◯監査院監査講評
「えー、それでは今回の警察署実地監査の講評を副長の柳田から行います」
結局予定通り、最終打合せもなく、午後一番から講評が、警察署の中会議室で始まっている。
ナツメは、監査院の監察官たちの顔つきは無表情、昨日勝ち誇った顔をした道明寺も、やり合う二人にたじろいだ若手の二人も無表情。監察官とはこうあるべきなのかという、自我を殺した顔をしている。
無表情の監査院側とは反対にこちら側は様々な面持ちでいる。会議室正面で監察官たちがこちらを向いて座り、こちら側は向かい合うように座る。それぞれの前に机が置いてあり、書類が山積みになっている。
「ねー、最終打合せなかったのぉ。大丈夫かなぁ」
などと言って講評前に今更狼狽える署長と、少し後悔の念が滲み出ている刑事部長。人事課長や物品管理担当した警察事務官など、面倒をこれから抱えるかもしれない人たちは不安と当惑が浮かんでいる。
本当に、これは誰のためになる話なのだろうか。不正経理、物品の盗難なら犯罪だし、汚職であれば尚のことだ。でも今回の争点は、エリートの卵をみんなで育てようっていうチャレンジに対する無粋な物言いでしかないように思える。
それって本当に、意味があるんだろうか。この日のこの瞬間のためにと言えば大袈裟だが、自分の仕事と職責をここに向けた意義について、ナツメに自問自答は止まらない。
道明寺に促されるまでもなく、柳田が席を立って話す。
「柳田でございます。本日を含め三日間、監査にご協力いただきありがとうございました」
軽く頭を下げる。柳田は立ったまま話始める。
「今回の監査の講評に入る前に少しだけお話しをさせていただければと思います」
うわぁ、少しじゃないやつだ。とナツメは思ってしまった。
「我々は嫌われものであるという自覚があります」
ほう、殊勝なことを言うじゃないの。
「ですが、我々だって誰かの役に立つと思い、この職を賭して対応にあたっています」
それはそうだ、そこで嫌われているから適当ですなんて言ったらもう、殴り合いだよ。
「我々はなんの点で役に立つのか、根本的な話は、不正経理、物品の盗難、汚職などになります。行政機関の警察であるべきだと、考えています」
一緒にするなと、思う人が大半だろう、自分も監査係になる前はそうだったから。
「極論を言えば、不正が簡単に見過ごされるようであるならば、国が滅びます。これを犯罪に置き換えれば、やはり皆様と近しいような気がしております」
柳田はこちら側の、なにが言いたいんだ。という雰囲気を察しているが、反応はしない。
「制度の主旨を踏まえ、守る。それが基本であります。どう言う理由があるにせよ制度から外れると言うことは、この国を守る根幹からのズレであります」
一拍の間を置く。
「我々はそのズレを指摘することで、間接的に皆の役に立つものであります」
そうきたか、まぁあんまり共感しきるところまではいかないかなぁ。
「ですが、ここ最近の法改正を受け、こうして現場まで出向き、皆様と皆様を直接監査しなければならなくなりました」
ん?少しネガティブな言い方になった。
「現場を知らないがこそ、原理原則に基づいて、その不正を正すのだ。という考え方であります。また、ただ後出しで監査するのではなく、現場に行ってなぜそうなるのか、制度の主旨と、その実態と、それを執行する側の理由を把握して不正が起こりうる前に監査をする、そういう動きがここ最近の流れです」
そうは言っても大体前半のところしかやってないから、監査を受ける側もする側もそこまでモチベーションあるわけないよねぇ。
「ただし、そのズレの原因がその制度そのものや、制度疲労である場合なら、その問題提起をするのも我々の仕事です」
