第5節:面接試験
2日後の朝9時。
実技試験を突破したシムラをはじめとする32名の生き残りは、いよいよ最終関門である第3次面接試験に挑むため、本部地下1階の広大な廊下広場に集結していた。
地下の空気は冷たく重い。窓など一切存在しないその空間は、防音性と耐久性を極限まで高めた無機質なコンクリート打ちっぱなしの壁面で覆われていた。天井を見上げれば、露出した無数の太い高圧配管や換気ダクトが蠢くように走り、等間隔に配置された長い蛍光灯が、青白い鋭い光をフロアに照射している。 中央の広々としたコンクリート廊下を挟んで両側には、分厚い防音鋼鉄扉を備えた幾つもの「応接室(面接室)」が整然と並んでいた。
32名の学生たちは、A班からD班まで班ごとに一糸乱れぬ所作で直立整列していた。 その列の両脇と後方には、クロサキ教官、トドロキ教官、ライメイ教官、シンカイ教官の4名が配置されている。彼らは微動だにせず、私語や姿勢の乱れ、僅かな集中力の欠如すら見逃さない鬼のような冷徹な眼光で学生たちを監視していた。
キーーーーーン――。
朝9時を告げる重々しいチャイムの音が地下広場に響き渡ると同時に、奥の気密扉が開いた。 足音を揃えて歩み出てきたのは、本選考試験の頂点に立つ幹部陣であった。
全試験の最高責任者であるサイジョウ総試験監督を筆頭に、ミズシマ室長、タカギ部長、サクマ部隊長、そして進行を担うクロサキ教官。 だが、その並びの中に一人だけ――開式時にはいなかった圧倒的な異彩を放つ男が立っていた。
6名の幹部が整列した32名の学生の正面に到着し、横一列に並んだ。整列した32名の学生たちは制服の帽子を正しく着用し、微動だにせず幹部陣を見据えている。 サイジョウ総試験監督が冷酷な視線を投げかけ、低く重厚な声で切り出した。
「……おはよう」
「「「おはようございます!!」」」
32名の声が完璧に一致し、地鳴りのような咆哮となって地下広場のコンクリート壁に反響した。広場での礼式に則り、被帽のまま一目見たら忘れえぬ一糸乱れぬ姿勢で交わされたその挨拶。一度の打擲で完全に揃うその声こそが、彼らがくぐり抜けてきた3年間の淘汰の証拠であった。
サイジョウ総試験監督が静かに口を開く。
「第2次実技試験の突破、見事であった。お前たちは肉体と生体医工学手技の限界を完全に証明してみせた。だが、この第3次最終面接試験で見極めるのは、技術ではない。お前たちの『倫理』であり、『魂の適性』だ。IALRTの現場は日本国内にとどまらず、地球上のあらゆる危険域に及ぶ。極限状態において、冷徹かつ人間的な正しい決断を下せるかどうか、最後にお前たちの内面を解剖させてもらう」
続いて、その隣に立つ初対面の男が一歩前へ出た。数々の修羅場を乗り越えてきた者だけが纏う恐ろしいほどの覇気が、学生たちの皮膚を突いた。
「俺がIALRT日本管轄最高責任者のタツガミだ。……開式には立ち会えなかったが、200人の候補者からこの地獄を生き残り、ここまで辿り着いたお前たちの面構え、実に見事だ。卒業後に配置される現場は、日本のみならず世界中の災害地帯、バイオハザード汚染域、極限環境となる。世界中の現場を知り尽くした我々の前で、一生をこの部隊に捧げる覚悟があるのかどうか、俺自らの目で見極めさせてもらう」
次に、ミズシマ室長が落ち着いた知的なトーンで語りかけた。
「実技試験の突破、本当にお見事でした。ですが、ここからが組織としての最終評価となります。皆さんが配属された先で、予期せぬ倫理的困窮や多重事故に遭遇した際、どのような思想で命を選択し、責任を背負うのか。皆さんの内面と危機対応における倫理観を丁寧に見させていただきます」
タカギ部長が、手元の端末から視線を上げて言った。
「君たちが提出した筆記データ、および実技でのエラーリカバリーログは完璧だった。データとロジックにおいては申し分ない。だが、実際の現場で求められるのは、数値化できない土壇場での『決断力』と『生存意志』だ。それをこの面接で確認させてもらう」
サクマ部隊長が、鬼のような威圧感を放ちながら言い放った。
