表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
値札の向こう側 ―新人古物買取査定員 神谷悠真の記録―  作者: 神谷 悠真


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/19

第六話 最初の現場 千葉支店 佐伯同行編①

#第六話 最初の現場 千葉支店 佐伯同行編①


月曜日、午前八時三十分。

神谷悠真は千葉支店の前に立っていた。


神谷悠真(心の声):ここが俺の配属先か……。


三階建ての雑居ビル。

一階は倉庫。

二階が事務所。


決して綺麗とは言えない。

入社式で見た高級ホテルとは正反対だった。


神谷悠真(心の声):なんか一気に現実だな……。


自動ドアを開ける。

事務所にはすでに数人の社員がいた。


電話をしている者。

パソコンを見ている者。


出発準備をしている者。

慌ただしい。

その時だった。


???:神谷か。


振り返る。

長身の男が立っていた。


短髪。

無駄のない動き。

年齢は三十代前半くらい。


神谷悠真:はい。


???:佐伯隼人。今日からお前の教育係。


神谷悠真:神谷悠真です。よろしくお願いします。


佐伯隼人:よろしく。


短い。

だが嫌な感じはしない。


神谷悠真(心の声):思ったより普通だな。


もっと怖い人を想像していた。


佐伯隼人:行くぞ。

神谷悠真:え?


佐伯隼人:出発。

     出張一本目十時。

     もう準備する。


神谷悠真:はい!


神谷は慌てて後を追った。


車に乗り込む。

社用車だった。

助手席へ座る。

佐伯はエンジンをかけながら言った。


佐伯隼人:今日は四件。

神谷悠真:四件ですか。


佐伯隼人:十時、十二時、十四時、十六時。

     基本はその流れ。


神谷悠真:結構多いですね。

佐伯隼人:慣れれば普通。

     終わったら帰社して処理。

     数字計上して終わり。


神谷悠真:なるほど。



高速道路へ入る。

車は静かに走り出した。


そして。

午前九時五十五分。


最初の訪問先へ到着した。

七十代くらいの女性の一軒家だった。


佐伯は胸ポケットから小型のボイスレコーダーを取り出した。


カチッ。

録音開始。


神谷悠真:それ何ですか?

佐伯隼人:ボイレコ。


佐伯は淡々と話し始めた。


佐伯隼人:「午前九時五十五分。

      山本様宅。査定開始します。」


神谷悠真:毎件やるんですか?

佐伯隼人:毎件。

     言った言わないになることがある。

     お客様を守るためでもあるし、

     俺たちを守るためでもある。


神谷悠真:なるほど……。

佐伯隼人:行くぞ。


インターホンを押す。


女性:はーい。


玄関が開いた。


山本和子:お待ちしてました。


佐伯隼人:佐伯と申します。本日はよろしくお願いいたします。

     本日は新人も同席させて頂きます。

神谷悠真:神谷です!よろしくお願いいたします。


二人は頭を下げた。

通されたのはリビングだった。

テーブルの上には大量のカメラ。


神谷悠真(心の声):うわ……。カメラがたくさん…。


山本和子:主人の遺品なんです。

     カメラが趣味だったので。


佐伯隼人:そうだったんですね。


山本和子:亡くなって一年になるんですけど。

     なかなか整理できなくて。


佐伯隼人:無理もありません。

     ゆっくり見させていただきます。


佐伯は一台ずつ確認していく。

神谷は横から見ていた。


神谷悠真:カメラって結構値段付くんですか?

佐伯隼人:物による。 むしろ値段付かない方が多い。


佐伯は一台手に取った。


佐伯隼人:こういうのは俗にバカチョンカメラ。

     昔大量に売れた普及機。

     数百円とかそんなもんだ。


神谷悠真:へぇ。


佐伯は別のカメラを持つ。


佐伯隼人:これは一眼レフ。

     こっちはレンジファインダー。

     二眼レフなんてのもある。


神谷悠真:全然分かんないです。

山本和子:主人もレンジだか何だか、同じこと言ってたわ。


三人が少し笑う。

佐伯はさらに続けた。


佐伯隼人:最近は本体よりレンズの方が高いことも多い。

     特にフィルムカメラは一定の人気がある。

     逆にデジカメは新型がどんどん出るから価値が下がりやすい。


神谷悠真:スマホみたいな感じですか?


