第4節:第三教場【実火・爆発教場】炎と黒煙の中での生命維持(10:30~12:30)
地下通路から地上へと続く重厚な鉄扉をくぐり抜け、特設シミュレーター棟の入口へと這うように辿り着いたシムラたちの足取りは、すでに限界を迎えていた。全身を包む純白のAGBバイオハザードメンテナンススーツは、先ほどの教場でのペナルティによる熱負荷を引きずり、内部はすでに呼吸すら困難な熱気のオーブンと化している。
タイマーの電子音が冷酷に響き渡る中、わずかに定刻に間に合わなかった数名の学生が崩れ落ちるように膝をついた。
「そこまでだ。時間切れを確認」
スーツ管理主任のガモウが冷徹な手つきでタブレット端末を叩き、無機質な声音で宣告する。
「約束通りだ。遅延した者たちの不手際により、ここにいる全員のスーツに強制的なサーマル負荷、および冷却機能の段階的低下エラーを追加する。――起動完了だ」
「嘘だろ……! なんで俺たちまで……!」
スズキが絶望に満ちた声を漏らし、他の同期生からも悲鳴に近い動揺が走った。しかし、ガモウは冷ややかに一瞥しただけで取り合わない。
「連帯責任に文句があるなら、時間管理もできなかった仲間に吐け。一歩も遅れるなと言ったはずだ」
その瞬間、シムラのスーツ内部の温度計が跳ね上がり、背中の冷却ファンから乾いた異音とともに熱風が吹き付けた。皮膚が内側から焼き裂けような激痛が走り、視界が白濁する。
その極限の苦悶の中、入口の前にそびえ立つように、黄色の高耐熱指導用スーツを纏った教官陣が立ちはだかった。先頭に立つのは黒崎教官、そしてその傍らには、実火・爆発教場を司るスペシャリスト――厳格な鬼教官、ヒガシヤマ教官の姿があった。
ヒガシヤマ教官が低く、地底から響くような重圧のある声を放つ。
「これから第三教場、実火爆発教場を開始する! ここは甘えも逃げも許されない死の領域だ。一歩間違えば、炭灰すら残らず蒸発する! 命を捨てる覚悟はあるかッ!」
「は、はいっ……!」
疲労と酸欠で掠れた学生たちの返事に、黒崎とヒガシヤマの怒号が同時に爆発した。
「声が小さい! 貴様らの命はその程度か! もう一度だ、聞こえん!」
「はいっ!!」
全身の関節を震わせ、肺の残りかすを絞り出すような絶叫を返すと、重い足音とともに、コンクリートと鉄骨むき出しの巨大な閉鎖空間――「大規模地下コンビナート・化学プラント実火災シミュレーター室」へと強制的に押し込まれた。ここは、無数の配管が走り、可燃性ガスが充満するプラント施設で同時多発的に大規模火災が発生した極限環境を忠実に再現した死の迷宮である。
室内はすでに、制御された可燃ガスによる猛火が轟音を上げて燃え盛り、視界のすべてが重く濁った黒煙に覆われていた。耐熱限界すれすれの熱気が容赦なくスーツの装甲を舐め回す。
上部に設置されたガラス張りの安全区画――「火災・環境制御室」から、ヒガシヤマ教官の声が、環境適応型の高出力室内スピーカーを通じて現場全体に叩きつけられた。
『聞こえているか、ウジ虫ども! ここから先は一瞬の判断ミスが生死を分ける。貴様らのスーツに備わったトランシーバー機能を最大感度に設定しろ。命が惜しければ、私の指示と通信音を聞き逃すな!』
シムラは歯を食いしばり、内蔵マイクを叩いて仲間のステータスを確認した。
「シムラからスズキ、サトウ! 応答しろ、生存しているか!」
『こちらスズキ……! クソっ、熱すぎて計器が見えねえ……だが、まだ動ける!』
『サトウだ……! 足が……足が焼き付く……!』
通信越しに同期たちの荒い呼吸音と悲鳴が入り交じる。その頭上では、激しい爆発の衝撃によって灼熱の鉄骨やコンクリート片が轟音とともに崩落してきた。避け損ねればスーツの装甲が砕け散る死の危険の中、シムラは仲間をかばいながら前進を続けた。
『甘いぞ! そこは高濃度ガスが滞留している死地だ! シムラ、スズキ、直ちに右側の配管ルートへ迂回しろ!』
ヒガシヤマ教官がスピーカー越しに容赦ない指示を飛ばす。視界はゼロ、熱で皮膚感覚すら麻痺しかける中、シムラたちは目の前で激しく爆発や激しい炎が噴き上がる中、恐怖心を麻痺させる訓練として消火器や鎮火剤を撃ち込み、懸命に消火活動を展開した。
さらに、濃煙と高温の地獄絵図の中で、倒れたダミー人形(負傷者)に対する救出活動と並行し、人工心肺装置のバルブ交換や回路調整という極限下の精密作業を同時に完遂させなければならない。
『ぐあ……っ!』