出来るのだろうか、するのだろうか。
「逆も然りで、良き事例があったときにはそれを制度の修正に活かすアドバイスも我々の仕事だと思っています」
もう一度思うが、出来るのだろうか、するのだろうか。
「不肖ではございますが、我々だけでもそういうことを出来ればと、思って監査をさせていただきました」
ちらっと道明寺を見てみる。少しだけ顔を下げている。昨日の彼は完全に、現場を知らないがこそ、原理原則に基づいて、その不正を正す。そういう姿勢だったに違いない。皆がイメージする監察官とはそんなものだ。それは彼の職責であり、なんら問題はないとは思うが、確かにこの制度の主旨はそこではないだろう。柳田が言うような部分もあって然るべきだ。作った制度が完璧なわけがない。そう言うことだろう。
もう一度、柳田が頭を下げる。
「日々現場で創意工夫される皆様には敬意を表せざるを得ません。この監査が終わりましても、引き続きよろしくお願いします」
それでは改めて講評を、と柳田が口にした時だった。会議室の扉が大きな音を立てて開かれた、そこに立っているのは、白衣を着た女性だった。
「ヤァヤァ。すまないねぇ!講評は終わったと聞いたんだがぁ、まだみたいだったねぇ」
道明寺が立ち上がり、努めて冷静に何かを言おうとする。彼の顔には明らかに青筋が立っている。しかし、その男性は道明寺が喋る前に宣告した。
「私は公安の中村警視だ、本来は名乗らないので、もうここからは機密事項かつ公安の管轄になる、案件は言えないが、監査院監察官も同様だ」
いいね。と一言だけ言って、中村は人探す。全員がその気配に気圧され動けない。
「空蝉とぉ、葛城かなぁ、あと、豊田もかねぇ」
呼ばれた、ナツメ、エリ、サヤカがその場で立つ。中村は老眼鏡をずらす老人のような目つきでメガネのレンズの外から覗き込む。
「三人は、四条の応援に行くこと。署長以下は監査院監査の講評を引き続き、受けること」
いいね、署長?と中村が念押しする。署長は激しく頷き、慌ててナツメたちに命令する。
「えっと、監査係の三人は中村警視の指揮下入って、四条くんの応援に言ってくれるぅ」
三人は返事をして会議室を後にする。
「じゃあね、お邪魔したねぇ」
中村がそう言って、扉がバタンと閉まる。一瞬の静寂の後、道明寺が震えているが、柳田が落ち着いて座るように促す。そして、残った署長たちに向けて、ポツリと言った。
「やっぱり現場は大変ですねぇ」
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もうすでに現場は大乱闘だった。張り詰めた間合いの中で、命を削るような緊張感のある試合や手合わせなどではなく、理不尽な数の暴力とそれに抗う出鱈目な技の応酬だった。
「だから、護衛ってこうじゃないじゃないですよぉ」
ティオの腕の中には意識が切れてぐったりしている雨が抱かれている。
ティオからすれば結構遠く、ユキからすればそんなに遠くないところにあった廃工場の入口に、中村が評するコソ泥たちの車が置いてあり、さらに間抜けにも雨を車から降ろし、中へ運び入れるところだった。
「あぁ、あの前回突入したビルにいた人たちです!」
ティオが自身のメモリと雨を運んでいる男たちを照合し声を上げる。なんの因果か、相沢ナルセと優木ハルカを手籠にしたあの新興組織のメンバーだった。
「せやったら遠慮はいらんな」
廃工業のシャッターは大きく開いており、男が二人で雨を担いで中に入れている。取り巻きの数は分からない。
「ティオ、人の運び方はこの前やったな」
この前の休日にサヤカの話をしたことを思い出す。
