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T.I.O 元AIの私が待望の人間になれたのはいいけれど、世界がイマイチカオスです。監察官って聞いてないです!(しかも美少女に変身するおじさんを添えて)  作者: 下乃空 晋次
四話 Testament Input Observer

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◯ワイロをもらったのでしょうか?

「収賄?ワイロを受け取ることですか?」

 中村は帰り、入れ替わるように監査係全員が揃い、次の監査の話をする。ティオが返事ついでに言葉の意味を確認する。

 今回は言い間違い?しないんだな。シューマイとか言うのかと思ったけど、同音じゃないからか。とナツメは勝手に納得する。

「そうなんよ」

 ユキがため息混じりに言う、それについてティオが質問を重ねる。

「地域課と言いますと、この前交番でご一緒した方々が対象なんですか?」

「そうなんよ、間が悪いというか都合が良いというか。事前調査のためにお祭りに応援に行った訳じゃないんだけどね」

 ティオはあの快活でユキの同期であるベテラン巡査を思い出す。

「ほんと間が悪いなぁ」

 ユキがぼやく、自分が死神みたいで少し居心地が悪い。

「なんで?カンケーないじゃん」

 ソファに座り右からナツメにべったりの雨。まぁ確かに自分の間の悪さは何も関係ない。

 でさ、なんでそんなべったりなの?

「そんなのとっとと実地監査すれば良いじゃん」

 左からナツメにべったりのエリ。挟まれるナツメは足を組んで座っている。気にならないの?なんだこれ。

「そこやねんな」

 そこには触れてはいけないような気がしたので、頭を掻きながら唸るユキ。

「何がそこなのよ、いつも通り乗り込んでいけば良いじゃないの?」

 エリよぉ、あっけらかんと言うが、なんでそんなにべったりなの?なんでナツメと腕組んでるの?

「祭りっていう特殊性よね」

 ナツメが言う。目線は左右に動いているので、なんとなく困惑しているらしい。

「まぁ確かに、私の相手先もいるしね、組のものというわけじゃなくて地域住民としてね」

 エリが雨を見下ろしながら言う。

「えぇー、そんな今どきの暴対法じゃ全然アウトなやつじゃあん。おじさぁーん、ここにも被疑者がいますよぉ〜」

 雨がエリを挑発する。エリはわかるがなぜ雨はナツメラブ勢になったのだろう。これはいわゆる同担拒否というやつなのだろうか。

「で、係長」

 そう言って、エリの腕組みからズボッと手を抜いて、雨を優しく押し除けて、ちゃんと座るように促す。遊びが終わったので切り替えるという感じだろうか。

「場所と概要だけだと、収賄という事件ですらないのですが?」

 ティオちゃん、と呼びトテトテと来たティオに何かを話す。

「そうですね、次の定期監査は会計課のはずで、地域課はまだ先です」

 そうティオが返事する。

「あ、あのー」

 と言ってティオがスッと手を上げる。

「はいティオちゃん」

 ユキが指名する。

「とにかくお金の動きを洗いましょう。あと、収賄なら何を見返りにしたのですか?」

 ナツメはティオを指差す。

「そう、それ。収賄は金銭の授受とその見返りがあって成立するのよ」

 その通り、大抵の収賄事件は金銭受け取りと捜査情報の流出だ。

「疑いって言われてるだけやからな、とにかく確かめに行くか」

 ユキが少し吹っ切れたように言う。

「良いですよ。全部データにして分析してみせますから」

 ティオが鼻息荒く宣言する。そうかそうか。やる気なのね。

「良しわかった。とりあえずやってみるか」

 はーい。となんだか緩やかな返事がする。雨が来たからか、明らかに監察官居室の雰囲気が変わった。


---


「はっはっはっ。本物の監察官に監査してもらうなんて、頼もしいなぁ」

 ユキの同期のベテラン巡査は交番で大きな声で話す。

 ユキの他に、ティオ、ナツメ、そして雨。

「なんや、えらい大所帯になったねぇ。四条さんの係も。最初は一人だったのにねぇ」

 手書きの現金出納帳げんきんすいとうちょうということになっている、ただのノートをペラペラめくり、電卓をカタカタ言わせているのはティオである。ナツメは他の書類の整理、雨は交番内をウロチョロしている。エリとサヤカは同行していない。

