第4節:実技試験
そして3日後、いよいよ第2次試験の実技である『AGB Biohazard Maintenance Suit』着用・実技試験の当日を迎えた。
シムラをはじめとする生き残った35人の学生たちは、2日間にわたる特別補習実習を終え、スーツシミュレーション室へと集められた。
その場所は、窓ひとつない広大なコンクリート打ちっぱなしの空間でありながら、完全防火・防毒施設として設計されていた。万が一にも有害物質や毒ガス、放射性物質が外部や他の区画に蔓延しないよう、出入口は何重もの気密鉄扉によって厳重に遮断されている。毒ガスを模した細流ガス、実火、放射能汚染環境、モンスター台風並みの強風と大雨、マイナス氷点下の極寒、そして完全な暗闇や猛吹雪に至るまで、あらゆる極限環境を人工的に再現できるこの巨大なシミュレーション室は、すべて2階の壁面に埋め込まれた司令室から一括管理されていた。
学生たちを見下ろすように作られた司令室のガラス張りの窓からは、部屋全体が手に取るように見渡せる。そこには、第2次試験の実技統括を務める現場第一部隊長サクマ、鬼教官陣、そして全試験の絶対的統括である総試験監督サイジョウら審査員たちが陣取り、冷徹な視線を投げかけていた。
シムラを含む35人の学生たちは、すでに紺色の作業着の制服を脱ぎ、体に密着する高機能インナースーツ姿になっていた。それぞれの足元には、1人ずつ試験用の『AGB Biohazard Maintenance Suit』の一式が静かに置かれている。
2階の司令室から、現場第一部隊長サクマの鋭い声がマイクを通じてシミュレーション室のスピーカーに響き渡った。
「これより、第2次試験『AGB Biohazard Maintenance Suit』着用・気密実技試験を始める!」
司令室の窓際に立つサクマの厳しい眼光が、下の学生たちを舐めるように走る。
「試験は大きく分けて、着用・気密実技シミュレーション、そしてトラブルシューティング試験の2つを行う。――覚悟はいいか?」
「「「はい!!」」」
学生たちの返事は、一糸乱れぬ重厚な響きとなってシミュレーション室のコンクリート壁に反響した。
続いて、サクマはマイク越しに、今回の実技試験におけるルールと詳細な手順を告げた。その説明は、これから彼らが足を踏み入れる「密閉された鉄とプラスチックの棺桶」の過酷さを余すところなく物語っていた。
「制限時間は10分だ。ただ正しく着るだけではない。着た瞬間に仕掛けられるエラーや物理的不具合を、極限の密閉空間の中でいかに冷静に自力解決するかを審査する。試験内容は以下の4段階だ。よく聞け!」
サクマの声が、シミュレーション室の空気をさらに引き締める。
「第1段階は、装着手順のタイムアタックと完全暗闇(無音・視覚遮断)制限**だ。
目の前に置かれた分解状態のスーツパーツ――インナーハーネス、冷却チューブ、メインシェル、気密グローブ、ヘルメットを、完全な暗闇の中で正しい順序で自力装着しなければならない。だが、甘く見るな。パーツのトレイにはあえて『規格違いの類似ボルト』や『微小な亀裂が入ったジョイントパーツ』が混入されている。焦ってそれを組み込めば、後の気密試験で即座に不合格となる。指先の感覚が奪われる厚手の下層グローブをつけたまま、わずか数十秒で正確に組み上げる精密さと手際が試される!」
学生たちは、サクマの説明を息を詰めて聞きながら、足元の分解されたスーツを見据えた。
「第2段階は、ヘルメットロックと『強制同調エラー』だ。
