◯雨宮雨さん
「呼ばれはしたものの、私服で来いってどういうことなんや、ほんまに」
誰も見ていないからとぶつくさ言いながら病院の廊下を私服で歩くユキとティオ。ユキは女性でブカブカでダボダボな男物をかろうじて着崩しているというギリギリの出立ち、対するティオはいつも通りの非地雷系陰キャパーカースタイルである。
「あぁー!!ユキさんだぁ!」
病院にはちっともにつかわしくない大きく元気な声がする。聞かなくてももうわかる。雨だった。
「ティオちゃんもだぁ。ありがとうね」
パタパタと走り寄ってティオに抱きつく。昨日の今日でずいぶんと距離が近いなぁと思うユキであった。
そして。なんでティオ初対面だと、みんなこう、ベタベタベタベタと触るのかしらね。あ、けっこう大胆に行くのね。
「わー、ほんとだぁ。人みたいー」
そうそうだって設定上はアンドロイドだからね、この子。ん?
「あれ?雨宮サン?」
「んー?何ー?すごいよねこれ!触感は人だヨォ。よくできてるねぇ〜」
これが人口物とはネェ。などと言いつつティオを抱きしめる。
「あ、あのー」
お?珍しくポンコツ元AIも気づいたようだね。
「私って自分がアンドロイドだって言いましたっけ?」
「......。」
はい、黙らない。スッゴイプルプルしてるけど、黙らないで、沈黙は肯定やんか?ねぇ。
非常に気まずい空気が三人の中に流れるが、別の声が聞こえた。聞き覚えがあるような無いような。
「ヤァヤァ、ご苦労だったねぇ。なんだどうした?ずいぶんと気まずいじゃあないかぁ」
そこに立っていたのはしばらく髪は切ってないんだろうなというくらい長い紫の髪を後ろで縛り、目にはクマがあるが、縁の無いメガネの奥にある眼光は鋭く、白衣をだらしくなく着た女性であった。ヤァヤァなんて明治時代の小説じゃないんだから。
「僕は主治医の中村だ。よろしく頼む」
よろしくとはいうが、頭も下げないし握手の手も出さない。対してユキは軽く会釈する。
「四条です。昨日はご協力ありがとうございました」
ティオも遅れて雨の頭を避けて会釈する。色々引っかかるところはあるが、まずはユキが順番に昨日の件についてお礼を言う。
「それは雨に言ってやってくれ。で?なんだ?雨。いつまでプルプルしているんだい?」
中村に呼ばれた雨はティオに抱きついたままプルプルしていたが、ゆっくりとこちらに振り返り、震えた声で話す。
「し、失言をしましたぁ…」
しかし中村は全く動じなかった。
「あぁ、そんなことか。良いんだよ、じゃあ部屋で話そう」
あっけらかんと言って、中村は踵を返して歩く。人の気配がしない病棟を少し歩いて端にある個室へと辿り着く。どうやらここが雨の部屋らしい。
「結果論的には失言じゃ無いからねぇ」
と、中村は意味ありげなこと言いつつ、通常なら四人部屋だろうと思われる大きな部屋に入る。ベットの他にテーブルと椅子、そして物々しい機械。病室というよりも。
「研究室やね」
ユキはそう感想を漏らす。
「そうだね。この子のための研究室だよ」
中村が椅子に座るように促しながら説明する。
「今日は来てくれてありがとうねぇ。署長から話は聞いているかい?」
「いや、昨日はただ雨を送って行けと、そして今日は何も」
「まーたか、彼はそういうところがあるからなぁ」
やれやれと言った感じで大袈裟に首を振る。確かに監査院がくる連絡も遅かったなとユキは思い返す。
「まずは直近のお願いでもしようかなぁ」
よっこらしょと、中村も椅子に座り、こちらの都合や感想などお構いなしで話を続ける。
「直近ってことは、その後もあるんですか?」
ユキが質問をするが、まぁそれは置いておいてと、はぐらかされ、逆に中村は身を乗り出して話をする。
「実は昨日の捕物でねぇ、ある集団の怒りを買ってしまったんだよねぇ」
まぁそうだろうと思ったが、反応したのはティオだった。
「え?雨さんは、たまたま近くに居ただけですよね?」
そう言って雨の方を見る、雨は激しく頷いてる。正直少しわざとらしい。
「要は護衛ですか?詰襟だと目立つから私服で」
細かい話を聞く前にユキが要点を先に聞く。ティオこのユキの一足飛びの理解にいつも苦労する。
「護衛?私たちで?どうしてですか?そもそも誰の怒りを買って?」