「ほんとはあかんと思うけどなぁ、お祭り実行委員会の監査役が多忙で監査できへんからって、なんでもかんでもこっちに振って良いもんじゃないやろ?収賄の疑いありなんて、おまけつきで言ってきやがって」

 ユキは少しげんなりした表情をする。

「と言うかさ、丸ちゃんが安い請け合いするからこうなるんであってさ。受ける前にもっとあるだろうよ。こう順序っていうのはさぁ」

 丸ちゃんと呼ばれた同期のベテラン巡査は、ニヤニヤしながら答える。

「そこはもう、四条さんのね。実力ですから、こうやって応援までつけていただいてさぁ」

「なんやねんそれ、実力ってなんやねん」

「これだけ人を集めれるのも人徳ってやつですよう」

 ユキと丸ちゃんさんの会話を半分ノイズとして聞いていたティオはここで一人で合点がいく。

 組織でなんかやる時、『それ、誰がやるんですか?』ってやつは大体四条のとこ行く。これが今度こそ、これなんだろうと。たぶん監査係でなかったとしても、いまここにユキはいるんだろう。その時の文句が正論であるだけで。この人は誠実と言うのかなんというか。この観察の答え合わせは後でナツメにしてもらおうと思った。


 あ。いけないいけない。電卓をカタカタやるのはフェイクだとしても、リズムがズレている。良くない良くない。丸ちゃんさんがたまに鋭い視線を向けていることを感じている。迂闊なことはできない。集中しないと。

 めくる紙の質感、そこに乗るインク、さまざまな人間のブレる筆跡、適当な修正と追記。一旦あえて全て01に分解して読み取って再構成する。数字のブレや間違い、書いた人間の勘違いなどを拾っていく。簿記風に書いたり、お小遣い帳のように書いたり、気遣いの修正が間違っていたり。なんだかわからないが、こんな分析の仕方じゃなかったような気がする。

 AIの時も書類スキャンからの内容分析はやったことはあるが、まず情報入力から違った気がする。

 この表記が違う。ノイズ。0か6かわからない。ノイズ。中途半端な説明書き。ノイズ。帳尻合わせの記載。ノイズ。正しい数字はどこ、なに?それから導き出されるそれっぽい数字や内容を最大公約数的に出力するだけ。

 エリの秘密のお姉ちゃんファイルを取り込んだときよりも、情報の手触りの解像度が上がった気がします。

 あ、なるほど、そういうことですか。99%の善意と、1%の悪意に気づく。

 そして一通り脳内では作業を終えたが、人間の処理スピードではまだ充分早い、せっかくだから指の練習しますか。これも何かの練習になりますし。AIとしての私の分析と人間としての私の確認。

「ナツメさん」

「なに?」

「数字と項目を改めて読み上げてもらえますか?」

「良いよ」


 数字を読み上げて電卓を叩く二人の邪魔にならないように、三人は交番から出ることにした。

「そう言えば、丸ちゃんさんは、お名前なんて言うんですか?」

 ふと思い出したように雨が聞く。あれ?名乗ってなかったっけ?と丸ちゃんは言いなおす。

「丸井恭一、地域課の巡査部長ですよ。雨宮雨巡査。四条さんがいきなり交番に女子高生を連れてくるから何かと思ったら、ちゃんと警察手帳をお持ちだったのでびっくりしましたわ」