低くしゃがみこみつつ身体をそらす。プロレス技のバックドロップでもしようかという傾け方。そして自分は相手が倒れるより早く足を出して、引きずってくる。要は、重量も使って引きずっていく。意識のない人間を運ぶのは困難だ、だからいま、彼らは男二人で、小さな女の子一人を担いでいる。
それを一人で担ぐのだ。
出来る出来ないの話ではないのだ。やるか、やらないかだ。
そしてやらないという選択肢は無い。
「はい」
小さく返事をする。
「雨を確保したら現在位置を連絡して応援を呼べ、応援が来るまで”私が“なんとかする」
女性のまま戦う気だ。ティオが気づいて何かを言う前に、言い終わるが否や、ユキが走り出す。
新興組織の男たちから見れば、若い女性がこっちに向かって二人走ってくるだけなので、人を運んでいるとは言え彼らは少し油断していた。まさかそのうちの一人がいきなり飛び蹴りなんかしてくるとは思ってもいなかった。
雨の足を抱えている男の側頭部にユキはドロップキックを見舞う。自分を棒にするのではなく、ポイントで合わせて足を伸ばす。左足はこめかみ、右足は顎を捉える。蹴られた男は当然吹き飛ばされるので雨の足が地面に落ち、上半身を支えている彼は前のめりに体勢を崩す。ドロップキックの反動を活かしたまま、空中で半回転し、変則的なローリングソバットでその前のめりになった男の顔面を蹴り抜く。
男が吹き飛んで、雨が地面に落ちる。雨の足。最初に蹴られた男。雨の上半身、次の男、そしてユキの順に着地する。着地と同時に一歩前へ出て、雨を背中に庇う形をとる。ティオがすぐ後ろに来て雨を担ぐ。
「警察や!誘拐の現行犯で逮捕したるわ!覚悟せぇ!」
これ以上ない宣戦布告。さっき見た瞬間より取り巻きの数が増えている。しかもほとんどがよく見るとこの国の人間じゃない。ざっと十人くらいか。
「さすが新興組織やな。話が通じひんヤツの多そうやな」
工場のシャッターが騒がしい音を立てて落ちる。ティオの背中がシャッターに当たる音がする。
間に合わんかったか。まぁええわ。
「ティオ!現在地を連絡しろ!」
ユキが叫び、ティオが無線に手をかける。それが開始の合図になった。
まず二人が、ユキを無視して両脇を走り抜けようとする。その後ろにはもう一人、これはユキをめがけて。
順番が逆やろ。
そう思う。まず右足を踏み出し、右親指で自分の胸骨を下からなぞる。当たるまでの間に拳を作る。無意識の型のにある挙動だったが、胸にあるもので自分の性別を再確認する。体重移動と自身のうねりを加えて裏拳を放つ。斜め上から振り下ろされるその拳は顎を確実に捉え脳を揺らす。
一人。
振り抜いた裏拳を腰まで落として、腰だめ、右足で地面を蹴って左足を伸ばし飛び込む。左足着地と同時に右の正拳を発射する。右足を跳ね上げ右半身全部を回して撃ち抜く。正拳は走り抜けようとする男の左目の下にぶち当たる。
二人。
振り抜いた右足の着地、察する気配だけで、敵の位置を知る、左後ろ。
近いなぁ、不用心やわ。
体重を右足いっぱいに乗せ、身体を倒す。左足を跳ね上げる。後ろ回し回転蹴りに近い。真下から跳ね上げられた足は、垂直に顎を捉える。左足の指の付け根、つま先立ちするところで顎の形を感じる。意外に細い。
三人。
三人目の転倒と、自身の左足着地を、同時とし、構える。
「いや、だから呆けてないで現在地だって。ほら」
元ポンコツAI人間を促す。ティオは我に帰り、現在地を連絡する。
あえて警察無線の音量を最大限にして、緊急配備が敷かれたことと、応援が来ることを聞かせてやる。
通じるかなぁ。あ。あかんかったか。
今度は三人、自分に向けて走ってくる。あれか、スリやひったくりのセットで行動してるんか?
