第六話 最初の現場 千葉支店 佐伯同行編①
#第六話 最初の現場 千葉支店 佐伯同行編①
月曜日、午前八時三十分。
神谷悠真は千葉支店の前に立っていた。
神谷悠真(心の声):ここが俺の配属先か……。
三階建ての雑居ビル。
一階は倉庫。
二階が事務所。
決して綺麗とは言えない。
入社式で見た高級ホテルとは正反対だった。
神谷悠真(心の声):なんか一気に現実だな……。
自動ドアを開ける。
事務所にはすでに数人の社員がいた。
電話をしている者。
パソコンを見ている者。
出発準備をしている者。
慌ただしい。
その時だった。
???:神谷か。
振り返る。
長身の男が立っていた。
短髪。
無駄のない動き。
年齢は三十代前半くらい。
神谷悠真:はい。
???:佐伯隼人。今日からお前の教育係。
神谷悠真:神谷悠真です。よろしくお願いします。
佐伯隼人:よろしく。
短い。
だが嫌な感じはしない。
神谷悠真(心の声):思ったより普通だな。
もっと怖い人を想像していた。
佐伯隼人:行くぞ。
神谷悠真:え?
佐伯隼人:出発。
出張一本目十時。
もう準備する。
神谷悠真:はい!
神谷は慌てて後を追った。
車に乗り込む。
社用車だった。
助手席へ座る。
佐伯はエンジンをかけながら言った。
佐伯隼人:今日は四件。
神谷悠真:四件ですか。
佐伯隼人:十時、十二時、十四時、十六時。
基本はその流れ。
神谷悠真:結構多いですね。
佐伯隼人:慣れれば普通。
終わったら帰社して処理。
数字計上して終わり。
神谷悠真:なるほど。
高速道路へ入る。
車は静かに走り出した。
そして。
午前九時五十五分。
最初の訪問先へ到着した。
七十代くらいの女性の一軒家だった。
佐伯は胸ポケットから小型のボイスレコーダーを取り出した。
カチッ。
録音開始。
神谷悠真:それ何ですか?
佐伯隼人:ボイレコ。
佐伯は淡々と話し始めた。
佐伯隼人:「午前九時五十五分。
山本様宅。査定開始します。」
神谷悠真:毎件やるんですか?
佐伯隼人:毎件。
言った言わないになることがある。
お客様を守るためでもあるし、
俺たちを守るためでもある。
神谷悠真:なるほど……。
佐伯隼人:行くぞ。
インターホンを押す。
女性:はーい。
玄関が開いた。
山本和子:お待ちしてました。
佐伯隼人:佐伯と申します。本日はよろしくお願いいたします。
本日は新人も同席させて頂きます。
神谷悠真:神谷です!よろしくお願いいたします。
二人は頭を下げた。
通されたのはリビングだった。
テーブルの上には大量のカメラ。
神谷悠真(心の声):うわ……。カメラがたくさん…。
山本和子:主人の遺品なんです。
カメラが趣味だったので。
佐伯隼人:そうだったんですね。
山本和子:亡くなって一年になるんですけど。
なかなか整理できなくて。
佐伯隼人:無理もありません。
ゆっくり見させていただきます。
佐伯は一台ずつ確認していく。
神谷は横から見ていた。
神谷悠真:カメラって結構値段付くんですか?
佐伯隼人:物による。 むしろ値段付かない方が多い。
佐伯は一台手に取った。
佐伯隼人:こういうのは俗にバカチョンカメラ。
昔大量に売れた普及機。
数百円とかそんなもんだ。
神谷悠真:へぇ。
佐伯は別のカメラを持つ。
佐伯隼人:これは一眼レフ。
こっちはレンジファインダー。
二眼レフなんてのもある。
神谷悠真:全然分かんないです。
山本和子:主人もレンジだか何だか、同じこと言ってたわ。
三人が少し笑う。
佐伯はさらに続けた。
佐伯隼人:最近は本体よりレンズの方が高いことも多い。
特にフィルムカメラは一定の人気がある。
逆にデジカメは新型がどんどん出るから価値が下がりやすい。
神谷悠真:スマホみたいな感じですか?