 無茶苦茶やんけ、ねぇ。と丸井がいうが、雨はふんぞりかえって、えっへんとしている。階級は逆なのに。

「でもさ、祭りに地元住民だからって警察官がそこに入っていくのはずいぶんとこう、管理的な意味合いで意識が低いよね」

 雨がどストレートなことを言う。丸井は目を丸くしてから笑う。

「はっはっはっ。確かにそうだ、正論でしかないね、ほんと確かにそうだ、長く勤めてるから、すっかり鈍っちゃったよ」

 丸井は、はっはっはっと笑い続ける。ワロとる場合か。とユキも詰める。

「で、監査役が多忙で監査しないってことは、普通はあり得んと思うけど?」

「僕もわからんってこと。普通なら来年の祭りの準備するまでに出来てれば良いのに、こんなに早く、祭りが終わってすぐ監査して固めてしまえって言うのは少し変だよねぇ、地域住民として頼まれてやっているだけだから、全体像はよく見えない」

 どういうことだ?とユキが言おうとした瞬間、ティオが交番から三人を呼ぶ。

「確認終わりましたぁ、説明したいので良いですか?」

「え?もう終わったの?」

 丸井が一人だけ驚いていた。

 

「結論から言いますと、ある人にお金が多く支払われていました」

 ほう。と丸井が眉を上げる。

「残っているお金と、帳簿のお金も合っているはずだけど、なんでそんなことが起こるんだ?」

 彼の中では予想外だったのか少し機嫌が悪くなったように感じる。

「善意の修正だと思いますよ」

 答えたのはナツメだった。ノートを開いて説明する。

「この黒川さんっていう人だけ、金額が修正されていて、こから数ページ先の残るお金のところに修正が入ってますよね、これ修正前の数字が正しいんじゃないですか?」

「じゃあ、その通帳にある金はどうしてピッタリなのさ」

 丸井が白々しく言う。

「お前嘘が下手すぎるやろ」

 と、ツッコミを入れるユキ。

「お前が身銭切っただけやろどうせ」

「えぇー、バレたぁ?」

「だから、そういうのはやめろって言ってるやろ、もう。じゃあこの黒川さんってやつに返してもらったおしまいやな。ええなそれで」

 収賄でも贈賄でもない話だと、拍子抜けした感じでユキが丸井に告げる。

 はいはいと軽く返事する丸井。

「はいはいってお前やる気ないやろ、知らんぞこっちは、地域住民としてって言うけどお人好しがすぎるぞお前。ちゃんと直しておいた方がいいよ、そうせんと俺も監査したって言えないからな」

 そう言って、交番を後にする三人であった。


---


「黒川。ねぇ」

 夕方、雨が帰り。エリがやってきて今日の話を聞いて呟く。

「下の名前わかる?」

「辰哉、です」

 ティオが答える。それを聞いてエリがガックリうなだれる。

「黒龍会定番の偽名じゃん、それだったらどうすんのよ」

「警察官と裏社会組織の繋がり、裏社会組織への献金のように見える。意地悪に見れば、全くよくないわね」

 知らんぞと言った手前、少し苛立った様子でユキが吐き捨てる。

 考えごとをしていたナツメが言う。

「普段より早い監査を他に丸投げしてる。この元の監査人がおかしいんじゃないですか?」

 本人の嗅覚で面倒から逃げた、もしくは、共謀して丸井に罪を着せる?なぜ?

