第四話 値段のない価値 研修編③
#第四話 値段のない価値 研修編③
研修五日目。
会議室には妙な緊張感が漂っていた。
白石恒一:今日はテストだ。
その一言で空気が変わる。
高橋陸:ついに来たな…!
一ノ瀬美月:嫌な予感しかしない。
神谷悠真:普通に嫌なんだけど。
白石は笑いながらホワイトボードに文字を書く。
『模擬査定』
白石恒一:私がお客様役、皆さんが査定員役で実際の接客をやってもらう。
高橋陸:査定できないだろまだ。
白石恒一:できなくていい。今日は金額を当てる試験じゃない。話を聞く試験だ。
設定は、亡くなった父親の手巻き時計。提示する金額は三万円で。
売ってもいいなと思える接客だったら合格だ。
神谷悠真(心の声):話を聞く……。
社長の言葉を思い出す。
『物を見る前に人を見なさい』
最初の査定員は高橋だった。
白石恒一:亡くなった父の時計なんです。
高橋陸:拝見します。
時計を受け取り、即座に状態を見る。裏蓋、ベルト、文字盤。
高橋陸:古いですねー。
白石恒一:そうですね。
高橋陸:傷もありますねー。
白石恒一:ありますね。
高橋陸:この状態ですと、査定額は三万円です。
白石恒一:そうですか。
終了。
白石恒一:次。
高橋陸:え?終わり?
白石恒一:終わり。
高橋陸:いや、査定したじゃないですか!
白石恒一:高橋くんは、査定しかしてない。
高橋は不満そうだった。
次は一ノ瀬だった。
白石恒一:亡くなった父の時計なんです。
一ノ瀬美月:お父様のですか。
白石恒一:はい。
一ノ瀬美月:大事にされてたんですね。
白石恒一:え?
一ノ瀬美月:傷が少ないので。
白石恒一:ああ……。
一ノ瀬美月:いつ頃からお持ちだったんですか?
白石恒一:三十年くらいかな。
一ノ瀬美月:そんなに。
白石恒一:定年退職の記念で買ってあげた時計なんです。
一ノ瀬美月:素敵ですね。
教室の空気が変わる。
高橋も黙る。
神谷も聞き入っていた。
白石恒一:これ、売るか迷ってるんです。
一ノ瀬美月:そうですよね。
白石恒一:でも家族は処分しろって。
一ノ瀬美月:無理に売らなくてもいいと思います。
白石恒一:え?
一ノ瀬美月:まだ迷ってるなら、残す選択肢もあると思います。
ただ、今では中々手に入らないお時計で、希少価値がつくので
古いお品物で、傷もありますが私なら三万円お出しできます。
静寂。
白石は少し笑った。
白石恒一:合格。
一ノ瀬美月:え?
白石恒一:今のが接客だ。
最後は、神谷の番だった。
白石恒一:亡くなった父の時計なんです。
神谷悠真:拝見します。
時計を受け取る。
その瞬間、神谷はあることに気付いた。
神谷悠真:あの……。
白石恒一:はい?
神谷悠真:これ、動いてます…よね。
白石恒一:そうだけど?
神谷悠真:お父様が亡くなってどれくらいですか?
白石恒一:半年かな。
神谷悠真:じゃあ、どなたがいつも巻いてますか?
白石恒一:……
神谷悠真:手巻き時計ですよね?半年放置なら、普通止まってると思ったので。
白石恒一:……
神谷悠真:お母様ですか?
白石恒一:なんでそう思った?
神谷悠真:なんとなく…です。
静寂。
白石は時計を見つめた。
そして少し笑った。
白石恒一:そう。母親が毎日巻いてる。
神谷悠真:そうなんですね。それくらい大切にしている時計を何故お売りになろうと…?
教室後方。
腕を組んでいた黒田龍二が初めて口を開いた。
黒田龍二:ほう。
誰にも聞こえないほど小さな声だった。
研修終了後。
同期たちが帰っていく。
神谷が荷物をまとめていると後ろから声がした。
黒田龍二:おい。
神谷悠真:はい?
黒田龍二:お前。
神谷悠真:はい。
黒田龍二:査定向いてるかもしれんな。
神谷悠真:え?
黒田龍二:普通の奴は時計を見る。お前は人を見た。
神谷悠真:……
黒田龍二:忘れるなよ。
神谷悠真:はい。
黒田は立ち去ろうとして足を止めた。
黒田龍二:そういや。
神谷悠真:?
黒田龍二:配属先、もう決まってるらしいぞ。
神谷悠真:え?
黒田龍二:覚悟しとけ。
神谷悠真:何かあるんですか?
黒田龍二:知らん方が幸せなこともある。
そう言い残し、黒田は去っていった。
神谷悠真(心の声):配属先――。
いよいよ現場が始まる。
鷹野さんみたいな人の下ならいいな。
そんなことを考えていた。
だが…数日後。
その期待は思いもよらない形で裏切られることになる。




