5.共に
"冒険者は格好いいし、尊敬されるし、稼ぎも良い。"
"ここでお前は何をしてるんだ?"
酒場からの帰り道、仲間と親方が言った言葉が、依然として私の脳裏から離れずにいた。
建築作業員は堅実であり、社会への貢献によって対価を得る仕事だ。
冒険者は投機的であり、混乱や隙間に乗じて金を稼ぐ職業である。
建築作業員になったのは正しい選択だと、私は思っている。しかし……。
酒場は賑やかな商業地区にあった。商人たちが大きな声で威勢よく客を呼び込んでいる。
「新鮮な果物だよ!」
「焼き豚串はどうだい!」
「彼女へのちょっとしたプレゼントにどうぞ!」
ゴーレムを倒して皆を守ったということで、親方が私に特別手当をくれた。
ローズ様に何か贈り物でも買うべきだろうか。
ふと、香気が漂ってきた。私は足を止め、ショーウィンドウの中に石鹸や香水といった香りの商品が並んでいるのを見た。
精油の入ったボディローションやハンドクリームも販売されている。
価格を見て――高い! 到底手が出るものではない! 実のところ、箱のデザインを見ただけで察しはついていたが。エグモには、これほどまでの商品を購入できる客層が存在するというのか。
私は歩みを再開した。
本屋の看板が目に入った。
ローズ様は本を好まれる。この前一緒に古本屋へ行き、何冊か選んだ時は喜んでおられた。
古本か……。この本屋で売っているのは、新品だけだ。
工事が一時休止になったため、明日は仕事がない。明日、またローズ様と古本屋へ出かけることにしよう。
歩き続ける。
完全武装した冒険者のパーティーが私の前を横切った。私はわずかに足を止めざるを得なかった。
武器防具店か。
彼らは店から出てきたところだった。その嬉しそうな様子から察するに、自分に馴染む良い相棒を手に入れたのだろう。
剣士と思しき男が、愛おしそうに手中の剣を見つめていたため、危うく私にぶつかりそうになり、慌てて謝罪してきた。
「構いません。いい剣ですね」
「ああ、そうなんだ!」
剣士は晴れやかな笑顔を私に向けた。
私も剣士だ、その気持ちは分かる。
……いや、私は建築作業員だ。
◇◇◇
私とローズ様が同居している小さな空間へと戻った。
「ただいま戻りました――」
「ユーリ――酒の匂いがするぞ! 酒を飲んだのか?」
「親方の奢りでしたので、断るわけにはいきませんでした」
「親方は厳格だから酒を飲んだら現場に入れないと、汝が言っておったではないか」
「少々、事情がありまして……」
私は鞄を置き、上着を脱ぎながら、ローズ様に今日起きた出来事を説明した。
「ゴーレムを掘り出したというのか? 建築作業員とは、それほどまでに危険な職業なのか?」
「いえ、このようなことは滅多にないはずです」
「だから、汝はそんなに楽しそうな顔をしておるのじゃな?」
ローズ様は人差し指で私の頬をつつき、目を細めて笑われた。
「楽しそう、ですか?」
「顔に出ておるぞ。ゴーレムと戦い、身体を動かせて、楽しかったのであろう?」
「身体なら、普段からずっと動かしているんです」建築作業員は重労働なのだ。
「違うのじゃ」
これ以上否定するのはよそう、と思った。ローズ様の仰る通りだと感じたからだ。
「……確かに、楽しかったです」
人々を助けたから楽しいわけではない。仲間を守ったことも嬉しいが、ただ剣を振るえただけで、私は喜びを感じていた。
「であろう、であろう――」
自分の報告を終え、次はローズ様の番だ。
「ローズ様は、今日はどのように過ごされましたか?」
「わらわは今日、洗濯をして、台所の悪い虫を追い払って、それからマリーのレシピ通りにジャガイモのスープを作ったぞ!」
ローズ様は腰に手を当て、誇らしげに仰った。
家事は私がすべて引き受けたいと思っているのだが、建築作業員は重労働であり、本当に余力が残っていなかった。ローズ様の強い勧めもあり、お言葉に甘えるしかなかったのだ。
私がもっと稼いで、使用人を雇えるほどになれば……。
「わらわは今日、ジャガイモを買いに行く道中でな、給仕の女を募集しておる店を見つけたのじゃ。わらわ、受けてみようと思う」
私は即座に反応した。
「いけません! ああいった場所は、環境が複雑すぎるのです」
今日酒を飲んだ店にも給仕の女はいた。彼女たちは仕事中、客の絡みを振り払うのに苦労していた。
「わらわは、己の身を護る力を持っておる」