中村は大きく手を広げて言う、いちいち芝居がかって鬱陶しい。
「なぜ?ってそれは、彼女はただの通信制高校に通う女子高校生だからねぇ」
テストなんだよぉ。と中村は言う。ユキもティオも、意外な理由に思わず変な声が出る。
「て、テストぉ?」
中村は大きく頷く。そうテストだ。と。
「テストを無事に受けて貰いたいんだよぉ」
そこから中村による、雨こと、雨宮雨のついての説明が始まった。
「えー。雨宮雨、見てのとおり、えっと17歳だったかな?彼女は身寄りがないんだよ、さらに詳しくは言えないが、この身体のせいで退院もできない。身寄りがないことと身体症状の原因がねぇ、昔、事件に巻き込まれたということもあって、ここでなんとか融通を効かせてもらっているだけなんだよねぇ」
わかったかい?と中村の説明は一息つく。両肘をテーブルにのせ、手は顔の横、そこに頭が収まるように背中を丸める。そしてまた息を吸って話し出す。
「流石に高校を卒業したら、いくら病院といっても彼女を無償で治療できないからねぇ。だから簡単な話だよ、卒業して警官として働いてもらうんだよぉ。僕も医療系警察官だからねぇ。あ、そうだ。階級は警視だからね、係長は警部補だったよね?意味がわかるかナァ。あぁ、話がそれただからえーっと、彼女の治療もできる、彼女の症例は珍しくてねぇ、仕事でも医療でも社会貢献できる。それに収入もある。いい事づくめじゃないか」
ねぇ。とさらに首を下げて、中村は上目遣いでユキを覗き込む。
「でも困ったことにねぇ、彼女の容体は安定しないんだよぉ、ほんとは配属になるのは、王道の地域課なんだろうけどさ。不安定。なんだよぉ。じゃあ。どうなる。どこにする?」
中村はここでゆっくりと背中を伸ばしてからティオを見て、片手だけを彼女に向けて話す、ただし目線はユキに向けたままだ。
「変な噂を聞いたんだ。アンドロイドと称する女の子が突然現れて、その上司は美少女関西弁正論吐きおじさんだそうじゃないか。良いねぇ。意味がわからない。木を隠すなら森の中だよぉ。そうは思わないかぁ?」
戻した手でメガネを下げる。老眼鏡をずらすおじさんの所作そのものであるが、若い女性である中村との乖離が著しい。
「いや、全く森やないし」
真面目に聞いているようには思えないような返事をするユキ。しかし構わず中村は続ける。
「このテスト終わったら、もう卒業は目前なんだ。単位はこれで足りる、就職先もある。だからもう落第はない。でもさぁ、試験を受けられなければ、落第。落第っていうわけにはいかないもんなぁ。留年高校生はもう、色々手に負えないもんなぁ。警察官自体を護衛にしたいけどさぁ、署長さんはやだぁって言うからさぁ」
ティオは地域課の彼の言葉をふと思い出してしまった。
組織でなんかやる時、『それ、誰がやるんですか?』ってやつは大体四条のとこ行くもんな。
なお。今回はそうじゃないと、後でナツメに教えてもらった。人というのは難しい。
中村は背中を丸めて、より歳をとったような所作をして話をする。中村の動きが目に入りティオは雑念から戻ってくる。
「公権力をカサにねぇ、護衛なんて目立つしねぇ。お祭りはまだ明日まであるって言うのにねぇ。どうにもなんないからさぁ」
中村はそこで止まる。その続きはユキが言えと言わんばかりに。ユキは小さくため息をついてから、目線だけをティオの方に送ってから、いつものトーンで答える。
「ちょうど内勤の監査係で非番の二人がたまたま居ると、それはまぁ都合が良いですね」
中村の顔がパァっと明るくなる。
「そうなんだよ、物分かりが良くて助かる」
そう言って椅子を蹴飛ばさん勢いで立ち上がって、パソコンのモニターを立ち上がる。
「ふんふん、バイタルの調子もよさそうだ。雨、良かったなぁ。今日の夜のテスト。間に合いそうだねぇ。あと明日の午前中もだったよねぇ?」
さっきの失言とやらの焦りはどこへやら、中村の話に飽きて頬杖をついていた雨が中村を流し見る。
「そうですよ、中村先生」
あ、一応こんなんでも先生って呼ぶんやね。ユキはどうでも良い感想を持った。
「でも、先生。ティオちゃんは多分護衛向いてないよ。昨日の捕物の時は転んでただけだし」