「とりあえず丸井のとこ行くぞ、あいつが動く前に行かへんと!」

「私も行くわよ、大体顔見ればわかるから」

 そう言ってエリを含め四人で改めて丸井のところに向かうのであった。


「なるほどねぇ」

 丸井は意外にのんびりした様子で答えていた。急いできた監査係の面々は拍子抜けしている。

「まぁ確かに、黒川さんは最近来た人だし、今年のお金の管理は藤原さんだし、それで監査人は峰山さんだしなぁ」

 丸井だけ一人合点がいっている様子で、うんうんと頷く。丸井はエリを見つけて話をする。

「葛城さんは地元の人だっけ?」

「そうよ」

「そうだよね、でさ、祭りってだいぶ雰囲気変わったじゃない?」

 エリは子どもの時に参加した祭りの景色を思い出す。確かにもっと牧歌的な祭りだったと記憶している。

「それと比べて今はどうやろか」

 丸井が尋ねる。

「私は別に気にならないわ、人もいるし楽しいし、あのうるさいパレードがないと祭りって感じもしないじゃない?」

「そうだろうね」

 少し話が見えてきた気がしてきた。ただティオだけはまだよくわかっておらず首を傾げている。

「ノスタルジーって言えば良いのかな」

 ティオの様子に気がついてナツメがヒントを出す。

「ノスタルジーですか?、過ぎ去ったことを懐かしむと言うことですが、それが、どう関係するのですか?」

 丸井が優しい感じで伝える。

「ティオちゃんはまだわかんないよね、まぁいつかわかるようになるんじゃない?」

「そう言う話やから、とりあえずあとはこっちでなんとかするわ、丸ちゃんは迂闊に近づくな、何されるかわからんぞ」

 丸井が満足そうな顔つきで答える。

「やっぱり四条さんはそうでなくっちゃ」

「よく言うわ、便利屋やないんやぞ」

 二人してはっはっはっ。と笑い合う。


「なんでぇ!私がぁ!いない時にぃ!お話がぁ!進むんですかぁ!」

 おかしぃでしょー!と帰ったはずの雨が監察官居室にいてブーブー言っている。それをサヤカは宥めている。

「雨さん、落ち着いてよぉ」

「落ち着いていられないヨォ!面白くないじゃないかぁ」

 ねー!と、大声で暴れる雨がいて、帰って来た四人は目が点になる。

「あぁ!うっちーと、エリお姉ちゃん!ズルいー!」

 こちらを見つけた雨の顔がぐりんとこちらを向き、ズカズカと歩いてくる。

「あー、はいはい。よしよしだねぇ」

 意外にもナツメを庇うようにエリが前に出て、雨に抱きつく。

「仕方ないじゃない、あなたの勤務時間が終わった後に気づいたんだから」

 ほら、よしよし。と頭を撫でる。雨も含め皆予想外の出来事に固まっている。

「仲間はずれにしたわけじゃないのよ、ねぇ、今度ケーキ食べに行かない?富士野のにんじんケーキっていうのがあるんだけど美味しいのよ、どう?」

 富士野のにんじんケーキという単語だけで雨の意識は戻ってくる。

「エリお姉ちゃん、ごめん、それだけは嫌いなんだぁ」

 なんでそれピンポイントでぇと雨が嘆く。ただその後いくつか会話を重ねて、まぁ、今度富士野のケーキは食べに行くことにはなったらしい。

 なんだかんだで塩らしくなった雨は。

「今度置いてったらもっと暴れるからね!」

 と捨て台詞を残し帰っていった。バタンと扉が閉まり、監察官居室には少しだけ沈黙が流れる。

「あ、あのー」

 と、ティオがおずおずと手を挙げて話そうとする。

「三つくらい確認したい点があるのですがよろしいでしょうか」

 全員の顔が緩む。良いよ。どうぞ。


「まず一つですが、今回の件ですが、ノスタルジーとなにが関係するのですか?」

 兼任二人はソファに座り、残りの人間は自席に座って話を聞く。

「昔のが良かったっていうのがノスタルジーではある」

 ユキは答える。

「そこで止まれば良いんだけど、今あるソレを受け入れられずに、今あるソレそのものを壊してしまいたいというふうになってしまう時もあるんよ」

 ここにいない誰かに対して同情する眼差しを向けるユキ。

「理解できる要素がありません、変化と進歩は常にあるものですよね」

 人間は変化に対応するものだと、理解しています。とティオはそう呟く。

「昔自分が大切にしてたものが無くなったと、大切にしてたものがない。そういうガワだけになった祭りなんかもう要らないとか、そう感じるところがあるんでしょう。ティオちゃんだってお気に入りの甜菜糖が無くなったり味が変わったりしたら悲しいでしょ、それと似たようなものですよ」