「あの地獄の着用試験とトラブルシューティングを耐え抜いたこと自体は認めてやる。だが、面接だからと口先だけの甘い覚悟で挑めば、その場で俺が叩き潰す。最後まで気を緩めるな」
最後に、クロサキ教官が一歩前に出て、手元のバインダーを開きながら厳格な口調で全体に通告した。
「面接の形式について説明する! 面接官はサイジョウ総試験監督、タツガミ日本管轄最高責任者、ミズシマ室長、タカギ部長、サクマ部隊長の5名だ。この5名に対し、学生1名による個室面接を行う! 呼ばれた者は直ちに指定された応接室へ移動し、面接に臨め。待機中の私語、姿勢の乱れ、居眠り、不正行為は理由を問わず即刻失格・退学処分とする! ……わかったか!」
「「「はい!!」」」
32名の咆哮が再び一斉に地下広場を揺らした。
幹部5名がそれぞれの応接室へ足を進め、重厚な鋼鉄扉の向こうへと姿を消す。 広場に残されたクロサキ教官をはじめとする4名の教官陣が、鋭い眼光でパイプ椅子の学生たちを取り囲むように巡回を始めた。
「それでは、これから面接を始める。第A班、学生番号20番、スガノ・ノリアキ!」
クロサキ教官の鋭い呼び出しの声が響き、A班のスガノが立ち上がって応接室へと入っていく。 1人あたり約30分。終わって戻ってきた者も私語や姿勢崩しを一切禁じられ、石のごとく微動だにせず座り続ける過酷な待機。それでも誰一人脱落者を出すことなく、彼らは完璧な規律を保ち続けた。
そして――ついにその時が訪れた。
「第A班、学生番号42番、シムラ・レン!」
「はい!!」
シムラは寸分の無駄もない動作で立ち上がると、コンクリート通路を進み、鋼鉄扉の前へと到達した。 プロフェッショナルとしての節度を保ち、トントン、と正確に2回のノック。
室内からの「どうぞ」に応じ、「失礼します」と低く安定した発声で重い扉を開けた。
室内は広場と同様、窓のない無機質なコンクリート空間。等間隔の蛍光灯が冷たく照らし、長机の向こうには評価端末を開いたサイジョウ総試験監督を中心に、タツガミ日本管轄最高責任者、ミズシマ室長、タカギ部長、サクマ部隊長の5名が並んでいた。
対峙するパイプ椅子の横へ到達したシムラに対し、ミズシマ室長が静かに問いかける。
「所属班と学生番号、お名前をお願いします」
ここからが、室内礼式における厳格な所作であった。 シムラは制服の帽子に両手を伸ばすと、隙のない手際で静かに脱帽。手に帽子を保持したまま、規定の角度で深々と頭を下げた。
「第A班、学生番号42番、シムラ・レンです。本日はよろしくお願いいたします!」
無機質なコンクリート壁に、1年次の頃のおどおどとした気負いなど微塵もない、腹底から響くクリアで硬質な発声を響かせる。お辞儀を終えて体を起こすと、再び無駄のない流れるような動作で着帽した。
「それでは、お掛けください」
ミズシマ室長が穏やかに、しかしいっさいの隙を許さない眼光で促した。
「失礼します」
シムラは再び短く綺麗な礼を挟み、パイプ椅子へと深く着席した。背筋を垂直に伸ばし、両手を太ももの上へ置く。1年次の頃とは一線を画す、鉄のごとき厳格さと静かな覚悟が全身に宿っていた。
タツガミ日本管轄最高責任者が凄みのある眼光でシムラを静かに射抜くと、低く腹に響く声で宣告を開始した。
「これから、シムラ・レンの面接を始める。……改めて言うが、本面接において一切の不正行為、救済措置は禁止とする。動作、礼儀作法、立ち振る舞い、姿勢のすべてを厳格な審査対象とする」
息をのむような静寂の中、タツガミ日本管轄最高責任者の言葉がコンクリートの壁に重く浸透していく。
「これまでの第1次筆記、第2次実技試験では、お前たちの高度な知識と手技技術を見てきた。だが、この最終面接で総評して見極めるのは――お前の『人間の本性』であり、『極限状態での倫理観』だ。……つまり、候補者のわずかな挙動や言葉の裏から『命を預けるに足る人間かどうか』を判別する」
タツガミ日本管轄最高責任者はわずかに身体を乗り出し、言葉に威圧感を乗せた。
