↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/27

第1節(第5教場 18:05~19:15):【荒天・嵐の教場】暴風雨の中での精密作業

第3節の激しい緊張と酸欠の余韻が残る中、学生たちは息をつく暇もなく、地下ドームの巨大な「荒天訓練広場」へと班ごとに整列させられていた。しかし、定められた集合時刻からわずかに数秒のズレが生じた瞬間、ドームの冷気が一気に凍りついた。

「また時間遅れだッ! お前ら、目玉にやる気はあるのか!? そんな腑抜けた面をしていると、俺のこの太鼓でこの場から一網打尽に叩き落すぞ!」

腹の底まで響く地響きのような怒号を飛ばしたのは、荒天・嵐・土砂災害・モンスター台風・竜巻などの大嵐専門の鬼教官、ライメイ教官(雷鳴鬼之介 らいめい おにのすけ)その人だった。教官専用の黄色いAGB Biohazard Maintenanceスーツに身を包んだ雷鳴は、巨大な和太鼓を模した管制用コンソールの前で豪快にバチを構え、威圧的な笑みを浮かえている。その両脇には、スーツの整備・維持管理を司る厳格な専任教官――ガモウ教官と、先ほども容赦ないプレッシャーを浴びせたクロサキ教官が冷徹な視線を光らせて控えている。

第A班の先頭に立つシムラをはじめ、第A班~第D班が声を張り上げて必死に返事をした。しかし、ライメイ教官はさらに一喝する。

「いーーや、聞こえん! そんな蚊の鳴くような声じゃ、現実に日本を襲うモンスター台風や、過去に千葉を壊滅させたようなゲリラ豪雨の爆音にかき消されて一巻の終わりだ! 実際の長野に凄まじいモンスター台風が直撃した際には、我が校の広大なグラウンドに飛び出して実践的な過酷訓練を行うこともある。さらには、沖縄近海の海洋災害訓練センターへ赴き、モンスター台風、海難事故、高水圧、海洋汚染、そして水上・水中での救命救助を特化して学ぶ遠征授業だって待ち構えているんだ! その程度の気構えで、あの沖縄の激流や本土の暴風に耐えられると思うな!」

ライメイ教官がさらに気勢を煽るように続ける。

「気合いを入れ直す罰として、今日の訓練環境は一段と過酷な『最高レベル』に引き上げてやる。ついてこられる奴だけついてこい! やる気がないなら今すぐその門から這い出して実家に帰れ!」

「「「はいっ!!」」」

生徒たちの必死の叫び声がドームに響き渡る。雷鳴は満足したように不敵に笑うと、防弾ガラスの向こうにある制御室へ移り、早速凄まじい風雨の発生スイッチを入れた。

――次の瞬間、ドーム内は地獄へと変貌した。

テレビの防災センターなどで体験するレベルを遥かに凌駕する、風速50メートルを超えるモンスター台風並みの猛烈な暴風と、バケツをひっくり返したどころではない横殴りの豪雨が新入生たちを襲う。視界は一瞬で白濁し、突風に乗って飛ばされてきた模擬瓦礫や突風の塊がAGB Biohazard Maintenanceスーツの装甲を激しく叩く。

しかし、AGB Biohazard Maintenanceスーツは、こうした過酷な水圧や暴風雨、さらには将来的に学生たちが遠征して学ぶ沖縄近海の海洋災害訓練センターでの過酷な水圧・海洋汚染環境すらも想定して設計された完全防水仕様である。スーツそのものが弾き飛ばされることはない。

問題は、その「圧倒的な自然の暴力(物理環境)」の中で、人間の手と指で行わなければならない極限の精密作業だった。

「ただの嵐を耐える訓練だと思っておるのか! 聞けい!」

制御室のスピーカーを通して、ライメイ教官の雷鳴のような声が轟く。

「これより行うのは、『暴風雨・極低温下における高価な医療機材の急襲組み立て』および『防水パッキンの完全嵌め込み、ならびに機材凍結対応訓練』だ! 嵐の熱帯低気圧と、高山特有の急激な寒暖差がぶつかり合う極限環境では、わずかコンマ一ミリのパッキンのズレ、あるいは水分付着による瞬間的な機材凍結が、人命を救う呼吸器や人工心肺を完全に沈黙させる! 自然の猛威の前で指先が凍え、機材が歪もうとも、自らのフィジカルと指先の感覚だけで完璧に組み上げろ!」

