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第1節(第4教場 13:30~14:45):第1限目 講義名:「高度生体医工学・極限生命維持論」&「化学物質・危険物・爆発物安全工学(IED対応基礎)」

午後の部が始まる13時30分。窓の外を見れば、峰々に囲まれた敷地内にはまだ分厚い残雪が吹き溜まり、容赦ない山風が外壁を叩きつける中、窓ガラスはキンキンに凍てつくほどの氷点下に迫っていた。

13:30から17:30までの4時間、この時間帯は90分ごとに3つの時限に分かれており、原則として一般教養および専門座学にあてられることになっている。第A班の訓練生たちは、その過酷な午後の座学を乗り切るため、第4教場と呼ばれる無機質な教室に収容されていた。

 その教室は、装飾や私物の持ち込みが一切排除された徹底的な管理空間だった。床には無機質なコンクリート打ちっぱなしの床が広がり、壁は冷たい鉄板と防音材が剥き出しのままビス止めされている。採光のための窓は極限まで小さく設計され、外の景色を遮るようにくすんだ網入りガラスが嵌め込まれているだけであった。教壇の黒板すら存在せず、ただ冷たい青白い光を放つ巨大なホログラムディスプレイが壁面に固定されているのみである。窓際に整然と並ぶ金属製の硬質なデスクとパイプ椅子だけが、規則正しく並べられていた。

建物内の暖房設備は最小限の機能しか維持されておらず、教室には鉛のように重い空気が満ちている。その冷え切った空間で、睡眠時間わずか3、4時間という極限状態を耐え抜く第A班の生徒たちは、すり減った脳を必死に叩き起こして着席していた。

 隣の席の訓練生は、血走った目をこすりながら冷えた指先でペンを握り締め、別の者は極度の疲労から白目を剥きそうになりながらも、首を必死に支えて前を向いていた。誰もが「次の教練までに少しでも知識を叩き込まなければ生き残れない」という強迫観念に囚われ、教室全体がピリピリとした神経質な緊張に包まれていた。

教壇の前には、「高度生体医工学・極限生命維持論」および「化学物質・危険物・爆発物安全工学(IED対応基礎)」の担当であるガンドウ教官(癌堂 利宗 がんどう としむね)が、黒い軍靴で冷徹な足音を響かせて立っていた。

黒板の代わりにある巨大なホログラムディスプレイには、本日の2大テーマにふさわしい、一般人には呪文にしか見えない難解な数値やデータが青白く浮かび上がっている。

 そこには、極限環境下における多重生体代謝モデルの非線形偏微分方程式、呼吸商の変化にともなう血中ガス分圧の動的フィードバック制御マトリクス、人工心肺(VAD)のインペラ回転数制御におけるカオス理論的パラメータエラーのシミュレーション値に加え、致死性の化学プラント有害物質の特性分析データや、不発弾・IED(即席爆発装置)の複雑な起爆回路と信管分解における危険限界値が、途方もない情報量でめまぐるしく点滅していた。

ガンドウ教官は教室の通路をゆっくりと歩きながら、容赦なく講義を進めていく。

「――いいか、この非線形動的バイパス制御の方程式やIEDの起爆回路解析を、直感ではなく数理と物理法則として完全に理解せよ。極低温環境下における組織の酸素需要量は一定ではない。外気温が下がるほど、末梢血管の収縮と血液粘性の増加によって、ポンプ駆動の負荷係数は指数関数的に跳ね上がる。同時に、化学災害現場やテロのIED処理において、配線のインピーダンス変動や有害物質の特性分析をコンマ数秒でも誤れば、二次爆発か患者の脳死が瞬時に確定する。お前たちは、その不確実性をゼロにするためにここにいるのだ」

淡々と、しかし圧倒的な圧力を伴うガンドウ教官の講説が教室の空気をさらに凍りつかせていく。その足音が、第A班の前方の席で意識の混濁と戦っている一人の訓練生の前でピタリと止まった。