「試されるのは知識や技術だけではない。挨拶、時間厳守、報告・連絡・相談、復唱、守秘義務、自らの失敗を隠さず開示する姿勢、他人の指摘を真摯に受け入れる能力まで、すべてを厳しく精査する。なぜなら、これからお前たちが足を踏み入れるIALRTの世界では、社会人としての小さな綻びや油断が、そのまま現場での致命的な生命事故へと直結するからだ」
一瞬の間を置き、タツガミ日本管轄最高責任者の眼光がさらに鋭さを増す。
「今後の質問において、『過去に隠しごとをした経験はあるか』、『自分のミスを他人のせいにしたことはないか』といった、お前の誠実さを問うやり取りも行う。そこに少しでも自己保身のための言い訳やごまかしが見えた瞬間、即座に不合格判定を下す。……わかったか」
「承知いたしました」
シムラは動じることなく、冷徹かつハッキリとしたトーンで短く復唱した。 1年次の頃のような気負いや動揺は微塵もなく、サイジョウ総試験監督、タツガミ日本管轄最高責任者、ミズシマ室長、タカギ部長、サクマ部隊長の5人の最高幹部からの凄まじいプレッシャーを正面から受け止めながら、静かに己の呼吸と姿勢をコントロールしている。
そのやり取りのすべてが、極限まで研ぎ澄まされた厳格さと冷静さに包まれていた。
「……では、これより質疑応答に入る」
タカギ部長が静かに手元の端末を開いた。コンクリート壁に囲まれた無機質な面接室に、密室特有の重苦しい静寂が満ちる。
「まず、私から問いかける」
ミズシマ室長が、知的な眼鏡の奥の瞳でシムラを静かに見据えた。その声音は極めて穏やかでありながら、寸分の隙も許さない鋭利さを秘めていた。
「シムラ候補生。あなたがなぜ、この過酷を極めるIALRTを志したのか。その原点と動機をお聞かせください」
シムラは両手を太ももの上に置いたまま、一切の揺らぎがない直立不動の着席姿勢を崩さず、ハッキリとした腹話のトーンで口を開いた。
「はい。私が本部隊を志した原点と動機についてお答えいたします」
復唱はミリ単位で正確であった。シムラは落ち着いた眼光を真っ直ぐミズシマ室長へと向ける。
「中学生の頃、北アルプスで山岳猟師の父が突然の雪崩と落石事故に巻き込まれ、重傷を負う絶望的な状況を経験いたしました。その際、無線を通じた遠隔指示と、現場へ駆けつけたIALRTの圧倒的な技術と手技によって父の命が繋ぎ止められました。自然の猛威の前で無力だった私は、命を救い出すプロフェッショナル達の背中に強く胸を打たれました」
息をのむような静寂の中、シムラの声が冷たいコンクリート壁に浸透していく。
「その経験を単なる幼少期の憧れで終わらせないため、高校時代は山岳部でサバイバル能力と心肺機能を鍛え、ロボット研究部で精密機器や配線の手技技術を修得し、陸上部で長距離の持久力を磨き込んできました。『救われた子供』から『どんな極限環境下でも命を繋ぎ止める技術者』へ。己の人生すべてをIALRTに捧げる覚悟で志願いたしました」
「なるほど。知・体・技の研鑽に高校生活のすべてを費やしてきたわけですね」
ミズシマ室長が静かに頷き、評価用端末へ手早く記録を打ち込む。その眼鏡の奥の瞳には、志望動機の背後にある『人間の不確定要素』を観察するような、淡々とした冷徹な計算が宿っていた。
間髪を入れず、タカギ部長が低く硬質で機械的な声を投げかけた。
「シムラ。現場での作業中、もし自分のミスによって機器の初期設定を誤り、それに数分後自力で気づいたとする。誰にも気づかれておらず、今すぐ黙って修正すれば表面上は問題なく動作するように見える。あなたなら最初に何をするか?」
「はい。自らのミスに気づいた際の初期対応についてお答えいたします」
シムラは一切の迷いなく即答した。
「直ちに作業を中断し、指揮官および相棒へ『自らのミスによる設定エラー』を即座に口頭で報告いたします。隠れて修正を行うことで潜在的な不具合のログが隠蔽され、のちの致命的な生命事故へ繋がるリスクを防ぐためです。報告後、指示に従い手順通りにエラーリカバリーを行います」
「黙って直せば発覚しないかもしれない。それでも即座に自己の失策を開示するか?」
