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第2節(第5教場 14:55~16:15):第2限目 講義名:「災害救急医学・戦傷外傷管理特論」&「AGBバイオハザード・感染管理法規」

14:55、第2限目の開始を告げるチャイムが冷たく鳴り響いた。

1限目の終わりにガンドウ教官から受けた容赦ない叱責のトラウマがあり、第A班の訓練生たちは今度こそはと、極度の疲労と震える体を必死に起こして「起立・礼」の号令に合わせようとする。1限目よりはわずかにマシになったものの、睡眠不足と空腹でフラフラの生徒たちは動きが揃わず、礼のタイミングもバラバラになってしまった。

 その瞬間、教室に入ってきた「災害救急医学・戦傷外傷管理特論」および「AGBバイオハザード・感染管理法規」の担当であるトドロキ教官(等々力 雄大 とどろき ゆうだい)が、冷徹な目で教壇を鋭く一瞥し、教壇の縁を激しく叩いて怒号を飛ばした。

「なんだその弛み切った態度は! 1限目でガンドウ教官から言い渡された今夜のペナルティー(夕食全カットと夜通しの機材分解検閲)ですでに頭がいっぱいか? それとも、まだ罰が足りないのか! 貴様らにとって命の現場とはその程度の覚悟か! もう一度やり直せ!」

 トドロキ教官の冷酷な叱責に、生徒たちの心臓が凍りつく。すでに夕食と睡眠を奪われることが決まっている絶望感の中で、「これ以上罰を増やされてたまるか」という恐怖が全員の背筋を駆け巡った。

「――もう一度行くぞ。起立!」

号令と共に、訓練生たちは痛む体を無理やり引き剥がすように立ち上がる。

「「「……っ、礼!」」」

「声が小さいッ!! そんなんじゃ過酷な現場で生き延びられんぞ! やり直し!」

「はいっ……!」

「「……礼!!」」

「まだ揃わん! 気合いを入れろ!」

「「「――礼!!」」」

 何度かのやり直しと容赦ない怒号の末、ようやく全員の声とタイミングが揃ったところで、トドロキ教官は

「……それでよろしい。着席」

と吐き捨てるように許可を出した。

 青ざめた顔で席につき、冷や汗を拭う暇もないまま第2限目の授業がスタートする。

壁面の巨大ホログラムディスプレイには、BSL-4(最高危険度病原体)隔離地域における空気・接触感染の防御メカニズム、エアロゾル化された致死性ウイルスの複雑な分子構造、そして戦野での限られた医療資材におけるバイタル維持の戦術論が青白く映し出された。

 睡眠不足と飢餓状態で脳が焼き切れている訓練生たちにとって、それはもはや何が何だかさっぱりわからない禍々しい光の奔流でしかない。しかし、「ここで気を抜けば、またあの地獄のペナルティーが跳ね上がる」という強迫観念から、誰もが自分の太ももを爪で強く引っ掻くなどして必死に正気を保とうとしていた。

 先ほどの100回複唱の罰を終えて自席に戻されていたシムラも、全身の疲労と筋肉痛に耐えながら、血走った目でホログラムディスプレイを見つめている。周囲からは「お前のせいで……」という凍りついた非難の視線が突き刺さり、一瞬たりとも気を抜けない極限のプレッシャーが教室を支配していた。

 その張り詰めた空気の中、トドロキ教官は冷徹な視線を教室内へ巡らせ、目の前のホログラムディスプレイをバシッと叩いた。

「全員、手元のタブレット端末を見ろ。……これより、BSL-4隔離区画における緊急エアロゾル流出事故を想定した、端末によるシミュレーション演算テストを行う。制限時間は60秒。汚染区域のハッチを全自動で二重ロックしつつ、負圧維持バルブの開放値を手動補正するコードを入力しろ。――開始!」

 教官の号令と同時に、第A班の訓練生たちは血走った目でタブレット端末の操作盤にかじりついた。睡眠不足と空腹で脳の処理能力が限界を迎えている中、誰もが指先を震わせ、自分の身に降りかかる罰を避けるために必死でコードを打ち込んでいく。

