◯エピローグ 仲直りとエラー
「エリさん、監査が無事終わりましたね」
大捕物が、というか、ユキの独断大立ち回りというかなんというか。雨誘拐未遂事件から明けた次の日。二人しかいない監察官居室でエリとサヤカが話している。
「何よ?」
相変わらずぶっきらぼうに目も合わせず返事をするエリ。サヤカも目も合わせず、荷物を片付けている。監査のために集めた書類の整理である。自分たちの荷物は別にしてまずこれを返す。
「監査院として指摘事項、問題となる点はありません。ということでしたね」
「良かったじゃん、別に、サヤカもちゃんとしてたんだし」
そうですね。と一息ついてからサヤカが手を止める。
「良いんですか?エリさんのことだから、監査院が来ちゃったからってことと、この前のことと、これからのことで、またナツメさんに負担かけちゃダメって思ってたんじゃないですか?何か言いたくてウジウジして、結局何にも言えずナツメさんにずっと引っ付いちゃって」
怒るでもなく、叱るでもなく、優しく吐き出す。サヤカの言葉にエリは少したじろぐ。
「う、だ、だから何よ!」
知ってるわよぉ。と、すこし拗ねたようにいう。いつもなら抱きついてくるレベルの甘えた声、しかし職場だということは理解しているようだ。
うぅ。と呻くエリに、負の感情ではない溜め息をついてからサヤカは伝える。
「復職してしばらくはカウンセリング受けるんです、ナツメさん。あ、怖い顔しないでください。そう言う規則でただのフォローアップですよ。ナツメさんは順調すぎるくらいなので、心配もしてませんよ!」
話の途中でエリが怖い顔をして睨むので、慌てて両手をパタパタして宥める。
「だから、ってわけじゃないんですけど、ナツメさんに言いたいことあるんじゃないかなぁって」
あるんじゃないかなぁ。とは言っているが、疑問ではなく断定。
うぅー。と呻くエリ。サヤカぁと何かを懇願するような顔をするエリ。
「大丈夫ですよ、ナツメさんはお姉さんですから。ちゃんと受け止めてくれますよ。カウンセラーサヤカのお墨付きです」
そう言ってエリの頭を撫でる。うぅー、でもぉー。と呻く。
サヤカの顔が綻ぶ、呻き方が変わったので、これはもうあとはスタートラインまで連れていけば良いだけだ。開始の笛がなるその直前まで、エリはこうやってウジウジする。
背中の押し甲斐って言うんでしょうか。そういうのってあると思うんですよね。
「カウンセリングの時間の前も開けてありますよ。一緒にいきましょう」
ほら。とエリの手を取って、カウンセリングルームへ連れて行く。
---
カウンセリングルームでポツネンと待たされる。サヤカさんって意外に小悪魔的な感じで、大胆なところあるよね。と思う。
「今回は16時からカウンセリングですが、15時半には居てくださいね」
とか、なんとか言っておいて自分はいないんだもん。まぁ仕方ない。待つしかないか。案件はなんだろう。
それにしても、いろいろあったなぁ、監査院がきて、誘拐未遂事件もあって、雨ちゃん元気かな。昨日の今日だからまだダメよね多分。でもなんであの子が公安に?あの子が誘拐されたから公安の案件なのか、あの子を誘拐した新興組織が公安の捜査対象なのか、結局あの中村って言う人は教えてくれなかったし。まぁ公安ってそんなもんよね。
私も居た時そんな感じだったし。関わること全てが基本秘密。だからこそ、わかんない。またあの中村さんとは接点があるのだろうか、公安って言っても管轄が広いからなぁ。エマの話とか聞けないかなぁ。無理かなぁ。
係長は中村さんのこと、なんか知ってそうだからまずそこから攻めてみますか。でもあの時の顔だよ。面倒って顔に書いてるんだもんなぁ。でも、気にしてはいられない。黙っているのはもうやめだ、それで行こう。
そうだそうだ、それで今日のカウンセリングが終わったら、エリに話しないと。ごめんって。