最後にヘルメットを装着し、首元のリングロックを完全に締め、システムを起動させる最終段階で、管制室から遠隔で『ネックシール部分のゴムパッキンへの微小な夾雑物(異物)挟み込みエラー』を発生させる。完全密閉が完了せず、内部の加圧が始まらないパニック状態の中、お前たちは一度ヘルメットのロックを自力で緊急解除し、パッキンを指で確認して再装着するという『冷静なやり直し』を制限時間内に行わなければならない。力任せに回せば高価なロック機構の破損扱いとなり、即座に失格だ!」
サクマの冷徹なアナウンスが続く。
「第3段階は、装着直後の『自動気密リークテスト(圧力保持試験)』だ。
無事にスーツが閉じた直後、内部を一気に加圧してエア漏れがないかを測定するテストが自動で行われる。その際、コンソールから微量のエア漏れシミュレーションを発生させる。HUDに表示されるわずかな圧力降下のグラフを見逃さず、スーツ表面の触覚センサーや微かな風圧の違和感から漏れ箇所を瞬時に特定し、備え付けの緊急修復スプレーや手動締め付け工具で自ら塞ぐ処置を求められる!」
「そして第4段階は、スーツ着用状態での『緊急脱出・フェイルセーフ(裏試験)』だ。
あえて最後に、メイン制御システムの完全フリーズ(電源喪失)コマンドを送り、スーツ内を完全な暗闇かつ無音、生命維持の自動制御が停止した状態にする。その絶望的な状況下で、パニックを起こして叫ぶのではなく、スーツの股間付近と胸部裏側にある『完全機械式の物理エマージェンシー・リリースバルブ(手動空気解放・緊急脱出レバー)』を手探りで引き、自力で気圧を落として脱出、あるいは応急復旧に切り替えられるかを見る!」
説明を終えたサクマのトーンが、一段と冷酷さを帯びた。
「制限時間10分以内に完全に装着・気密を完了させろ。途中で致命的なトラップや未解決のエラーが見つかった者はその場で即失格、電気をつけた時に発覚した者は脱落とする。……いいか、甘えは一切許さん。それでは――電気を消す! 開始!」
ガチャン、と重苦しい遮断音が響いた直後、シミュレーション室の照明が完全に落ち、一瞬にして周囲のすべてが漆黒の闇へと飲み込まれた。
視界が完全に奪われ、完全な無音と暗闇が支配する。
しかし、かつて1〜2年次の頃であれば、この突然の暗闇と極限のプレッシャーにパニックを起こし、呼吸を荒らげたり悲鳴を上げる者もいただろう。だが、今のシムラたちの中に動揺は微塵もなかった。
なぜ彼らはパニックにならずに動けたのか。
それは、この3年間で何千回、何万回と繰り返しAGBスーツの着脱を行い、その中で無数の不具合やトラブルシューティングを嫌というほど経験し、体に染み込ませてきたからに他ならない。1〜2年次の頃は暗闇や予期せぬエラーに恐怖していたが、度重なる教官たちの容赦ないエラーインジェクションや実地訓練を経て、今や彼らの指先と脳には「スーツのパーツ形状、カチリと嵌まるネジのピッチ音、空気圧のわずかな振動」がミリ単位で刻み込まれていた。「トラブルが起きて当たり前、それをどう数秒で処理するか」という領域まで、その肉体と神経が完全に慣れ切っていたのだ。
シムラにとっても、工業高校時代から培ってきた機械いじりの基礎に加え、この3年間の圧倒的な場数が血肉となっており、暗闇で突然の罠を仕掛けられても「またこのパターンか」と冷徹に処理できるだけの絶対的な自信があった。
暗闇の中、シムラは一切の迷いなく両手を伸ばした。
視覚というノイズが消えた分、彼の意識は研ぎ澄まされた触覚と聴覚へと完全に集中している。
足元に広がる分解パーツの中から、手探りの感触だけでインナーハーネスと冷却チューブを瞬時に掴み取る。その際、試験官が意図的に混ぜていた「微小な亀裂の入った不良ジョイント」に指先が触れた瞬間、シムラはその微細な歪みの違和感を即座に察知し、迷うことなくそれを床へと弾き飛ばした。そして手近にあった正規品のパーツを掴み、驚異的なキルスピードで正確に組み上げていく。