午前中の過酷な教練と極度の睡眠不足で、生徒番号42番・シムラは、瞼が重く垂れ下がり、硬質なデスクに突っ伏しかけていた。

 ガンドウ教官はその様子を冷徹な目で一瞥すると、教壇の縁を片手で叩き、教室の天井を撃ち抜くような低い声で言い放った。

「生徒番号42番、シムラ。起きろ。寝言を言っている暇はないぞ!」

名指しされたシムラが、ビクリと肩を跳ねさせて上半身を無理やり起こす。血走った瞳が恐怖に揺れ、冷や汗が頬を伝い落ちる。周囲の第A班の仲間たちも、ピリついた視線を一瞬だけシムラの背中に向け、再び恐怖に満ちた面持ちで前へと視線を戻した。

「問う。……今解説したホログラム第3項に示す極低温環境下の心拍出量低下モデルにおいて、外気温マイナス30度、通信途絶、主系バッテリーの急激なインピーダンス上昇が同時発生したとする。このとき、予備系VADの流量が毎分1.8リットルまで低下した際の、瞬時ミトコンドリアATP産生量低下を補償するための微分方程式の解を、小数点第2位まで即座に導き出せ。答えろ」

シムラの頭の中で、文字通り思考が焼き切れるような音がした。 極度の疲労でディスプレイの数式が視界の中でぐにゃりと歪み、口からはまともな言葉すら出てこない。

「……あ、えっと……その、微分係数の……値を……」

言葉に詰まった瞬間、ガンドウ教官の逆鱗に触れた猛烈な怒号が教室中に轟いた。

「なにをモタモタしているっ!!」

ガンドウ教官が手元の電子バインダーをデスクに激しく叩きつける。その凄まじい爆音が、うとうとしていた他の第A班の訓練生たちの意識をも無理やり引き剥がした。

「貴様、頭の回路まで凍りついたか! 南極の雪原でも、この凍てつく信州の山中でも、現場でその数秒の沈黙、その一歩の遅れがあれば、患者の命が吹き飛んだり、不発弾処理のミスで教場ごと吹き飛ぶんだよ! 目の前の負傷者を自分の無能で殺す気か!」

「き、教官……! もう一度だけ……!」

「言い訳無用ッ!!」

ガンドウ教官の冷徹な一喝が、シムラの弁解を完全に踏み潰す。

「生徒番号42番の不手際により、第A班の教室にいる全員に言い渡す! 規律の緩み、および仲間を制御できなかった連帯責任として、本日の夕食は全カット、および今夜の就寝時間は完全になしとする。今夜から朝の起床時間まで、夜通しの機材分解・組み立て検閲ペナルティーだ! 文句はあるまい!」

周囲の訓練生たちは、規律の絶対遵守と「救済禁止ルール」により言葉を発することは一切許されない。しかし、シムラに向かわせる横顔や視線の殺気は、「私たちの睡眠と食事が奪われた」という凍りついた憎悪と非難を雄弁に物語っていた。誰一人として助け舟を出す者はおらず、冷酷な連帯責任の重圧だけが教室の空気を重く支配していく。

「……授業を続ける。生徒番号42番、立ったままホログラムの数式モジュールを100回複唱しろ。他の者も耳の穴をかっぽじって聞き逃すな」

ガンドウ教官の冷徹な指示が飛ぶと同時に、シムラは震える両足で無理やり自身のデスクの横に立ち上がった。視界が白くチカチカと明滅し、酸欠のように胸が締め付けられるが、足を揺らして倒れることすら許されない。

「……極低温下……心拍出量低下モデル……多重生体代謝……微分方程式の解……」

掠れた声で必死に数式を複唱し続けるシムラの背中に、教室全体の凍りついた憎悪の視線が突き刺さる。誰の救いもない、終わりの見えない午後の座学が容赦なく進んでいくのだった。


挿絵(By みてみん)

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