あなたの後ろ姿がエマにそっくりだったから、私は動けなくなった。って。あーあ、と声に出して椅子の背もたれに盛大にもたれかかり天を仰ぐ。
「エマはエマ、エリはエリって言っておいて、あの様だもんなぁ。先輩かっこ悪いですよー。なんてね」
はっはっはっとか思いながら、あれ?もう15時半回ったんじゃない?とか思いつつ時計を見ようとするが、今更人の気配を感じてその方向を向く。エリがいた。
あ、居る。アレェ?ドア開いた音聞こえなかったなぁ。エリちゃんが居るねぇ。うわぁ、よそよそしいなぁ、この子。ほんと、エマとは大違いだわ。
「えっと、聞かれちゃった?いつから?」
指で頬をポリポリ掻きながら、いつのまにかそこに居たエリに訊ねる。返事はない。
「サヤカも酷いよね、エリが来るって言ってくれれば良かったのに」
えっといつからだ?なに言った?なにを聞かれた?エリごめん。とにかく取り繕う。
「…ったんですか」
「え…?」
エリが話した最初が、聞き取れず、思わず聞き返す。
「言ってくれてたら、そんなこと言わなかったんですか?」
悲しいとか、寂しいとか、心配してるとか、ごめんなさいとか、そういう感情が全部混じると多分こんな顔するんだなぁ、なんて思う。優しいなぁこの子は。
「ううん。もっとちゃんというつもりだった」
椅子から立ち上がって、エリの手を取る。
「ごめんね、私を庇った、あなたの後ろ姿がエマにそっくりだったから、私は動けなくなっちゃった。ううん、ほんとはそこじゃなくて、ありがとう。その時私を守ってくれて。それと、ごめんなさい。あなたの手を取らずに嘘ついて。ごめんなさい」
エリの顔がぐしゃぐしゃになる。ナツメに抱きつく。
「私の方こそ、ごめんなさい」
ナツメは笑顔で、頭を撫でる、体格差もあってナツメは爪先立ちだ。
「なんでエリが謝るのよ」
エリは大きく鼻を啜ってから、涙声で言う。
「ナツメさんの気遣いに、ありがとうって言えなかった。双子だから、似ているのは当たり前で、ナツメに負担になっちゃったかもって言えなかった。でも、私は間違えられることは気にしない、そうやって言えなかった。ごめんなさい」
エリの抱く腕の力が入る。
「エリ、ごめんね、私の方がお姉さんなのに、いろいろ考えさせちゃって」
そう言って両手を広げる。
「ほら、今の私はこんなに元気」
エリはナツメの胸の中で頷く。
「でしょー。だから、約束したじゃない、今度は一緒にエマを探すんだって」
エリはもう一度ナツメの胸の中で頷く。
「ほら、よしよししてあげよう、ほらよしよーし」
エリがクスっと笑い、びえーーーっとふざけた泣き真似をする。ナツメは改めてエリを抱きしめてから二人は自ずと腕を離す。ちらっと周りを見るとサヤカがいる、すっごいニコニコしている。エリは気づいていないようだ。黙っていよう、びっくりするから。
「よし。じゃあこれからもよろしくね」
ナツメが手を差し出し、エリが握り返す。
---
「あー、良かったねぇ。監査院からの指摘もなくて、公安の保護対象の誘拐未遂も大きな話にならなくてねぇ」
いろいろ情報量が多い数日間だったなぁと、どこかぼんやりした頭で署長の話を聞くユキとティオ。
「あのーそれでねぇ、もう知ってると思うんだけどぉ」
今更白々しく何を言うんだろうか、と言っても、あの案件しかないんやろうなぁ。
「雨宮雨さんなんだけどぉ、無事試験も受けたって言うことなんでぇ」
はぁ、やっぱりか。
「インターンシップってことで、高校卒業まで監査係で面倒見てくれるぅ、うーん。ごめんねぇ」
知ってる。この謝罪の意思のかけらもない、ごめんねぇは、この署長の断定の意思だ。
「はい、承知しました」
ユキは感情を殺した返事をする。
「うぅーん、ありがとうねぇ」
署長は笑顔で頷く。
「でもさぁ、大変じゃない?」
そらそうや、なんやと思ってんねん。
「だからぁ」
何?仕事減らしてくれるんか、せやったらええなぁ。
「葛城エリさんと、豊田サヤカさん、兼任で監査係に配属させるからぁ」
ん?なんだって?