続いてメインシェルを纏い、厚手の下層グローブをつけたまま気密グローブとヘルメットへと移行する。
最後にヘルメットを装着し、首元のリングロックを回した瞬間――プシュー、と音を立てて『強制同調エラー(パッキンの夾雑物挟み込み)』が発生した。
気密不良を示すオレンジの警告灯が暗闇の中で点滅する。
だが、シムラは焦って力任せに回したりはしない。即座にロックを緊急解除し、指先でパッキンの溝をなぞって挟み込んでいた疑似夾雑物を素早く払い落とし、再び冷静に、しかし一秒のロスもなくロックを完遂させた。
直後、自動気密リークテストが作動し、スーツ内部が一気に加圧される。
背面の接続部から微量のエア漏れを模したプレッシャー低下が発生したが、スーツ表面の触覚センサーが捉えたわずかな風圧の違和感から、シムラは瞬時に漏れ箇所を特定。備え付けの緊急修復スプレーを迷いなく吹き付け、完璧に気圧を保持させた。
そして最後――試験官による遠隔コマンドで「メイン制御システムの完全フリーズ(電源喪失)」が引き起こされ、スーツ内が完全な無音と暗闇に閉ざされた。
生命維持の自動制御が死絶した絶望的な状況下でも、シムラは微動だにせず、手探りで股間付近と胸部裏側にある「完全機械式物理エマージェンシー・リリースバルブ」の位置を捉えた。そのレバーを引き下げ、手動による空気圧の解放と応急復旧のシステムを正常に作動させる。
「――そこまでだ!」
サクマの鋭い号令とともに、シミュレーション室の強力な照明が一斉に点灯した。
まばゆい光の中、2階の司令室からサクマをはじめとする審査員たちが降りてきて、学生たちを1人ずつ厳しく確認していく。
しかし、結果は驚異的だった。35人全員が、制限時間内に寸分の狂いもなく完璧にAGBスーツを着用し、気密を完全に保持した状態で直立していた。
――脱落者は、一人もいなかった。
なぜ、全員がこの極限のトラップを乗り越えられたのか。
それは、この残された35人が、200人から3年間の地獄の淘汰を経て削ぎ落とされ、さらに直前の筆記試験で甘い思考を持つ者を完全に排除された「精鋭中の精鋭」だからに他ならない。試験官たちが仕掛けた「規格違いのボルト」「パッキンの噛み込み」「エア漏れ」「システムフリーズ」といった悪質な罠に対し、彼らは一瞬の動揺すら見せず、指先の感覚と体に染み込んだロジックですべてを完璧に無力化してみせたのだ。
司令室から降りてきた教官陣の冷酷な眼光が鋭く光る中、シムラたち35人の学生たちは、誰一人として表情を崩さず、鉄の規律をまとったまま直立不動の姿勢を崩さなかった。
教官たちの理不尽な罠すら軽々と踏み越えていく彼らの姿には、もはや学生の域を超えた、底知れないプロフェッショナリズムの凄みが宿っていた。
第1段階である『AGB Biohazard Maintenance Suit』の着用・気密試験を、35人全員が突破した直後のことだった。
まばゆい照明の下、整然と直立する白の『AGB Biohazard Maintenance Suit』を着た学生たちに対し、2階の司令室からサクマ現場第一部隊長の鋭く重厚な声がマイク越しに響き渡った。
「これより、第2段階――『トラブルシューティングおよび極限環境実地シミュレーション試験』を行う! 準備はいいか!?」
「「「はい!!」」」
白の密閉ヘルメットの内部から、35人の覚悟に満ちた声が重なって響いた。
サクマ部隊長は司令室のコンソールに手をかけ、冷徹な口調で続けた。
「本試験では、これより部屋全体の環境をリアルタイムで極限状態へと変動させると同時に、お前たちの個別のスーツへ管制室から『動的エラーインジェクション(遠隔異常発生プログラム)』を逐次打ち込む! 環境急変、多重アラーム、システム障害が同時に襲いかかる中で、パニックに陥ることなく正確な生体医工学の判断を下し、与えられた救助タスクを完遂しろ。……ゆくぞ!」