ガモウ教官とクロサキ教官が、容赦なく水飛沫を上げて生徒の間を巡回する。

「おい、カワノ! 何を手をもたついている! その防水パッキンの溝にわずかでも水滴が残っていれば、内部の電気回路がショートして一人の患者が肺を焼かれて死んだりするんだぞ! 集中しろ!」

「くっ……指が、かじかんでボルトが入らない……っ!」

オオノは助けを求めることも許されず、一人で自分の作業台にすがりつき、蒼い顔で震える指を必死に叱咤してボルトを回し続ける。

さらに、制御室のコンソールからライメイ教官が冷酷に言い放つ。

「ふん、その程度か! 風に足を取られてフラフラしやがって、本当に耐える気があるのかお前ら! まだまだ生ぬるいな、もっと気合を叩き込んでやる! 邪魔な障害物を追加で飛ばしてやるから、その暴風の中で躱しながら自分の機材を完璧に組み立ててみせろ!」

ドームの射出ギミックから、重い金属片やフェンスの破片などの模擬障害物が横殴りの風に乗って激しく次々と投げ込まれる。

「うわっ、危な……っ! 頼むからこっちに来るなよ!」

カワグチは飛来する障害物を身を挺して紙一重でかわしながら、自分の機材が吹き飛ばされないよう必死に両手で押さえつけ、悪戦苦闘の声を漏らす。他者を顧みる余裕など一切ない。誰もが自身のサバイバルだけに全力を注ぐしかなかった。

シムラもまた、猛烈な横殴りの雨風と飛来する障害物を単身で躱しつつ、工業高校の総合メカトロニクス科で培った機械構造への理解を活かし、純粋なフィジカルと体幹のコントロールでこの物理的試練に挑んでいた。

(風が強すぎる上に、障害物まで次々と……! だが、システムトラブルじゃない。純粋な環境との力勝負だ。筐体の固定軸を左肘で完全にロックし、体幹で風圧を受け止めながら指先だけをピンポイントで動かせ……!)

視界のバイザーが雨粒と呼気で激しく曇る。極限の寒さで手元のボルトを抑える指先の感覚が急速に奪われていく。まさに物理的な「機材凍結(アイシング)」の予兆だった。

「っ、くそ……金属が冷えて縮込まっている……!」

シムラは歯を食いしばりながら独りごちる。化学反応式の携帯カイロカートリッジを内蔵グローブの裏へ瞬時に切り替え、熱を集中させる。ハックやショートなどではない、道具とフィジカルを総動員した純粋な手作業の勝負だ。

(構造の歪みを計算しろ、パッキンの嵌合角は絶対にズラすな……!)

凍りかけた機材のバルブを正確な手順でヒートアップさせながら、高価な医療機材の心臓部となる防水パッキンをカチリと完璧な音を立てて嵌め込んでいく。

周囲でも、各自が孤独な戦いを強いられていた。

「間に合え……っ、動いてくれよ、人工心肺……!」

「うわあッ、風であおられるな、落ち着け自分……!」

教官たちの容赦ない怒号が響く中、学生たちは誰一人助け合えず、ただ己の肉体的な技量と精神力だけで地獄のような物理的極限作業へと食らいついていく。

やがて、限界すれすれの極限状態で、制限時間の終了を告げる重いブザーが鳴り響いた。

暴風雨がピタリと止み、水浸しの地下ドームに荒い息づかいだけが残る中、教官3人が冷徹な足取りで生徒たちの前に進み出てきた。

「ふん……何とか形にはなったようだな。だが、これですべてが終わったと思うなよ」

ライメイ教官が腕組みをし、低く恐ろしい笑みを浮かべた。

「次は、『海の教場』だ! 海の怖さ、水圧の恐ろしさを骨の髄まで知らない奴は、この先の一秒も生き残れん! わかったか!」

「「「はいっ!!」」」

「声が小さい! 聞こえん!」

「「「はいっ!!」」」

「よろしい。定刻通りに隣の海水訓練場に集まれ! 一秒たりとも遅れるな。遅れた瞬間、また全員の連帯責任でこの地獄を二倍にして味あわせてやる。……解散!」

ライメイ教官の容赦ない号令の余韻を残し、息も絶え絶えの新入生たちは、休む間もなく次の恐怖が待つ「海の教場」へと駆り立てられていくのだった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。