◯後始末と簡単な打合せ
「あのねぇ、まさかねぇ、監査院監査も初日が終わっただけで、まだ何にも始まってないのに」
ここで一息。
「あなたたちは、もう、なんでこう早くも、面倒を持ってくるよ。馬鹿じゃないの?」
他にやることあったんじゃないの?と半ば呆れ顔でエリが話す。ユキとティオは黙ってエリの言葉を聞いている。確かに非番で良かったはずなのに、街に繰り出して捕物をやってきた。大人しくしてろという指示や計画とは大違いだった。
エリの言う通り監査については初日が終わり、柳田たちは引き上げていって、当初の予定通り、監察官居室で今日の出来事を共有して明日に備えるはずだった。
「ナツメさんの負担とかあるでしょ?」
ねぇ。と続けて言うエリに対して返事をしたのは、“面倒”と評された雨だった。
「良いじゃん、別にねぇ~」
その言葉に対して、ピシャリとエリが刺す。
「アンタが言う話じゃないよ、何言ってんのよ」
しかし雨にはあまり効果がないようで、
「うっちーって目が綺麗だよねぇ、お人形さんみたい」
などと言いつつナツメに絡んでいる。受けるナツメも不快感はないようだ。
「雨さんもルビーみたいな瞳で綺麗ですよ」
などと呑気に話している。
今は刑事部による、取り押さえた二人のひったくり犯についての取調べが続いている。彼らも女子高校生に蹴られて転けたなどと格好悪いことも言えず、自分たちはただ転んだことにして、素直に取調べを受けているようだ。ただ、やはりひったくりやスリ自体には小慣れたようだったので余罪の追求で時間がかかっているようだ。さらにこの取調べが終わったら、目撃者とされている雨、立会人のユキとティオからもそれぞれ事情を聞いて調書をまとめ、彼らを勾留することになる。それらが終わったら、やっと雨を家に送る予定となっている。
「何が、親御さんも心配するから送っていってくれるぅ、よ。ねぇ?サヤカ?」
あまりにも似てない署長の物言いを真似ながらエリがサヤカに呼びかける。
「仕方ないんじゃないですか、命令ですし、祭りと監査で人手が足りてないでしょうし」
「そ、そうですよ。困ってる人を助けたんですから、何も問題ないはずです」
サヤカの応対に合わせてティオも食い下がる。彼女は転んで汚れた詰襟から、いつものパーカーに着替えている。
そーだ、そーだ。と雨も便乗する。
だからアンタは関係ないでしょ、大人しくしてなさいよ。とエリは雨に言う。
「公権力の横暴だぁ。助けてぇ、おじさぁん」
と、雨はユキに寄っていく。そう。ユキは今おじさんに戻っているのだ。
雨がユキたちを呼んだ後に突然前触れもなく、ユキがおじさんになっていて、初めておじさんの変身を見る雨だけが混乱して目をパチクリさせていた。
「あれ?お姉さん?あれ?おじさん?あれ?え?おじ?おね?あれ?あれ??あれぇ???」
などと騒ぎながら瞬きをするたびにユキがおじさんになったり、少女になったりする。
「ユキさん!戻ってますよ!良かったですね!」
さらに間の悪いことにティオが喜んだ勢い余って、そんなことを言うものだから、このおじさんは一体なんなんだと、興味を持った雨が監察官居室に居座ることになってしまったのだった。最初は追い出そうとするエリだったが、ユキが制した。
「見せたらあかんやつはしまってあるし、この子が帰るまでは何にも出来へんのは変わらんし、別にええやろ」
廊下で黙って待っていろと言っても、勝手に部屋に入ってきそうな雨に対してずいぶんと甘い対応だった。
「で?良いの?あんまり遅くなったら本当に親御さん心配するじゃないの?」
と、言うか迎えに来ないの?とエリが訊ねる。
「えーっとねぇ、秘密。まだ言って良いって言われてないから」
小悪魔的素振りで雨が返事をする。
「は?」
「まぁまぁ、送ってもらえばわかるから」
ねー。おじさん。とユキに甘える雨であった。
それからしばらくして、雨の聴取、ユキとティオの報告をまとめ、捕まった彼らの勾留手続きが進み、雨は開放となり、当然のように雨はユキとティオを送り手として指名する。
そして、その出発前に、空蝉ナツメと名乗った瞬間にうっちー呼びされているナツメが雨に訊ねる。
「雨ちゃん、もう遅いけど、本当に門限とか大丈夫なの?」
「大丈夫。大丈夫〜。心配しないで」
それじゃねバイバ~イ。と、上機嫌のままそそくさと監察官居室を後にする。ユキとティオが慌てて追いかける。