 サヤカが説明する。確かにあの味がもう二度と味わえないとなると、とても寂しい気持ちになる。ただやはり仕方がないので、新しい味を探すのではないかと思う、探せないならそれはとても苦しいものになるだろうが。あ。そういう事か。

「今の祭りが気に食わないから、今までの祭り運営のファジーな部分を使って、警察官と裏社会組織を繋げ、不適切な運営として晒し挙げて、祭りそのものを瓦解させる」

 使い古された手段よ。ユキはそう呟く。

「別に良いのに。なにが気に食わないのかしらね、今回丸井さんと黒川の接触がなくなるから、ただの会計処理間違いで済まさせるんじゃないの?それか、丸井さんをハメようとした二人が、自分たちが裏社会と接触してます。って自白して死なば諸共みたいなことするの?馬鹿じゃない?」

 エリが、自分で話しながら気づく。

「ていうか、それに乗ったことになる黒龍会もだいぶ馬鹿じゃない?最近来たやつって言ったけど、ずいぶんな間抜けがいるものよね、会が弱くなるなら、私の仕事が減るから良いんだけどね」

 麻取の仕事が減ってナツメといれるから、好都合という打算が漏れ出て、ちらっとナツメを見るが、ナツメは一瞬だけ目を合わせて気づかないフリをしている。

「ちょっと嫌な予感やけど、嫌でもないか?」

「あ、係長も一緒ですか?」

 ユキの疑問に対してナツメも同調する。

 なによ?私が変なこと言ったわけ?とエリがポカンとする。サヤカも気づいたようだ。

「黒龍会がそんなに間抜けじゃないとしたら?」

「え?黒龍会関係ない?」

「もしくは関係があった、またはもう関係ないか」

 エリも気づくというか、あえて無視した視点をもう一度冷静に考えると、この黒川辰哉は途方もない間抜けになる。

「黒川辰哉のちょっとした謝金より、祭りのシノギの方がデカイもんね」

 至極当たり前の話。それをナツメが改めて言う。

「そう言うことや、ただ、間違いなくまだボールはこっちにあるはずや。丸井が監査終わりましたって言ってから動かないと、黒龍会、祭りの運営、警察を巻き込めないからな」

 それはそれで、急がなあかんな、と言って、ユキは丸井に電話する。

「丸ちゃん悪いけど、監査には無茶苦茶時間かかるって言っといて、時間稼ぎたい。あと、黒川辰哉さんの情報もっとちょうだい。少しバタバタしそうやわ、あぁー、でも明日以降でええよ。ボールはこっちにあるはずやし」

 あぁ、すまんねぇ。と言って電話をきる。

「オッケー。これで動くのは明日からで大丈夫やろ。今日も遅くなっちゃいかんしな」

 ふうと一息つく。

「なんかアンタとナツメさんだけ合点がいってる気がするんだけど、確認していい?」

 エリが訊ねる。

「焦らんでええよ、多分一緒やから、そんで明日雨のおるところでも話すから」

 そうせんとあいつ()暴れるって言ってたやろ。と言って笑う。

「でもなんでそんなに明日で良いって言い切れるの?」

 エリが少し食い下がる。ユキはティオをチラッと見る。

「だって今日整理した書類の量、多分普通の事務官なら全力でやっても4日はかかるよ、それを数時間で全部やってん。だから今、逆に出来ましたなんて言おうもんなら、嘘や思われるからな」