佐伯隼人:そんな感じ。
その時だった。
佐伯の手が一台のカメラで止まる。
黒いボディ。
重厚な金属感。
神谷には違いが分からない。
佐伯隼人:ライカですね。
山本和子:有名なんですか?
佐伯隼人:カメラ好きなら知っているメーカーです。
古いものなので状態確認が必要ですが。
一万円くらいにはなると思います。
山本和子:そんなに?
捨てようと思ってたのに。
佐伯隼人:十分価値ありますよ。
神谷悠真(心の声):一万円か。フィルム式でも高いカメラあるんだな…。
その後も査定は続いた。
カメラ数台。
時計二本。
ネクタイピン数点。
査定が終わる頃には一時間近く経っていた。
山本和子:主人の物はこれで全部です。
佐伯隼人:そうでしたか。
山本和子:でも私の物も少し整理しようと思ってて。
佐伯隼人:でしたら今日はご主人のお品物だけにしましょう。
慌てる必要はありません。
また改めて伺います。
山本和子:そうしてもらえると助かるわ。
佐伯隼人:来週はいかがですか?
山本和子:大丈夫です。
再訪の約束が決まった。
神谷悠真(心の声):もっと強引に色々出してもらうのかと思ってた。
査定終了。
二人は車へ戻った。
佐伯は再びボイスレコーダーを取り出した。
カチッ。
佐伯隼人:「午前十時四十八分。山本様宅、査定終了。」
カチッ。
録音停止。
神谷悠真:ちゃんと終わりも録るんですね。
佐伯隼人:当たり前。 これも仕事だ。
佐伯は後部座席のケースを開いた。
神谷悠真:何してるんですか?
佐伯隼人:買取品の事務処理。
次行く前に終わらせる。
買い取った品物を次々と透明なパケへ入れていく。
カメラ。
時計。
ネクタイピン。
それぞれに管理タグを付けていく。
神谷悠真:毎回やるんですか?
佐伯隼人:当たり前。
どこで買った品物か分からなくなったら終わりだからな。
神谷は何気なくタグへ目を向けた。
そして。
思わず動きが止まる。
Leica M3
買取価格 10,000円
先付価格 120,000円
神谷悠真:……え?
佐伯隼人:ん?
神谷悠真:十二万……ですか?
佐伯隼人:ああ。
神谷悠真:でも……。
一万円でしたよね。
佐伯隼人:そうだな。
神谷悠真:……。
頭が追いつかなかった。
ついさっき。
山本和子は喜んでいた。
捨てようと思っていた物に値段が付いたと。
だが、十二万と一万。
差が大きすぎる。
神谷悠真:安すぎませんか……?
佐伯は少しだけ神谷を見た。
そして静かに言った。
佐伯隼人:神谷。
山本さんはいくらだと思ってた?
神谷悠真:……。
思い出す。
『捨てようと思ってたのに。』
神谷悠真:たぶん……。
値段付かないと思ってたんじゃ。
佐伯隼人:だろ。
神谷悠真:でも……。
佐伯隼人:喜んでた。
神谷悠真:……。
佐伯隼人:買取は相場で買う仕事じゃない。
お客様の価値観で買う仕事だ。
神谷悠真:……。
納得できない。
だが反論もできない。
佐伯はタグを書き終える。
そして運転席へ戻った。
佐伯隼人:次十二時。コンビニ寄るぞ。
神谷悠真:昼ですか?
佐伯隼人:移動中に食う。
神谷悠真:休憩は……?
佐伯隼人:ない。出張買取なんてそんなもんだ。
車が走り出す。
神谷は窓の外を見つめた。
価値観で買う仕事。
その言葉が頭から離れなかった。
研修で教わった買取。
現場の買取。
その二つは、少しだけ違って見え始めていた。




