◯冒頭
「おはよう。調子はどう?」
調子、と言われてもなぁ。と身体の感覚は全く自分の物とは思えないが、正直に言ってみる。
「私って、葛城エマで良いですよね?」
研究室のざわめきが収まらない中、わなわなと震えから、わぁっ。と言って女性が抱きついてくる。長い紫の髪を後ろで縛り、目にはクマがあって、白衣をだらしくなく着て、名札は中◯、見えなかった。
うわうわうわ。なにこれどうしたの?えっと知らない人だけど、私は葛城エマでいいんだよね?ずいぶん違和感しかないけども。
エマ?にひっしと抱きつき、ただ誰も見られまいと、耳元で囁く。その声は先ほどのやりとりからは想像もつかないような、低く、有無を言わせないものだった。
「イヤァ、うまく行くと思ってなかったんだ。生き伸びたければ、合わせてくれ」
そう言って手を離す。
う、うん。としか言えなかった。え?うまくいく?何が?
「違和感はないかい?」
変わり身が早いなぁ。あ、えっと合わせる?えっと?あ!名札!中村さんね。
「あります、なんというか、激しい寝不足のような、頭も身体もぼんやりしています」
マァそうだろうね。とだけ言って、振り返り、勝ち誇った声で他の人に告げる。
「ヤァヤァみなさん。実験は無事成功しましたよ」
まばらな拍手が起こった。
「ということで、ここであったことは公安案件ですので他言無用でお願いします」
では、お帰りを。とそう言って劇が終わったキャストのように右腕を振り上げ、お辞儀と共に胸の前に下す。
無茶苦茶だよぉ。そんなんだから拍手もまばらなんだって。ん?なに実験?というかここはどこ?何されてるの?公安ってことは私は無事だったんだね。でも生き延びたければって言ったもんなぁ。さっき。わからん。でもまぁ。たぶん任務は全くの失敗に終わったみたいですが。あーあ。ナツメさんは大丈夫かな?
などと、ぼんやりまとまらない考えをしていると、周りには一人の看護師と中村さんしかいなくなっていた。
「ではでは、本題に入ろうか」
中村が近くにいる。なんだ本題って。
「まず、いうべきことがある」
まずというか色々あるでしょ。
「君は葛城エマで問題ない」
そらそうだ、違うなんて言われたら困る。
「でも、葛城エマではない」
えぇー。やだぁ。
中村は看護師から鏡を受け取る。まだ見せない。
うわうわうわ、これ映画でよくあるやるだ。マジか。そんなことある?
「僕は医者でもあるから、丁寧にいうよ。今から君の顔を見せる。驚かないでくれ。大丈夫だから」
そう言われる方が大丈夫じゃない。早く見せて。
「今から鏡を見せる」
良いって早く。
「これが今の君だ」
鏡に映るのは、明るい茶色の長い髪でルビーのような赤い瞳、よく見ると中の瞳孔が蛇のようだ。なんだこりゃ。私は青い髪で青い瞳だったはずで、なんだこれ?
絶句する。
手を見る、なんか小さい気もする、身体を見る。見下ろすだけではわからない。
「あの、えっと、これは、えっと、な、なんですか?」
中村は冷たい目で見てくる。
「ほうほう、まだ耐えるか」
耐えるも何も、ここで取り乱すようなら公安捜査官(出向中)の名が廃るわ。
「では、あちらをご覧ください」
いやだから、なんだそのショーじみた所作は、いちいちうっとお。お。お。
あ、私だ。
「あそこで寝てるのは。私。ですか?」
聞いたけど。
聞かなくてもわかる。
あれは私だ。
じゃあ。この私は何?なんだこれ?
何?
何?
何?
「流石になんかちょっと無理かも」
そう言って葛城エマ?の意識は途切れた。
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うわぁ。と情け無い声を出して、ナツメはとび起きる。部屋は真っ暗。起床するには早すぎる。
今さっき見たのは夢だろうか、記憶だろうか。思い出そうとすればするほどそれは遠くへ行く。きっかけはなんだろう、いや、そんなことはどうでも良い。せめて何かある気がする。無理矢理思い出す。
何かを追っているのか、私とエマはビルの屋上を走っている。間隔の狭いビルの間を飛び超えて、走っている。先を走る何かの姿や形も、どこを走っているかもわからない。足が地面を蹴る感覚は無い。
エマが先、私が後、いくつかのビルを飛び超えた時、突然彼女が私を庇う。脈絡がない。
音もよく聞こえない、感覚としてはわからないが近い。ただ何故か銃撃だとわかる。彼女の右首筋から血が吹き出す。あの箇所は私の古傷だ。やはりおかしいんだ。
けれども、何かあるかもしれない、夢を思い出す。
屋上からビルの隙間に背を向けて、仰向けで手も足も朧げに伸ばし、堕ちたという認識を、なぜ堕ちたとかという認識を今まさにしたのだろうという驚きが勝る表情。庇ってくれたのに。整合性がない。
後ろを走る私は見れるわけもない。その顔を誰が見たのだろう、このエマの顔を誰が見たのだろうか。
夢の私は構わない。任務中だから、構ってはいられない。エマなら走れというだろう、私も走れというだろう。彼女がここで死ぬという可能性などないのだから。と。思っているようだ。でも、少し薄情だなとも思った。堕ちて行く彼女の横をすり抜け、次のビルへ。
彼女が落としたナイフを拾う。直感でこれは拾うべきとおもった。これでやつを仕留めるんだ。負けるな私。終わったらすぐ助けるから。と言うことらしい。
ただ。
残念ながら、場面は飛んで、見上げるは夕暮れ。
そして感じるのは生ごみの匂いと、湿っぽさ。そして手に握ったバディのナイフ。
「あーあ。」
ただ、漏れ出る後悔の念。ビルの間のゴミ箱の中だと認識するまでそんなに時間は掛からなかった。自身も首と手と脚が痛い、動けない。泣き言を言うわけにもいかず。
夕暮れという事は、ずいぶんと時間が経ってしまった。
ゴミ箱から這い出る。どしゃっとおちる。仰向けに倒れる。
また、見上げるは夕暮れの空。綺麗な景色に腹が立つ。
どうにかこうにか、うつ伏せになり、言うことを聞く手を地面に立てて、同じく言うことを聞く方の足で膝を作る。頭で地面を支え、手を浮かし、地面と身体の間に差し込む、太もものを裏を掴み、膝を立たせる。言うことを聞く方を足に力を入れ、ゴミ箱を支えに立ちあがる。
多分、バディも落ちてるはず、二人してこの様か、仕方ない。
そう思いあたりを見渡すが、自分が奇跡的に堕ちたゴミ箱しかない…
「エマ…嘘でしょ…」
信じたくない、信じられない。そして終わった。という絶望感。
そこから先はよく覚えていない。と言うか。
そこすら本当は覚えていない。妄想か空想か、夢か現か。
「はぁ」
ため息だけが出る。夢を思い出そうと縋ってみたものの、全く気分は良くない。大体意味がわからない。
「うーん」
唸る、ちゃんとした記憶はなんだろう。
覚えているのは病院の景色。
エリが飛び込んで来て、ただただ彼女にごめんなさいと言っただけ。
私が覚えているのは、確かなのは、その景色だけ。