 えぇ!?とティオが驚いている、いや、君が驚くなよ。

「人間がやるっていうことを意識してずいぶんスピード落としたんですが…」

 それでアレかと、ナツメは驚く、さすが元AI。ユキはもう慣れているのか、もっと擬態するならペース落とさなあかんよね。とか呑気なことを言っている。

「で、ティオは後二つくらいあるんやっけ?」

「あ、はい。でも、なんというか、緊急性という意味では低いのですが」

 モゴモゴとするティオ。

「ええって、明日も何が起こるかわからんし、話して帰ろうや」

 と、先を促す。ありがとうございますと言ってティオが話す。

「あの、二つともエリさんの話なんですが」

 そう切り出す、え!私!?エリが目を丸くする。

「そうです、あのさっきの雨さんに対する応対はいつものエリさんじゃないような気がしたんですが、どうしたんですか?」

 おずおずと切り出す。

「そうそう、いつものエリなら、あぁじゃないね、まるで」

 ナツメが、最後は言い切って良いのか戸惑いつつエリを見る。

 エリは、あぁ、それ?と言って、優しい顔をする、大柄なエリの体の姿が、どこかに消え入りそうな感じだった。

「お姉ちゃんに見えたなら、嬉しいですよ、ナツメさん。なんかこう雨の暴れ方が荒んだ自分に重なっちゃってさ、逆にお姉ちゃんならこうするかなぁって、思っただけ」

 首筋の手を当てて、悩むような表情で言う。私らしくなかった?と呟く。

「ううん、全然。やっぱりエリは優しいなぁって」

 いつのまにかエリが座るソファの後ろに立っているナツメは後ろからエリに抱きつく。

「後ろ姿はエマだったけど、あなたらしさが見えたからの大丈夫よ」

 雨が見たらまた嫉妬するんじゃないかと思うくらいの良い感じである。

「あ、私もついでに言いますけど、この前の突入の際にこの子に庇ってもらった時、エマと被って、身体が動かなくなったけど、今日は大丈夫だったので、エリはエリであると再認識しました」

 と、ナツメは唐突な宣言ともにブイサインをしている。

「なんとなく、そうだろうと思ってたが、今いう事か?」

 ユキがなんとも言えない声色でツッコミを入れる。

「雨がいる場じゃ話せないでしょ?ちなみに、なんにも思い出してません」

 そうですか。

「無理して思い出す訳にもいかんからなぁ」

 ナツメを思いやりつつ、振り返る。

「最近色々ありすぎてエマ捜査出来てないしなぁ」

 エマという単語でまたティオがおずおずと手をあげる。別に君の発言は挙手制じゃないんだけどね。

「富士野のにんじんケーキですが、あ、これが最後です」

 え。それ最後の質問なの?あとなんで、そんなに今日は本物の陰キャみたいに話すの?

「富士野のにんじんケーキってエマさんはピンポイントで嫌いと書いてありましたが、エリさんは好きなのですか?」

 意外な質問に固まるエリ。確かに秘密のお姉ちゃんファイルに書いたけど、そうか私の好みは書いてないね。

「そうなのよ。私は大好きだし、美味しいのに、野菜のくせにケーキなんて許さない!って、ああ見えて偏屈なのよ。あ、そうだ、ナツメさん知ってます?」

「?彼女の偏屈な食の好みでしょ?ラーメンは絶対柔らかめ、うどんは絶対冷たいとか、パフェですら絶対混ぜずに食べるとか?意外よね。性格はおおらかな癖のちょっと偏屈というか」

「そうなんです、で、祭りで思い出したんですが、りんご飴ですよ。りんご飴」

「え?アレもなんかあるの?」

「外の飴だけ舐めるんです、それで中身はいらないって私に押し付けるんですよ。一緒に齧りなさいよ、押し付けないでよって」

「ははっ、そんなのりんご飴の意味じゃないじゃん」

 二人の笑い声が監察官居室に響く。

「双子でも食の好みは異なる」

 ふむふむと、ティオは自身のメモリに刻むことにした。


---


「結論は、黒川と、藤原さんと峰山さん?だっけ、その人たちの“保護”になりそうだってことよね。黒龍会が彼らのイタズラに気づいて報復する前に」

 エリがそう繰り返す。要点を言えばそうなる。あれから三日ほど経って丸井が黒川の情報をまとめてくれた。

 ほぼ裏は取れた。偽名、黒川辰哉はどうやら組全体利益や、この街の皆の楽しみのより、自身のプライドに価値を見出したようだ。

 自身が組の下積みをするくらいなら、この祭自体全部無くしてしまえと、そう言う他人から見ればよくわからない、肥大した自己意識と我が身可愛さが、この祭りの変化に嫌気がさした熟練の偏屈どもに見つかったようだ。