まぁええわ。
どれだけ短距離でも全力で走ればズレる。真ん中、右、左の順になった。先頭の真ん中はまず躱わす。そうは言っても蹴りが撃てる範囲内。左にズレ、右足で鳩尾より下、腹筋を蹴る、効かすより押し退けることを目標にする。
くっそ、この身体が小さいでいまいちやったな。
真ん中の男が横に二歩ずれる程度。右の男とぶつかるが、狙った衝突は起こらなかった。
二歩あればね。なんとかなるわね。
右足を着地、左の男と正体する。簡単に取り押さえようと両腕を伸ばして飛んでくる。
舐められたもんやな。左足を内に捻り拳を下から突き上げ右脇腹に叩き込む。いわゆるレバー打ち。見立て通り細い身体で、拳が面で沈み込むのがわかる。
四人。
右回転、男二人に向きあう。蹴られた男の顔が近くにある。理屈ではなく感情、そういう意志の表れ。
間抜けですな。
右肘をたたんで、下から上。腕だけでなく上体も逸らし遠心力を足す。先ほどの彼と違って分厚い顎だが、肘先が捉える。芯で捉えた。力が通り抜ける感じがする。ちょっと気持ち良い。
五人。
顎を勝ちあげられた男の影の左側から、別の男が飛び出てくる。見えている方で助かった。振り上げた右手、そらした上体、フィクションの世界なら、ただ右手を振り下ろす裏拳で決まる。共通認識のようだ。飛び込む男は前傾姿勢。このままでは当たらない。当たっても効かない。
だから右肘を強く引く。上体を戻す。右旋回の左フック。縦拳で指の第二関節で、こめかみと目の間に入れる。
意外に硬いねん。この箇所はね。
顔がブレる視界が揺らぐ。つまり。顎が出る。右旋回で貯めた力を暴発させる。近距離の跳び膝蹴りが顎を撃つ。
六人。
着地までに周りを見回す。しっかりと目線を送り確認する。ティオ、雨、無事。
あと五人か、意外に少ないな。
「出鱈目だ」
誰かが言った、そう聞こえた。
「まぁそうやろな」
ユキは軽く構えて倒した男たちをかわして前に出る。たじろぐ人間は後ろに下がる。まだ向こうは五人はいるが場の空気が明らかに数の暴力から、出鱈目な技に飲まれている。
そうなると次の展開は簡単で、そう。銃が出てくる。
先頭の一人が銃を構える。拳銃を右手だけでまっすぐ腕を伸ばして。狙ってくる。
競技射撃やないんやから。
少し呆れるが、こけおどしにはそれなりに効果がある。
「ユキさん!?」
そう、こんな風にね。ティオが叫ぶ。銃を取り出したやつは今更ながらニヤつく。その手があったかと。ティオの方へ銃身を向ける。彼からみて少し左に、腕は当然伸ばしたまま。
そんなんだからあかんねん。
ユキはほんのちょっとだけ軽く跳ねてから走る。低く、とても低く。真っ直ぐではなくほんのちょっとだけ左に弧を描くように、少しだけ。
男は向けた銃を振り戻すが、外側に周りこまれた。間に合わない。とにかく撃つ。出鱈目が襲いかかってるくるという恐怖で、引き金を引く。当然当たらない。反動で腕が内側へ戻る。倒すために撃った銃が逆方向に戻ってくる。自分の意思とは関係なく。
怖い、怖い、怖い。
引き金を引けず固まるが、また気づく。これは天啓だ。銃床で殴ろうそうしよう。たまたま自分の頭にそれはある。振り下ろすだけだ。行け!
他人任せの振り下ろし、出鱈目に振り下ろされたそれは、ユキを捉える。
そんなわけはなかった、男が見た景色はユキの銀髪。捉えたと思ったのは肘より内側が“彼女“の肩に当たっただけ。
恐怖が焦燥に変わる。腕は外側に開いている。それ以上は曲がらないはずだが、これから起こることは馬鹿でもわかる。そこを軸に投げられる。
鈍い音がして銃が、人が、床に落ちる。
聞いたことがないが、明らかに人体に異常が起こった音がした。
しかしそんなのどこ吹く風。落ちた銃を拾い。ポツリという。
「銃刀法違反のおまけ付きか」
そして馴染みの喫茶店で珈琲を頼むような言い方で告げる。
「ティオ。これも連絡しといて〜」
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「で?何?結局応援も待たずに突っ込んで、大立ち回りしただけじゃないの」
馬鹿じゃないの?と、エリが言うがその言葉には全く棘はなく、むしろ優しい言い方だった。
「あと何?どっちがギャングかわかんないよ、ほんと」
エリたちが見たのは、全員を頭の後ろで手を組ませ、うつ伏せにして、それを見張る関西弁正論吐き美少女おじさんであった。
ナツメが雨を、エリがティオを助けて、サヤカが応援にきた制服警官と共に犯人たちをそれぞれ確保して、署に帰ることとなった。
「係長、中村警視から、雨は救急車ではなく、そのままティオと一緒に警察病院へ連れて来いと」
ナツメがそう報告する。
「面倒やなぁ」
大仰に芝居ががるあの中村の姿を思い出して少しげんなりする。