「えっと、それは?なんですか?建仁ですか?」
声を上げたのはティオだった、建仁は和尚か和暦だよ、多分違う。
「普段の業務もあるけど、雨宮さんのサポートを業務としてお願いするからぁ」
笑顔でなんていうことを言うんだこの人は…
よろしくねぇ、と署長が言い終わる前に、扉が大きな音を立てて開いく。
驚いて振り返ったらそこには雨がいて、目が合うや否や。ぴょんぴょこ跳ねながら、満面の笑みでティオに抱きつく。
「雨宮雨ダヨー!これからよろしくねぇ⭐︎ーー!!!」
なんとまぁ、白々しいことで。
---
署長室で雨と昨日ぶりの感動?の再会を済ましたあと、監察官居室はすこし慌ただしい。また模様替えが必要になったのだ。
「兼任二人はまぁソファでええけど、雨の席が無いよなぁ」
と、ユキが呟き、ナツメがそうですねと答える。
ティオはというと、力仕事には手が貸せず、自席でモニターを眺めている。先日に事件に関する情報を防犯カメラで追っている。
やっぱり、学校内の様子がわからないから、誘拐の現場はわからない。まぁそれはもう仕方ない。あらゆる年代、属性の人が入り混じる学校で起こりうる話ということにする。
もちろんそれは無理がある話だとは思っているが、そんなことはどうでも良いと思える映像が今自分の目の前に映し出されている。
祭りの中、スリの二人が逃げている映像だ。鋭く走るユキといかにも不恰好な自分、こんなに不安定な走り方すればそれは、まぁ、最後みたいに転ぶよね。と恥ずかしくなる。
場面が切り替わりスリの二人が転がっていくシーンになる。絶望的に死角であり、転んだ手足が見切れてるだけ。
むー。と言いつつ、見れる画角を探す。
見れる画角、ホヤっと映った部分まで全部洗い出す。見切れA、見切れB、見切れC、商店の窓に反射する人たちから解析する。
潰れる画像も限界まで細分化し、画素のレベルから再構築する。伊達に元AIではないのだから。
自身の中で画像を練り上げ、再現CGを構築する。以前こんなこと出来ますってユキに言ったが、まぁ証拠能力が実証できんから難しいなぁでも、練習は、しといてもええかもしれん。という話だった。再現CGに戻る。
走る二人、雨、私達。
先頭が飛び出して曲がる、小さいノイズが、雨から飛んでいく。なんだこれ。まずそれを追う。丸があって、棒がついていて、特徴的な丸みと窪み、そしてヘタが付いている。?りんご?でも小さい。でもこの棒はなんだ?
ふと変な可能性に気づく、あ、あ、あ!え?あ?え?り、りんご飴?なんで、再現CGを巻き戻す、雨を確認する。何かを買っている。その店の屋号は、りんご飴。ノイズと重ねる。ピッタリだ。
ゾクゾクしてきた。これはAIでは味わえない。言葉ではそう表現するしかないのだが、それ以上の何かがある。ゾクゾクする。人間とは実に不思議だ。
CGを続ける、そのりんご飴はなんと、私にぶつかっている。あ?雨さん?なんで?
確かめるため、雨に照準を合わせてCGを動かす。雨が何かに気づいて、りんご飴を投げている。意味がわからない。
あ、CGを止め忘れた。映像が動く。スリたちが、にぶつかりそうになる。ここでもノイズ。激しいノイズ。なんだこれ?雨が人の動きをしていない、いや、人の動きだ。ナツメの回転蹴りやユキのあの乱闘をみてなければ、完全に認知不明な挙動。なんだこれ?すごく表現がおかしいが横になって回転して蹴っている。全く原理がわからない。もう怖い。
二人が重なるように倒れ、ノイズの中から見覚えのある雨が出てきて、ぴょんぴょこ跳ねる。無音声だが意識の中で大きくあの声が聞こえる。
「お!まっわりぃさぁん♪」
CGの再生を止める。これは出力に値しない、不正確なエラーだ。昨日の今日で多分いろいろ疲れているんだ。そう思う。そう思わざるを得ない。ありえない。人間とは、かくもこんなに難しい。
顔を上げる、まだお二人は何か話している。よし。あ、でも。体力を消費するから糖分が要る、だから尋常ならざる量の甜菜糖を珈琲に溶かす。仕方ない。さて出番はないと思いますが、言うしかない。それが私なのだから。
「あ、あのー。お役に立ちたいのですが」
三話 終わり