証明するかのように、ローズ様は手をかざし、小さな火球を作り出された。
「ああいう場面は、そういった力で解決できるものではありません」
もし客が怪我をすれば、たとえ客の方に非があったとしても、給仕の側が責められないとは限らない。
「だが、女ができる仕事は、本当に少ないのじゃよ。わらわも稼ぎたいのじゃ」
ローズ様は口を尖らせた。
中等階級以上の女性が外へ働きに出ることはない。彼女たちの仕事は、夫の財産を管理するということだ。貴族の令嬢ともなれば、そもそも家族の庇護下から離れることなどあり得ない。
しかし、ローズ様は身寄りもなく、私しかおらぬのだ。
私の無能ゆえに……。
「ならば、マリーに仕事を紹介してもらおうか? ハンクの方から紹介される仕事であれば、汝も納得できるであろう?」
私は答えなかった。何と言えばいいのか分からなかったのだ。胸の奥に何かが詰まっているようで、言葉を出すことができなかった。
「汝、酒場でもう食べたか? スープを飲むか?」ローズ様は唐突に話題を変えた。
「食べました。まだお腹は空いていません」
「では、水か?」
「……はい」
私は居間の椅子に腰を下ろした。ローズ様は台所へ駆け込んだ。そして、一杯の水を持って戻って来た。
「ほら、水じゃ」
「ありがとうございます」
ローズ様から水を受け取った瞬間、私はローズ様の指の関節に、一筋の鮮紅を見た。
私はローズ様の手を掴み、細かく観察した。
「ユーリ?」
あかぎれであった。
私は先ほど街で見かけた、精油入りのハンドクリームを思い出した。
とても買えない価格。
私の手に握られたローズ様の手は、きめ細かく、柔らかい。しかし、このままでは遠からず荒れてしまうのではないだろうか。
灰色の麻布の服を着ていても、ローズ様は光り輝くように美しい。しかし、私以外の人間は、ローズ様が艶やかな絹を身に付けていないだけで、彼女を侮るだろう。
酒のせいであろうか。目頭が熱くなり、涙が溢れそうになった。
自分がひどく無能な、失敗者のように思えた。騎士としても、兄としても。
私は一体、何をしているのだ。
今は体面を気にしている場合か。ローズ様のためならば、そのような無意味な自尊心など、とうに捨て去るべきだったのだ。
私は目尻を拭い、それから両手でローズ様の手をすくった。
星空のようなローズ様の瞳を見つめる。
「ローズ様、私は冒険者ギルドに加入し、冒険者になろうと思います」
再び騎士の誓いを立てるように、ローズ様へ、そして自分自身へとこう告げた。
「私は、ローズ様のために剣を振るいたいです」
ローズ様は私を真っ直ぐに見つめられた。私は一瞬、そのような卑劣な仕事に就くのを禁じられるかと思った。
「わらわも共に行く。冒険者になるのじゃ」
「えっ?」
ローズ様は、私の手を握り返された。
「わらわは魔法使いじゃ。冒険者にはうってつけではないか。火球は客にぶつけるものではないが、スライムにならぶつけてもよかろう?」
「しかし――」
「わらわたちは、命を共有しておるのじゃ!」
ローズ様は、かつてハンクさんに仰った言葉を私に繰り返された。
「汝はわらわのために剣を振るい、わらわは汝のために火球を投じる! 二人で共に冒険するのじゃ!」
ローズ様には私しかおらず、私にもローズ様しかいない。
私たちには、お互いがいるのだ。
私は、一人で抱え込むべきではなかったのだ。
「分かりました。ローズ様、共に冒険をしましょう」
「やったぞ!」
ローズ様は手を放し、跳びはねられた。本当に嬉しそうな様子である。
もしかすると、私が剣を手にゴーレムと戦うことに高揚するのと同じように、ローズ様もまた魔法を使うことを好む方なのだろうか。
「ならば、まず。今日から、ユーリ。汝はわらわと共に寝室で、同じベッドで眠るのじゃ!」
えっ?
ローズ様は人差し指を振り、断固とした意志を強調された。
「冒険の旅路では選んでなどいられぬであろう? 仲間同士、一つの天幕に身を寄せるのじゃぞ。ゆえに、もう居間で眠ることは許さぬ。一緒に眠ることに慣れておくのじゃ!」
「いえ――それは――」
「わらわが聞きたいのは『はい、ローズ様!』という返事だけじゃ!」
「はい、ですが――」
「『ですが』は禁止じゃ!」
眠れないのではないかと思ったが、結果としてよく眠ることができた。この日から、私が悪夢を見ることはなくなった。