直後、ズウンと巨大な地鳴りのような機械音が響き、シミュレーション室の壁面環境制御システムが作動した。
同時に、重厚な気密扉が開き、2階の司令室からフロアへと審査員たちが降りてきた。
サクマ部隊長、サイジョウ総試験監督、そして鬼教官陣――彼らが身に纏っていたのは、学生たちの「白」とは明確に区別された、黄色の『AGB Biohazard Maintenance Suit』であった。現場に出て卒業しても基本的に白のスーツを着用し続ける者たちに対し、過酷な有害環境下での視認性と絶対的な現場指揮権限を象徴する黄色の重厚なシェルが、冷酷なプレッシャーとなって学生たちの周囲を包み込んでいく。
次の瞬間、天井の大型ファンと強冷スプレーノズルが一斉に咆哮を上げた。
室温は一気にマイナス25度まで急激に滑落し、吹き荒れる人工ブリザードによって、シミュレーション室は一瞬にして視界ゼロの極寒雪原へと変貌を遂げた。
風雪が白の『AGB Biohazard Maintenance Suit』を強く叩く中、黄色のAGBスーツを纏ったサクマ部隊長の声が、各ヘルメット内の通信回線に直接割り込んだ。
『課題第1問!【酸欠・気密パニック】「酸素流量の非対称低下と偽装アラーム」! 開始!』
その直後、全員のスーツ内部で右肺側への酸素供給バルブが強制的に50%まで絞り込まれた。シムラの右胸にもズシリとした重苦しい圧迫感が走る。同時に、バイザー全体に「警告:メインバッテリー過熱。出火危険につき即時パージ(破棄)を推奨」という赤色点滅のショッキングなフェイクアラームが吹き荒れた。
シムラの隣の列にいたシムラと同じくA班の学生番号18番カミヤマ(神山英二郎)が、バイザーを真っ赤に染める警告と突如襲った息苦しさに一瞬のパニックを起こし、恐怖のあまり右手のパージレバーに指をかけた。
「だめだ、出火する――!」
カチャリとレバーを引いた瞬間、カミヤマのメインバッテリーが床へ転がり落ち、すべての生命維持モニターがブラックアウトした。
「……そこまで。第A班学生番号18番カミヤマ、パージ実行により全システム停止。即時失格・退学!」
黄色の『AGB Biohazard Maintenance Suit』を着た教官が容赦なく宣言し、崩れ落ちたカミヤマを両脇から抱えて気密扉の向こうへと引きずり出していった。
一方、シムラをはじめとする残りの学生たちは荒くなりかけた呼吸を即座に制御した。彼らは3年間の地獄のようなシミュレーター訓練で、「目から入るアラーム表示よりも、胸元の二次圧力メーターと触覚センサーの物理数値を信じろ」と体に叩き込まれていたからだ。
――バッテリーの熱上昇はない。偽装だ。真の異常は酸素ラインの圧力低下。
シムラは右手でメインバッテリーのパージレバーを固く保持したまま、左手で腰元の応急用酸素ボンベの物理コックを手探りで解放。同時に、プロトコルに定められた4桁の手動リセットコードを指先で正確に打ち込み、正常な酸素流量を瞬時に回復させた。周りの学生たちも次々と手動コードを入力し、危機を脱していく。
『課題第1問、終了! 審査に入れ!』
サクマの号令で、黄色のスーツを着た審査員たちが白のスーツの学生たちのバイタルログと端末履歴を一斉にスキャンした。
「課題第1問、1名脱落! 残り34名、合格!」
息をつく暇もなく、サクマの声が再び響く。
『課題第2問!【極寒・機材凍結】「ヒーター系統の強制シャットダウン」! 開始!』