「はい。失敗の隠蔽は現場における最大の犯罪であり、組織全体の安全を揺るがす行為です。自己保身のために嘘や隠しごとをした瞬間、技術者としての資格を失うと考えます」
タカギ部長の鋭い視線を受け止め切ったシムラの前で、次はサクマ部隊長が身を乗り出した。鬼のような威圧感が部屋全体の空気を押し潰す。
「現場の指揮官が下した判断が、明らかに患者の生存率を下げ、手遅れにする誤った指示だった場合、お前はどうする? 指揮官の命令にそのまま従うか、それとも抗うか?」
「はい。指揮官の誤った指示に対する対応についてお答えいたします」
シムラは動じることなく、腹底から響く冷静な声で応答した。
「感情的に抗うことも、盲目的に従うこともしません。生体モニタや環境センサーが示す客観的数値データを提示し、復唱の形で提案いたします。『患者の血圧急降下および心拍数低下のデータに基づき、現状の指示内容ではアナフィラキシー様ショックを引き起こし、生命維持が困難である懸念があります。指示の再確認をお願いいたします』、あるいは『現場の有毒ガス濃度が基準値の200%を超過しているデータに基づき、提示された手順では二次災害および救命不能となる懸念があります。手順の再確認をお願いいたします』と、データに基づき直ちに再確認を申し出ます。それでも指揮官の命令が覆らない場合は、IALRTプロトコルに基づき、代替安全案を瞬時に提示し、チーム全員の合意の下で最短の救命動作を実行いたします」
「フン……口ではなんとでも言える。現場の圧力に屈せず、データで突き返せるかが見ものだな」
サクマ部隊長が鼻で笑いながらも、その鋭い眼光を弱めることはなかった。指揮官の『命令』や『人間的感情』よりも、システムやデータによる客観的判断を優先できるか試すかのような眼差しであった。
そして、重々しい沈黙を破り、タツガミ日本管轄最高責任者がゆっくりと腕を組んだ。数々の修羅場を越えてきた伝説のベテランが放つ圧倒的な覇気が、シムラの皮膚を鋭く突く。
「長時間作業によってお前自身の手先の感覚が麻痺し、作業精度が落ちてエラーを起こす寸前だと自覚した。だが、ここで作業を中断すれば救助スケジュールが遅れる。お前はプライドをかけてそのまま続行するか? それとも相棒に交代を申し出るか?」
「はい。自己の能力限界時における作業続行か交代かの判断についてお答えいたします」
シムラは呼吸ひとつ乱さず復唱した。
「一切の躊躇なく、相棒へ交代を申し出ます。個人のプライドや過信によるミスは現場においては重大な過失であり、スケジュールの遅れ以上に致命的な患者の死を招くからです。自身のパフォーマンス低下を客観的に認識し、組織全体の安全と救命率を最優先することがIALRTの一員としての誠実さであると考えます」
タツガミ日本管轄最高責任者は眼光をさらに鋭く光らせた。人間の肉体や精神が持つ『脆さ』や『限界』を、静かに解剖し評価するような異様な圧力が部屋を満たしていたが、シムラは微動だにしなかった。
最後に、中央で評価シートと端末に向かい合い、書記に徹していたサイジョウ総試験監督が静かにペンを置いた。最も高位に位置する絶対的最高責任者がゆっくりと顔を上げると、部屋の中の温度が一気に氷点下まで下がったかのような静寂が訪れた。
「……シムラ。お前が完璧に救命処置を施したつもりでも、結果として目の前で患者が死亡したとする。そしてその死因が、他ならぬお前の『一瞬の判断の遅れ』であったと事故調査で判明した場合――お前はその罪悪感とトラウマの中で、どう次への一歩を踏み出す?」
絶対的な静寂。 無機質なコンクリート壁に囲まれた空間で、サイジョウ総試験監督の冷徹な問いがシムラの胸の中央を深々と穿った。不完全な生身の人間が抱える『エラーと後悔』を、どう処理するのかを試す問いであった。
シムラは静かに息を吸い込み、視線を微塵も逸らさずに答えた。
「はい。自らの判断遅れにより患者を死なせた際の、次への一歩についてお答えいたします」
コンクリートの壁に、クリアで重厚な声が硬質に響き渡る。