「だとしても杜撰だよね、誰が最後に泥を被るかっていう点がないものね」

 雨が高校生とは思えない達観したセリフを吐く、君からすれば、黒川くんの方に感情を向けると思ったけども。

 金をくすねただけの黒川、その資金を横流ししただけの藤原、監査役から逃げただけの峰山、世間が都合よく炎上してくれれば良いと言う願望だけで、そこにただのお人好しの丸井がノコノコと来たから、彼らにとっては天啓とでも思ったのだろうが、そういう訳にはいかないようだ。

「まぁ藤原さんも峰山さんも未遂以下の状況だからとにかく黒川だな、そいつさえ確保してしまえば、大丈夫やろ」

 ユキが説明し終わると、エリは席を立つ。

「じゃあ私は馴染みの相手をしているわ、なにかあったら連絡するわ」

 じゃあねぇ〜と、言って部屋から出る。

「それじゃああれやな、私とナツメで黒川の確保、ティオと雨とサヤカはお留守番で」

「やだああああああぁ!」

 ユキが言い終わる前に雨がひっしとナツメにしがみつく。

「やだああああああ!行くのっ!」

 達観したり、駄々こねたり忙しいやつだ。と思うユキだった。

「ティオちゃんだって行くのお!この前のすっ転びを挽回をするのぉ!」

 だあああああああ、とひっくり返って大騒ぎする雨を冷めた目で見るユキは、はいはいと前置きして告げる。

「ウソやウソ。ほらみんなで行くよ、戦力の過小投入とか言われたくないし」

 そもそもねぇ、と前置きしてナツメも告げる。

「単に間違ってお金払い過ぎたから返してね、で終わるはずなんだから、なんか大騒ぎする話じゃないのよ」

「あ、そう。じゃあ面白くないじゃあん」

 コロっと態度を変えて起き上がる雨。

「でもなんで、それだけなのになんでこう面倒になるの?」

「人の感情が絡むとシンプルな問題でも難しくなるんだよ」

 雨だってひっくり返って暴れてるじゃないか。とユキは漏れ出そうになる言葉を押し込んで丸井と合流するために監察官居室を後にする。


「黒川さんはこのマンションにおるよ、2階の部屋ね」

 丸井が地域巡回のデータをいじりながら地図で示す。

「ほな、さっさと行こうか、丸ちゃんと俺で話するから、君らはマンションの周りね、あんまり周りにいるとびっくりするから」

 はーい、三人はと緩い返事をする。

 

「せっかくやから練習するか」

 現場のマンションに着いて、何を言い出すのかと思ったらユキは、三人にマンションの敷地境界にそれぞれ立つように言う、ただし、雨とナツメはペアで、サヤカとティオはそれぞれ別で。