佐伯隼人:そんな感じ。


その時だった。


佐伯の手が一台のカメラで止まる。


黒いボディ。

重厚な金属感。

神谷には違いが分からない。


佐伯隼人:ライカですね。

山本和子:有名なんですか?


佐伯隼人:カメラ好きなら知っているメーカーです。

     古いものなので状態確認が必要ですが。

     一万円くらいにはなると思います。


山本和子:そんなに?

     捨てようと思ってたのに。


佐伯隼人:十分価値ありますよ。


神谷悠真(心の声):一万円か。フィルム式でも高いカメラあるんだな…。


その後も査定は続いた。

カメラ数台。

時計二本。

ネクタイピン数点。


査定が終わる頃には一時間近く経っていた。


山本和子:主人の物はこれで全部です。

佐伯隼人:そうでしたか。


山本和子:でも私の物も少し整理しようと思ってて。

佐伯隼人:でしたら今日はご主人のお品物だけにしましょう。

     慌てる必要はありません。

     また改めて伺います。


山本和子:そうしてもらえると助かるわ。


佐伯隼人:来週はいかがですか?

山本和子:大丈夫です。


再訪の約束が決まった。


神谷悠真(心の声):もっと強引に色々出してもらうのかと思ってた。


査定終了。

二人は車へ戻った。

佐伯は再びボイスレコーダーを取り出した。


カチッ。


佐伯隼人:「午前十時四十八分。山本様宅、査定終了。」

      

カチッ。

録音停止。


神谷悠真:ちゃんと終わりも録るんですね。

佐伯隼人:当たり前。 これも仕事だ。


佐伯は後部座席のケースを開いた。


神谷悠真:何してるんですか?


佐伯隼人:買取品の事務処理。

     次行く前に終わらせる。


買い取った品物を次々と透明なパケへ入れていく。


カメラ。

時計。

ネクタイピン。


それぞれに管理タグを付けていく。


神谷悠真:毎回やるんですか?

佐伯隼人:当たり前。

     どこで買った品物か分からなくなったら終わりだからな。


神谷は何気なくタグへ目を向けた。


そして。

思わず動きが止まる。


Leica M3

買取価格 10,000円

先付価格 120,000円


神谷悠真:……え?

佐伯隼人:ん?


神谷悠真:十二万……ですか?

佐伯隼人:ああ。


神谷悠真:でも……。

     一万円でしたよね。


佐伯隼人:そうだな。

神谷悠真:……。


頭が追いつかなかった。


ついさっき。

山本和子は喜んでいた。

捨てようと思っていた物に値段が付いたと。


だが、十二万と一万。


差が大きすぎる。


神谷悠真:安すぎませんか……?


佐伯は少しだけ神谷を見た。

そして静かに言った。


佐伯隼人:神谷。

     山本さんはいくらだと思ってた?


神谷悠真:……。


思い出す。


『捨てようと思ってたのに。』


神谷悠真:たぶん……。

     値段付かないと思ってたんじゃ。


佐伯隼人:だろ。

神谷悠真:でも……。


佐伯隼人:喜んでた。

神谷悠真:……。


佐伯隼人:買取は相場で買う仕事じゃない。

     お客様の価値観で買う仕事だ。


神谷悠真:……。


納得できない。

だが反論もできない。


佐伯はタグを書き終える。

そして運転席へ戻った。


佐伯隼人:次十二時。コンビニ寄るぞ。

神谷悠真:昼ですか?


佐伯隼人:移動中に食う。

神谷悠真:休憩は……?


佐伯隼人:ない。出張買取なんてそんなもんだ。


車が走り出す。

神谷は窓の外を見つめた。


価値観で買う仕事。

その言葉が頭から離れなかった。


研修で教わった買取。

現場の買取。


その二つは、少しだけ違って見え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