バタバタと出ていった後に、扉が自力でバタンと閉まる。エリ、ナツメ、サヤカ。残された三人はそれぞれに目を合わせて軽くため息をつく。
ただそれは、自分たちへのものではなく、おそらく面倒を抱えることになるおじさんに向けられたものだろう。
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「帰るとき、これからもよろしくお願いしま~す。って言ってましたね」
雨を送り届けたあとの車中でティオは、雨が去り際に言ったセリフを繰り返す。
「まぁ、監査係やないやろ。警察官になりたいとか、なったやつは、普通は地域課やし」
悲観的でもなんでもなく、通常のセオリーに乗せて考えるなら、普通は地域課だろう。配属の王道。卒業したら警察官になって配属される。多分それだけの話。
「でも、私たちは明日も病院に呼ばれていますよね?私たちに関係するんじゃないんですか?」
このポンコツはユキがあえて無視している事実に触れて来る。そう。明日の昼過ぎに来るようにと、少し偉そうな看護師に言われたのだ。しかも、雨を送った先は、警察病院だったのだ。警察病院、もう一般の大きな病院と区別がつかないが、なんだかんだ警察関係の融通は効く場所だ。
ユキがため息混じりに話しかける。
「ティオちゃん」
「はい、なんでしょう?」
助手席に座ったティオは生真面目にユキを見る。
「おじさんだって少しは現実逃避したいのよ」
「はぁ」
ユキのよくわからない発言に思わずため息が出るティオ。
「はぁ、じゃないよ。雨の話はもう明日の話であって、もう、それはそれ。そん時に考える。せやけど、そもそものもう一個。別の明日の話をせなあかんやろ?」
彼なりの不思議な切り替え方だということ理解するより、もう一個という単語で気づく。
そうですね。今度こそお役に立ちます!と意気込むティオ。
「そうです!監査院の話ですよね。結局今日はどうだったんでしょうか?」
スタミナもまだあるようで、もうすぐ深夜になるという時間だが、まだやる気のようだ。このポンコツ元AI、朝が弱いから、タイプとしては夜型なのだろうか。
「戻ってからのつもりやったけど、運転しながらでも話するか。時間もったないし」
「はい、わかりました」
そう言ってティオは、ナツメ達に連絡をする。
「係長から連絡ね」
監察官居室で律儀に待機していたナツメの電話が鳴り、発信者を確認して皆を呼ぶ。
「あぁ、ティオ。ありがとう。モニターに繋ぐね」
通話を始めてから、そう言ってナツメは通話をモニターに飛ばして、車の中の二人を映し出す。
「お疲れ様やね、雨の件はまぁ明日も我々でやるから、監査院の方の話しよか」
車を運転するユキは当たり前だが、モニターに目を向けずに話している。反対にティオはじっとモニターをみている。明日もということは何か完全に面倒を引いたのだろう。ちらっとエリを見る、エリも同じところ引っかかっているようだ。二人して苦笑する。
「どうだったんですか!?」
そんなことよりといった感じで、少しというかずいぶんと前のめりにティオが報告を求める。彼女の中ではついに役に立つ時が来たということだろう。
「順番に報告しますね。最初は雨ちゃんがいた時に言った通り初日ということで何もありませんでした。ですが、副長の柳田さんは、やっぱり予定通り、予定を変更して明日も来るそうです」
(やっぱり予定通り、予定を変更する。)
ティオの目が点になり首を傾げる。その顔を見て思わずサヤカが笑ってフォローする。
「ティオさん、大丈夫です、ティオさんのリアクションは正しいと思います」
面白いですよね。と、言いつつサヤカが補足する。
「明日の監査は道明寺監察官と柳田副長で刑事部の物品管理の件を監査することになりました」
そして次のセリフを笑いそうになりながら言う。
「これも、やっぱり予定通りの予定変更です」
言い切ってから、ティオにごめんなさいと謝る。それはそうなのだ、予定が予定通り変更されるなら、当初の予定は予定じゃないのだから、真面目な話なのになんだかふざけているようで少し面白かった。ただ謝られた本人はというと、なんだか理解できない顔をしたまま固まっていた。そして少しの間が空いて通信不良かなと思うくらい画面が硬直したあと、ティオが合点がいった顔をして大きな声で言う。
「監査院の行動が皆さんの予想通りだった、ということですね!」