 要は万が一、億が一、こう言う時に容疑者が逃走した時にはこんな風に立つんだよと言う実地練習だ。全員が無線の周波数を合わせて待機する。

「だから、単に間違ってお金払い過ぎたから返してね。で終わるから、こんなんもあるよっていうくらいだからね。肩の力抜いてねぇ」

 て、呑気なことを言っていたら、無線からエリの怒鳴り声が聞こえた。

「ちょっと急いで!早くして!組の若いのが“総括”してやるって、事務所飛び出したそうよ!早く確保しないと大変なことになるわ!」

 無線から聞こえた連絡に全員が緊張する。

「おじさんって不幸体質なんだね」

 雨がまた達観したようなこと言う。

「あ、多分窓から逃げるんじゃない?ティオちゃんのほう」

 雨には何が見えてるのか。

「うっちー、多分こっちにはその“若いの”が来るから、足止めしよう」

 無線越しに、丸井とユキが黒川に呼びかけているが、返事は無いようだ。

「あ、出てきます!」

 唯一窓が見える位置にいるティオが叫ぶ。

「ナイフも持ってます!」

 もう!なんでだよ!ユキが叫ぶ。

「ティオ!無理するなよ!」

 ナイフ持ちの暴漢を抑える術は、流石に教えていない。


 景色がゆっくり見える、正しい言い方じゃないが、見るべきものにすごくピントが合っている状態。音は聞こえない。窓から若い男性は出て来ている。さっき通信した通り、手にはナイフを持っている、しかもとても大きい。護身用や料理用にしたって余りある長さ。

 顔は緊張している、混乱しているようにも見える。

「大丈夫です!私は危害を加えません!」

 そう叫んだ気がするが、音としての情報は入ってこない。

 彼は気づいたような気がする。混乱しつつも、こちらを見下した、とても悪い顔をしている。

 獲物を見つけた。そんな感じの。

 彼はマンションの垣根を越え、着地する。その際にしゃがみ込んで両手を地面につけて、顔を上げる。

 人間の舌なめずりを初めて見た。

 彼の左右から一人ずつ男が飛び掛かる。組の人間だ。危ないと叫ぶ間もなく、彼が出鱈目に振り回すナイフが、男たちを切り刻む。

 切られたこと、切れたことその双方のそれぞれが驚くという奇妙な状況が発生した。ただここで変に冷静なメモリが叫ぶ。


 傷害事件発生。


 あ、そうか。ここで彼を逃せば、もっと被害が出るかもしれない。覚悟というものはわからないが、それを決める必要があるようだ。息を吐き、整える、ノイズはシャットアウトしたい。しかし、靴の中でずれるソックス、額を流れる汗が、騒がしくノイズを訴える。ごめんなさい、それにはかまっていられない。

 間合いの外側まで急いで詰める。彼が気づく、とても大ぶりにナイフを振り回す。間合いの外なので当たらない、伊達にAIじゃない、距離感は間違えない。ギリギリである必要もない。

 彼は唸る、咆哮する。音はノイズ。聞こえない。彼の想いも意図も今だけはノイズ。

 彼が飛び込む。右手に持ったナイフを大きく振り上げて、右上から振り下ろす。見送れば良い。他の人のように先に内側に入らなくて良い。


 彼は道具に使われている。


 大きなナイフと遠心力に身体を持って行かれ、自分の正中線のさらにど真ん中に、彼の右の顎は見える。

 これは教科書通り、と手に手にまず真っ直ぐ、突けば良い。

 踏込み、左足を滑らせるように、靴底にあたる小石の数までわかる。左手を伸ばす、当てるべきところに添えるイメージ。左足を踏み締める、地面をグリップする。そこから始動する。置いてきた右足から発出。足、膝、腰と力が伝わり、右半身が旋回する。その旋回の端っこに右手をスタンバイ。外に持ち出すと意味がない。照準代わりの左手を引く、旋回が加速する。左手と右手が身体の正面で入れ替わる、そこから右手を右拳にする。当たる直前に完成するように、少し遅く。人差し指、中指の付け根で殴る。顎先を。見た目通り細い。指の間にあご骨が入って来る感覚を得る。反動はない、突き抜ける。捉えた。

 彼の頭は激しく回転して、脳が揺れる。振り下ろしたナイフと打撃のセットで身体が回転し、大の字になる。動かない。

 一拍の間。

「ティオ!」

 名前を呼ばれた事実だけ認識する身体が動かない。抱き止められる。ユキだった。大の字のなった彼はナツメとサヤカに改めて取り押さえられる。

 ゆっくりとしっかりと感覚が戻って来る。

「痛ったーーーい!」

 ティオは遅れてきた痛みに驚き声を上げる。その直後、後ろから衝撃が来る。

「やるじゃない!ティオちゃんすごいネェ!」

 後ろから雨が飛びついてきた。


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