吹雪の中、全員のスーツの電熱ヒーターが遠隔操作で一斉に強制シャットダウンされた。外気温マイナス25度の極寒がシールの隙間から一気に侵入し、白のグローブの指先や関節部のオイルがみるみるうちに凍結硬化し始める。
指先が痺れ、物理スイッチの操作が不能になっていく恐怖。
ここで焦って絶叫すれば、マイクが凍りつく吐息と高音の悲鳴を拾って音声認識エラーを起こし自滅する。シムラは首元の黒スカーフの重みを意識し、凍りつく息を整えると、ヘルメット内のマイクに向かって「低いトーンで、完璧に安定した音声」を発声した。
「……コマンド・オーバーライド。予備ヒーター回路、バイパス接続。実行」
落ち着き払ったボイスコマンドを認識したシステムが即座に応答し、予備ヒーターが再起動。指先の自由を取り戻した。周囲の学生たちも、歯を食いしばりながら低い重低音でボイスコマンドを叩き込み、予備回路を立ち上げていく。
『課題第2問、終了! スキャン!』
黄色の『AGB Biohazard Maintenance Suit』の審査員たちが素早く端末をかざし、全員の復旧タイムを確認する。
「課題第2問、全員ボイスコマンド成功! 34名合格!」
続いて、吹雪の中での実地マルチタスクへと雪崩れ込んだ。
『実践課題!「雪原パニック・マルチタスク処理」! 開始!』
猛吹雪の中、試験官の手元操作で全員のバイザーディスプレイが完全ブラックアウトされた。完全に視界を奪われた暗闇の中、シムラたちは足元の感覚だけで心肺停止状態のダミー人形へと辿り着く。
厚手グローブのままで、触覚だけを頼りに人工呼吸器のチューブをダミーの気道へ正確に接続し、同時に薬剤の静脈内投与をこなしていく。途中でスーツの気密低下アラームが鳴り響き、通信回線が切断されるトラブルが重なったが、シムラや周囲の学生たちは「右腕バルブ確認、良し! 静脈ライン確保、良し!」と大きな指差呼称(声出し確認)を行い、パニックを完璧に排して手技を完遂させた。
「実践課題、34名全員完遂! 合格!」
次の瞬間、シミュレーション室の環境制御が劇的に切り替わった。
吹き荒れる雪風が止み、室内の照明が落ちて、周囲は放射能汚染と有毒ガスが充満する「崩壊プラント・暗所瓦礫ゾーン」へと一変した。
暗闇とくすんだ煙が漂う中、黄色のAGBスーツを纏ったサクマや教官たちが、ヘルメットのサーチライトを光らせながら、白のスーツを着た学生たちの至近距離まで肉薄し、手元の動きを鬼のような目つきで監視していた。
『課題第3問!【視界奪取】「バイザーディスプレイのブラックアウトとハッキング異常」! 開始!』
HUD上に無数のエラーコードの洪水が流れ、視界が完全にハッキングされた。さらに、スピーカーからは「負傷者、心拍停止!」というダミーの緊急音声がガンガンと鳴り響き、精神を激しく揺さぶってくる。
自分の生命維持の復旧か、救助か。
シムラは揺らぐ情動を切り捨てた。「自身の生命維持が崩壊すれば、救助など不可能」というプロトコルの絶対優先順位に従い、胸元中央の物理緊急バックアップスイッチを手探りで的確に押し込み、視界とシステムを復旧させた。他の学生たちも、迷うことなく自らの緊急スイッチを優先して作動させ、ハッキングを解除した。
『課題第3問、終了! チェック!』
「課題第3問、全員優先順位の算定完了! 34名合格!」
そして、最も過酷な試練が宣告された。
『課題第4問!【物理的負荷】「気圧バランスの急変動(スクイーズ現象)」! 開始!』
暗所瓦礫を進む最中、スーツ内部の気圧が急激に引き抜かれた。
大気圧の差により、白のスーツ自体が凶悪な力で締め付けられ、学生たちの全身の皮膚と胸郭が押しつぶされる激痛が走る。息が吸えない。
「ぐっ……あ、が……っ!」