ナツメは嬉しそうに答える。
「正解。そう言うこと」
正解と言われたことに対して、小さくガッツポーズするティオ。それを優しく横目に見ながらユキが話し出す。
「せやったらナツメの手筈どおりで大丈夫そうやね、刑事部の彼は明日大丈夫なんか?あとサヤカも関係してるやろ?」
呼ばれたサヤカはいそいそと書類をめくり、タブレットを操作する。サヤカの担当は監査官補の山崎と事務官の加藤だった、彼らが監査すべき対象は明日の午前中で終わる予定だ。
「こちらも予定通り順調です、午後からは、希望すれば署内の見学なども考えています、そうなると私ではなく、エリさんにエスコートをお願いする形になります」
サヤカが答えてエリがうなづきつつ補足する。
「刑事部の彼はよっぽどのことがない限り対応きるわよ」
車が暗がりに入ってしまい、ユキの表情が見えないが満足そうだ。そして明るくなったと思ったら、また女性になっている。
「あんた、ほんと脈絡ないわね」
エリが無感情に言う。
「うるさいわ」
イントネーションは関西弁のそれでその声に嫌味はない。何事もなかったかのようにユキは首にかかる髪を片手で後ろに払う。
「戻れるの?」
さっきは無感情だったくせに、今度は心配そうにエリが言う。ユキは気楽そうにピースのサインで返す。
「大丈夫よ、多分戻るわ」
「あぁ、そう」
と、また無感情にエリが言う。
「帰ってから話しようと思ったらけど、全部予定通りやね、じゃあ今日はおしまいにして、また明日頑張りましょう」
エリの無感情さなどどこ吹く風でユキが打合せの終わりを告げ、ティオ以外の三人がはい、と返事をする。ティオは少しキョトンとした顔をしたが、何かを察したらしく無表情になる。
少し間が空いて、じゃあ帰るわ。とエリが言って席を立ち帰り支度を始める。それに続いてサヤカが席を立つ。二人が席を立ったのでティオが無表情で通話を切る。
「ナツメさんは?」
帰り支度を済ませたエリが扉の前でふりかえって声をかける。ナツメはまだ帰り支度をしていない。
「二人を待ってるからね」
「律儀ですね」
待つと聞いて、少し心配そうな顔をするエリ、サヤカが訝しんで覗きこむが、その顔は一瞬だった。物音を確認してエリが顔をを上げる。
「階段を登ってくる音がしますよ、二人でしょうね。じゃあ私はこれで」
エリは笑顔を作り、そう言って手を振る。ナツメも手を振り返して言う。
「じゃあね、お疲れ様」
扉が閉まる直前にエリの声が廊下からこだまする。
「なによぉ!またおじさんになってるじゃない?もう、なんなのよ!」
苦笑混じりの顔そのままに、ユキが監察官居室に入ってくる。ユキの後ろに控えるティオはなんだか少し所在なさげで通話を切った時の無表情のままだった。その顔を見てナツメは改めて待ってて正解だったと、少しだけ話そう考えた。エリにもバレちゃってるね、まぁ良いんだけど。
「ティオ」
ティオに歩みよって優しく呼びかける。呼ばれたティオは少し驚いたような顔をしている。
「なんでしょうか」
その声は少し元気がないようだった。
「大丈夫よ。今日は何にもしてない。役に立ってないって思ってるでしょ?」
ティオは返事をせずに、拗ねたような顔をする。
「色々あったけど、今は私たちにとって、あなたはいることで役に立ってるから、大丈夫だよ」
二回目の大丈夫は自分に言い聞かせる意味もあったのだろうか、少し語気が強いように見えた。ナツメの言葉の意図に気づきユキもティオに話しかける。
「せやせや、捕物の時は役に立ったんやし」
「そうよ、大丈夫。また明日もあるし、仕事がないからって悲しい顔するのはまだ早いよ」
あと終わったら稽古よ、稽古。三日も空いたら鈍っちゃう(なまっちゃう)よ。と笑顔で励ます。
ティオは少しバツの悪そうに言う。
「あ、あの、私、そんな心配されるような顔をしていたんですね」
ナツメとユキは目を合わす。そして笑う。
「係長、ティオをアンドロイドって言い張るの無理じゃないですか?」
ユキは野暮ったく頭を掻いて答える。
「いやー、そうやけど、なぁ、その無理は通さなあかんねん」
なんでよ。なんでですか。とユキ以外の二人は声に出さずにそう思い、お互いを見る。そしてどうやら、同じことを考えていたようだと気づき笑い合う。
「やっぱりティオは笑ってないと、明日のよろしくね」
そうナツメが言ってこの日は本当にお開きとなった。




