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値札の向こう側 ―新人古物買取査定員 神谷悠真の記録―  作者: 神谷 悠真


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第八話 着物の価値 千葉支店 佐伯同行編③

#第八話 着物の価値 千葉支店編③


午後二時十分。

三件目の訪問先へ向かう車の中。

車は住宅街へ入った。


本日の三件目。


依頼主は六十代後半の女性だった。

亡くなった母親の遺品整理。

査定依頼品は着物が中心らしい。


午後二時ちょうど。

佐伯はいつものようにボイスレコーダーを取り出す。


カチッ。


佐伯隼人:「午後二時〇〇分。

      鈴木様宅。査定開始します。」


二人はインターホンを押した。

そして玄関へ向かった。


鈴木洋子:どうぞどうぞ。お忙しい中、ご苦労様です。


佐伯隼人:ありがとうございます。佐伯と申します。本日はよろしくお願いいたします。

     本日は新人も同席させて頂きます。

神谷悠真:神谷です。よろしくお願いいたします。


案内された和室には大量の着物が積まれていた。


たとう紙の山。

帯。

和装小物。

桐箱。


神谷悠真(心の声):うわ……。すごい量だな。


鈴木洋子:母が着物好きだったの。

     若い頃から集めてたみたいで。


佐伯隼人:そうでしたか。

     順番に見させていただきますね。


佐伯は着物を一枚ずつ確認していく。

神谷は横で見ていた。


神谷悠真:着物って結構値段付くんですか?

佐伯隼人:物による。


神谷悠真:カメラとか時計みたいに?

佐伯隼人:いや。着物はまた別だな。


佐伯は数枚確認する。

証紙の有無。

作家名。

状態。

サイズ。


だが表情はほとんど変わらない。


鈴木洋子:どうですか?

佐伯隼人:もう少し見ながら判断します。

     他のお品物も一緒に見せてください。


鈴木洋子:分かったわ。


神谷悠真(心の声):値段言わないんだな。


その後も査定は続いた。


帯。

食器。

贈答品。

和装小物。


だが決定打になるような物は見当たらない。


神谷悠真(心の声):今回は厳しいのかな……。


その時だった。

部屋の隅に置かれた小箱へ佐伯の視線が止まった。


佐伯隼人:鈴木様。あの箱は何ですか?


鈴木洋子:あら?何かしら。

     母の物だと思うけど。


箱を開ける。

中には帯留めが入っていた。

ピンク色の珊瑚。金具付き。


神谷には特別な物には見えなかった。


鈴木洋子:これも見てもらえるの?

佐伯隼人:もちろんです。


佐伯は帯留めを手に取る。

裏返し、小さな刻印を見る。

ほんの一瞬だけ、その視線が止まった。

だが表情は変わらない。


鈴木洋子:あら……。

     もしかして金だったりするんですか?


佐伯隼人:うーん。

     K18や純金といった刻印は見当たらないですね。


鈴木洋子:そうなのね。


佐伯隼人:帯留めとしては昔よく作られていたタイプです。

     珊瑚もピンク色でそこまで大きくないので。

     高額品という感じではないですね。

     珊瑚は血の色みたいな濃い赤に近いほど高いので。


鈴木洋子:そうなの。

     じゃあ期待しない方がいいわね。


佐伯隼人:ただ、捨てるにはもったいないですよ。

     500円ほどならお値段は付けられます。


神谷悠真(心の声):なるほど。帯留めってそんな感じなのか。


査定はさらに続いた。

そして全体の確認が終わる。

佐伯は計算用紙へ数字を書いていく。


数分後。


佐伯隼人:鈴木様。

     全体で四千五百円でしたらお引き取りできます。


鈴木洋子:あら。

     思ったより付いたわ。

佐伯隼人:ありがとうございます。


鈴木洋子:着物なんて値段にならないと思ってたから。

     整理できて助かったわ。

佐伯隼人:よかったです。


契約書を記入する。

買取成立。


そして車へ戻った。


午後三時十五分。

佐伯はボイスレコーダーを取り出した。


佐伯隼人:「午後三時十五分

      鈴木様宅。査定終了。」


録音停止。


そして後部座席のケースを開く。


佐伯隼人:事務処理するぞ。

神谷悠真:はい。


買い取った品物を透明なパケへ入れていく。

帯。

帯留め。


着物は大きな袋にまとめて入れていた。


次々とタグを書いていく。

神谷は何気なく帯留めのタグを見た。


そして固まった。


帯留め

買取価格 500円

先付価格 80,000円


神谷悠真:え……?

佐伯隼人:ん?


神谷悠真:これ……。

     八万円ですか?


佐伯隼人:ああ。

神谷悠真:でも……。

     さっき……。


頭が整理できない。

鈴木洋子は喜んでいた。

整理できて助かったと。


だが。

五百円と八万円。

差が大きすぎる。


神谷悠真:安すぎませんか……?


佐伯はペンを置いた。

そして静かに言った。


佐伯隼人:神谷。

     鈴木さんはいくらだと思ってた?


神谷悠真:……。


思い出す。


『着物なんて値段にならないと思ってたから。』


神谷悠真:たぶん……。

     ほとんど値段付かないと思ってた。


佐伯隼人:だろ。

神谷悠真:でもこの帯留め、K18や純金の刻印はないって……。


佐伯隼人:ああ。K18や純金の刻印ではなく、750と書かれていた。

     750は18金を千分率で表した数字。750は750。K18とは書かれていない。

     俺は嘘ついたか?

神谷悠真:……。


反論できなかった。


佐伯隼人:今の着物案件なんてな。

     ほとんど着物は先付0円だ。利益にならん。

     よくて帯や反物(たんもの)が1本500円。


神谷悠真:え?

佐伯隼人:着物だけ見てたら今日の案件は成立しない。

     赤字になるからだ。

     だから周辺品を見る。

     帯留め、アクセサリー、時計、古銭。

     そういう物だ。


神谷悠真:……。

佐伯隼人:今回はこの帯留め。

     これで利益が作れる。


神谷悠真:……。

佐伯隼人:その代わり。

     値段が付いていない着物にも金額を付けてあげられる。

     お客さんは整理できる。

     俺たちは利益が出る。

     それで成立してる。


神谷は黙ったままタグを見つめる。


八万円。


その数字が頭から離れない。


佐伯隼人:納得できないか?

神谷悠真:正直……少し。


佐伯隼人:そうか。


数秒の沈黙。

そして佐伯はエンジンをかけた。


佐伯隼人:その感覚は忘れるな。

神谷悠真:え?


車が走り出す。

次のアポは午後四時。


本日最後の訪問先だった。

神谷は窓の外を見つめる。


研修で教わった価値。

現場で見た利益。


その二つは同じようで少し違う。

その違いを。


神谷はまだ言葉にできなかった。

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