激痛と呼吸困難のあまり過呼吸を起こし、パニックで気道を狭窄させたB班の学生番号56番のカワダ(川田涼太)とD班の学生番号88番のムラコシ(村越悠一)が、側面加圧弁に手が届かないままその場に崩れ落ち、喉をかきむしって泡を吹いた。
「……そこまで! B班の学生番号56番カワダ、D班の学生番号88番ムラコシ、スクイーズ対応不能により重篤判定。失格・退室!」
黄色の『AGB Biohazard Maintenance Suit』を着た審査員と救急班が即座に割り込み、気を失った2名を担架で搬出していった。
シムラは全身が砕け散るような激痛の中、歯を食いしばり、悲鳴をあげる自らの神経を力づくで押さえ込んだ。過呼吸になれば即死する。冷徹な計算機になりきり、激痛の中で右腕を動かしてスーツ側面の加圧弁の位置を正確に捉えると、バルブを規定値まで一気に回して内部気圧を完全リカバリーさせた。シムラ以外の31名も、血の出るほど唇を噛み締めながら加圧弁を回しきり、地獄の激痛を耐え抜いて立ち上がった。
『課題第4問、終了! 判定!』
「課題第4問、B班のカワダ、D班のムラコシの2名脱落! 残り32名、回復完了・合格!」
サクマの声が最後の号令を放つ。
『最終実践課題!「不発弾トラップ付き救出」! 開始!』
放射能汚染を模した暗所の瓦礫ゾーン。足元には感圧式の模擬IED(不発弾)が無数に埋め込まれている。
生き残った32名は、膝と足首のミリ単位の重心移動で踏圧をコントロールし、トラップを完膚なきまでに回避して負傷者の元へ到達。ストレッチャーへ負傷者を固定する際も、自身背面の生命維持コードを瓦礫の角に擦りつけないよう、精密なボディメカニクスで身をかがめる。さらに、「第2小隊、右側警戒! ストレッチャー固定完了、搬送開始!」と大音量の正確な指示出しでチームを牽引し、全員が完璧な手技で負傷者を搬送しきった。
「――そこまで!! 全作業を止めろ!」
黄色の重厚なスーツを着たサクマ部隊長の声がシミュレーション室に響き、照明が一斉に点灯した。
審査員たちが、フロアに並ぶ白のスーツの学生たちを一線に並ばせ、1人ずつ最終的なバイタルログと手技の完了データを精査していく。
35名で始まったこの過酷を極めた第2次実技試験。
なぜ、シムラを含む32名はこの理不尽なまでの悪夢を乗り越えられたのか。
それは、彼らがこの3年間にわたる地獄の淘汰の中で、何千回というトラブルシューティングを体に叩き込み、「パニックに陥りそうな情動」を自ら殺して「冷徹な計算機」として動く術を完遂していたからに他ならない。偽装アラームに惑わされず物理数値を信じ、凍結の中でも冷静な低音を発し、激痛の中でも過呼吸を抑えてリカバリーバルブを回す――その身体に染み付いた習慣こそが、彼ら32人を生存へと導いたのだ。
黄色の『AGB Biohazard Maintenance Suit』のヘルメットバイザー越しに、審査員たちが直立する32名を見渡す。その眼光には、全ての罠を自力でねじ伏せて見せた生き残りたちへの、静かな恐れと承認が宿っていた。
「……第2次実技試験、全行程終了。最終合格者、【32名】! 不合格となった3名は緊急搬送! 本校を去れ!」
サクマの冷酷な宣告にも、32名の学生たちは微動だにしない。
途中で脱落していった3名の枠を残し、生き残った32名の白のスーツの集団は、寸分の乱れもなく直立不動の姿勢を保っていた。
「合格した32名は、これより最終関門――『第3次面接試験』へと移行する。2日後の午前9時、地下1階応接室前に集合しろ。当日遅れた者は退学処分とする! 以上!」
「「「はい!!」」」
白い『AGB Biohazard Maintenance Suit』を着た学生たちは一糸乱れぬ動作で敬礼を捧げ、軍隊のような完璧な歩調でシミュレーション室を後にした。