 しかし、その極限状態の中で、生徒番号17番・コンドウだけが致命的な遅れをとっていた。

なぜ、他の者たちがかろうじて追いついている中、コンドウだけが入力遅延を起こしてしまったのか。

コンドウは直前の1限目、ガンドウ教官からの激しい叱責とプレッシャーのあまり極度のパニックに陥り、頭が真っ白になって休憩時間すら呼吸を整えることすらできずにいた。心拍数は異常に跳ね上がり、冷や汗が指先を濡らしたことで、ホログラムのタッチセンサーが彼の入力ミスを連続して検知。セキュリティロックがかかったタブレット端末は警告の赤く点滅を繰り返し、コンドウの思考を完全にフリーズさせてしまったのだ。

「そこまでっ!!」

トドロキ教官の冷酷な声が、教場の空気を断ち切った。

教官は足音を立ててコンドウのデスクの脇に歩み寄り、その画面をひとめ見てから、顔色を青ざめさせたコンドウを睨みつけた。

それを見逃さなかったトドロキ教官の怒号が、再び教室の空気を引き裂いた。

「おい、17番コンドウ! 貴様、何を見ている! そのコンマ数秒の遅れで、隔離区画全体がウイルスに汚染され、何百人もの人間が死に至るんだぞ!!」

「ち,違うんです……! 焦ってしまって、指が……!」

「言い訳無用ッ!」

トドロキ教官の鋭い一喝が、コンドウの弁解を完全にねじ伏せた。

「いやだっ! もう一度だけ、もう一度だけチャンスを……! これ以上ペナルティーが加わったら、僕の体はもたないんです……! お願いします、教官、見逃してください……ッ!」

しかし、トドロキ教官は冷酷に鼻を鳴らすだけで、コンドウの必死の懇願を一切聞き入れなかった。

「甘ったれるな。現実の現場には『もう一度』の慈悲など存在せん。退場しろ」

「は、離してくださいっ! いやだ、まだ――!」

 コンドウの悲痛な叫びも虚しく、トドロキ教官は容赦なくその腕を掴むと、教室の扉へと力任せに引きずっていった。ガタガタと激しく音を立てて引き立てられていくコンドウの姿が、冷たい廊下へと押し出されていく。バタン、と無慈悲に閉ざされた扉の音が、教場内の静寂に重く響いた。

その凄惨な光景を目の当たりにし、シムラは冷たい汗を背中に流し続けたまま、自分のデスクに爪が食い込むほど拳を握り締めていた。

(……次は、自分かもしれない……)

 教室を支配するのは、仲間への同情などではない。連帯責任の恐怖と、「自分も一歩間違えばあのように放り出される」という、逃れられない絶望感だった。他の訓練生たちも誰一人として口を開かず、ただ恐怖に震えながら、再び青白く光るディスプレイへと視線を戻すのであった。

 教室内からコンドウの姿が消え去った後、トドロキ教官は冷え切った目で残された生徒たちを見渡し、低く脅すような声で言い放った。

「ガンドウ教官から言い渡された今夜のペナルティーに加え、これ以上コンドウのような失態をやらかす者がいれば、貴様ら全員の罰をさらに倍増させる。次は自分たちが痛い目に遭うことになるぞ。肝に銘じておけ!――返事はどうした!」

「は、はいっ……!」

「声が小さいぞ!!」

「「「はいっ!!!」」」

「……よろしい。では授業を続ける」

 その後も、何が書いてあるのか到底理解できない難解なウイルス管理法規や戦野医療のデータが延々と流れ続け、残りの2限目も地獄のような時間が続いた。しかし、先ほどのコンドウの凄惨な退場劇という生々しいトラウマを刻まれた訓練生たちは、極度の疲労と目眩に襲われながらも、二度と隙を見せないよう必死に気を引き締め、教官の一挙手一投足に全神経を集中させ続けた。

 そして16:15――終了のチャイムが鳴り響いた瞬間、訓練生たちは今度こそ一糸乱れぬ動きで立ち上がり、完璧なタイミングで「起立・礼」を奇跡的に一回で成功させた。トドロキ教官が無言で教室を退出していった後も、誰もが張り詰めた糸が切れたようにその場に崩れそうになりながら、重苦しい沈黙の中で第2限目の終わりを迎えるのだった。


挿絵(By みてみん)

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