◯エマの身体について
意識が復活した私を見つめながら、うざったいのか、髪をまとめ直して中村さんが私に話しかける。
「そこの横たわっているのが、あなたの本体よ。なんだかわかんないけど、あなたの体があなたというOSを受け付けないのよ、戻したところで夢見てるだけなの。意味ないでしょ?だから有効利用ってやつよ」
どうやらなんだかわかんない理屈で、私の脳波はこの身体、作られた身体に飛んできているらしい。ずいぶんとトンチキな話である。脳波を飛ばしているから当然?な事も付け加えられる。
「体からあんまり離れてるとどうなるかわかんないわよ」
携帯電話の電波じゃないんだからさぁ。そんな簡単に言わないでよ。とは思う。
「じゃあ良いじゃないですか?別に私が無事?だって。こんな身なりでのエマですよって」
中村は両手をあげて驚く。
「君はずいぶんとポジティブじゃないか?怖いこと言うよ、逆に君は何を持って自身を葛城エマと定義する?記憶?そんなのコピーできるかもしれないじゃないか?自身をエマと洗脳された女子高生かもしれない。いまそこにあるエマが目覚めたら、君は一体なんになる?」
無視している事実を無理矢理突きつけられる。
「目覚めないってさっきあなたが言ったじゃない!」
「迂闊に信じすぎなんだよ、その倦怠感も脳波が本当に飛んでるのか?それとも下手な推理小説のように洗脳された身体の薬が抜けてないだけじゃない?君は良い子だから」
一拍の間
「私が本当に公安の警官か、少しは疑った方ががいいんじゃない?」
更に繰り返す。
「少しは疑った方がいいんじゃない?君は良い子だから、バディの先輩を突き落としてまで守ろうとしたんでしょ?二人とも殺されるくらいなら自分だけと?」
こうなる前の景色を思い出す。
二人で見つけた敵、しかし強すぎた。このままでは二人とも殺される。そう感じた。だから、彼女、ナツメを突き落とした。ちょうど大きなゴミ箱が見えたので天啓だと思った。そこからは無我夢中で、とにかく一矢報いようとしたが、まぁ無理だった。
「落ちた場所が悪かった、君だけは回収する必要があったんだ、めんどくさいところに落ちちゃってネェ」
と。聞いている。と中村が言う。確かにあの件についてこの人は関与してなさそうだ。ただ信じて良いかわからない。意地悪だなぁ。
「その時の記憶は本当か?どうだろうね?」
「本物ですよ、仮にそっちで寝てる私が目覚めたらたぶん。私は私じゃなくなる。それでも構わない。“彼女”が本物かどうかだけ確認するわ」
「本物だったら?」
「私は私の人生を歩むわ、それだけよ」
沈黙が流れる。
「その意気や良し、とでも言うのだろうかね」
観客もいないのにパチパチと拍手する。なんだコイツ。
「なんにも合理的じゃないその変に頑固な無鉄砲さと、なんだかわからないけど正解を選び取る嗅覚は、本物だよ。人間だ。作り物じゃないね」
あ、身体は作り物だけど。とか言う。ふざけている。
「血は赤くしてるけど、目はごめんね、でも、蛇みたいでカッコイイだろう?」
「ひどい趣味ね、で。いつまでこんな世多話をしてるのかしら」
「動揺や怒りとか悲しみとかそういう部分のバイタルを計測してただけだよ、ちゃんとした数値が出てる。やっぱり君は良い子だね」
そう言って中村は手を差し出す。
「改めてよろしく、私は中村ケイト。階級は警視だ」
「私は葛城エマで良いんですよね」
「とりあえずはそうだね」
なんだよとりあえずって。
そうだね、改めてちゃんと現状を説明しようか。
「ざっくり言うよ、さっきも言った通り君という体が、君というOSを受けつけないんだ」
だからなんでよ私。
「身体に異常がないし、脳波も好調なんなら寝てないんじゃないかというくらい」
まぁ私自身は元気だからねぇ。
「じゃあ有効利用でもしようじゃないかって、僕が身体を作って、試しに脳波を飛ばしてみたんだ」
無茶苦茶だよ。何それ。
「そしたらうまく行きすぎた。それが今日。いま」
案外私って丈夫なのね、あれからすぐでしょ。うん?
「あの、えっと?」
「なんだい?」
「いま何年ですか?」
中村がニヤつく。嫌な予感がする。
「質問には答えないけど、1年は経っているよ」
あー。やっちゃったね。こりゃ。家族やバディのことを心配する。
疲れたから水を飲むとか言って中村が椅子に座り、水を飲んでから話す。私にもくれた。
「ほら読んで」
まとめてあるから、と簡単にまとめられたファイルを手渡される。パラパラめくる、知りたい情報の知りたくないところまで書いてあった。流石の公安の捜査力。
「エリぃ、相変わらず何してんのよもう。えぇぇっ!?ナツメさんも記憶喪失…あぁ、ごめんなさいねぇ」
「ね?面倒な人しかいないじゃない?あなたの周り」
テーブルの上で指を組んで、その上に顎を乗せて優雅にこちらを見る中村。
「だから、そんなところにあなたがそうだってなったらどうなると思う?あなた自身はいいとしてもこの無防備な身体はどうなるの?協力してるうちは公安で面倒見ててあげるから」
あ、そうだ。と言って中村が続ける。
「少しリハビリして動けるようになったら、偽名を使って現場復帰よ」
「え?なんで?」
目が覚めて1日目から現場復帰の話とか急すぎるでしょ。
「なんでじゃないわよ、ただ飯食いなんて許さないわ」
そんなわけあるか。
「どうせ、この身体の数値とりたいだけでしょ」
さっきもバイタルとか言ってたから、聞いてみる。
「そうだね、よくわかったね。あと、復帰する場所は前にいた警察署だから、葛城エリも空蝉ナツメのいるわよ」
嬉しい反面、これは意地悪だなとも思う。
「だから、復帰しても、バレないでちょうだいね。いいね。特にエリよ。彼女自身が麻取捜査官として黒龍会に深く関与しすぎた。だから翻って、ここ警察病院に双子の姉が昏睡してるなんて、絶対にバレちゃいけないの。バレたら簡単に本体に危害が及ぶわ。だから絶対にバレちゃダメ」
なんてこった。
「まぁ良い、それで決めましょう」
こっちの都合なんかお構いなしだ。
「え?何を?」
理解が追いつかない。
「名前よ名前」
確かに。今の私はなんというか、なんとなく一つしか浮かばない。
「あぁ、そうね。アメでいいわ」
「天?、飴?、雨?」
中村がそれぞれの漢字を復唱する。
「雨で良いわ、エマ(EMA)を反対にしただけよ」
シンプル。翻って気付かれづらいはず。
「苗字も決めれるよ?」
あら?そうなの?
「じゃあ決まってるわ」
「ほう」
「雨宮。雨宮雨。上から読んでも下から読んでも雨宮雨」
「君の偏屈さがよくわかるよ。じゃあ雨、せいぜい頑張ってくれ」




