束しましたから」
それだけだった。
キャロルは少し黙ってから、
「そう」
と答えた。
二日後。
約束の時間より少し前。
キャロルが店へ着くと、すでにアーネストがいた。
「早いのね」
「キャロル様も」
「私は待たされるのが嫌いなの」
「私も人を待たせるのは好きではありません」
二人で席につく。
窓際の小さな席だった。午後の光が差し込み、アーネストの栗色の髪が少し明るく見える。
キャロルは何となく、その横顔を見た。
「どうしました?」
気づかれた。
「別に」
「そうですか」
アーネストはそれ以上聞かなかった。
そのことに少しほっとして。
同時に、なぜ自分が彼を見ていたのだろうと思う。
注文を済ませてから、キャロルは尋ねた。
「昨日は、楽しかった?」
「昨日ですか?」
「先約があったでしょう?」
「ああ。仕事関係の知人と会っていました」
「仕事だったの?」
「はい」
「なら、そう言えばよかったのに」
「聞かれませんでしたので」
キャロルは一瞬黙る。
「……変な人」
「そうでしょうか」
「普通は、断ったらもっと理由を説明するでしょう?」
「先約がある、と説明しました」
「そうだけど」
アーネストは真面目な顔をしている。
キャロルは思わず笑った。
「あなた、融通が利かなそうね」
「よく言われます」
「嫌じゃないの?」
「事実なら仕方ありません」
店員が焼き菓子を運んでくる。
キャロルは一つ取って、アーネストの皿へ置いた。
「これがおすすめよ」
「ありがとうございます」
「感想は正直に言ってね」
「美味しくなかったら?」
「……少しくらい気を遣って」
「正直にと言ったばかりでしょう」
「そうだけど」
アーネストが笑った。
今度は、さっきよりはっきりと。
キャロルは少しだけ目を見張った。
真面目で、落ち着いていて。どちらかといえば堅い人だと思っていた。
でも、笑うと意外に優しい。
「何です?」
「何でもないわ」
「またですか」
「いいでしょう。私にだって言いたくないことくらいあるもの」
「もちろん」
焼き菓子を一口食べたアーネストが頷く。
「美味しいですね」
「でしょう?」
なぜか、とても嬉しかった。
自分が作ったわけでもないのに。
キャロルも一つ取り、口にする。果物の甘酸っぱい香りが広がった。
帰り道。
二人は途中まで同じ方向だった。石畳の道を並んで歩く。
風が少し強く、キャロルの帽子のリボンが揺れた。
「あ」
急に吹いた風で、帽子が浮きそうになる。
キャロルが慌てて押さえるより先に、アーネストの手が帽子の縁を押さえた。
「危ない」
近い。
そう思った。
顔を上げると、思っていたよりすぐそばにアーネストがいる。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
アーネストはすぐに手を離した。
それだけだった。
それなのに。
キャロルは自分の帽子を押さえながら、少しだけ鼓動が速くなっていることに気づいた。
「キャロル様?」
「何?」
「顔が赤いですが、暑いですか?」
「風が強かったからよ」
「風で?」
「そうよ」
アーネストが少し不思議そうな顔をする。
「何よ」
「いえ。そういうことにしておきます」
「どういう意味?」
「さあ」
「アーネスト様」
呼ぶと、彼は少し笑った。
また、その顔だ。
キャロルは前を向いた。
何だろう。
この人といると、不思議と気持ちが乱される。
でも。
ルイスのときのような不安とは違う。
ローレンスに何かをしてもらったときの安心とも違う。
もっと小さくて。
もっとくすぐったい。
自分でも、まだ名前をつけられない感情だった。
別れ道に着く。
「では、私はここで」
「ええ」
アーネストが軽く頭を下げる。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。お菓子、美味しかったでしょう?」
「ええ。またおすすめがあれば教えてください」
「また一緒に行ってくれるの?」
「都合が合えば」
「そこは『もちろん』って言うところじゃない?」
「予定も分からないのに約束はできません」
キャロルは思わず笑った。
「本当にあなたって融通が利かないわね」
「なんとでも」
「ふふ、仕方ない人ね」
アーネストも小さく笑う。
「では、また」
「ええ。また」
彼が歩いていく。
キャロルは少しだけその背中を見送った。
断られることもある。
思った通りの答えが返ってこないこともある。
それなのに。
次に会えるのが、少し楽しみだった。
そのことに気づいて。
キャロルは自分でも分からないまま、そっと笑った。




