第七話 止まった時間 千葉支店 佐伯同行編②
#第七話 止まった時間 千葉支店 佐伯同行編②
正午前。
社用車は住宅街を走っていた。
神谷悠真の膝の上にはコンビニのおにぎり。
佐伯隼人の手にはサンドイッチ。
信号待ちの間に一口。
走り出してまた一口。
そんな昼食だった。
神谷悠真:これが昼飯ですか。
佐伯隼人:今日はまだマシ。
神谷悠真:マシなんですか?
佐伯隼人:食えるだけな。
神谷悠真(心の声):やっぱり休憩ないんだな……。
午前中の山本和子宅。
Leica…買取一万円。
でも、先付は十二万円。
あの数字がまだ頭から離れない。
佐伯隼人:着いたぞ。
神谷悠真:はい。
十二時のアポイント。
二件目。
二人は車を降りた。
佐伯はボイスレコーダーを取り出す。
カチッ。
佐伯隼人:「十二時〇二分。田中様宅。査定開始します。」
神谷も少し慣れてきた。
これが出張買取の日常なのだ。
インターホンを押す。
田中健一:はい。
五十代半ばくらいの男性だった。
田中健一:お待ちしてました。
佐伯隼人:佐伯と申します。本日はよろしくお願いいたします。
本日は新人も同席させて頂きます。
神谷悠真:神谷です。よろしくお願いいたします。
リビングへ案内される。
テーブルの上には時計が並んでいた。
十本ほど。
神谷悠真(心の声):うわ……。
セイコー。
シチズン。
懐中時計。
そして。
オメガ。
ロレックス。
素人でも分かる名前が並んでいた。
田中健一:父の遺品です。
時計が好きな人で。
佐伯隼人:そうでしたか。
田中健一:実家を整理することになりまして。
私も時計は詳しくないので。
佐伯隼人:承知しました。
一点ずつ見ていきますね。
佐伯は時計を並べ始めた。
神谷は隣から見ている。
神谷悠真:時計って何を見ればいいんですか?
佐伯隼人:まず種類。
神谷悠真:種類?
佐伯隼人:時計は大きく分けると五つだ。
クォーツ。
自動巻き。
手巻き。
ソーラー。
あと懐中時計。
神谷悠真:そんなにあるんですか。
佐伯隼人:クォーツは電池。
自動巻きは腕の動きでゼンマイを巻く。
手巻きは自分で巻く。
ソーラーは光で充電。
懐中時計は今じゃコレクター向けだな。
神谷悠真:なるほど。
佐伯隼人:ただな。
時計はカメラと違う。
神谷悠真:?
佐伯隼人:ブランドが強い。
状態よりまずブランドだ。
もちろん状態も見るが、
ロレックスはロレックス。
オメガはオメガだ。
神谷悠真:確かに聞いたことあります。
佐伯は一本の時計を持ち上げた。
オメガ スピードマスター。
田中健一:それ止まってるんですよ。
佐伯隼人:そうとも限りません。
軽く振る。
秒針が動き始めた。
田中健一:あっ。
神谷悠真:動いた。
佐伯隼人:自動巻きですから。
止まっていても壊れているとは限りません。
田中健一:そうなんですね。
続いて、ロレックス デイトジャスト。
佐伯が手に取る。
軽く振る。
カラ・・・
カラ・・・
小さな音が聞こえた。
そして秒針が動き始める。
田中健一:それも動くんですか。
佐伯隼人:はい。
ただ――
佐伯は耳元へ近づけた。
数秒。
佐伯隼人:かなり使われていましたね。
田中健一:分かるんですか?
佐伯隼人:ローター音が少し大きい。
内部に経年劣化が出てるかもしれません。
田中健一:父、毎日着けてました。
寝る時以外は。
佐伯隼人:なるほど。
大事にされていたんですね。
神谷悠真(心の声):音だけでそこまで分かるのか……。
査定は続いた。
キングセイコー。
オメガ デビル。
オメガ スピードマスター。
ロレックス デイトジャスト。
この四本だけは佐伯がスマホを操作していた。
神谷には内容は見えない。
だが。
一瞬だけ画面が見えた。
キングセイコー
MAX 35,000
オメガ デビル
MAX 50,000
オメガ スピードマスター
MAX 450,000
ロレックス デイトジャスト
MAX 900,000
神谷悠真(心の声):きゅ、九十万……!?
思わず二度見した。
だが佐伯は何事もなかったように査定を続ける。
しばらくして査定終了。
佐伯隼人:本来なら、こちらのお品物全体で二十二万ですが、せっかくのお父様のお時計ですし
ロレックス以外は、保存状態もかなり良かったので二十五万円まででしたら頑張れます。
田中健一:えっ……。
そんなになるんですか?
佐伯隼人:はい。
田中健一:正直……。
全部で十五万くらいかなと思ってました。
良くても二十万くらいかなって。
神谷悠真(心の声):・・・。
田中健一:父が大事にしていた時計ですけど、
古いですし。
動いてない物も多かったので。
そんな金額になるとは思いませんでした。
佐伯隼人:ありがとうございます。
田中健一:お願いします。
父も使ってもらえる方に渡った方が喜ぶと思うので。
売却成立。
査定終了だった。
外へ出る。
車へ戻る。
佐伯はボイスレコーダーを取り出した。
カチッ。
佐伯隼人:「十三時〇五分。田中様宅。査定終了。」
カチッ。
録音停止。
車内。
しばらく沈黙が続いた。
そして。
神谷悠真:でも……。
佐伯隼人:ん?
神谷悠真:ロレックス。
佐伯隼人:ああ。
神谷悠真:九十万じゃないですか。
佐伯は少しだけ笑った。
佐伯隼人:見えてたか。
神谷悠真:すみません。
佐伯隼人:別にいい。
隠してるわけじゃない。
神谷悠真:でも……。
二十五万って……。
佐伯隼人:神谷。
神谷悠真:はい。
佐伯隼人:田中さんはいくらだと思ってた?
神谷悠真:十五万から二十万くらい。
佐伯隼人:そうだ。
だから二十五万出した。
神谷悠真:……。
佐伯隼人:期待より高い。
だから喜んでくれる。
神谷悠真:でも相場は――
佐伯隼人:相場通り買う仕事じゃない。
価値観で買う仕事だ。
神谷悠真:……。
またその言葉だった。
価値観。
前回のLeica。
そして今回のロレックス。
佐伯の中では筋が通っている。
だが、神谷にはまだ理解できなかった。
佐伯はエンジンをかけた。
佐伯隼人:次、十四時。
今度はお前もちゃんと見ろ。
神谷悠真:何をですか?
佐伯隼人:お客様が何を価値だと思ってるか。
車が走り出す。
神谷は窓の外を見つめた。
九十万円を二十五万円…。
その差額。
そして。
喜んでいた田中健一の顔。
正しいのはどちらなのか。
その答えは、まだ分からなかった。