「……その罪を生涯背負い続け、決して忘れません。自らのミスから目を背けて自己弁護に走ることも、罪悪感に潰れて現場から逃亡することも許されないと考えます。事故調査の指摘を真摯に全データ受け入れ、なぜその判断遅れが生じたのかを徹底的に解剖し、二度と同種のエラーを起こさない『仕組み』と『手技』として身体に刻み込みます。亡くなった命への唯一の償いは、その痛みを抱えたまま次の現場で1秒でも早く、一人でも多くの命を救い続けることです」
言い終えたシムラの瞳には、1年次の頃のような気負いや迷いは一切存在しなかった。ただひたすらに研ぎ澄まされたプロフェッショナルとしての覚悟と、揺るぎない誠実さだけがそこに宿っていた。
サイジョウ総試験監督は一瞬だけシムラの眼光をじっと見つめると、手元の端末へ最後の査定入力を静かに完了させた。その表情には、感情の揺らぎを超えたシステムとしての冷徹な満足感が浮かんでいた。
「……以上で、シムラ・レンの第3次最終面接試験を終了します。退出してください」
ミズシマ室長が落ち着いたトーンで面接の終了を宣告した。
「ありがとうございました!」
シムラはハッキリとした声で答えると、速やかに立ち上がった。両手を制服の帽子へと伸ばして静かに脱帽すると、手に帽子を保持したまま規定の角度で深々と頭を下げた。上半身を起こすと、再び隙のない流れるような動作で着帽。背筋を伸ばし、一歩一歩に鉄の規律を宿した厳格かつ冷静な足取りで、重厚な鋼鉄扉の前へと到達した。
ドアの前でふたたびピタリと足を止めると、シムラは落ち着いた手つきで両手を帽子へ伸ばして脱帽した。
「失礼します」
ハッキリとした厳格なトーンで一礼を捧げ、体を起こしてから再び整然と着帽。そのまま手元で重い防音鋼鉄扉を静かに押し開けて、面接室を後にした。
重厚な防音鋼鉄扉が重く静かに閉まり、シムラはコンクリートの通路を無音の足取りで進んだ。
地下広場では、教官陣が眼光を光らせて監視する中、生き残った学生たちが一糸乱れぬ姿勢で整列着席していた。シムラは己のパイプ椅子へと戻ると、一切の雑音を立てずに深く着席した。両手を太ももの上に置き、視線を前方の壁面一点へと固定する。
全員の面接が終わるまで、再び過酷な待機が始まった。私語や視線の泳ぎ、姿勢の揺らぎすら一切禁じられ、石のごとく微動だにせず座り続ける時間。それでも誰一人として集中力を途切れさせる脱落者は出ず、彼らは完璧な鉄の規律を保ち続けた。
そして数時間後――。
一番最後となる第D班、学生番号185番のタキザワが面接室から戻り、着席して数分が経過した刻であった。
キーーーン――と、あの重い鋼鉄扉が再び開いた。
歩み出てきたのは、サイジョウ総試験監督、タツガミ日本管轄最高責任者、ミズシマ室長、タカギ部長、サクマ部隊長の5人の最高幹部であった。彼らが横一列に並び立つと、地下広場全体の空気が一瞬で氷点下まで凍りついたかのような静寂に包まれた。
ミズシマ室長が一歩前へ出て、落ち着いた、しかし一切の隙を与えない声で通告した。
「……以上をもちまして、すべての面接試験を終了いたします。皆さん、大変お疲れ様でした。それでは、各最高幹部より総評をいただきます」
ミズシマ室長が静かに一歩下がり、サイジョウ総試験監督が中央へ立った。その冷酷な瞳が32名の学生たちをゆっくりと見渡す。
「第3次面接試験、よく耐え抜いた。お前たちがこの極限の過酷な環境下で見せた規律、即答性、そして倫理観のデータは極めて興味深いものであった。……我が組織が求めるのは、単に現場で動く肉体や技術ではない。いかなる極限状態においても自己の限界やエラーを客観的に認識し、個人の感情に揺らぐことなく、システムとしての秩序と決定に従い続けられる『絶対的な適応力』だ。お前たちがその適性を備えた個体であるかどうか、これより厳正に審査させてもらう」
続いて、タツガミ日本管轄最高責任者が腕を組み、凄みのある重厚な声で放った。
「過酷な現場では、人間の肉体や精神など容易く壊れ、手先は狂い、エラーを引き起こす。だが、我が部隊が踏み込む地獄において、その一瞬の揺らぎや限界は即座に全員の死を意味する。お前たちが『生身の人間』としての脆さを自覚した上で、どこまで己を制御し、命を賭して組織のパーツとなり得るのか……その覚悟の深さを評価させてもらった」