悲鳴を上げたのは、スズキの数メートル隣で作業をしていた同期のタカハシだった。二重の熱地獄とバックドラフトの恐怖、そして頭上の崩落によるパニックに精神の糸が切れたのだ。タカハシは過呼吸と熱中症でその場に崩れ落ち、痙攣しながら動かなくなった。
その周囲でも、過酷な熱負荷とパニックに耐え切れず、数名の学生が次々と熱中症や過呼吸で意識を失い、黄色いスーツの教官たちによって即座に引きずり出されて現場から強制排除されていった。
スピーカーからヒガシヤマ教官の冷酷な宣告が響き渡る。
『そこまでだ! 48番・タカハシ、貴様は失格だ! 命が惜しければ這いずってでも外へ帰れ! 二度とこの教場に戻るな、クズめ!』
冷ややかな敗北の烙印を押された脱落者たちが次々と排除されていく中、前方の密閉されたバルブ室から異様な気配が立ち込めた。酸欠状態の区画に突如として酸素が流れ込み、空気が唸りを上げる。
『待て! その扉を開けるな、バックドラフトが起きるぞ! 窒息死か爆発死か、自分で選べッ!』
ヒガシヤマの絶叫と同時に、黒崎教官の怒号が重なる。
「動くな! 姿勢を低くしろッ!」
衝撃に備えてシムラが地面に伏せた瞬間、目の前の空間が爆発的な炎に包まれ、強烈な熱風がシムラのスーツの表面を焼き焦がした。酸欠と高熱で、シムラの脳裏にもブラックアウトの暗闇が迫る。
(ここで倒れたら、俺も……!)
意識が遠のきかける中、トランシーバーの向こうでスズキが必死に叫ぶ声が聞こえた。
『シムラ! 死ぬな! 立て、まだ終わってねぇ……!』
仲間の必死の声、そして頭上のコントロール室から響く教官たちの容赦ない罵声が、シムラの理動の縁を引き戻す。シムラはブルッと全身を震わせ、焼き付くような肺に熱い空気を無理やり押し込み、血走った目で再び立ち上がった。限界の境界線上で、シムラは歯をくいしばり、恐怖をねじ伏せるように前へと踏みとどまった。
生徒たちの決死の消火・救出活動と、教官陣の冷徹な誘導の末、制限時間終了間際に主要な発火源の鎮火が確認され、プラント内の大火災はどうにか鎮火に至った。
教場に終了のブザーが鳴り響いたのも束の間、12:30からの昼休憩へ向けた地獄のプロトコルが容赦なく開始される。前節および今節での遅刻や訓練中の不手際に対する連帯責任として、ただで昼飯にありつけるなどという甘えは一切許されていなかった。
「動け! 災害現場からの帰還における迅速な脱衣と二次汚染防止のプロトコルを怠れば、現実の現場では全員が二度死ぬのだ。脱衣の順序を違えれば即座に追加ペナルティだ!」
ガモウの冷酷な怒号が響き渡る中、疲労困憊で痙攣する手を押さえながら、学生たちが一斉にスーツの脱衣作業にかかった。しかし、極度の疲労と手の震えから、焦るあまり手順を間違えたり、固着した緊急ロックを外せずに手間取ったりする学生が続出する。
「ぐっ……くそ、外れねえ……ッ!」
サトウが泣きそうな声を上げながらヘルメットのジョイントを無理やり引っ張ると、すぐさま上部のコントロール室からヒガシヤマ教官のスピーカー怒号が叩きつけられた。
『おい、52番・サトウ! 汚染区域からの離脱手順で力任せの解除などあり得ん! そのままでは周囲を二次汚染の毒牙に掛ける気か! 首をはねられたいのか、愚図が!』
「ひっ……申し訳ありませんッ!」
サトウが青ざめながら正しい手順に切り替える横で、スズキもまた焦りから足元のブーツジョイントに手こずっていた。
「くそっ、なんでだ……! 時間がねえッ!」
「スズキ、落ち着け! ロックのピンを先に押し込めッ!」
シムラが自分の装甲を剥ぎ取りながら声を飛ばすが、黒崎教官が黄色の高耐熱スーツのまま足音高く歩み寄り、スズキの背中を容赦なく蹴り飛ばした。
「私語をしている暇があるか、シムラ! 貴様もその遅さでは一緒に連帯責任の地獄行きだぞ! その遅さは死を意味するッ、手をもっと動かせ!」
「はっ、はいっ……!」
黒崎の怒号と、ガモウの冷徹なタイマーカウントダウンが容赦なく浴びせられ、パニックを起こした生徒たちがさらに混乱の渦に巻き込まれていく。
制限時間内に完璧にスーツを脱ぎ、指定された紺色の作業着制服へ完全に着替え終わった者だけが辛うじて食堂への入場を許されたが、わずかでも遅れをとった者や不手際のあった者たちは、食欲や休息すらも訓練の統制下に置かれ、冷え切った栄養剤入りの不味い流動食を制限時間内に数口かき込むだけの「罰食」へと追いやられるのだった。