恥ずかしい出来事を引き合いに出されたティオは、むー!と抗議の鳴き声を上げるだけだった。
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「ですから、その物品の使用管理責任の権限の移譲はどこでされていたんですか?」
「だからぁ、それは慣例的なところでやっているのでいわゆる運用でやっています、新人の異動も流動的なので事前に書面で手続きをしているわけじゃないんですよ」
「じゃあ、その物品管理の制度や管理権限の説明はいつするんですか?」
「それは必要に応じて随時やるしかないでしょう、新人が覚えることは他にありますし、実際の管理や使用の際に合わせてやるべきで、事前に全部やっても二度手間ですって」
「だったら制度の主旨を理解しないまま、権限移譲されずに物品に手を出すのですか?」
「いや、だからそうじゃなくて、それは最低限の超えちゃいけないラインですから、わかってますって!」
警察署内、中会議室で、監察官道明寺と刑事部庶務担当の彼が激しく言い合っている。
想定通りではあるけどちょっと激しいよね。と思いつつナツメは状況を見ている。想定通りだが、柳田ではなくて道明寺の方が強く言ってくるのは想定外だった。それは監査院側もそのようで、監査官補の山崎、事務官の加藤たちの方が固唾を飲んで見守っている状況だ。
「わかってる。と、おっしゃいますが、現に物品の亡失があるわけですよ」
「それは認識していますが、管理権限の話でなくて、犯罪組織とこちら刑事部のやり合いの中の話であってですね、監査官の指摘する問題とは別次元の話じゃないですか」
規則に基づき大上段から正論だけを言うその姿勢に現場が辟易するという典型的な状況になり始めている。あーあ、このやり取りって誰の役に立つんだろう。やり合う二人の喧騒が遠くに聞こえるナツメは、話に割って入るタイミングを探す。ここで刑事部の彼が冷静にならないなら、一旦引き上げだ。
「ですから!今回の反省を踏まえて、新人が孤立しないように、制度としてフォローできるように考えるという話であってですね、カウンセラーの配属も増えましたから」
現場なりに考える話をするしかないんだ。そう言う話を彼がし出した。これで何がどうなるかという話ではないかもしれないが、せっかく警察学校首席のエリートをみんなで育てる機会があるんだ、それを一回のミスでオシャカにされるのは勿体無い。ナツメは彼を見る。彼は声こそ大きいが感情に支配されているわけではなさそうだ。さすが刑事部。
そもそも、この制度の成果は彼なのだから。彼は今頃なら本部勤めのエリートだが、現場が好きで残った。彼がこの制度の一番の成功例なのだ。だから彼は諦めない。ただそれを判断するのは、副長の柳田さんだ。彼はどう出るのだろう。ナツメは視線を向ける。
柳田は、肩肘張るほどではないが、姿勢を正して二人の話を聞いていた。そして自身の腕時計を確認して、声をかける。
「少し、早いですが」
大きな声ではなかったが、言い合う二人は一瞬で黙り、柳田の方を見る。柳田はゆっくりと話し始める。
「やはり物品管理において、規則との乖離が見られますね。緩くしすぎではないか?そもそも警察学校上がりの新人をどこまで信用するか。そう言う裁量の話になってしまいますね」
道明寺の論調に近く、道明寺は少しだけ勝ち誇った顔をする。そんな道明寺には目も向けず柳田が続ける。
「制度の意義を考えれば、とは言いますが、それが拡大解釈を招く場合があります。我々官職がね、個人の裁量を持って良いものではないのですよ」
さらに止めと言わんばかりの発言をする。会議室を静寂が包み、少し間が空いたが、柳田が続ける。
「先に述べた発言は個人的な意見です、今回の監査院監査の正式な判断は、明日の講評でご判断頂ければと存じます」
それでは、時間ですので。と言って柳田たちは帰り支度を始め、監査官補の山崎がナツメを呼び、翌日の日程について相談するため別室へと移動した。
ナツメが戻った時には、中会議室には、片付けをするエリとサヤカしかいなかった。
「彼は大丈夫だった?」
刑事部の彼について確認する。サヤカは首をふる。
「出動がかかったみたいで、すぐにいなくなりました」