タカギ部長が端末から視線を上げずに淡々と言った。
「君たちのエラーリカバリーに対する意識、データへの誠実さはデータ上、概ね高水準だった。我々が構築する広域生命維持システムや管理ネットワークにおいて、不都合な真実を隠蔽せず、正しくログを供給できる人材かどうかは最重要課題だ。ロジックに狂いのない個体のみを我々は選抜する」
サクマ部隊長が鬼のような威圧感で言い放った。
「口先だけの覚悟や甘い理想論は一掃させてもらった。土壇場で圧力を受けたとき、命令とデータの間で正しく思考を固定できるか。本物だけを現場へ送り出す」
最後にミズシマ室長が穏やかな口調で全体をしめくくった。
「……高度な技術や専門手技だけでなく、皆さんが極限状態において『人間の不確定要素』をどうコントロールし、組織全体の広域管理システムと調和できるか。その思考と倫理の適性を丁寧に見させていただきました」
幹部たちの言葉を、シムラをはじめとする学生たちは背筋を垂直に伸ばしたまま、冷静かつ厳粛に、そして熱心に聴き入っていた。
表向きは世界最高峰のレスキュー組織・総合科学企業としての厳格な総評でありながら、その言葉の節々には、人間の感情や脆さを『不確定要素』として排除し、システムやデータへと適応させようとする冷徹な視線が潜んでいた。だが、純粋に命を救うプロフェッショナルを目指すシムラたちにとって、それはプロとしての究極の厳しさと信頼の証として胸に深く刻み込まれていた。
ミズシマ室長が続けて手元のバインダーを開き、今後の合否発表手順について説明を開始した。
「合否結果につきましては、本日より【3日後】に発表いたします。審査にあたりましては、ここにいる試験監督陣および教官陣、マカベ教頭、ヤマタニ教頭、さらには本部のAGB PharmaTech本社上層部を含めた最終合同審査会を執り行い、厳正なる合否判定を下します」
広場に静かな緊張が走る。
「発表当日は、開会式と同様に地下の講堂にて『閉会式』を挙行いたします。講堂前方に設置されるホワイトボード上に、合格者の受験番号を掲示たします。そこに自身の番号が記載されていた者のみに、国際総合新鋭救命救助部隊(IALRT / アイアラート)の正規資格が授与されます。以上です」
「……起立!」
クロサキ教官の鋭い号令が地下広場に轟いた。
32名の学生が一瞬にして立ち上がり、寸分の隙もない直立姿勢をとる。
「敬礼!」
広場の礼式に則り、被帽のまま、一目見たら忘れえぬ一糸乱れぬ角度で敬礼が交わされた。一度の打擲で完全に揃う地鳴りのような咆哮が、無機質なコンクリート壁に激しく反響する。
「「「ありがとうございました!!」」」
幹部陣が背を向け、気密扉の向こうへと去っていくまで、彼らは厳格に決められた角度のまま美麗に深々と礼を捧げ続けた。手に保持した帽子を外し、背筋を伸ばして頭を下げる完璧な所作。
幹部たちの姿が完全に消え去ったのを確認し、クロサキ教官が低く厳格な声で口を開いた。
「……直れ! これをもって第3次最終選考試験の全日程を終了とする。……解散!」
「「「はい!!」」」
こうして、3年間に及んだ地獄の淘汰と、その最期の関門であった選考試験のすべてが幕を閉じた。
解散の号令を受けながら、シムラの胸の奥には静かで熱い感情と、研ぎ澄まされた冷静さが同居していた。
「自分は……やり切った。面接官たちの言葉にあった『命を預けるに足る誠実さ』と『覚悟』のすべてを、嘘偽りなく出してきた」
合格しているかどうかという不安がないわけではない。だが、やるべきこと、鍛え上げてきた知・体・技のすべてをこの地に置いてきたという確固たる実感が、シムラの背筋をどこまでも誇り高く伸ばさせていた。
シムラをはじめとする自分たちは本当にこの地獄を越え、念願の(IALRT/アイアラート)資格を掴み取ることができるのか――。
運命の合否発表、そして閉会式となる3日後の朝を、32名の戦士たちは静かに待つのであった。




